春の雪 豊饒の海(一), 三島由紀夫, 新潮文庫 み-3-21(2400), 1977年
・三島由紀夫の遺作、長編四部作の第一巻。舞台は大正初期の貴族社会。松枝(まつがえ)侯爵家の清顕と、綾倉伯爵家の聡子との恋物語。セレブ度では『華麗なる一族』を上回る世界。「豪華絢爛」だとか「壮麗」という形容が似合う、ただただ美しい文章に圧倒されます。
・三島由紀夫の作品は外国語にも翻訳されているというが、この作品の表現する所を果たして翻訳しきれるのかどうか、甚だ疑問。これは翻訳について考えたとき、この作品に限った話ではありませんが、特にそんなことを感じる純和風の文章でした。
・「彼は優雅の棘だ。しかも粗雑を忌み、洗煉を喜ぶ彼の心が、実に徒労で、根無し草のようなものであることをも、清顕はよく知っていた。蝕ばもうと思って蝕ばむのではない。犯そうと思って犯すのではない。彼の毒は一族にとって、いかにも毒にはちがいないが、それは全く無益な毒で、その無益さが、いわば自分の生まれてきた意味だ、とこの美少年は考えていた。」p.21
・「「貴様はきっとひどく欲張りなんだ。欲張りは往々悲しげな様子をしているよ。貴様はこれ以上、何が欲しいんだい」 「何か決定的なもの。それが何だかはわからない」」p.25
・「女という女は一切、うそつきの、「みだらな肉を持った小動物」にすぎません。あとはみんな化粧です。あとはみんな衣裳です。」p.67
・「「仕合せなときは、まるで進水式の薬玉から飛び立つ鳩みたいに、言葉がむやみに飛び出してくるものよ、清様。あなたも今におわかりになるわ」」p.98
・「聡子のその静かな、目を閉じた白い顔ほど、難解なものはなかった。」p.113
・「どうしたら若いうちに死ねるだろう、それもなるたけ苦しまずに。卓の上にぞんざいに脱ぎ捨てられた花やかな絹のきものが、しらぬ間に暗い床へずり落ちてしまっているような優雅な死。」p.148
・「こうして一人きりになったとき、清顕ははじめてしみじみと桜をふり仰いだ。 花は黒い簡素な枝にぎっしりと、あたかも岩礁に隙なくはびこった白い貝殻のように咲いていた。夕風が幕をはらませると、まず下枝に風が当り、しなしなと花が呟くように揺れるにつれて、大きくひろげた末の枝々は花もろとも大まかに鷹揚に揺れた。 花は白くて、房なりの蕾だけが仄赤い。しかし花の白さのうちにも、仔細に見ると、芯の部分の星形が茶紅色で、それが釦の中央の縫い糸のように一つ一つ堅固に締って見える。 雲も、夕空の青も、互いに犯し合って、どちらも希薄である。花と花はまじわり合い、空を区切る輪郭はあいまいで、夕空の色に紛れるようである。そして枝々や幹の黒が、ますます濃厚に、どぎつく感じられる。 一秒毎、一秒毎に、そういう夕空と桜とのあまりな親近は深まった。それを見ているうちに、清顕の心は不安に閉ざされた。」p.164
・「彼は孤独が休息だとはじめて知った。」p.204
・「生れ変りとは、ただ、僕らが生の側から死を見るのと反対に、死の側から生を眺めた表現にすぎないのではないだろうか。」p.282
・「罪を犯せば犯すほど、罪から遠ざかってゆくような心地がする。……最後にはすべてが、大がかりな欺瞞で終る。それを思うと彼は慄然とした。」p.315
・「咲いたあとで花弁を引きちぎるためにだけ、丹念に花を育てようとする人間のいることを、清顕は学んだ。」p.428
