アレルギー性「咳」に苦悩!

2012年03月31日 | 出来事 -

軽い花粉症を発病して、自覚して、数年がたつが・・・
今年、生涯はじめての現象。
「咳」だ。 
夜中も止まらず、ずっと苦しくて寝られなかった。

かなり我慢してきたが、体力が落ち、本当に切羽詰まってきた。

話すのが仕事のような時が多いのに、しゃべり続けると咳が出る。
要するに、気管支炎のような状態で、終日過ごしていたようなものー。

過重労働における免疫力低下(不規則な日々)が基本になっていて、
不安定な天候による風邪などからの気管支炎かもしれないし、
母が喘息を経験したことがあったので、少しばかり心配だった。
父の主治医であり、今や「私の主治医」となっている先生の医院に
駆け込んで泣きついたところ、治療はまず漢方薬から はじめた。
それは、私が科学的な薬を摂取するのを好まないからだろうし、
身体に負担のない治療を心がける先生だからでもある。
しかし・・・この一週間、全く改善はみられなかったので、
今朝、再び、暴風のような突風と闘いながら、医院に飛び込んだ。
そして、数種類の薬を 処方された。

  咳を鎮める錠剤。
  副作用の全くない咳止めのシロップ。
  気管支を広げて呼吸を楽にするという、肌に貼るテープ etc.,。


今回は 「どうしても治さなければならない」ので、
私も無理を言って、咳が止まるように、先生に切願した・・・・。
明後日からも(今週同様)大事な打ち合わせが続く予定なので、
私が前面に出る機会ばかりで、話す回数は 減ることがない。

それに、あと10日もすれば、とんでもなく大きな現場を抱えて、
私は緊張感の中で、神経をすり減らすぐらいの精神状態になる。
咳などと闘っている場合ではなくなってしまう。

そう説明すると、今まで見たことのない薬をたくさ~ん処方された。
せきどめばかりだが、シロップなんて小学校以来かもしれない。
私にとっては、絶体絶命の対処療法だ。



昨年中は ほとんど休みなく、過重労働のため体力が低下して、
その上に、不規則スケジュールで、多忙を極めていたので、
私に与えられたのは「爆睡」か、あるいは「軽い病気の繰り返し」。
体内の免疫力は、完全に“ない”状態だっただろう・・・と思う。

そして、年を越してからも、またこうして、
花粉症の時期に、はじめての病歴が追加された。

人は年をとると、抵抗力がなくなるものだから、本当に
自分で自分の身体を守ってあげないと・・・誰も守ってくれない。



今日、医院の帰りに・・・
以前の住まいの近くなので、いつも通った八百屋さんで長話をした。
ショウガが安かったので、“長期保存がきく料理”を 教わった。
今日は、部屋の掃除をして、ショウガの千切りを始めようと思う。
水に30分さらして、しいたけなどと一緒に佃煮風に煮る料理だが、
私の保存食は八百屋のおばさんの料理と近いレシピもあり、
なかなか面白い“よもや話”となった・・・。
近郊でも、あのような風情ある雰囲気(関わりあい方)は本当にいいなぁ。
東京には、何故、そういうものがなく、知識の得られないスーパーが
台頭しているのだろうと、常々感じている。
(何を買っていいのか分からないし、店員さんからは知識も得られない。
 スーパーには野菜が陳列してあるだけで、それに対するプロがいない!)
昔ながらのコミュニケーションと、知恵の極意は、こういうところで
伝授されていることもあるのに・・・。



今日は、あまりに風が凄いので、「何なのよぉ、いったい?」と思い、
ベランダに リクライニングシートを出してやった。(おバカな私)
ゆったりと横になって「暴風にあたり、小枝の騒いでいる音を聞こう」と、
用意をしていたところ、すぐに突風がやんでしまって・・・・
だから、太陽の日射しが恋しくなってしまった。
やっぱり “風にあたってはいかん!”ーと いうことなのだろうか。


今日は、大変な上に、奇妙な一日。
フィギアスケートワールド(世界選手権)のフリー競技が楽しみで、
わくわく感が止まらない。

私は、ベッドで横になっているべき “完全なる病人” ・・・。

おとなしく負担のない時間を過ごそう。




危なさを感じさせる傾向

2012年03月29日 | 仕事 -

たとえば・・・
メジャーなグローバル会社や、大企業に打合せに行く時、
一緒に行った人の「かばん」の中身が見えてしまうことがある。
受付を済ませて、ミーティングの用意をするときだ。

今日が、まさにそうで・・・ その人は・・・・
いつも着用していないネクタイありのビジネススーツに身をまとい、
上質な皮の「かばん」の中には、びっくりするぐらいの書類が・・・
たくさん入っていた。

