平気で嘘をつく人

2023年12月22日 | 仕事 -
慌ただしい年末に、気持ちが落ち込むようなことが発覚し、
実のところは(今日もまだ)あまり気分が乗っていない。

現在、4人ほどで組んでいるティームの一人が、
ありもしない事実ではないことを、事実かのように
周囲に話していたことが分かった。
本来ならば、その行為は「うそを言う」と言われかねない。
あるいは、「他人を貶める行為」だとも捉えられかねない
そんなことである。

数年間の付き合いがあるが、初見で危険な匂いを感じたので、
私は比較的深入りをしないような付き合いを重ねてきた。
しかし、今回は焦点になっている人を攻撃する存在として
誤解されてしまうような作り話だったので・・・
あまりにもストレスを抱えてしまった。
その件で、より分かったことは、尋常ではないことが密かに
継続されていたこと。
わかりやすく言うと、その騒ぎを起こしている人は、とても
普通に生活をし、普通に仕事をしているので、特別な異常性に
私たちが気づかずにいたということだ。

その行為は、まだらボケの人がするようなことと同様で、
整合性がみられず、周囲の人たちが困惑する・・・。


ただ、言い訳ではないが・・・本当に普通の人に見えるので、
その異常性には気づきにくい。
誰かよりも少しだけデリカシーがなく、配慮が少ない人で、
他人のプライバシーに興味を抱きすぎる人・・・。
しかし、時として強靭な精神力で人を攻撃することがあり、
そういう逸話が多い。
苦手だと言っていた人は、こういう経験をして顔をしかめ、
その方を嫌っていたのだと思った。

ああ、長く生きてきても、なかなか人となりを見極めるのは
とても難しい。
特に私は、深く関わらず、仕事だけの時間を重ねてきたので、
余計に一緒に過ごした時間が短すぎた。



なんとなく、ぐったりとした朝を迎えている。
全国的にとても寒く、雪もちらほらという朝だから、
天気が悪いと気分も落ち込んでいくよ。



ある人が言っていた。
「どうしてすぐに嘘だとわかることを、平気でするのだろう」
「おかしくないですか」
「少し話せば、確認されたら、すぐに嘘だとわかるんですよ」
正直言うと、私だって理解できないのだけれど、
もし到底理解できない別人種なんだとしたら・・・
仮にそうであれば納得がいく。


この身に火の粉が降りかかってくると、人は一生懸命に
動くのだなあ~ということはよくわかるが(笑)
それが自分自身であることが少しばかり情けないな。


第三者からの助言

2017年07月11日 | 仕事 -

袋小路に入ってしまった時や
どうしたら良いのか迷っている時は、
・・・・・
冷静な自分を見失っているものだ。


今日は、仕事ができない人 に対して
世話をやいて疲れ果てている私に、
苦言のようなアドバイスをもらった。
若くもないその人を 「 できる人 」にするため
私一人が頑張って 「 教育係をする必要はない 」
という内容だった。


ひとつ 線を引くことで・・・
快適になるという事は分かっていても、
私は つい面倒をみてしまう。
訊かれると放置できない性分だし、
少しでも仕事を覚えてもらえると
私の負担も軽くなると感じるので、
努力することは意味あることではある。
しかし、そのことで私一人が抱え込み、
健康を害するまで 一生懸命にならなくても
よいではないか・・・という主旨だ。





自分を客観的に見てくれて、
助言をもらえる人の言葉は
大切にしたい!と思う。


頂いたアドバイスを胸に抱きしめて
今一度 考えてみよう。
そして、
行動に結びつく何かを、いち早く
見つけることが 第一の突破口かもしれない。

明日も、トライしてみようと思う。





「 許せない無神経さ 」

2017年07月03日 | 仕事 -
仕事上の会話は、
常にビジネスライクだと 楽である。

しかし、
自分の立場や 仕事の質感を認識せず、
無神経な言葉を吐き出す人に対して
私は ずっと 我慢を重ねるものの・・・
やはり 感情の動物 = 人間 だから、
果てしなく 我慢できるものではない。

