3/20~21の3月公演で4月公演のチケット確保に真剣になり、初日昼の部の3階A席を譲っていただき観ることができた。幕間に3階のロビーに行ったら、山川静夫氏をお見かけした。さすが通の方は初日は3階で観るのだな~と納得した。さらに昼の部は『与話情浮名横櫛』をのぞいて4/22に幕見でも観たので感想は両方を踏まえている。
『ひらかな盛衰記 源太勘當(げんたかんどう)』
文耕堂らが書いた浄瑠璃『ひらかな盛衰記』の二段目。源頼朝を石橋山の合戦で敗走する際に助けた梶原平三景時が嫡男源太景季(勘太郎)とともに宇治川の合戦に赴き、先陣争いで遅れをとった源太を家に帰し母親の延寿(秀太郎)から切腹の沙汰を伝えさせようとしている。家には弟の平次景高(海老蔵)が仮病で出陣をせず、横恋慕している兄の恋人千鳥(芝のぶ)を家督ともども奪うことを画策している。腰元たちがふたりの噂話。手柄をたてた源太に比べて平次については悪口ばかり。そこに平次が現れて千鳥を呼ばせて言い寄るが、最後は「え~い、しつこい、びびびのび~」とふりきって立ち去ってしまう。平次の手先、横須賀軍内(市蔵)と茶坊主珍斉(橘太郎)が景時からの手紙の内容を先に景高に知らせて一同自分たちの時代がくるとほくそ笑む。
源太が鎌倉一の風流男の態で帰り、母と再会。帰された理由は母にきけと言われているという。そこへ平次らがやってきて合戦の様子をたずねる。先陣争いのくだりになると言いにくいだろうからと平次の方が喋りだし、父の命令通りに兄に切腹をせまる。母は平次をたしなめるが平次はさらに「親兄弟の面汚し」と兄に斬りかかる。しかしながら平次よりも源太は強い。平次は兄に投げ飛ばされて逃げ出す。そこで源太は先陣争いの真相を話し出し、父の失態を救ってくれた佐々木高綱との争いになってしまったので勝ちを譲ったのだという。しかしながら切腹する覚悟を述べると母は「孝はたっても忠がたたない」と諭す。そこに軍内が検死の役だと切腹を迫りにくる。
延寿は武士らしく切腹させるより阿呆払いにするといい、源太を古布子と縄帯に着替えさせ勘當を言い渡す。平次以下の3人は「いろは笑い」などをしてさんざんに辱める。千鳥は延寿に源太の勘當の許しを乞うが、ききいれない。そして、この姿は平次への見せしめで西国へ下って手柄をたてよと平次にいうが、その実は源太に言っているのだ。平次は千鳥を横どりしようと源太との仲を不義だと母にいいたてるが、延寿は千鳥を連れて奥に行ってしまう。その隙に平次に合図された軍内が源太に斬りかかるが、反対に源太に一同打ちすえられる。平次は逃げ出すが、逃げ遅れた軍内は自らの取り落とした刀で源太に成敗される。
立ち去ろうとする源太をよびとめた延寿は、おりしも源太の誕生日で飾ってあった頼朝より拝領の鎧兜を持っていけと言い、奥に入る。その鎧を手にとると鎧櫃から千鳥が現れ、延寿の計らいにふたりは感じ入る。立ち去ろうとする二人に延寿は金の入った袱紗を投げる。源太はこれを拾い上げ、千鳥とともに母を伏し拝んで去っていく。そこで幕。
まず、月代の伸びきった頭に病鉢巻をして出てきた弟役の海老蔵のやんちゃぶりがいい。助六の時よりも台詞がききとりやすくなった。おかしみのある敵役だが海老蔵が魅力的に演じてくれた。今まで観た中でこれが一番よかった。「おっかさん、おあにいさんがいけないよ~」と捨て台詞を残して去っていく姿が可愛い。市蔵と橘太郎と3人での鸚鵡返しも時代ものにしてはコミカルで楽しめた。延寿も「父親だけが親でなし~」と母親の気持ちも考えない夫をうらみながら手紙を破く場面などこの時代の女性の地位の高さも踏まえた気丈な姿、平次のようにだめな子どもでも可愛いという親の業などという場面など大きな母の愛もにじませながら武家の母を格式高く演じていた。