それが、私にとっては、とても危険な匂いがしたのだ。


何故なら・・・昨今の“できる人”は、こんな感じである。
タイトなスマートブックに過去ファイルは整理されていたり、
その日に必要な書類だけを印刷持参して、事前確認しているため
持参している「かばん」は スマートな状態だ・・・。
決して、形がくずれるほどパンパンに膨れ上がってはいない。



過剰に横に広がった「かばん」を持っている人を見ると・・・
過去の「必要ではない書類」も皆、近くに置いておかないと
不安に感じるような精神性なのかと・・・
実のところ、こちらが不安になってしまう。

  実は、以前の仕事パートナーがそうで、結局は不安症よりも
  シリアスな健忘症と妄想を繰り返すような「うつ病」で、
  重度の状況だったことが、後で判明したのだ。
  優柔不断なのかと思っていたが、それは 全く見当違いで
  私自身も大きな痛手を負った経験をした。



大きく膨れた「かばん」を持っている人は、丁寧な仕事が苦手で、
メール返信も遅く、明確に「忘れることが多い」のが顕著だ・・・。

日々、働き過ぎで、仕事の優先順位がつけられなかったり、
時間の使い方がルーズだったりする傾向があり、同様に、
周囲に対して「甘い」というのも共通しているように感じる。
だから、大事なところで遅刻をしたりすることがあるが、
今日の仕事相手の人も、しっかりと遅刻をしてきた・・・。


単に、観察してきた仕事人の傾向ではあるけれど、
統計的にみても、何か共通する影響があるのは事実なので、
そういう過去書類の山済みの「かばん」を見ると・・・・
私は、いつもヒヤッとする。

(もちろん、全員がそういう人ではないと思うけれど・・・)




今日、私は・・・・
そういう書類がパンパンの「かばん」を見てしまった。
ショックだった!

中身の厚さは、ほぼ20㎝ は 軽くあって、
いや、それ以上だったかも・・・。
クリアファイルで整理されたものが、整然と並んでいた。
それも、過去の経験と同じ傾向だ。

彼が、集中力の欠落ぐらいなら まだしも・・・
妄想癖などがあるほどの人ではないことを、ただ願うのみだ。



イチローの日本開幕戦!

2012年03月28日 | 出来事 -

イチローがメジャーに行って、10年目にして 初めての
日本での開幕戦が、今日、東京ドームで行われた。

 <マリナーズ対アスレチックス>

最初のヒットでは、ドキドキ感がマックスだったぞぉ!


今夜は、民放のゴールデンタイムの放送ということもあり、
カメラは、イチローの動きや表情を追いかけてくれて、
その緊張に満ちた “いつもの勇士” に胸が躍った。


ストイックで、プロフェッショナルで、繊細な男ー。
それでいて、ぶっとい骨が通っているような・・・・
奇妙な無骨さも感じるが、単なる個性かもと感じたりもする。


白髪のふえた「大人の魅力」にあふれたイチローの顔を見て、
時間の流れを思い知る。
今日のイチローは、しっかりと結果を出してくれたので、
会場のファンや、テレビ観戦の日本中の人に喜びを与えてくれた。


今週の私は、適当に打ち合わせが入っていて、
程の良い緊張に包まれていながら、体調が万全ではなく、
それが原因で「夕食のお誘い」をずっと断り続け、
実は・・・アレルギーの薬を服用中だ。


だから、今週は、スポーツに勇気をもらっている・・・。




花粉症の辛い時期に

2012年03月23日 | 雑感 -

花粉情報を確認すると、このところ4月頭ぐらいまではキツイ。

私が発病を自覚して、数年・・・。
今年は、厳しいと感じている。

水曜日に仕事でランチした人は、大きなマスクをしていた。
私が「花粉症は?」と聞くと、「そうじゃないと言っている」と、
まるで“かつての私”のように(きちんと血液検査をせずに)、
ただ拒否しているだけのようだった(笑)。
本人が認めていないだけ~というか・・・。


現在、巷で話題の「乳酸菌」。
対策の一環として、摂取をはじめて二週間ぐらいになる。
今、ヨーグルトなどに含まれる乳酸菌・様々な菌への視線が熱い。
というのも(個々によって違うだろうが) インフルエンザの予防や、
花粉症の緩和につながる可能性を示す研究報告が 相次いでいるからだ。
売れる商品開発に躍起になる企業人と、それに即してスーパーに通う
消費者魂も、いつも凄い攻防が繰り返されている。
私も、それに意図的に のっかって・・・二種類の菌(R-1・他)と、
一日にかなりのヨーグルトを(気がついた時に)摂取している。
免疫力向上と告知しているが、さぁて何処まで結果がついてくるか・・・。
もともと日本人の腸にヨーグルトが良いとさえ(私は)思えないので、
複雑な感情がないわけでもない。
しかし、今回は信じて、のっかってみた・・・。