それに 冷静に考えれば、
その人に対しても 放置し続けるのは
良策だとは思えない。



今日は、 何も考えていないような・・・
かなりデリカシーのない言葉だったので、
私は しっかりと 指摘させてもらった。

大切なのは、感情的な論点に終始せず、
伝える際には 冷静に言葉を選び、
誠意を持って ( 相手を思いやって )
対峙することだと思っている。

好ましくないと感じる人もいるだろうが、
周囲の人々が我慢しすぎるのも良くない傾向だ。



伝えてしまって良かったのだろうか と
想い悩むことがあっても・・・
「 許せる無神経さ 」と 「 許せない無神経さ 」の
境界線が 自分の中に きちんとあるので、
悪意なく その点は主張させてもらった。


後悔はない。

けれど、後味が良いものではない。

現実を受け留め、努力する肯定的な姿勢に
転換してもらえると有り難い。
明日からの動向を 見守りたいと思う。

私が 日々の時間を共有する仕事仲間だから、
これで良かったと 思っている。







貧乏くじを引いた人の仕事

2017年04月30日 | 仕事 -
人は、誰しも
立場に即した責任を負う。

自分の役割ではない仕事や責任などを
押し付けられた場合に 強く思うことは、
「 貧乏くじを引いた 」という感覚だ。
それは、明らかに自分にとって損だ と
思っているからに他ならない。

全てを損得で判断するのは難しいが、
理不尽な思いがそうさせるのだろう。

人によれば、「 ひどい目にあった 」
「 不遇になる 」などと、
感じる人もいるかもしれない。
最近では、思うようにならないことを
「 詐欺だ 」と表現する人も多い。



しかし、冷静に 見方を変えてみると、
一つの現実の背景や状況によって
違う景色が感じられる。


たとえば・・・
貧乏くじを引いた人の仕事ぶりには、
「 人助け、親切、頼りにされている、
一生懸命な姿 」などが 想像され、
わるいことばかりではないと思う。

損な役だとか、後始末や 尻拭いと
解釈せずに、とりあえず は 前向きに
取り組むようにすれば 多少なりとも
ストレスは少ないように思う。


負担がかかるのは同じだし、
やる仕事は変わらない。
考え方は、大きな影響を与えるので、
自分に負荷がかからず、穏やかに
日々が過ごせるに越したことはない。
決して いい人ぶるつもりはないが、
自分を守る最善の方法を選んだ方が良い。







それにしても、・・・私のケースは、
成人して数十年を経た経験豊富な大人が
「 おんぶに抱っこさせてもらいます 」と
一日に何度も言うのは 「 妙な印象 」がすると
当初は困惑し、愚痴りたくなった。
私の常識では、かなり違和感を覚える言動だ。
自己コントロールに時間を要し、今も
苦労しているのは事実だ。
第三者は、「 きっと いいことがあるわよ 」 と
気楽に声をかけてくれるが・・・。

結局は、自分が選んだ道だから 、
仕事量が増えても、頑張ろうと覚悟した。
しかし、私が いつまで お世話ができるのか、
私自身に相談しながら、やらなければ!!
それは 今後の課題や注意事項として
常に留めておきたい。





他人に頼るということ

2017年02月21日 | 仕事 -

わからないことがあったときや、
不安に感じたとき、
「これはどうしたらいいんですか」と
人に尋ねたくなる。

勿論、様々な場合があるので
ひとくくりにはできないが、
意味不明な事件に遭遇した時は、
人に頼りたくなることがあるものだ。


しかし、
他人は いつも
期待に応えてくれるわけではない。

人に頼ることが、また違った影響を
作り出してしまうケースもある。

自分の力を信じて、
自分で解決することが望ましいが、
それができないと悟った時、
多くの対策に対する引き出しがあって
ドタバタと狼狽しない人が、
周囲の人に好感をもたれ、
結果として 信頼されるのではないか。

