祇園祭りで授与される函谷鉾の粽が送られてきました。
OTTOの友人が函谷鉾の関係者。ありがたいことに毎年
函谷鉾の厄除けの粽(ちまき)を送ってくれるのです。
粽は食べる粽ではなく、それぞれの山鉾で授与され(有料です)厄除けとして玄関に吊るしておきます。
八坂神社の祭神スサノオノミコトが一夜の宿を求めたところ、
裕福な巨旦(こたん)は断ったが、弟の蘇民将来は貧しいながら
温かくもてなした。スサノオノミコトはお礼に防疫の方法を教え、
蘇民将来の子孫には厄疫が及ばないことを約束した。
その方法が粽であり、その粽には必ず「蘇民将来之子孫也」と
書かれているのです。
函谷鉾は猛嘗君が鶏の鳴きまねをして函谷関の門を開けさせて
脱出することができたと言う故事に由来。
この鉾を建てる地点の前のビルに友人の会社があります。
祭りに行ったのはもう6年前。その時の写真を引っ張り
出してUPしましたが、あの時の宵灯りやコンコンチキの
鉦の音と共にあの猛烈な京都の暑さが蘇ってきました。
でもやっぱり懐かしい
早速玄関の粽を取り替えて、今年もまた無事に
過ごせますように。
OTTOの友人が函谷鉾の関係者。ありがたいことに毎年
函谷鉾の厄除けの粽(ちまき)を送ってくれるのです。
粽は食べる粽ではなく、それぞれの山鉾で授与され(有料です)厄除けとして玄関に吊るしておきます。
八坂神社の祭神スサノオノミコトが一夜の宿を求めたところ、
裕福な巨旦(こたん)は断ったが、弟の蘇民将来は貧しいながら
温かくもてなした。スサノオノミコトはお礼に防疫の方法を教え、
蘇民将来の子孫には厄疫が及ばないことを約束した。
その方法が粽であり、その粽には必ず「蘇民将来之子孫也」と
書かれているのです。
函谷鉾は猛嘗君が鶏の鳴きまねをして函谷関の門を開けさせて
脱出することができたと言う故事に由来。
この鉾を建てる地点の前のビルに友人の会社があります。
祭りに行ったのはもう6年前。その時の写真を引っ張り
出してUPしましたが、あの時の宵灯りやコンコンチキの
鉦の音と共にあの猛烈な京都の暑さが蘇ってきました。
でもやっぱり懐かしい
早速玄関の粽を取り替えて、今年もまた無事に
過ごせますように。