以前から、就寝前の空腹感を抑えるためフルーツタイプのヨーグルト
(ビフィダス菌)を食べていた。
今は、不規則摂取ではなく、毎日(多様な菌を)食べるようにしている。



私は、「薬などに頼らず、食事で緩和をしたい」と考えているので、
どうしても自炊が増えたり、自然食品が多くなったりしている。
この時期は、特にそうだ。(外食でも気を遣う)
加工品は、あまり口にしなくなった・・・。
身体が無理なく反応してくれるので、刺激物やジャンクフードを
食べた時は、顕著に「食べましたね~」という結果がついてくる。
こうして、「自分の体内が浄化されているのか」 と・・・・
勝手に、そんなイメージを抱いている。


今回、トライしている乳酸菌は(比較することができないし、
特に今年は症状がきついので)、結果の分析はできないだろう。
それでも、花粉症の「とりあえず的・対策」としては、
やらないよりは、やるに越したことはない・・・と思っている。



美味満喫の「蟹サラダ」

2012年03月18日 | 食事 -



最近、密かなマイブームになっている「カニサラダ」である。
レタスがお布団のように敷き詰められているが、その上には、
カニの身がふんだんに盛られており、そのカニの身を隠すように
カニミソが おおっている。

昨年出会った、この「蟹サラダ」は、本当に美味しい。
何もつけず、カニミソと カニの身だけで食べるのだけれど・・・
新鮮で 生臭くなく、本当に美味である。



蟹にまつわるエピソードがある。
父が若い頃、難病を克服するため、願かけに“ある約束”をした。
「自分は、この世で、一番大好きなカニを、一生食べませんから、
 どうか、この病を治してください。お願いします!」

その話を知っていた私は、「カニ」というと、一種の複雑な感情が
ずっとあって、素直に楽しめない時期があった。
しかし、最近は、本当に「美味しい」と感じるようになった。

父の「カニ絶ち」は、50年近くに及んだ。
私は、父が食べているのを 見たことがない。
しかし、願をかけた病は(生涯)治ることはなかったけれど、
父にとっての「カニ絶ち」は生活の一部になっていたのだと思う。

父は、真面目な人だったから、ただ(無理なく)守り通したのだ。

晩年にも、父からこの話は聞いたが、何の悲壮感もなく、おだやかに
一つのエピソードとして話してくれていた。

 
カニは、甲殻類の中でも、本当に美味しい食材だ と 思う。
私は、父の分まで(飽きるぐらいまで)食べ続けていきたいものだ。



    ※お彼岸のお供えは、両親の好きだった「おはぎ」。



これからの新エネルギー

2012年03月18日 | 社会 -

かつて日本のエネルギー源は、3割が原子力だった。
国内には、54基の原子力発電基がある。
現在は安全点検に突入して、ほとんどが止まっている。

 (その中でも再稼働を宣言した原発もあるが・・・)

現実的ではなく、心情的に共感できない政府の見解は、
まだまだ不透明なものばかりで、きちんとした説明責任が
国民に向けて果たされていない。
東電もしかり・・・。

政府と東電が、2011年12月にまとめた「福島第1原発
1~4号機」の廃炉工程表では、廃炉作業が終了するまでに
30~40年ぐらいはかかると見込んでいるようで・・・
私はその頃まで生きていられるかどうか定かではないぐらい
時間がかかるということだ。



このような状態が続けば・・・
おそらく「脱原発」の議論をしている間に、実際には
現実的に「脱原発」の状態になってしまうかもしれない。
しかし、その一方で、仕事を失い、その恩恵を失う人々が
多い現状があり、複雑な背景もあるようだ。
だからこそ、みんなで考えるべきテーマだと思われる。




これからのエネルギー問題を考えると、現在は火力に頼り、
新しいエネルギー発電について考える時期になってきた。

大きな送電線の並ぶ景色を見ると、私たちの生活に
必要な「電気」「エネルギー」というものを考えてしまう。


昨年夏、「再生可能エネルギー措置法」が可決したが、
現実にはどうなのだろう。
今年の7月から施行することになっているものの・・・
電力を買い取ることを義務付けた法律でありながら、
買い取りに上限をかけているという現実もあって、
「地産地消のエネルギー」に影響が出てくることになる。
日本では、やはり政治力の影響があり、一部の人たちの
目算で決定されているような印象が否めない。
国民の生活を第一に考えての判断だとは感じられないことが
多々あるために、私は・・・なんとなく信頼感が抱けない。