・「門跡は因陀羅網(いんだらもう)の話をされた。因陀羅は印度の神で、この神がひとたび網を投げると、すべての人間、この世の生あるものは悉く、網にかかって遁れることができない。生きとし行けるものは、因陀羅網に引っかかっている存在なのである。」p.461
?ローブデコルテ (フランスrobe deolletee「襟を大きくあけた服」の意)男子の燕尾服に相当する婦人用礼服の一種。襟ぐりを大きくし、袖無しで、肩口や背・胸の上部があらわになり、すそが床まであるもの。
?かだん【果断】 1 (形動)思い切って物事を行なうさま。決断力のあるさま。 2 仏語。煩悩を断つことを子断(しだん)というのに対して、苦果を離れること。
?ごうとう【豪宕】 気持が大きく物事にこだわらないこと。意気が盛んで思うとおりに行動するさま。豪放。
?きょごう【倨傲】 おごりたかぶるさま。驕傲(きょうごう)。
?きょき【歔欷】 すすり泣くこと。むせび泣くこと。
?ひやく【秘鑰】 1 秘密の鍵。他には使用させない鍵。 2 秘密・謎・本質などを解きあかすかくされた手がかり。解明のための深秘(じんぴ)の手段。
?せっかはんりゅう【折花攀柳】 (花を折り柳によじのぼるの意)花流の巷(ちまた)に遊ぶこと。遊里で芸者や遊女と遊ぶこと。
?しんい【瞋恚・嗔恚】 (連声で「しんに」とも)仏語。三毒(貪毒・瞋毒・痴毒)、十悪などの一つ。自分の心に違うものを怒りうらむこと。一般に、怒りうらむこと。瞋。しんね。
?せいたい【青黛】 1 濃い青色。青黒色。 2 青いまゆずみ。また、それをつけた美女。 3 役者などが、鬘をかぶる時、前額に巻いた羽二重に塗って、月代(さかやき)を青くする顔料。また、顔や顎のひげの剃りあとなどにも用いる。
?ひょうそく【平仄】 1 平声(ひょうしょう)と仄声(そくせい)。また、平字と仄字。また、漢詩において、音律上の調和を目的とした句中の平字と仄字の配列の規定。転じて、漢詩のこと。 2 (漢詩を作るとき規定に合わせて平字・仄字を配するところから転じて)つじつま。筋道。「平仄が合わない」
?ざかん【座棺・坐棺】 死者をすわらせていれるようにつくった棺。
?アペリチフ (フランスaperitif)〈アペリティフ〉西洋料理で、食前に飲む酒。食前酒。
?はくさ【薄紗】 薄く軽い織物。
?おかぼれ【岡惚・傍惚】 (「おか」は傍(そば)、局外の意)親しい交際もない相手や他人の愛人を、傍からひそかに恋い慕うこと。また、その相手。
?たく【柝】 拍子木。また、拍子木を打つこと。
?さんてん【山巓】 山のいただき。山の頂上。山頂。
?こしょう【扈従】 (「扈」はつきそう意、「しょう」は「従」の漢音)貴人につき従うこと。また、その人。こじゅう。こそう。
?ちょうちゃく【打擲】 打ちたたくこと。なぐること。
?わへい【話柄】 話の内容、話のたね。語りぐさ。話題。
?へいこ【炳乎】 きわめて明らかなさま。光り輝くさま。
?とっこ【独鈷・独古】(「どっこ」とも) 1 真言密教の修法に用いる、両端が分かれないでとがっている金剛杵。鉄または銅で作られている。独一の真如法界を表し、また勇猛・摧破などを意味するとされる。とこ。 2 織り模様の名。1の形を多くつらねたもの。帯地などに用いる。
?むつき【襁褓】 1 生まれたばかりの子どもに着せる衣。うぶぎ。「むつきの上から養う」 2 幼児の、大小便を取るために、腰から下に当てるもの。おむつ。おしめ。しめし。 3 ふんどし。とうさぎ。
?とじ【徒爾】 無益であること。無意味なこと。むなしいさま。いたずらなさま。「徒爾に終わる」
?こうき【・気】 天上のすがすがしい大気。