源太の勘太郎は本当に動きの少ない役だがそれでも動きの多い他の役に埋もれない存在感と登場の際の華やかな衣裳の時だけでなく、古布子姿になっても美しい若者ぶりに感心した。千鳥の芝のぶは七之助不在の抜擢によく応えたと思う。可憐な姿で声も美しく今回のようにけなげに言いたいことを言う若い娘の役も魅力的にこなした。勘太郎、海老蔵とのバランスもよかったと思う。七之助の源太、勘太郎の千鳥の予定だったらしいが、私には今回の方がありがたかった。4/22の幕見では芝のぶの芝居がさらによくなっていた。今後もこのような役に食いこんでいけるように頑張ってほしい。
『京鹿子娘道成寺(きょうかのこむすめどうじょうじ)道行から押戻しまで』
(初日感想)道成寺を観るのは幸四郎の『夢の仲蔵』再演で染五郎が劇中劇で「娘道成寺」を踊っていた(こちらは女の化粧のまま蛇模様になって鐘に上がって見得)のと、映画『邪炎の恋』の中で福助が踊っていたのを見たくらいで、舞台でちゃんと通しで観たのは4月1日の初日が初めて。仲蔵の中の娘道成寺のところでは一部居眠りしてしまった。
今回はイヤホンガイドのおかげで寝なかったが、所化だけでもすごい面々でさすが襲名披露公演だなと感心した。真女形で後シテのあの隈取をして睨む方の演出をする方はいるのだろうか?(その後古本市で購入した本で歌右衛門が隈取をして鐘に上がっている写真を発見)兼ねる役者の方がきっと両方の演出から選べるのではないかと思っている。押戻しは両方の演出で可能だし・・・。団十郎の押戻しで勘三郎の隈取をした後シテとの力のバランスがとれていて、こういうのもありかと初めて見て思った。女形をする時の勘三郎の声はやはり美しくはないので、こういう舞踊は純粋に彼の女形のよさを楽しめるかなとも、声にこだわる私は思った。また病気快癒の団十郎が1年ぶりに歌舞伎座の舞台に立った初日とあって客席からの拍手、かけ声が温かかった。
(4/22感想)いろいろな方のブログで道成寺を絶賛していたのを読んだが、皆さんすごい感性。私はやはり舞踊を見て身体で感じて咀嚼するのは苦手。声を耳から入れる方が得意な「耳人間」なのだ。2回目はイヤホンガイドは使わないのでじっくり義太夫と長唄もきくようにしたが、まだまだ聞き取れない。若手歌舞伎役者中村梅之さんのブログ=http://blog.melma.com/00135602/で道成寺の衣裳についての記事を読んで、衣裳の変化なども頭に入れ、舞台写真も入った筋書にも目を通して観たらだいぶ、ひとつひとつの場面がわかりやすくなっていた。最初の道行きの黒地の衣裳が一番好み。初日よりも迫力も増していた。鞠つき唄の場面ではかがんで回っているのに身体が上下しないのはすごい足腰だなあと感心。1月の七之助、3月の勘太郎に続き勘三郎の踊りを観たことになる。勘三郎の道成寺の踊りの動きの切れのよさの見事なこと。今回の公演で見せた身体の動き、容姿の若々しさを長年保ち続けることは不可能だ。だから舞台は生き物なのだ。観るレベルは低い私だが、この舞台を空気まで共有できたことは一生忘れないだろう。
『与話情浮名横櫛(よはなさけうきなのよこぐし)』
幕末の講談をもとにした世話物で9幕の長編だが「見染め」「源氏店」の場が上演されることが多い。春日八郎が唄う「粋な黒塀、見越の松に...死んだはずだよお富さん」を知っている私としては楽しみに観た。
「木更津海岸見染の場」