太陽光・風力・小型水力・バイオマス・地熱など、
自然エネルギーの長所短所はそれぞれにあるけれど・・・
結局は全て「コストが高い」ことがネックになってしまう。



原子力に代わる新しいエネルギーというのは、
何かあるのだろうか。

アメリカでは、“世界を変えるかもしれない可能性を秘めた
新エネルギー” が あるという。
新しい天然ガス 「シェールガス」 だ。
このシェールガスを使って、従来の天然ガスの下辺りに眠る
「シェールガス」を取り出すことが技術的に可能になって、
新エネルギー革命が起きているらしい。
しかし、これもまた人々の生活に与える健康問題などを
心配する人や、トラブルを懸念する兆候があるらしい。
基本的には、環境問題に対する配慮が大切になってくるのだ。

ちなみに、日本ではシェールガスは見つかっていないので、
日本では今後、アメリカの天然ガスを調達する予定がある。

天然ガスに焦点をあててみると、世界の勢力図が・・・
がらっと変わってくるかもしれない。
石油産出国の中東と、アメリカとの関わりさえも変化して
くるかもしれないほど、エネルギー問題は国力を左右する。

また、石炭火力発電も、まだまだシェアが広い。

日本を考えると排他的経済水域が広いので、未来を考えて
海を使ったエネルギー「海洋エネルギー」が研究されている。
(海流発電・波流発電・海洋温度差発電・海洋資源など)
「メタンハイドレート」は、海の中で天然ガスが固まったもので、
かなり注目されている海洋資源のようだが、採掘が難しく、
まだまだ実用化には難しいそうだ。
それでも日本のエネルギーの100年分が埋蔵されていると
いうことを聞けば、やはり蔑ろにはできない海洋資源だ。
日本の研究者は、ものすごい知恵を使って、現在も探究中!



昨年、我が田舎の叔母宅も、太陽光を設置して、家の中の
仕組みを全て変えたらしい。
大きな転換だ。
どのように変わったのか、私はまだ見ていないが・・・・
電話をするたびに、そのことで盛り上がっている。
次の帰省が楽しみだ。
台所もお風呂も、すべて太陽光発電でやっているようで、
現場の生活の変化を見るのは楽しみだ。



結局、私たちは、何らかのエネルギーを使って生活を
しなければならない限り、自分たちの知識だけは蓄えて、
最終的な選択をしなければならない・・・。
たとえ電力会社から買っていたとしても、その電力が
どのようにして出来上がってくるのか、どのような仕組みで
エネルギーが生成しているのかは、知っていたいものだ。
必ず背景にはマイナスな部分もあるかもしれない・・・。


2011年 「3・11」
今回の福島原発の問題は、日本全土の問題である。
そして、同じようなトラブルが、将来起こらないという
確証など、どこにもないのだ。





子供の頃に見た親戚の家の「自家製水力発電基」や、
井戸からあふれるぐらい出てきていた地下水・・・・
そんな解放感に満ちて、のどかで、ゆるやかな感覚の風景が
思いだされるのは 何故なのだろうか - と よく考える。

結局は・・・地球にも無理がなく、人々の健康も脅かさない
そんな生活に憧れている自分を感じてしまう。
日々あくせくしないで、未来予測にも あまり窮しないで、
ゆったりとした精神状態で、暮らしたいのだろう。

人々の日常生活もそうだが・・・
完璧を目指すのは無理だとしても、そんなことを意識して
進んでいくのは可能だと思う私は、考えが甘いのだろうか。

とにかく、あらゆる状況を加味したとしても・・・
昔は当然だったことが、今はとても崇高な望みに感じる。




特別な存在の思想家

2012年03月16日 | 人物 -

誰にとっても、特別な立場にいる人が、必ずいるもので・・・・
3月16日に往生なさった思想家の吉本隆明さんはその一人だ。

数十年前から先輩に配されて、吉本さんの本を読むことが・・・
一つのステイタスのように感じられていたような風潮があった。
たとえ理解できなくても、最後まで読むことが一つの挑戦であり、
その内容について論じている先輩方の酒の席での会話を、私は
ただ聞いているだけで、時間が過ぎていっていた時期があった。
あの頃の先輩達の間では、喧嘩の言葉にさえ「吉本隆明」さんが
登場するということが しばしばあった。
「吉本隆明も語れないで、勝手なことを言うんじゃないよ!」

仕事で知り合った方にお聞きしたのは、大学時代の見栄のはり方で、
「講義本と一緒に(読みもしないのに)吉本隆明さんの本を、小脇に
かかえてキャンパスを歩く」というものだった・・・。
それだけ、(当時の)日本の学生たちに影響を与えていた人だったのだ。

吉本さんの著書は、知識がなければ理解できず、その稚拙な自分に
気がついた状態で読み進めるのは・・・非常に辛い作業になる。
そのために、まるで「○×検査薬」のような存在だったようにも思う。

