落合順平 作品集

現代小説の部屋。

赤襟の清ちゃんと、三毛猫のたま (56)

2017-03-10 18:23:52 | 現代小説
赤襟の清ちゃんと、三毛猫のたま (56)
 銀河のど真ん中



 「用意がいいねぇ。本かつお節に削り器まで持参してくるとは本格的だ。
 恐れ入ったねぇ。
 やっぱり三毛猫のオスは、待遇が違う」


 かつお節を削るいい香りが、山小屋の中に充満していく。
匂いに誘われて、ヒゲの管理人が顔を出した。
「大事にされているんだな、おまえ。たいしたもんだ」たまの顔を覗き込む。
『折角ですから、管理人さんにも、おすそ分けです』
清子がさらに大量のかつお節を削る。


 「これは嬉しい限りだ。天から恵みのようなおすそ分けだ。
 じゃあみんなの分の、味噌汁を作ろう。
 ありがとうよ、お嬢ちゃん。また、後で遊びに来るからな!」


 トントンと階段を下りかけた管理人が途中で、立ち止まる。


 「そうだ。表の雲行きが怪しくなってきた。
 よかったねぇ、お嬢さんたち。
 この先の一ノ王子でテントを張らなくてさぁ。
 ここは雷の通り道だ。
 雷なんかちっとも珍しいことじゃないがお2人さんも、ヘソを取られないよう、
 せいぜい気をつけてくれよ。じゃあな、またあとで」


 「一の王子って?」


 
 「ここから150mほど上にある、稜線上のテント場さ。
 登ってくる途中で発達した積乱雲を見たけど、やっぱり、雷さんの襲来か。
 初夜からいきなり雷の洗礼を受けるとは、清子もついているねぇ。
 さては山の神に好かれたのかな?。もしかして。うっふふ」


 「雷さまですか!。
 恭子お姉さんは、怖くないのですか?」


 「山の雷は怖いさ、誰だって。
 頭の上だけじゃないんだよ。足元や、四方八方でガラガラ鳴るんだもの。
 テントの中にいたんじゃ、生きた心地なんかしないわ。
 もっとも山小屋の中に居ても、それは同じことだけどねぇ」


 恭子の説明が終わらないうち、山小屋の窓をいきなり閃光が走る。
『あっ、』清子が窓の外へ目をやった瞬間。
バリバリという激しい音が、空気を切り裂く。
続けてドッカ~ンという落雷の大音響が、2人の耳を直撃する。
『きゃ~ぁ』悲鳴を上げた清子が、恭子の胸へ飛び込む。
夏用の寝袋を広げた恭子が、清子を抱きとめながら、素早く頭から被る。


 やがて大粒の雨が、屋根を激しく叩きはじめる。
恭子の懐で清子が、ウッ~声を上げてとうめいたとき、すでに山小屋は
全方位を雷雲に取り囲まれている。
上から下から、右から左から、ゴロゴロゴロ~ピカッ!ドッカ~ン!!
ピカッ!ドッカン!ドッカン!。またゴロゴロ~ピカッ~・・・
鼓膜の保護のため、耳に両手を当てて恭子の胸の中で背中を丸めていた清子が、
少し離れたところできょとんとしているたまに、ようやく気がつく。


 『何してんの、たま。おへそを取られてしまいますよ!』



 手を伸ばした清子が、かき寄せるようにたまを手元へ抱き寄せる。
雷はいっこうにとまらない。
激しい雨と猛烈な稲妻はこの後、1時間あまりにわたりドカン、ドカンと
2人の周りで山の洗礼を轟かせる。


 山の雷は突然終わりを告げる。
ある瞬間から急に静かになり、雷雨が遠ざかっていく気配がやって来る。
それが2人に、手に取るように伝わってくる。
ふいの静寂がやってきた。
雨があがった瞬間。雷はまるで駆け足でもするかのように山小屋から、
あっという間に遠ざかっていく。
あれほど騒がしかった窓の外が、満天の星空に変わっていく。


 「お~い。無事かい、お2人さん。
 無事でいるなら、山小屋の外へ出ておいで。
 雷さんの置き土産は、降るように輝く、満天の天体ショーの始まりだ。
 凄いぜぇ。銀河の星が一斉に、おれたちの頭の上で勢揃いしている。
 こんなすごい星空を見るのは久しぶりだ。
 早く出てこい、今夜の星空は最高だ!」


 「たま。表で、星空が最高ですって。見に行こうよ!」



 たまを抱えた清子が、元気いっぱい立ち上がる。
『うふふ。さっきまでわたしの懐で泣いていたカラスが、もう笑っている。
現金だねぇ。清子は』
寝袋を被ったせいですっかり汗をかいている恭子が、指先で濡れた前髪をかきあげる。
『おまえだけだ。騒がずに、ぼんやりしていたのは、ねぇ、たまや』
うふふと恭子がたまに、笑いかける。



(57)へつづく


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2 コメント

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山の雷・・ (屋根裏人のワイコマです)
2017-03-10 21:32:23
1967年 昭和42年8月1日に高校の後輩たち
が西穂高登山の独標付近で遭難しました
生徒11人が死亡し13人が大やけど等の
大怪我をした遭難事故が発生しました
それも落雷でした、それ以降私も常念で
雷に遭遇隣の樹に落雷して・・危うく
そんなことを体験しているので山の
雷は・・ホント怖いです。
茄子の手入れ・・ハウスの天井から
紐で吊るす・・倒れないように
色々と大変な作業なんですね
上の高さは・・身長くらいなんでしょうか
私の添え木の代わりですね
世間は3連休 (落合順平)
2017-03-18 19:21:08
世間は3連休ですが、こちらは5連休。
本日の作業を区切りに、23日(木)までの5日間
連休をもらえそうです。
中腰の窮屈な姿勢で頑張りぬいた
ナスの世話も一段落。
3月末のからの本格的な収穫を前に
小休止のような連休です。
4月からは最盛期で、これが7月半ばまで
ほとんど休みなしに収穫と出荷がつづきます。

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