楽しい老後を求めて

高齢者の生き方を模索した日記風です

30.9月(21日)

2018-09-21 07:50:39 | Weblog

庭の花 白芙蓉

めっきり朝夕寒くなった。寒くて眠れない時があるので、早々と電気毛布を出した。年々寒さ暑さに弱くなるようだ。庭のも咲いたしススキの穂も出たし、金木犀は良い香りを漂わせ庭の秋の風情を満喫して楽しんでいる。老齢期になると、家の維持に必要な諸設備も次々に補修が必要になってくる。若い時に設置した設備だからの現象だろう。屋根塗装、自家水道管破損、室内水道管の水漏れと今年は続いた。今後まだまだあると思う。年金収入の中からの多額の支出だが、他の支出を控えても、これだけは、やむを得ない。先日パソコン教室に行ってくる。以前は懇親会にのみ出ていたが、やはり真面目に勉強が必要と思って行っている。ユーチューブの利用についての講義があった。私は今まで「南部蝉しぐれ」等の歌謡曲を聞くのに利用していたが、他の利用方法も知ることができた。
昨20日は町内会の敬老会だった。会場は金矢温泉のホテルで4時間。参加者は接待の役員を入れて36人。今までよりも多かった。75歳以上が招待されたが、かっての老人クラブの仲間が入ってきた。暫くぶりに懇談できた。余興のカラオケで勇気を出して若い人に混じって、好きな「すきま風」を歌った。大分若返った気分だった。

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30.9月の暮らし(16日)

2018-09-16 12:35:31 | Weblog

庭の花 コウショクキ

暑い。真夏並みだ。室温34℃でクーラーを入れる。姫沙羅の枝切りをしたが、短時間で切り上げた。昼は素麺だ。今年の夏は暑かったので何時もの年よりも多く食べた。調理が簡単だし、旨い。薬味に庭からとった紫蘇の実、唐辛子、茗荷を使ったが香ばしくて美味しかった。
12日は俳句会5名参加。私の選より2句。「きしきしと床鳴る二百十日かな颱風は来ていないが、床がなって不気味だ。油断できない。大風が吹いている時よりも不安を感じる。「きほいなき一つ一つの吾亦紅野草で地味な花だ。気負いが全然感じられない。賢治の命名したイギリス海岸の行く途中の堤防の道でよく見られた。好きな野草である。私の1句。「蝸牛肺病む父に焼きしこと」。以上。

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30.8月の暮らし(30日)

2018-08-30 12:33:00 | Weblog

庭の花 アルストロメリア(自信がないが、この名前で記憶)

今日は涼しく雨降りだ。殆ど家に籠りっきりだ。夜は、めっきり涼しくなり蟋蟀が鳴いている。聞くとなんとなく、うら悲しくなる。3日前4年ぶりに豊沢橋が架け替え完了し渡れるようになった。大分迂回していたので嬉しい限りだ。記録によると以前の架橋は33年だそうである。その頃私は5歳で上流の木の仮橋を渡った記憶がある。当時父親は仙台の逓信講習所を卒業して麹町郵便局に勤務後、故郷の郵便局に転勤になって。電報係をしていた。当時はモールス信号による時代だ。よく徹夜勤務をしていたので、母とこの仮橋を渡って夜食の弁当を届けた記憶が懐かしい。当時の花巻郵便局は今の信用金庫本店の場所にあって、松庵寺の墓地を通うたのがとても怖かった。臆病を母に叱られた。
今日の詩吟独習は、夏目漱石の漢詩春日偶成」「言うなかれ風塵に老ゆと 軒に当たりて野趣新なり 竹深くして鶯乱れ囀り 清昼臥して春を聴く」。(字句一部現代的字句に)。
最近、昔話をCDやテープで見たり聞いたりしている。結構面白い。朗読の常田富士男(故人)や市原悦子に味わいがある。私も幼いころ昔話をよく聞いた。父方の祖母は5歳の時亡くなったが、母方の祖母が手伝いに来て同居しており、添い寝されて聞かされた。大きな屁をして、柱を曲げ、ひまを出された嫁の話や、ご飯をあまり食わない嫁を貰ったら、化け物で夜中に髪の毛を掻き分けて大きな口でもりもり食べる話などが記憶にある。そして、なお話をねだると、「長い長い・・・・褌があったと。」と言葉を長く切らずに、そのうち、眠らされた。

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30.8月(24日)

