ぴかりんの頭の中味

主に食べ歩きの記録。北海道室蘭市在住。

【食】蕎麦処 更科 [和食@室蘭]

2009年02月28日 22時05分53秒 | 外食記録2009
蕎麦処 更科(そばどころ さらしな)[和食@室蘭][室蘭タウン]
2009.1.31(土)13:50入店(初)
注文 鴨鍋定食 1350円

 
・室蘭市中央町のゴチャゴチャした裏通りにひっそりとたつお店。バス通りのクレセント(パン屋)が面した交差点をちょっと中に入った辺りです。店舗の向かいに五台分ほどの駐車場有り。建物はそう古くはありませんが、室蘭では老舗のそば屋だそうです。
  
・陽の光がほとんどささない店内はカウンター5席、カウンター代わりの大テーブル1卓、イス席3卓、座敷4卓と結構な広さがあります。

・『おすすめ』と大きく書いた貼り紙があったので、寒い季節にぴったりなこちらのメニューを注文。
 
・鍋の具は、鴨肉ゴロゴロ、豆腐、白菜、長ネギ、春菊、キノコなどなど。あらかた食べ終えた頃に鍋底の方をすくってみるとゴボウがたくさん沈んでいました。ゴボウって重いのですね。つゆはそばつゆです。ボリューム十分で、お腹はいっぱいに。

・なんとなく、鍋に一緒にそばが入っているのを想像していたのですが、そばは別の器でした。少々のび気味のそばは、これといって特徴無し。
   
・ご飯、味噌汁、切干大根、たくあん、そして何故か味付のりも付きます。のりは鍋に投入して食べました。

 
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【写】故宮博物院(北京)後編

2009年02月28日 08時06分05秒 | 撮影記録2008
●故宮博物院(北京)後編 撮影日 2008.10.21(火)
・=故宮案内図= は以下。
http://www.arabeijing.com/beijing-maps/html/gugong.html

・『乾清宮』脇の門を抜ける。

・城内の建物の屋根は皆、この黄色い瓦が使われています。黄色は皇帝の色を示しており、通常の瓦を作るよりも手間暇かかって高価なのだとか。

・こちらは『坤寧宮』。皇帝のプライベートゾーン。
 
・皇帝の居室。意外と質素。ガラスごしに中を覗くことができますが、薄暗くてよく見えず。反射を防ぐためカメラのレンズをガラスに押し当て、必死の撮影。

・その隣にある后の居室。こちらはイメージ通りの派手さ。ガイドさんの解説「皇帝様の部屋にはお宝はありません。それではどこにあるかといいますと、お宝は全部、お后様の部屋にあります」 なるほど納得。
 
・色鮮やかな朱塗りの部分は、わりと最近塗りなおしたもののようです。
 
・赤壁に囲まれた通路を進む。
 
・『御花園』の看板。城内の庭園へ。
 
・庭園内に入ると、それまでの雰囲気とはがらりと変わります。
 
・趣向を凝らした建造物がいくつもありましたが、一つ一つゆっくり見て回る暇はありません。
  
・中でも一際目をひいたのがこちらの『堆秀山』。奇岩を取り寄せ、積み上げてつくった山。
 
・この奇怪な造形を愛でる、という感覚がいまいちピンときません。
 
・『順貞門』を抜ける。そろそろ故宮見学もおしまいです。
 
・故宮の北側の出入口『神武門』をくぐって外へ。
 
・故宮に入ってからここまで約1時間、早足での見学でした。天安門広場の分を含めると約2時間歩きっぱなし。こちらの観光は体力勝負です。また、これだけの広さとなると、ガイド無しでの観光は止めておいたほうが良さそうです。今回はこれだけの人ごみの中を大団体で行動して、一人の行方不明者も出さなかったのは奇蹟に思えます。
 
・城を取り囲む広いお堀。ここでしばしトイレ休憩。

・更に北の山の上にも、なにやら建物が見えました。今回は行きませんでしたが、あちらは『景山公園』という故宮を眺め渡せる有名な観光地です。
 
・故宮出入口のそばにはバスが停まれる場所がないので、バスが待つ場所まで5分ほど歩く。

・これにて故宮編は終了。また訪れる機会はあるのでしょうか。もしあるなら、次回はもっとゆっくり見て、もっとたくさんの写真を撮りたいです。
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⇒⇒⇒【旅】中国(秦皇島・北京)旅行 まとめ
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【写】故宮博物院(北京)中編