膨大な著書の中には完全に理解できないモノもたくさんあったが、
それでも「吉本隆明」という名前があれば、いつも必ず手にとって
目次はチェックしたものだ。
晩年まで創作活動は、本当に活発だった。



私の大好きな演劇界では、最初に理解できない芝居だと思ったのが、
彗星のごとく現れた野田秀樹さんの芝居(劇団主宰時代)だった。
東大出身の新進気鋭の野田さんの脚本は、全く理解できず、ただ、
難しい言葉がキャッチボールのように羅列されているので・・・
観劇後に「わからなかった」と言うのが恥かしいというような風潮が
あった時代が存在したように思う。
それ以降、どんどんとわかりやすく、演出だけでも注目できる超才能人に
変貌したけれど、初見の印象は、本当に「わからない本(芝居)」だった。
観劇後、「わかんないね、何がいいたいのか。雰囲気だけがぁー!?」
と、大声で言っている私を、どれだけ多くの人が顔を見ていったか(笑)。
会場内では感想を言えない、言うと恥かしい・・・という・・・確実に、
“野田秀樹の芝居がわからないーなんて 言えない雰囲気 が 漂っていた”。

別役実さんの脚本は、完全に不条理劇なので、わからないのが当然で、
そういう “わからなさ” とは 質が違うために・・・
私は、初期の野田さんの脚本・演出作品には、いつも自問自答していた。
まぁ、単純に、どれだけの固有名詞と概念が理解できているかという
試験のようなもので、笑い処は笑えるのだけれど・・・当時の芝居にある
テーマ性やメッセージが乏しかったのが、私にはあわない理由でもあった。
芝居は、思想や論調と違って、心と感性で受け取るものだから・・・
そのステージの上が、全てなのだ。
琴線に触れたり、心が躍ったり、自然と涙があふれたり、感動したり・・・
そういうものこそ、私が、芝居に 本質的に求めているものだったから。




ある時代・・・吉本隆明さんの本は、非常に崇高なステイタスの一つで、
手にしているだけで「おお~」という雰囲気が学生の間で広まっていて、
何か「特別の存在」だったように思う。
実際に、そういう時代があった。
仲間内では、「よしもと りゅうめい」さんと呼んでいて、それもまた、
特別な人だったことを表わす呼び名でもある。
お嬢様が文壇にデビューした頃もまた、りゅうめいさんの娘さんと
いう生い立ちから特別の目線を投げていたように思う。

そういう存在だった。

昨年か一昨年だろうか・・・吉本隆明さんのインタビュー映像を、
何の構成も施さずに制作したテレビ番組を観たが・・・・
それはそれで、「吉本隆明さんの存在が前面に出ていた」と感じた。
うそのない論調と一緒で、暮らしぶりなども想像できるような映像で、
(体調の芳しくない中にもかかわらず) しっかりと主張していた。
私自身は、貴重な映像ドキュメンタリーだと感じたし、
「伝えたいことがある」 と吉本さんも話していらっしゃったし、
あのご高齢な方が「まだやりたいことがたくさんある」と語り・・・
私は居住まいを正して、画面に拝していたことを記憶している。



こうして、時代はめぐっていくのだと感じる。
吉本ばななさんのコメントを読んでいると泣けてきた・・・。

日本の思想界と、文壇に、大きな影響を与え続けた人だった。
しかし、私にとっては、「難しくて、わからない本を書く人」だったし、
常に共感できる論調でもなかったが・・・
それも時代の牽引者ゆえのことであり、私の中の意見を引き出してもらえる
貴重な存在でもあった。
カリスマ的な衝撃発言に反して、品のある穏やかな口調が思い出される。

今、著書をあらためて読んでみたら、少しは理解できるだろうか・・・・。

合掌。


ケータイの緊急地震速報

2012年03月15日 | 出来事 -

夜中の知らせ・・・
緊急地震速報による、携帯電話からの呼び出し音!

これが、なかなか衝撃的な音である。

キュイ~ン、キュイ~ン!

サイレンみたいな音。

私は、仕事がたて込むと、メールを携帯に転送しているので、
夜中3時すぎごろに送信してくださる人と一緒で・・・・
昼間は気がつかなくとも、夜はどうしても目が覚めてしまう。

とにかく、ケータイの鳴り音が衝撃的なので、胸がドキドキ。
すぐにテレビをかけてチェックするときもあるが・・・
この頻度の凄さは、地震多発地帯に住んでいない人には
わからない恐怖(不安感)かもしれない。

昨日も、メールがきていたし、ケータイも鳴った・・・。



てんこ盛のティースタンド

2012年03月15日 | 食事 -


適度な “糖分の摂取” は、脳を活性化する という・・・
それらしき情報を聞いたことはあるが、今日は全く違う観点から
四角い 固定部屋を 飛び出した。

切羽詰まった私が行使したことは、レストランでティータイムを
しながらの企画書作成!