木更津の侠客に身請けされて妾になっている元深川芸者のお富(玉三郎)が浜見物に訪れた木更津の浜で放蕩中の伊豆屋の若旦那与三郎(仁左衛門)と出会ってお互い一目惚れをする。与三郎の放蕩を心配する弟からの使いを頼まれている鳶頭金五郎が勘三郎なのだが、出番は少ないがこういう世話物で出す愛嬌ある存在感。仁左衛門と玉三郎が主役のこの芝居でちょっと出るだけでご馳走というものだ。孝・玉時代を知らない私は今回の共演も大ご馳走で、お互いを見染めるこの場でのふたりの美しさを観るのに間に合ったという満足があった。仁左衛門の舞台写真は今まで持っていなかったのだがこの若旦那姿で1枚購入。
「源氏店」
「見染め」の後でふたりが密会するようになるが親分にばれて与三郎は切り刻まれ、彼が死んだと思ったお富も海に飛び込んだが、和泉屋多左衛門(段四郎)に助けられて以来囲われている。その部分は上演なし。
お富は髪も横櫛をさしたままの風呂帰りの仇名姿で妾宅に帰ってくる。直後に蝙蝠安(左團次)が身を持ち崩して切られ与三と呼ばれるようになった与三郎とともに小金をせびりにやってくる。与三郎の傷をみせて湯治に行く金をめぐんでくれというのだ。与三郎はお富に気づき、正体をばらして恨み言を言う。そこに多左衛門が来て困り果てたお富は与三郎を兄だと嘘をつくが、その後、その多左衛門はお富と枕をかわしておらず、それも兄だったからとわかり、大団円で幕。
与三郎のお富への恨み言、「さあさあさあ」とかけあうところなど、もううっとりと安心して浸ってみていられる。この舞台を今観ることができただけで満足だった。段四郎の多左衛門が大店の大番頭という風格が出ていてよい。左團次は世話物より時代物の敵役の方がいいなと思ってしまった。
話としてはあっさりしていてコクがないので、今後は見なくてもいいという感じ。終演後の私は幕見で夜の部を見ようとダッシュで階段をかけおりたので最後をゆっくり反芻するヒマもなかったのだが...。
写真は、歌舞伎座4月公演のチラシ。
『ひらかな盛衰記 源太勘當(げんたかんどう)』
文耕堂らが書いた浄瑠璃『ひらかな盛衰記』の二段目。源頼朝を石橋山の合戦で敗走する際に助けた梶原平三景時が嫡男源太景季(勘太郎)とともに宇治川の合戦に赴き、先陣争いで遅れをとった源太を家に帰し母親の延寿(秀太郎)から切腹の沙汰を伝えさせようとしている。家には弟の平次景高(海老蔵)が仮病で出陣をせず、横恋慕している兄の恋人千鳥(芝のぶ)を家督ともども奪うことを画策している。腰元たちがふたりの噂話。手柄をたてた源太に比べて平次については悪口ばかり。そこに平次が現れて千鳥を呼ばせて言い寄るが、最後は「え~い、しつこい、びびびのび~」とふりきって立ち去ってしまう。平次の手先、横須賀軍内(市蔵)と茶坊主珍斉(橘太郎)が景時からの手紙の内容を先に景高に知らせて一同自分たちの時代がくるとほくそ笑む。
源太が鎌倉一の風流男の態で帰り、母と再会。帰された理由は母にきけと言われているという。そこへ平次らがやってきて合戦の様子をたずねる。先陣争いのくだりになると言いにくいだろうからと平次の方が喋りだし、父の命令通りに兄に切腹をせまる。母は平次をたしなめるが平次はさらに「親兄弟の面汚し」と兄に斬りかかる。しかしながら平次よりも源太は強い。平次は兄に投げ飛ばされて逃げ出す。そこで源太は先陣争いの真相を話し出し、父の失態を救ってくれた佐々木高綱との争いになってしまったので勝ちを譲ったのだという。しかしながら切腹する覚悟を述べると母は「孝はたっても忠がたたない」と諭す。そこに軍内が検死の役だと切腹を迫りにくる。