・三島由紀夫の遺作、長編四部作の第一巻。舞台は大正初期の貴族社会。松枝(まつがえ)侯爵家の清顕と、綾倉伯爵家の聡子との恋物語。セレブ度では『華麗なる一族』を上回る世界。「豪華絢爛」だとか「壮麗」という形容が似合う、ただただ美しい文章に圧倒されます。
・三島由紀夫の作品は外国語にも翻訳されているというが、この作品の表現する所を果たして翻訳しきれるのかどうか、甚だ疑問。これは翻訳について考えたとき、この作品に限った話ではありませんが、特にそんなことを感じる純和風の文章でした。
・「彼は優雅の棘だ。しかも粗雑を忌み、洗煉を喜ぶ彼の心が、実に徒労で、根無し草のようなものであることをも、清顕はよく知っていた。蝕ばもうと思って蝕ばむのではない。犯そうと思って犯すのではない。彼の毒は一族にとって、いかにも毒にはちがいないが、それは全く無益な毒で、その無益さが、いわば自分の生まれてきた意味だ、とこの美少年は考えていた。」p.21
・「「貴様はきっとひどく欲張りなんだ。欲張りは往々悲しげな様子をしているよ。貴様はこれ以上、何が欲しいんだい」 「何か決定的なもの。それが何だかはわからない」」p.25
・「女という女は一切、うそつきの、「みだらな肉を持った小動物」にすぎません。あとはみんな化粧です。あとはみんな衣裳です。」p.67
・「「仕合せなときは、まるで進水式の薬玉から飛び立つ鳩みたいに、言葉がむやみに飛び出してくるものよ、清様。あなたも今におわかりになるわ」」p.98
・「聡子のその静かな、目を閉じた白い顔ほど、難解なものはなかった。」p.113
・「どうしたら若いうちに死ねるだろう、それもなるたけ苦しまずに。卓の上にぞんざいに脱ぎ捨てられた花やかな絹のきものが、しらぬ間に暗い床へずり落ちてしまっているような優雅な死。」p.148
・「こうして一人きりになったとき、清顕ははじめてしみじみと桜をふり仰いだ。 花は黒い簡素な枝にぎっしりと、あたかも岩礁に隙なくはびこった白い貝殻のように咲いていた。夕風が幕をはらませると、まず下枝に風が当り、しなしなと花が呟くように揺れるにつれて、大きくひろげた末の枝々は花もろとも大まかに鷹揚に揺れた。 花は白くて、房なりの蕾だけが仄赤い。しかし花の白さのうちにも、仔細に見ると、芯の部分の星形が茶紅色で、それが釦の中央の縫い糸のように一つ一つ堅固に締って見える。 雲も、夕空の青も、互いに犯し合って、どちらも希薄である。花と花はまじわり合い、空を区切る輪郭はあいまいで、夕空の色に紛れるようである。そして枝々や幹の黒が、ますます濃厚に、どぎつく感じられる。 一秒毎、一秒毎に、そういう夕空と桜とのあまりな親近は深まった。それを見ているうちに、清顕の心は不安に閉ざされた。」p.164
・「彼は孤独が休息だとはじめて知った。」p.204
・「生れ変りとは、ただ、僕らが生の側から死を見るのと反対に、死の側から生を眺めた表現にすぎないのではないだろうか。」p.282
・「罪を犯せば犯すほど、罪から遠ざかってゆくような心地がする。……最後にはすべてが、大がかりな欺瞞で終る。それを思うと彼は慄然とした。」p.315
・「咲いたあとで花弁を引きちぎるためにだけ、丹念に花を育てようとする人間のいることを、清顕は学んだ。」p.428
・「門跡は因陀羅網(いんだらもう)の話をされた。因陀羅は印度の神で、この神がひとたび網を投げると、すべての人間、この世の生あるものは悉く、網にかかって遁れることができない。生きとし行けるものは、因陀羅網に引っかかっている存在なのである。」p.461