そんな印象を受けた出来事が、
昨日あったので、
ここに記録しておく。




情報共有の大切さ

2017年02月16日 | 仕事 -


情報は共有することで、皆に その価値を
知らしめることができる。

自分自身の懐の中にしまったままでは、
他のメンバーに 「 貴重な情報の価値 」が
伝わっていない。


それは残念なことのように思うし、
時として、残念が残念を呼び込み、
貴重な成果を取りこぼす可能性もある。

言葉足らずで 情報共有ができなかったり、
時間が間に合わない というケースもある。
しかし一番大きな要因として考えられるのは、
情報を持っている人の判断・・・いわゆる
「 配慮なき伝達不足 」だ。

もし、自覚がなければ、更に 残念である。



リアルタイムで、その時にしか成し得ない事が
世の中には たくさんある。

「 時 」 は、逸してはいけない。

大したことではないと 思うのは危険な兆候!

この時代は、情報を いかに征していくのかが
大事なことなのだ。

こういうことさえも、気楽に
ブレストの中で 意見を共有しあえることは、
何よりも 快適だと思うんだけど、なぁ。




断定的な判断による弊害

2017年01月14日 | 仕事 -
人にはそれぞれ癖がある。
その人の思考によって反応も変わる。


仕事上、関わらなくてはならない人がいて
その人の影響を受ける場合、
常に その人の思考の影響も受けることになる。



その人は、少ない情報の中でさえ
自己の価値観によって 「 断定的な発言 」を
繰り返すのが頻繁である。
決めつけたような否定的な言葉を聞くと、
私は 一瞬にして
心が硬直するようなイメージに 陥いる。


根拠もない未来のことを・・・
仕事上に関わる重要なことを・・・
人の人生にさえも関わるようなことを・・・
一人の判断で、それも 断定的に決めつけ、
周囲に聞こえるように 大きな声で発言するのだ。


長きにわたる心の葛藤や 行動の変遷があり、
その人に 「 あるひとつの思考の癖 」が
身に付いてしまったのかもしれない。
しかし、周囲に与える 悪しき影響を考えると、
私は良いことだとは思えない。
すごく残念なことだと感じる。


断定的な判断をして決めつけることは、
他人にも 強いしこりを残すことになるからだ。





実は、私の身にも降りかかってきた。
今日のことだ。

15秒だけ間をおき、自分の考えを相手に伝えた。
「 でも、現時点では、
そうなると決まっているわけでは無いですよね 。
私は 前向きにとらえて 頑張ることにします。」
すると、意外にも 言われた側のその人は、
さらに肯定的な言葉で返してきたのだ。
私にしてみれば、驚きの反応だった。


私が 主張して初めて分かった事は、
その人の発言や行動を放置している側にも
責任があるということだ。
これが、私が思い込んでいた その人の現実!


相手を鏡として 「 より良い関係 」を構築し、
それぞれが努力し、風通しの良い職場を
皆で つくりあげていくべきだと 感じたが・・・
それが出来ていなかったという反省!

そんなことに 改めて 気が付いた。



CSR 意識の高まり

2016年09月01日 | 仕事 -
企業の社会的責任 」 に 言及されるようになって久しい。

収益 は、企業にとって、非常に大切ではあるが・・・それだけでなく、
人権に配慮した雇用や労働条件をとったり、日本国民への適切な対処、
環境問題への対応、地域社会への貢献などの企業が果たすべき責任を
企業の社会的責任と言っている。
最近は、「 corporate social responsibility 」 から 「 CSR 」 と
表記される。


しかし、このCSRの取り組みとやらが ・・・ ひとくせあるものがある。
海外の未開発地域への貢献とうたいながら、利潤追求と効率アップが
本来の目的であったりするし、挙句の果てには 宣伝に利用したりする。
一見、社会的貢献事業をしているように感じても、隠された背後には
違った側面からの事実が潜んでいる 「 グレーなもの 」 もある。

人権を蔑ろにした事業のもとで収益をあげ、会社の株はあがっても、
「 会社として どうなのよ?! 」 と 疑問に感じる有名会社がある。
私は(個人的に)、そういう企業の製品は買わないようにしているが、
歪んだ事実や “ それらしき情報 ” は 公にならないことが多い。