午前中、ある落胆が どど~っと襲ってきたために、前向きに
自分の行動を変容するためには、いつものやり方では無理だと直感した。

イギリス風のティースタンドには、たくさんのお茶の友が “てんこ盛り”。

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上)イチゴのロールケーキ、フルーツタルト、生オレンジ、
中)フレッシュ野菜のキッシュ、ドライフルーツとナッツのブレッド、
  スコーン、(ブルーベリージャムにクリームチーズ)
下)4種類のサンドウィッチ(ハム・エビ・チーズと野菜・フルーツ)

それに無添加のダージリン(紅茶)に、オリーブの実、etc.,
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


どうにかひとやまを超えたような感覚だ。

その後、帰りにリビングの電灯を買いに行ったのだけれど・・・
これもまた大成功!

ちょっとした機転で、いつものルーティンに埋没した自分の感性が
発奮することがある。
快適性を感じることも・・・・。

私自身が、「自分が変わりたい」と、心から切望していて、
何よりも結果を手にしたい一日だった。

何もしないことの無意味さ(結果)は、ことごとく理解している。
だから、「何でもいいから、一つぐらいはステップアップしたい」 と
そう感じた一日だった。
雰囲気が少しでも変わると、たとえゆっくりでも、前に進めるから・・・。



「博愛」なるモノ

2012年03月13日 | 言葉 -

  
           博愛を実践するには、

           最も大きな勇気が必要である。


                <by マハトマ・ガンジー>




 この一週間は、いろいろな意味でヘビーだった。
 精神的にも肉体的にも、私を“ついばんでいく何か”を
 感じたりする数日だったようにも思う。

 多くを語る時期ではない。
 正直、自分の中でも 整理ができていない・・・。
 しかし、しっかりと自覚しているものは ある。


 世界は広い。
 人種・国家・階級・性別・境遇・宗教などの違いを越え、
 それでも共有できるものがあれば、そこを突破口にして・・・
 新しい価値観と 規律が創造できれば シアワセなことだ。

 人類は、もっと広く愛し合うべきだと思うし、
 愛し合える可能性を秘めている。



防災対策の「備蓄食糧」

2012年03月08日 | 出来事 -

ちょっとばかり体力が落ちている。
だから、10年以上ぶりに、いやもっとだろうか・・・
「カツカレー」なるハイカロリーの“ゲンかつぎ” ランチをした。

夕方になっても、“食べたぞぉ~感” が 残っていて、
胃もたれ気味だったかも・・・。 



スーパーに行くと、角に「防災食糧」コーナーができていて、
かんずめ、ナッツ、インタスタントラーメン、ゼリーパック類、
数種類のご飯パックが ところせましと並んでいる。

「三日の食糧のキープをしましょう~!」

3・11を受けて、首都直下型地震の対策についての情報が、
新聞やテレビで、連日のように取り上げられている。
本当に 「いつ来てもおかしくないのだ」 という意識が、
芽生えてくるぐらいの頻度である。



山登りが趣味の私としては、予備のガスバーナーを買い足して、
お米とお魚のかんずめ、味噌を保存しよう。
あたたかいものを飲めるように、2タイプの携帯用コッヘルも!
水と一緒に、一つのザックに詰めて 準備しておくことを考慮中。

自分が誰なのか、何かしら身につけておくのがベターかな・・・と、
もし万一 怪我などをした時のための対策が頭に浮かぶ。
いやぁ、どんどんと想いは広がるが・・・
あまり悲観的になってもいけないし・・・

  


しかし、そうは言っても、被災地と首都東京の映像を同時に観ると、
どうしても感じてしまうことがあるし、感じてしまうと・・・
反応せざるをえないことがある。



JORGE DONN の「ボレロ」

2012年03月07日 | 人物 -

「ボレロ」を聴くたびに、どうしても頭をよぎるのが、
「20世紀バレエ団」 の ダンサー「ジョルジュ・ドン」 だ。


一世を風靡した「モーリス・ベジャール」の黄金期には、彼の存在が
無くてはならないものとして定着していた。
斬新で前衛的なベジャールの振付と、舞台総合芸術の表現者として、
バレエダンサー「ジョルジュ・ドン」 は欠かせなかったのだ・・・。


私が、ドンの「ボレロ」 を 最初に観たのはテレビだったはずだが、
あまりにも衝撃的だった。
そのインパクトは、知人宅で鑑賞したLDのマリア・カラスに匹敵する。

記憶の中に残る “強烈な印象” が、今も断片的にリフレインする。

思い込みを打ち破られたかのような存在感があり、あの独自性、表情、
強靭な身体の線、・・・そして、体毛(胸毛)さえもが、まるで
衣装のように思えるほど・・・・個性的で、且つ、衝撃的だった。


