漂着の浜辺から

囁きのような呟き。

「東方綺譚」と「ピラネージの黒い脳髄」

2017年07月18日 | 読書録

「東方綺譚」 マルグリット・ユルスナール著 多田智満子訳
白水Uブックス 白水社刊

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 ユルスナールの手による、東方に材を採った、説話と物語の狭間にある短編集。日本の源氏物語を題材とした「源氏の君の最後の恋」が収録されていることで有名で、アンソロジーなどにも採られたりしているが、やはりこの短編集の白眉は冒頭の「老絵師の行方」だろうと思う。解説にもあるように、これは果心居士の話に似ているけれども、玲という人物の存在によって、単なる奇譚というのではない、さらに別の美しさを持つ物語になっている。もちろん、その他の収録作品もそれぞれ面白く、エンターティメント性と文学性を兼ね備えた、香気のある、良い短編集だった。
 ところで、ユルスナールには「ピラネージの黒い脳髄」という著作がある。これはイタリアの画家であり建築家でもあるジョヴァンニ・バッティスタ・ピラネージの版画作品の中でも、特に「牢獄」と呼ばれる初期のシリーズに焦点をあてた著作で、もともとはピラネージの画集「幻想の牢獄」の復刻版の序文として書かれたものらしい。若い頃、ぼくはたまたま図書館で見つけたこの本で初めてピラネージという画家を知り、ちょっとしたショックを受けた。まるで地下深くの広大な空間の中に作られたかのような、それ自体が迷宮である、巨大な牢獄であり処刑場の版画は、心の奥深くにある寒々とした不安をそのまま映し出しているかのように思えたものだった。そういえば、創元推理文庫の「ゴーメンガースト」シリーズの最初のカバー絵は、この「牢獄」シリーズをもとにして描かれたものだったと思うが、非常に雰囲気を出していた。ぼくには、このピラネージの「牢獄」シリーズにこそ、ゴシックの本質が描かれてあるように思えてならない。