2009年02月27日 22時08分02秒 | 撮影記録2008
●故宮博物院(北京)中編 撮影日 2008.10.21(火)
・=故宮案内図= は以下。
http://www.arabeijing.com/beijing-maps/html/gugong.html

・故宮の中心部『太和殿』までやってきました。こちらはいわば政務を司る皇帝の仕事場だそうです。
 
・中を覗くために、皆入口に殺到する。カメラを頭上に構えて必死の撮影。玉座がちらりと見えます。このような状況の中に、スリが紛れ込んでいることがあるそうなので注意が必要。
  
・見学していて一番目をひかれたのは屋根の細工の見事さです。部品の一つ一つに極彩色の見事な細工が。宮廷内の建物には全てランクがついていて、それに応じた装飾になり、こちらの太和殿が最上ランクだそうです。ランクが上がるほど、柱に描かれる動物の数が増えるのだとか。
 
・太和殿の脇の門を抜けて更に奥へ。
 
・いったいどこまで続くのか、呆れるほどの広さです。
 
・左が保和殿で右が中和殿。
 
・幾何学的に立ち並ぶ石柱。どうも一本一本図柄が違っているようです。
  
・一行は『保和殿』を目指す。

・防火用水を溜める水瓶。この水瓶にもランクがついていて、前編で出てきた物よりも高級な水瓶です。もともとは純金のメッキが施されていたのが、その昔侵略(?)された折に全て削り取られて持ち去られてしまったとのこと。