まさに社会貢献と言っても、いろいろなケースがあるのだと思う。


たとえグレーだとしても、
社会貢献事業をしない会社よりは、する会社の方が
地球全体:社会全体を考えれば ベターかもしれない。
けれど、その 「 やり方 」 に、腹黒いものが感じられたら、
私にとってはアウトだ。
もしかすると、それを 「 ウイン・ウインの関係ですよ 」 と言う人がいるかもしれない。



私は、出発地点の状態を重視したいと思う人だから・・・、
どんなケースであっても、
常に 「 相手の状況や状態を 慮る気持ちがないと
共感することが できない
」。
たとえ、それが 「 社会貢献である 」 ということであれ、
100%の賞賛を 抱くことができないのである。





常に企業は、企業のあり方を意識するべきだと思う。
「 利益優先が第一 」 と掲げることについて批判などない。
企業は本来そういうものだから、違和感は全くない。
ただ、根幹に置いている 「 本来の目的 」 を 完全に隠し、
虚偽の説明でおおったプロジェクトを発表し、実行しては
いけないだろう--- というのが 私の感想だ。


世の中に どのように受け入れられるのか を察知して
株主や世俗の評判を気にするのは当然としても、
印象操作や虚偽説明があってはいけない と思う。



維持したい 「 職場環境 」

2016年06月20日 | 仕事 -
数ヶ月前と違って、激変した 私の労働環境 !

現在の部署 ( 職場 ) には、女性が多い。
これほど女性の比率が多いのは、初めての経験だ。
一緒に食事に行ったり、飲めない酒の宴に付き合ったりと、
プライベートで話す機会もあるが・・・
人となりというのは 仕事のやり方や、姿勢、あるいは、
休憩時間の何気ない言葉にも 感じ取れるものだ・・・ と
つくづく思うときがある。

私自身は、人格 を尊重しており、
その存在を評価することは決してないけれど、
やはり感じてしまうものがあって、それが自分の中で
大きく ふくらんでいるのは事実だ。
そのことによって、表現は難しいが・・・
「 気を遣う 」 というか、 「 折り合いをつけていく 」 というか、
そういう感覚が 自分の中に芽生える。


「 相手と、どのように付き合っていくのか 」 に関しては、
女性の方が 配慮しなければならないことが多い。

プライドが高い人や、自分の意見をしっかりと主張する人が
多い部署なので、仕事以外でも 少なからず気を遣う。



私は新参者だから、プライベート情報が伝わっていない。
過日には、結婚していることが前提として話をされ、
それを否定すると、諭されたりもした。
今更ながら・・・だが、この議論には 時間がかかる。

しかし、こういう考え方が主流になっている環境では、
少数派の後輩は ( それなりの ) 防御が必要になる。
実際、ある独身女性は 昼食を一緒に食べないようだ。
その人なりのスタイルで、職場の中で生き抜いている。
そういう現実 ( 関係性 ) が、しっかりとあることも、
何げに感じ取ってしまった。

既婚者の先輩が思いやって言ってくれていることが、
独身女性にストレートに伝わらないこともあるだろう。
最初から触れられたくないと拒否している若手女性や、
面倒だから線引きをしている40歳代の女性もいる。

既婚者と独身者の女性間で、複雑な関係を紡いている。
それが、今 「 私が働いている部署 」 だ。

好奇心を持って対峙してはいけない現実ではあっても、
興味は尽きない。


私は、プライバシーに触れないが、
周囲はズケズケと質問を浴びせてくる(笑)。
おそらくは、誤想や誤解がてんこ盛りなのではないか、
そんな印象がする。


私は、私。
だから、どんな質問にも、その時々で対応している。
けれど、疲労がたまっているときは、厄介だなぁ・・・と
感じてしまう・・・(笑)。
そして、女子会で暴れて 愚痴っている女性を見ると、
なんとなく切なくなる。

