漂着の浜辺から

囁きのような呟き。

ヘヴン

2013年03月31日 | 読書録

「ヘヴン」 川上未映子著
講談社文庫 講談社刊

を読む。

 中学生のいじめを扱った文学小説。実際、結構酷いいじめの様子が描かれているのだが、どこか形而上学的な印象も受けた。登場人物たちの言動が、とても中学生とは思えないからというのもあるが、主要な登場人物のそれぞれが、なにかの象徴として機能しているようだというのもある。登場人物のそれぞれが囚われている狭い世界と、その外にある世界の対比、というか。
 だが、登場人物たちは自らの意思の力だけでその狭い世界から解放されることはない。世界について悟っているかのように語る百瀬でさえ、実際は女性徒との間のことでなんらかのトラブルに陥っているかのようだ。物語を収束に向けて大きく動かすのは、主人公やコジマの意思のちからによってではなく、偶然いじめの現場に通りがかった主婦であり、何気なく斜視をなぜ直さないのかと主人公に問いかけた医者である。そして医者の言葉に導かれ、斜視を治す手術をした主人公だけが、物語の最後で、クリアになった本来のありのままの世界を生まれて初めて目にして、涙を流すのである。そしてそれと引換えに必要だったのは、手術代としての、たったの一万五千円だけだ。
 この物語は、どうやっていじめに対抗すればいいかについて書かれたものではない。書かれているいじめの内容などは、確かに酷いけれども、物語の中では淡々と流れるモノクロームの映像のようなものにすぎない。コジマが主人公を美術館に誘い、「ヘヴン」と彼女自身が名付けた絵の前に導こうとするとき(そして物語の結末を象徴するかのように、結局はたどり着けなかった)、そして物語の最後に主人公が見た光景の鮮やかさ(文章がとてもいい)、そうしたさっと差し入れられる彩りが読後に残った。