延寿は武士らしく切腹させるより阿呆払いにするといい、源太を古布子と縄帯に着替えさせ勘當を言い渡す。平次以下の3人は「いろは笑い」などをしてさんざんに辱める。千鳥は延寿に源太の勘當の許しを乞うが、ききいれない。そして、この姿は平次への見せしめで西国へ下って手柄をたてよと平次にいうが、その実は源太に言っているのだ。平次は千鳥を横どりしようと源太との仲を不義だと母にいいたてるが、延寿は千鳥を連れて奥に行ってしまう。その隙に平次に合図された軍内が源太に斬りかかるが、反対に源太に一同打ちすえられる。平次は逃げ出すが、逃げ遅れた軍内は自らの取り落とした刀で源太に成敗される。
立ち去ろうとする源太をよびとめた延寿は、おりしも源太の誕生日で飾ってあった頼朝より拝領の鎧兜を持っていけと言い、奥に入る。その鎧を手にとると鎧櫃から千鳥が現れ、延寿の計らいにふたりは感じ入る。立ち去ろうとする二人に延寿は金の入った袱紗を投げる。源太はこれを拾い上げ、千鳥とともに母を伏し拝んで去っていく。そこで幕。
まず、月代の伸びきった頭に病鉢巻をして出てきた弟役の海老蔵のやんちゃぶりがいい。助六の時よりも台詞がききとりやすくなった。おかしみのある敵役だが海老蔵が魅力的に演じてくれた。今まで観た中でこれが一番よかった。「おっかさん、おあにいさんがいけないよ~」と捨て台詞を残して去っていく姿が可愛い。市蔵と橘太郎と3人での鸚鵡返しも時代ものにしてはコミカルで楽しめた。延寿も「父親だけが親でなし~」と母親の気持ちも考えない夫をうらみながら手紙を破く場面などこの時代の女性の地位の高さも踏まえた気丈な姿、平次のようにだめな子どもでも可愛いという親の業などという場面など大きな母の愛もにじませながら武家の母を格式高く演じていた。
源太の勘太郎は本当に動きの少ない役だがそれでも動きの多い他の役に埋もれない存在感と登場の際の華やかな衣裳の時だけでなく、古布子姿になっても美しい若者ぶりに感心した。千鳥の芝のぶは七之助不在の抜擢によく応えたと思う。可憐な姿で声も美しく今回のようにけなげに言いたいことを言う若い娘の役も魅力的にこなした。勘太郎、海老蔵とのバランスもよかったと思う。七之助の源太、勘太郎の千鳥の予定だったらしいが、私には今回の方がありがたかった。4/22の幕見では芝のぶの芝居がさらによくなっていた。今後もこのような役に食いこんでいけるように頑張ってほしい。
『京鹿子娘道成寺(きょうかのこむすめどうじょうじ)道行から押戻しまで』
(初日感想)道成寺を観るのは幸四郎の『夢の仲蔵』再演で染五郎が劇中劇で「娘道成寺」を踊っていた(こちらは女の化粧のまま蛇模様になって鐘に上がって見得)のと、映画『邪炎の恋』の中で福助が踊っていたのを見たくらいで、舞台でちゃんと通しで観たのは4月1日の初日が初めて。仲蔵の中の娘道成寺のところでは一部居眠りしてしまった。
今回はイヤホンガイドのおかげで寝なかったが、所化だけでもすごい面々でさすが襲名披露公演だなと感心した。真女形で後シテのあの隈取をして睨む方の演出をする方はいるのだろうか?(その後古本市で購入した本で歌右衛門が隈取をして鐘に上がっている写真を発見)兼ねる役者の方がきっと両方の演出から選べるのではないかと思っている。押戻しは両方の演出で可能だし・・・。団十郎の押戻しで勘三郎の隈取をした後シテとの力のバランスがとれていて、こういうのもありかと初めて見て思った。女形をする時の勘三郎の声はやはり美しくはないので、こういう舞踊は純粋に彼の女形のよさを楽しめるかなとも、声にこだわる私は思った。また病気快癒の団十郎が1年ぶりに歌舞伎座の舞台に立った初日とあって客席からの拍手、かけ声が温かかった。