ありのままの自分を肯定的に受け入れられていない人は
それなりの心地悪いものを 感じているのかもしれない。

そんな現実を感じとり、
自分が 快適に生きていける環境 を模索し、
ただいま 構築中である。



「 権威 」 に群がる人々

2016年03月14日 | 仕事 -
権力 」 ・ 「 立場 」 ・ 「 財力


今の日本社会の価値基準になっている “ 不透明なもの ” 。
形あるものなんて、ひとつもないし・・・
空腹を満たすモノもない。
それでも、巨大な力 を持っている。


そして、「 上下 」 「 優劣 」 などが、社会には歴然と存在して、
みえない線が ひっぱってあるように、複雑怪奇に からまっている。

  これらに、はむかう人。
  従う人。
  疑問を感じながらも、結局は まかれる人。
  いろいろだなぁ・・・。


       


「 権威 」 というものに 群がる人々を、まざまざと
今日、凝視した感覚がしている。

彼らは 決して悪いことではないが、パラサイトのような人とは違って、
計算高く、慢心で、時々見え隠れする傲慢さが、鼻につく。


集団の中での立場と、自分が果たすべき責任 ( 成果 ) が、
バランスよく遂行されていることも重要な要素だと思うが、
「 ひとり勝ち 」 したがっている気分が感じられたら、
もう ( 私は ) 心のシャッターを 降ろしたくなってしまう。
頑なさを感じる言動もまた、好感を抱かせるものではない。

反面教師 としながらも、いつまで黙って見ていられるのか、
いつまで付き合っていけるのだろうか ・・・ と、
そんな壮大な妄想と課題に囚われたのが、今日の出来事だった。


  

自分で きちんと線をひいて、守るべきは 「 自分自身 」 だ。

どんな時も 優先したい 「 我が尺度 ( 価値観 ) 」 には、
嘘がつけないし、ついてはいけないと思っている。
何といっても、これは・・・
だまし続けられるものではないと思うからだ。



権威 」 に群がる人々は、餌を放り込んだ時の 池の鯉
連想させる。
       そういう騒々しさがあった。



今日の感覚は・・・是非とも忘れずに、記憶しておきたい。


偶然という恐しい出会い

2016年03月02日 | 仕事 -
今日、仕事上の出会いで、お初の邂逅で・・・
ちょっとばかり 雑談していたら、
「 実家がとても近い 」 ということが判明。
それで、相手のお父様の名前を聞いたら、
我が父からよく聞いていた名前で、
実に・・・まさに・・・仲の良いお友達だった。

こういうことって、あるんだ?!


   



過去にも、似たようなことがあった。
当時の会社で、来訪を受けて、名刺交換した。
珍しい名前だったので、顔を見たら面影があるので、
つい聞いてしまった。
「 もしかして、○○高校出身ですか? 」
相手はピクリと顔がゆがんで、じっと私の顔を 凝視!
「 もしかして、同級生ですよね? 」
私の名前を言ったら、 彼は 驚いて 納得!
高校一年のクラスメイトだったのだ。
私は それなりに お化粧していたから、
彼は わからなかったみたいだ。

偶然とはいえ、大学時代は頻繁に電話で話していたのに、
会っていなかったがゆえの気恥ずかしさ。

就職して、疎遠になって数年後、偶然の出会いとなった。
それも、仕事仲間としての出会い。

こういうことって、本当にあるんだよね。

面白いと思うょ・・・ホント。


フェアだと思える判断

2015年10月26日 | 仕事 -

今日は、日本語のやり取りなのに、
納得できない出来事にぶつかった。

私は、バカだから・・・
相手が主張することが理解できなかったのだ。



       

     
私は、とても単純なので、フェアではない事実に
どうしても拒否反応が芽生えてしまう。
 ( 正直に生きたいと思っているからかもしれない )
たとえ大人としての対応をしても、ストレスは消えない。
うわべの取り繕いは、無理がたたりそうだとも思う。


       


時として、フェアではない状況がまかり通ることがあり、
それを甘受する際には、自分のどこかを切り落として、
「 許す 」 という感情に持っていく必要がある。
コントロールすることは可能だが、心が拒むのは仕方がない。

