漂着の浜辺から

囁きのような呟き。

「エルフランドの王女」と「牧神の祝福」

2017年09月21日 | 読書録

「エルフランドの王女」 ロード・ダンセイニ著 原葵訳
妖精文庫 月刊ペン社刊

「牧神の祝福」 ロード・ダンセイニ著 杉山洋子訳
妖精文庫 月刊ペン社刊

を、続けて読む。

 多分再読なのだろうけれど、そう書かなければならないほど、ほとんど何も内容を覚えていなかったので、初読に近い二冊(それとも、「牧神の祝福」の方は、途中で投げ出したままだったんだっけ?)。いずれにせよ、三十年ほども昔のことである。

 「エルフランドの王女」は、ダンセイニの長編の中では、多分最も評価の高い作品だろうと思う。
 ストーリーは、以下のようなもの。

 ある国の王子が、国民の希望に応えて、エルフランドへと赴き、そこの王女を連れて帰り、女王とて、ひとりの息子を産んだ。しかし彼女は人間の世界に馴染めず、エルフランドの王である父親の呪文によってふたたびエルフランドへと帰ってしまう。王子は血眼になって妻を探すが、エルフランドは飛び去ってしまい、どうしても見つけることができない。王子は、狂気に侵された部下たちを連れて、エルフランド探索の旅に出る。そうして長い年月が過ぎ、夫と息子に会いたいと願う娘の願いを聞き入れたエルフランドの王は、最後にして最大の呪文を唱えるのだった……

 ストーリー自体はどこか説話のようで、現代的な物語とはちょっと違うが、もちろんそこがいいわけである。ほとんど時間というものが存在しない、夢見るような色彩の中に微睡んでいるエルフランドの描写が素晴らしい。最後もただ「めでたしめでたし」といった感じではなく、虚空の中で物語が閉じられるような感じがいかにもらしくて、ダンセイニを読む愉しみは十二分に堪能できるだろうと思う。

 「牧神の祝福」の方は、やや毛色が変わっていて、ひとりの少年の葦笛に導かれて、古代の世界に還ってゆく村を描いた作品である。太古の神々とキリスト教の対決というテーマは決して珍しいものではないが、この作品の変わっているところは、村がなすすべもなく牧神の導く世界に屈してゆくという点である。ネタバレになるが、村はそうして世界から孤立して、物語はあっさりと終わる。カルトに耽る村が一丁あがり、という感じである。村を覆ってゆく牧神の笛の音に孤軍奮闘するのは、この物語の主人公である村の教会の牧師であるが、彼も最終的にはあっけなく屈してしまう。よくある普通の物語なら、ここまでがプロローグで、これから先が本編になりそうな感じである。だが、ダンセイニにとって物語はここまでで終わりなのである。ダンセイニは、先の「エルフランドの王女」もそうだが、世界から今現在の秩序が失われて、なすすべもなく別の世界に覆われてゆくことを、肯定するようなところがある。ダンセイニは、人間の側に立って物語を紡がない。そこが、ダンセイニ作品から感じる「巨大さ」の秘密なのだろうか。