「ボレロ」の舞台は、他のダンサーでは鑑賞したが、結局は欲求不満で、
心の中で「ジョルジュ・ドン」の存在がぬぐえないままだった・・・。
あまりにも、最初に観た時のインパクトが強すぎたのだと思う。



彼が出演したルルージュ監督の映画 「愛と哀しみのボレロ」 も、印象的で、
世界が彼を注目するきっかけになったとも言える・・・。


今でもDVDで彼の舞台を観ることはできるが、やはり 「生鑑賞」 ではないと
感じられないものがあり・・・、 映像とは全く違う臨場感があるために、
私はどうしてもリアルな舞台鑑賞にこだわってしまう。
映像の構成では、どうしても視点が限定されてしまうので、自分の感性を
躍らせることができず、不完全な感覚におちいることがあるからだ。
肌で感じる劇場の空気と、自分の意思でフォーカスしていく鑑賞形態では、
明らかに違いがある。

   


生舞台鑑賞をこよなく愛した若かりし頃・・・
テント芝居、前衛劇、コメディ、ストレートプレイ、ミュージカル、
はっきりと言うと「節操無く、ほとんどのジャンルを観た時代」を
経たことで、とりあえずの経験と知識がついて、自分の中にも
ある程度の “好みに近いもの” が 明確になった。

一年に一度、ロンドンに通っていた時代もあり、「よくもまぁ、
あんなに固執していたなぁ」 と(今となっては) 感慨深い。
A・ロイド・ウェバーの新作があけると聞けば、格安航空券を取り、
仕事をやりくりしては渡航していた・・・。

そのほか、アフリカン太鼓音楽劇やガムランなどの来日舞台や
コンサート・オペラ・バレエなども鑑賞していた。
来日舞台はチケット代が高価で、財布は悲鳴をあげていたが、
あの頃の私は「好奇心の塊」で、その都度、熟考して鑑賞した。



これまでに生で観られなかったことを残念に思ったのは少ないが・・・
それでも筆頭にあげられるのは、「ジョルジュ・ドン」だと思う。
テレビの映像では何度も観ていたけれど、願わくば・・・
「彼の絶頂期に生舞台で観たかった」と、今でも心から思う。

少しばかり生きた時代があわなかったし・・・、どちらにしても
彼は若くして逝きすぎた。
ジョルジュ・ドンが侵された「エイズ」という病は、まだあの頃は
情報が無かっただけに “不治の病気” として認知されており・・・
最期の迎え方もまた、(私にとっては)ショッキングだった。

何から何まで情報足らずで、魅惑的なままに逝ってしまったから、
今でも 「ボレロ」 を聴くと、どうしても思い出してしまう。
私にとっては「 ボレロ = ジョルジュ・ドン 」 になっているようで、
まるで「パブロフの犬」 みたいだ。


彼は、こんなことを言っていた。
「精神と肉体は、常に表裏一体だから、切り離すことはできない。
 だから、精神を豊かにすると、肉体の表現も自ずから豊かになる」
プロフェッショナルだからこその言葉だと思う。




責任者としての自覚と配慮

2012年03月06日 | 仕事 -


誰もが持っている「責任感」を果たすのが仕事であり、また、
それを果たし続けていくのが仕事だと・・・私は思っている。

契約の最終的な終結を待ち、その連絡を待ちながら・・・
実際、かなりの時間が過ぎている。
その他の乗り越えるべき問題や課題はクリアしているのに、
最後の「契約書の作成」だけが残っている。
これに関しては、私は先方の出方を待つ立場なので、
結局は、仕事先担当者の連絡を待つしかない。


こういう大切なことを、ずっと引き延ばしておきながら、
何の連絡もしないで、平静でいられること自体 ・・・
私にとっては非常に不可思議なことである。

たとえ仕事をたくさん抱えていたとしても、果たすべき義務や
責任を、きちんと果たさずして(自分の)立場は守れない。

やるべき仕事をやらずして、責任者をやれるわけがないのだ。


  


現実的に、やらなければならないことをやらないことで、
何らかの複雑な感情が出てきて、その感情が連絡を怠ったり、
経緯の説明ができないのであれば・・・それは論外だと思う。
言い訳にはならない。
それもふまえて、すべてが自分の仕事だと、私は考えている。
自分の中に起こりうる感情コントロールもまた、大きく仕事に
影響を与えるものであるからこそ、“人となり” が 重要となる。

あまりにも対応が芳しくないのは、責任感がないというよりも
“仕事ができない人” という意識が働いてくる。

当方が連絡をしても、再び連絡がなく・・・それが繰り返される!
結局は、部下の人に相談すると・・・「そうなんですよね」 と、
「またか」という態度で (やんわりと)説明をされた。
ということは、周囲の人も、そう認識している気配が、歴然と
私に感じられてしまい・・・・ さらなる危機感がつのる。