    
「 情 」 というものを重視する日本においては、
それを理由に流されてしまうことがある。
決して珍しいことではないが・・・
やはり、私は、正当的に扱われる 「 公正さ 」 や、
「 正義感 」 に 魅力を感じてしまう。


フェアかどうか 」 ということは、何でもないようで
実は非常に大切な要素であることが わかった。
私にとっては、重要なことのようだ。

たとえば、私自身が、
「 これはフェアな判断だ 」 と感じることができたら、
何の違和感もなく、 拒否反応も感じず、 快く
従っていけるだろう・・・に。



緩やかな 「 努力 」

2015年10月02日 | 仕事 -
あまり知識を入れすぎると、頭がウニになる。
ぼぉ~っとする感じだ。


人間一人の脳みその中の容量とは、
PCと一緒で 決まっているのではないかと・・・
専門家に異論を唱えたくなる。



ゆっくりとした 連続的な休息 が とれないのも辛い。



それでも、ノートやシャープペンを用意して、
今朝も 研 修 に 出かける用意をする。

新しい情報を得て、自分が一回り大きくなったぁ~
~なんていう感想は、もう出てこない。
しかし、とりあえず カラダと相談しながら、
日々を過ごすことにしようと思っている。

行ってきまぁ~す。


「 グループセッション 」

2015年08月05日 | 仕事 -
企画書を 書き慣れているからだと思うが・・・

ブレストの中でさえも意図や目的意識を固めることから始め、
同時に、其々の意見を引き出した上で、総括して進行していく
「 まとめ役 」 は、いつも 私に 回ってくる。


 現在、9名のグループの中で、年長者の男性がトップに
 いるにもかかわらず、まとめ役として 彼をたてつつも、
 具体的に進めていくのは私であり、書面にまとめるのも私。

 それを、毎週のように、何度か繰り返すたびに、
 周囲の目は自然と・・・。



おしつけられているという捉え方をするとマイナスになるので、
自分のために機会が与えられた と 解釈して、良い方向へ
考え方をあらためて、作業することにしている。
要は、自分の都合の良いように、ある現象の解釈を変えて、
やる気を 自分で奮い起こしているだけだ。
しかし、私は「このようなこと全て」を、他人に言うことはない。
グループの誰もが、私の心の中に入り込むことはできないし、
私が伝えない限り 確実なことは 知りえないことだと思う。

せっかくやるなら、
結果としてやらなくてはならないのなら、
可能な限り前向きに快くやりたい というだけのことだ。


しかし、グループのメンバーは、
「一人で 抱え込まされて やらされている 」 と感じず、
「一人で 私たちのために やってくれている 」 と感じるようで、
何らかのねぎらいの言葉が 私に与えられるということは・・・
彼らもまた、個々に思うところがあるのだろう。

     


私からしたら、出来上がった書類の中に、自分の感想を入れ込み、
結論として まとめ込むことで、この行為を完結させようとしている。
総括やリサーチからのまとめは、大事なラインだと思うので、
そのあたりを自分で日々悩みながら仕上げられるのは、ある意味で
有難いことなのではないかと解釈している。

ペーパーレスにするために

2015年04月04日 | 仕事 -
たくさんの部署をつないだネットワーク。
PCで共有して、そのソフトの中では参照することが
できるし、総務課からの一斉送信も可能。
今や、このシステムは定番中の定番なのに・・・。
その目的たるは、時短共有ということの他に、
ペーパーレスというエコな目的もあるはずなのに、
またもや、今週に出会いましたョ!
全て印刷して、はんこをもらう古きシステム!


PCが苦手な人 が いるらしい・・・。

「 誰じゃ? 」

部署のトップ ( 責任者 ) がそうだと、指摘しづらい・・・。

世の中、まだまだ年功序列があって、年長者の上司を
尊重した やり方 が まかり通っている場所もあるのです。

印刷する手間と、紙の値段と、コピー機の値段。

こういうシーラカンスのような 「 やり方 」 が、
はたして何時まで通るのだろうか ・・・ と、
疑問に感じる ・・・ 今日この頃。