2018-08-23 12:33:38 | Weblog

庭の花 百日紅

連日の猛暑続きだ。暑いが畑を掘り大根を撒いた。遅れたかもしれない。大豆は沢山取れた。一部煮て冷凍にしたが。味が落ちる。今後は食べるだけ少量煮ることにする。栄養価は高い。18日は詩吟の例会。杉浦重剛の「自訟」「岳に登りて天下を小とし 自ら誇る意気の豪なるを 其れ山上の山をいかんせん 之を仰げば一層高し」。他に勝海舟の「偶感」を吟じた。アナクロニズムと言われそうだが暑さ凌ぎにぴったしの詩文だ。22日はパソコン教室だ。2時間ワードのハイパーリンク学習だ。あまり使ったことのない操作だ。参考になった。今日はは勉強会の納涼会で楽しみだ。
昨23日の夜は俳句会。私の選句より2句。「終戦日人口減って熊殖えて」世相をユーモラスに表現。「蟷螂の鎌の手入れに余念無し」小さな生物への細かな客観写生。私の1句。「怨霊の血を吸い上げて百日紅」

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30.8月の暮らし(10日)

2018-08-10 09:42:52 | Weblog

庭の花 椿

暑かったり寒かったり、着替えに忙しい。朝夕に庭の手入れをする。今朝も姫沙羅の枝切りをした。伸びやすい木だ。花が終わったので切った。沙羅とほぼ同じ形状の花だが小さくて可愛らしい。沢山花が咲く。妻は草取りをしている。1時間以内でやめるように言ってある。熱中症が怖い。西郷南洲の詩を吟じる。「櫻井の駅」「慇懃たる遺訓涙顔にみつ。千載の芳名此の間にあり。花おち花開く櫻井の駅。幽香尚とどまる旧南山」
昨夜俳句会。5名。選句より2句「薯を掘る案山子に着せるシャツを着て作者は所有者の承諾を得て毎年市内の田んぼ数箇所に案山子を立て古い情景を演出する活動をしている。たまたま、それに着せようと思っている古いシャツを着て薯を掘った。風流人である。
「熱帯夜ぐいと火星をひき寄せる」今年は例年の5倍の大きさで火星が見られるという。次は17年後なそうだから、絶好の見ものだ。今年の熱帯夜と呼応しているような大きい赤い星だ。私の1句。「広島忌よどみに浮かぶ泡一つ」

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30.7月の暮らし(31日)

2018-07-30 12:27:35 | Weblog

庭の花 草木瓜

連日の猛暑で惰農を決め込んでいる。草ぼうぼうだ。しかし胡瓜は良くなるトマトは黄色の品種だ。初めてなので熟成度合が解らないが適当に判断して食べている。玉蜀黍も初めて白い品種だったが味は悪くない。
西郷南洲の漢詩を自習している。その一つに「一声の仁」「学を学びて主なければ痴人に等し。天心を認得して志気振う。百派紛紜乱れて線(いと)の如し。千秋不動一声の仁」詩意は、どんなに書物を読んでも自己の考えを持たねばおろか者と同じだ。色々な思想があるが変わらぬ真理は「仁」の一字だ。仁は論語でも繰り返し表現されている。しかし実践においては真に理解するのには難しい。含蓄のある良い詩文と思う。
昨夜は俳句会私の選句から2句。「田の蛙草屋のころの声いまも」昔かやぶき家屋が普通に見られた。今はすっかり様変わりして、田の近くの農家も近代的住宅になった。しかし田の蛙は昔ながらの声で鳴いている。旧懐の情。坦々と終活風鈴澄みわたる」高齢になると生活も世俗的な心情から遠のいて坦々としたものとなった。それに呼応して風鈴も澄み切ってさわやかに鳴っている。無欲恬淡なる隠居的な田舎での暮らし。私の1句散歩道賢治も酌みし崖清水」。なお参加会員の一人からドイツ土産のチョコレートを貰った。美味しかった。

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30.7月の暮らし(11日)

2018-07-11 14:55:29 | Weblog

庭の木 枝垂れ桂 奥の庭。今年巣箱をかけたが時期が遅かったの         か鳥が来なかった。来年に期待する。

昨日鴉にトマトと玉蜀黍を襲撃された。ネットを補強した。
芥川賞の「おらおらでひとりいぐも」を読んだ。この言葉は賢治の
妹のトシの臨終の言葉として有名だ。作品は70台で寡婦となった人のつぶやきとも言える作品だ。独り身でなくても高齢者の私は何時も心の中で過ぎ去った自己との自問自答をしていることに気が付いた。知人がどんどん居なくなっている。従って会話がめっきり少なくなった。共感する点が多い作品と思って読んだ。
11日午前中はパソコン教室に行ってきた。葉書の作成だったが、殆ど経験がない内容だったので参考になった。本日数人の人に7月14日文化会館で開催の吟詠発表会のプログラムを配った。ご理解を賜りたいと思う。
夜は俳句会。私の選句から2句。「花落ちて沈思黙考胡桃の木」
花を沢山付けるが、落ちてしまうと実が生るまで人も注意を払はないし、木も大きな変化が見られない。沈思黙考とは良く言いえたりと思う。「別れ話聞いていたかも水中花」これも擬人的な表現だ。話をして相手が帰って一人になった。寂寥感と後悔の混じった複雑な心境だ。誰にも知られたくない心境だ。しかし誰かにそのうち話が漏れるだろう。その心境を水中花に仮託して表現した。私の一句。「お花畑お釜も近き昼餉かな」