まだまだ仕事は「これから」なのに・・・。



お酒が好きなようで、でっぷりと太った “その人” は、
ストレスを自分でコントロールできない可能性があるのでは・・・
そう思えるような体型をしている。

   ※ホルモンバランスが原因の人や、
    病気で太っている人もいるけれど、
    カロリー大量摂取のために太っている人がほとんどだ。

話していても “せっかち” な印象がして、必ず最後まで聞かず、
自分で相手の言葉を遮断しては “押し込めるような交渉術” を 使う。
それが、好印象を抱かせない要因であるし・・・
自己中心的に捉えられる部分でもある。

実際よりも「損をしている」と、私は思うけれど・・・
おそらく仕事のやり方は、変えられないだろうし、
自分で「現実」と「周りの評価」は感じとれていないのだ~と、
私は・・・そう思う。



とにかく、(私としては)責任感だけは果たしてほしい。
それを丁寧に続けるだけで、仕事は成り立っていくのだから―。


相手を “うまく納得させられる交渉の仕方” を、今、私は・・・
熟考している最中である。
相手のプライドを傷つけないで、責任を果たしてもらうように
してもらうための方策だ。
こういう中途半端な仕事のやり方をされて、煮え切らない状態で、
これから半年も付き合うのは、かなりキツイことだ。




お気に入りの にぎり寿司

2012年03月04日 | 食事 -




そぼふる雨の中、美味しい寿司を食べに行ったけれど、
今夜は「美味しく感じなかった」のが、とても残念だった。

目の前には、シリアスな話題が山積して・・・、私の胃袋も、
私の脳みそも、満足する快適性を感じられなかった。
お寿司の量も通常の半分以下・・・。

いつもは、すごく美味しく感じるのに・・・、そして、
存分に味わえるのに・・・。
不思議なことだ。

今夜は、一緒に行った人の「トラブル相談」になってしまい、
そのシリアスな世界に (私自身も) 押しつぶされそうになった。
少し食べただけで、食欲は 急激に 減退してしまった。
彼はビールだけで、何も食べようとしないので、余計に・・・
出されてすぐに手を出す「お寿司」に、私も手が伸びていかない。

「食」の感覚というのは・・・ 本当に・・・・
メンタルな部分と、環境設定が大きく影響するのだろうか・・・と
今夜は しみじみと感じた。


       



メンタルと環境設定が影響すると言えば・・・

今日は「びわ湖マラソン」の日で、マスコミ全般が注目していた
堀端選手や今井選手が 撃沈した日・・・。
これだから、マラソンはわからない。
いつも、いつも、わくわくドキドキが止まらない。
私個人は、今井選手の夢が途切れた時点で、凄く気力が萎えたが、
それでも最後まで興味深く観戦した。


高橋尚子さんの五輪選考落選の時のように、混迷をきわめる今年、
三人枠という日本陸連の結果に興味がわく。

マラソンのコースは、みんな違うし・・・
競技日のコンディションで記録タイムも変わってくるし・・・
それを一律に同じ土俵の上に置くこと自体、厳しいことだから、
誰に五輪の切符が渡されても、それを受け入れるしかないが、
今年は 微妙で 難しいことになりそうだ。

高橋尚子選手の選考の際にも、“不透明で明確ではない基準” が、
世の中のマラソンファンの期待と信頼を 揺るがせた。
だから、今年のように、選考レースに何度もトライする選手が
何人も出てきてしまったからこその混迷でもある。
もう少し選考基準がクリアだったら、こういうこともないのだが・・・
それもまた議論がわいてきそうなことでもある。



今日は、びわ湖の天候のように、一日、私の心も晴れることなく、
明日を迎えることになるけれど・・・・
「風と共に去りぬ」ではないが、「明日は、明日の風が吹く!」から、
私自身のマインドを 自分で しっかりと管理していきたい。
それも、いつもよりも 少しだけ前向きに・・・。




「旅」 とは 「出会うこと」

2012年03月03日 | 言葉 -

  「旅」にはたった一つしかない。

   自分自身の中へ行くこと。

    
    <by ライナー・マリア・リルケ :詩人>





「旅」には、多くの出会いがある。
人との出会いから、美しい風景や食文化、
自分自身との出会いまで・・・。

たくさんの経験の中から、自分の感情や感覚とも
出会いながら、時間は過ぎていく。
大事なのは、それを意識しているかどうかということ―。
意識しなければ、全ての感覚はスル―されていく。

新しい感覚と出会うためには、環境の違う場面に
この身を置き、新鮮な体感を手にすること。
ルーティンの中では、感じられないものと出会える・・・
そんな可能性を秘めている。