(4/22感想)いろいろな方のブログで道成寺を絶賛していたのを読んだが、皆さんすごい感性。私はやはり舞踊を見て身体で感じて咀嚼するのは苦手。声を耳から入れる方が得意な「耳人間」なのだ。2回目はイヤホンガイドは使わないのでじっくり義太夫と長唄もきくようにしたが、まだまだ聞き取れない。若手歌舞伎役者中村梅之さんのブログ=http://blog.melma.com/00135602/で道成寺の衣裳についての記事を読んで、衣裳の変化なども頭に入れ、舞台写真も入った筋書にも目を通して観たらだいぶ、ひとつひとつの場面がわかりやすくなっていた。最初の道行きの黒地の衣裳が一番好み。初日よりも迫力も増していた。鞠つき唄の場面ではかがんで回っているのに身体が上下しないのはすごい足腰だなあと感心。1月の七之助、3月の勘太郎に続き勘三郎の踊りを観たことになる。勘三郎の道成寺の踊りの動きの切れのよさの見事なこと。今回の公演で見せた身体の動き、容姿の若々しさを長年保ち続けることは不可能だ。だから舞台は生き物なのだ。観るレベルは低い私だが、この舞台を空気まで共有できたことは一生忘れないだろう。
『与話情浮名横櫛(よはなさけうきなのよこぐし)』
幕末の講談をもとにした世話物で9幕の長編だが「見染め」「源氏店」の場が上演されることが多い。春日八郎が唄う「粋な黒塀、見越の松に...死んだはずだよお富さん」を知っている私としては楽しみに観た。
「木更津海岸見染の場」
木更津の侠客に身請けされて妾になっている元深川芸者のお富(玉三郎)が浜見物に訪れた木更津の浜で放蕩中の伊豆屋の若旦那与三郎(仁左衛門)と出会ってお互い一目惚れをする。与三郎の放蕩を心配する弟からの使いを頼まれている鳶頭金五郎が勘三郎なのだが、出番は少ないがこういう世話物で出す愛嬌ある存在感。仁左衛門と玉三郎が主役のこの芝居でちょっと出るだけでご馳走というものだ。孝・玉時代を知らない私は今回の共演も大ご馳走で、お互いを見染めるこの場でのふたりの美しさを観るのに間に合ったという満足があった。仁左衛門の舞台写真は今まで持っていなかったのだがこの若旦那姿で1枚購入。
「源氏店」
「見染め」の後でふたりが密会するようになるが親分にばれて与三郎は切り刻まれ、彼が死んだと思ったお富も海に飛び込んだが、和泉屋多左衛門(段四郎)に助けられて以来囲われている。その部分は上演なし。
お富は髪も横櫛をさしたままの風呂帰りの仇名姿で妾宅に帰ってくる。直後に蝙蝠安(左團次)が身を持ち崩して切られ与三と呼ばれるようになった与三郎とともに小金をせびりにやってくる。与三郎の傷をみせて湯治に行く金をめぐんでくれというのだ。与三郎はお富に気づき、正体をばらして恨み言を言う。そこに多左衛門が来て困り果てたお富は与三郎を兄だと嘘をつくが、その後、その多左衛門はお富と枕をかわしておらず、それも兄だったからとわかり、大団円で幕。
与三郎のお富への恨み言、「さあさあさあ」とかけあうところなど、もううっとりと安心して浸ってみていられる。この舞台を今観ることができただけで満足だった。段四郎の多左衛門が大店の大番頭という風格が出ていてよい。左團次は世話物より時代物の敵役の方がいいなと思ってしまった。
話としてはあっさりしていてコクがないので、今後は見なくてもいいという感じ。終演後の私は幕見で夜の部を見ようとダッシュで階段をかけおりたので最後をゆっくり反芻するヒマもなかったのだが...。
写真は、歌舞伎座4月公演のチラシ。