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30.7月の暮らし(4日)

2018-07-04 14:41:01 | Weblog

庭の花  山吹 (裏庭の垣根)

毎日暑い。ここ2・3日は朝からクーラーを着けっ放しだ。ぼうとして考えが纏まらない。それでもなり始めた胡瓜を捥ぎ、花に水をくれる。鴉対策にトマトにネットをかけた。玉蜀黍のネットはまだ少し間がありそうだ。近所に塒があるので油断できない。
吟詠会の県本部から秋の芸術祭の出演案内が来た。例年のことだが800名位の参加者があると思う。幼少年から100歳近くまで多士済々だ。大勢の同好者の前で出演することは大きな喜びである。
合吟の指定演題は、漢詩「源義経」だ。これから稽古だ。
文庫本「空飛ぶタイヤ」を読み終わった。優れた作品だと思う。
最近、毎日少しずつ、正岡子規の「病床六尺」を読む。激痛に耐えて死ぬ間際までよく書いたものだ。人並み外れた、その精神力に強く畏敬の念を覚える。なお余談だがその頃から痛みにモルヒネを用いていたことは意外である。子規もそれで大分助かったことだろう。
最近、判断力の衰えをしばしば感じたので、その対処の一つとして数年ご無沙汰していたパソコン教室に本日の午前中行ってきた。ワンツーマンで教えてもらって、大変参考になった。

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6月の暮らし(28日)

2018-06-28 10:39:01 | Weblog

庭の花 水仙

昨日はニンニク50本を掘り上げた。根が張っているので、スコップでないと掘られない。重労働だった。今日は洗って干した。最近のゲートボールに夫婦で参加している。キャプテンをしていると作戦を色々考えて苦労する。プレー技術も30年以上しているが、ミスがでて思うようにいかない。未完なところが、上を目指して興味が尽きない。文庫本「空飛ぶタイヤ」を買って読んでいる。70人以上登場するという人物描写が興味尽きない。古典も読みたくなり、昨日は「若きウイルテルの悩みを拾い読みした。今日はロマン・ローランの「ジャン・クリストフ」をじっくり読もうと思う。
毎日脳の活性トレーニングとしてミニギターを暇に任せて弾いている。今日は青い山脈」のトレーニングだ。忘れられない我が青春の曲だ。
昨夜は俳句会だった。5名。私の選句から2句。「慟哭の春蝉足湯の足歪む」悲しいことが心にあって鳴き声が慟哭に聞こえる。
その思いが湯の中の足まで歪んだような気がする。「真っ白になりては滝の水となりよく写生のきいた句。私の1句「緑陰の窓辺に磔像懺悔して信者にはあらず。

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5月の暮らし(5.24)

2018-05-24 08:50:03 | Weblog

水仙 (畑の側)

最近、寒暖の差が激しくて、ストーブを仕舞ったり出したり、戸惑った。体調もおかしい。2日前、郭公の声を聞いた。初夏の感じが味わえた。畑の苗も、あらかた植えた。
先日、吉田修一著「悪人」を読む。以前朝日新聞に連載されたが、改めて読みたくて文庫本を購入して読んだ。殺された女性の暮らしや、犯人の置かれた環境を興味深く読んだ。本を整理したくて、業者に買い取りを依頼した。段ボールで3箱数十冊だ。結果は値段の付けられない本が多くて330円なら買い取るとの事だった。業者は送料の負担分もあることだろうし、安いと思ったが売った。
昨日は午後外でゲートボールだ。5名参加。適当な運動になった。
夜は俳句会。5名参加。私の選句から2句。「巣鴉の悪事三つ四つ起訴猶予」鴉の悪事にも泣かされる。手にも負えないが、身近な鳥として憎みきれない。ユーモアのある句だ。「郭公の鳴くを待ちわび青邨祭毎年盛岡出身の山口青邨を偲ぶ俳句会が開催される。作者は青邨の愛弟子だ。青邨には「郭公の鳴くをし聞けばしなのなる」等、郭公の有名な句がある。鳴く声を聞けば青邨を思いだすし、青邨祭も近づいてきた。追憶の句。私の出句より1句。「独演のコントラバスよ野の蛙」

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