?ローブデコルテ (フランスrobe deolletee「襟を大きくあけた服」の意)男子の燕尾服に相当する婦人用礼服の一種。襟ぐりを大きくし、袖無しで、肩口や背・胸の上部があらわになり、すそが床まであるもの。
?かだん【果断】 1 (形動)思い切って物事を行なうさま。決断力のあるさま。 2 仏語。煩悩を断つことを子断(しだん)というのに対して、苦果を離れること。
?ごうとう【豪宕】 気持が大きく物事にこだわらないこと。意気が盛んで思うとおりに行動するさま。豪放。
?きょごう【倨傲】 おごりたかぶるさま。驕傲(きょうごう)。
?きょき【歔欷】 すすり泣くこと。むせび泣くこと。
?ひやく【秘鑰】 1 秘密の鍵。他には使用させない鍵。 2 秘密・謎・本質などを解きあかすかくされた手がかり。解明のための深秘(じんぴ)の手段。
?せっかはんりゅう【折花攀柳】 (花を折り柳によじのぼるの意)花流の巷(ちまた)に遊ぶこと。遊里で芸者や遊女と遊ぶこと。
?しんい【瞋恚・嗔恚】 (連声で「しんに」とも)仏語。三毒(貪毒・瞋毒・痴毒)、十悪などの一つ。自分の心に違うものを怒りうらむこと。一般に、怒りうらむこと。瞋。しんね。
?せいたい【青黛】 1 濃い青色。青黒色。 2 青いまゆずみ。また、それをつけた美女。 3 役者などが、鬘をかぶる時、前額に巻いた羽二重に塗って、月代(さかやき)を青くする顔料。また、顔や顎のひげの剃りあとなどにも用いる。
?ひょうそく【平仄】 1 平声(ひょうしょう)と仄声(そくせい)。また、平字と仄字。また、漢詩において、音律上の調和を目的とした句中の平字と仄字の配列の規定。転じて、漢詩のこと。 2 (漢詩を作るとき規定に合わせて平字・仄字を配するところから転じて)つじつま。筋道。「平仄が合わない」
?ざかん【座棺・坐棺】 死者をすわらせていれるようにつくった棺。
?アペリチフ (フランスaperitif)〈アペリティフ〉西洋料理で、食前に飲む酒。食前酒。
?はくさ【薄紗】 薄く軽い織物。
?おかぼれ【岡惚・傍惚】 (「おか」は傍(そば)、局外の意)親しい交際もない相手や他人の愛人を、傍からひそかに恋い慕うこと。また、その相手。
?たく【柝】 拍子木。また、拍子木を打つこと。
?さんてん【山巓】 山のいただき。山の頂上。山頂。
?こしょう【扈従】 (「扈」はつきそう意、「しょう」は「従」の漢音)貴人につき従うこと。また、その人。こじゅう。こそう。
?ちょうちゃく【打擲】 打ちたたくこと。なぐること。
?わへい【話柄】 話の内容、話のたね。語りぐさ。話題。
?へいこ【炳乎】 きわめて明らかなさま。光り輝くさま。
?とっこ【独鈷・独古】(「どっこ」とも) 1 真言密教の修法に用いる、両端が分かれないでとがっている金剛杵。鉄または銅で作られている。独一の真如法界を表し、また勇猛・摧破などを意味するとされる。とこ。 2 織り模様の名。1の形を多くつらねたもの。帯地などに用いる。
?むつき【襁褓】 1 生まれたばかりの子どもに着せる衣。うぶぎ。「むつきの上から養う」 2 幼児の、大小便を取るために、腰から下に当てるもの。おむつ。おしめ。しめし。 3 ふんどし。とうさぎ。
?とじ【徒爾】 無益であること。無意味なこと。むなしいさま。いたずらなさま。「徒爾に終わる」
?こうき【・気】 天上のすがすがしい大気。
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