・保和殿前から後ろを振り返る。手前が中和殿でその向こうが太和殿。
 
・保和殿内の玉座。
 
・この写真だけ見ると、別な時代にいるような気になります。
 
・保和殿の脇を抜け、奥へ。右写真は『乾清門』。

・保和殿を裏から見上げた図。

・乾清門前にいる黄金の獅子。強面ですが、子供とじゃれあっている様子のようです。

・乾清門をくぐると見えてくるのが乾清宮。
  
・各建物にはそれぞれの役割があり、それについての説明もありましたが、もうどれがどれやらよく覚えていません。

(後編へ続く)
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【本】哲学入門

2009年02月27日 08時01分03秒 | 読書記録2009
哲学入門, 三木清, 岩波新書(赤版)23(R8), 1940年
・日本哲学界におけるビッグネームによる『哲学入門』。これまで同タイトルの書籍はたくさん出ているでしょうが、その中にあって本書は一番のロングセラーではないでしょうか。内容については全く歯が立たず、その一割も理解できていないのではないかというところですが、さらっと通読するのではなく、一頁一頁じっくり考えながら読むタイプの本です。また、『哲学 "知識" 入門』でもなく『哲学 "経験"・"思考"・"雰囲気" 入門』、 本を開くと『哲学の薫り』が顔面を直撃する、そんな本。
・あまりにシンプルな巻末の著者略歴が異様。
・「哲学入門は哲学概論ではない。従ってこれは世に行なわれる概論書の如く哲学史上に現れた種々の説を分類し系統立てることを目的とするものでなく、或いはまた自己の哲学体系を要約して叙述することを目的とするものでもない。しかし哲学は学として、特に究極の原理に関する学として、統一のあるものでなければならぬ故に、この入門書にもまた或る統一、少なくとも或る究極的なものに対する指示がなければならぬ。かようなものとしてここで予想されているのは、私の理解する限りの西田哲学であるということができる。」p.i
・「すべての学は真理に対する愛に発し、真理に基づく勇気を喚び起こすものでなければならない。」p.ii
・「或る意味においてすべての人間は哲学者である。言い換えると、哲学は現実の中から生まれる。そしてそこが哲学の元来の出発点であり、哲学は現実から出立するのである。」p.1
・「哲学は現実に就いて考えるのでなく、現実の中から考えるのである。現実は我々がそこにおいてある場所であり、我々自身、現実の中のひとつの現実にほかならぬ。対象として考える場合、現実は哲学の唯一の出発点であり得ないにしても、場所として考える場合、現実以外に哲学の出発点はないのである。」p.2
・「ひとつの現実として現実の中にある人間が現実の中から現実を徹底的に自覚してゆく過程が哲学である。哲学は現実から出立してどこか他の処へ行くのでなく、つねに現実へ還ってくる。」p.3
・「哲学者は全知者と無知者との中間者である、とプラトンはいった。全く知らない者は哲学しないであろう、全く知っている者も哲学しないであろう、哲学は無知と全知との中間であり、無知から知への運動である。」p.3
・「即ち人間と環境とは、人間は環境から作られ逆に人間が環境を作るという関係に立っている。この関係は人間と自然との間にばかりでなく、人間と社会との間にも同様に存在している。」p.7
・「「生あるものは外的影響の極めて多様な条件に自己を適応させ、しかも一定の獲得された決定的な独立性を失わないという天賦を有する」、とゲーテも書いている。我々は環境から作用され逆に環境に作用する、環境に働きかけることは同時に自己に働きかけることであり、環境を形成してゆくことによって自己は形成される。」p.8
・「人間も世界における一個の物にほかならず、その意味において我々の最も主観的な作用も客観的なものということができる。人間の存在のかような客観性を先ず確認することが必要である。真に客観的なものとは単に客観的なものでなく、却って主観的・客観的なものである。」p.12
・「カントに依ると、アルヒテクトニックとは「体系の技術」であり、知識は一つの理念のもとに、全体と部分の必然的な関係において、建築的な統一にもたらされることによって科学的となるのである。」p.23
・「常識は探究でなく、むしろ或る信仰である。常識は実定的なものであり、或る慣習的なものとして直接的な知識である。」p.34
・「科学は理由或いは原因の知識である。」p.41
・「科学性は合理性と実証性という相反するものの統一である。」p.47
・「弁証法という語はもと対話を意味するギリシア語の「ディアレゲスタイ」に由来している。対話においては互いに他を否定し得る独立な者が対立し、問答を通じて一致した思想に達すると考えられるが、そのように弁証法は対立するものの一致を意味している。」p.49
・「科学の根拠を明らかにすることが哲学の仕事であるとすれば、それには何か科学の科学としての立場においては不可能であるというものがあるのでなければならぬ。そしてその点の認識が哲学にとって肝心なのである。」p.53
・「科学は分科的であり、専門的である。それが特殊科学とか個別科学とかといわれるのもそのためである。しかるに哲学は全体の学である。それは存在を存在として全体的に考察するのである。」p.53
・「かようにして哲学が主体的立場にたつというのは、要するに、現実の立場に立つということである。真に現実といわるべきものは歴史的現実である。人間は歴史的世界における歴史的物にほかならない。我々の一切の行為は、経済的行為の如きものであろうと、芸術的行為の如きものであろうと、或いはまた科学的研究の行為の如きものであろうと、すべて歴史的世界においてあるのである。」p.66
・「哲学は学の要求において科学と同じであり、科学の媒介が必要である。科学の客観的な見方は哲学の主体的な見方に対立するが、かように自己に対立するものを自己の否定の契機として自己に媒介し、これを自己のうちに生かすことによって、哲学は真に具体的な知識になり得るのである。哲学の仕事は、新カント派が考えたような意味での科学批判、即ち単に科学の論理的基礎を明らかにするという形式的な仕事に尽きるのでなく、科学的世界像に媒介された世界観を樹てることを究極の目標としている。」p.69
・「知識は如何にして成立し、如何なる性質のものかということは、哲学における一つの重要な問題である。この問題を研究する哲学の部分は認識論と呼ばれている。認識というのは知識というのと同じである。」p.71
・「真理とは普遍妥当的な知識にほかならない。普遍妥当性とは、時と処に拘らない普遍性、またすべての人が必ず承認しなければならぬ必然性を意味している。」p.72
・「近代科学の最も重要な方法は実験である。学問の方法として古代においてソクラテスが概念を発見したのに対して、近世においてレオナルド・ダ・ヴィンチは実験を発見した。実験はたんなる経験と異なっている。」p.95
・「しかるにまさに歴史が絶対的真理のないことを我々に教えるようである。知識はそれぞれの時代に相対的である。哲学にしても時代の子である。懐疑論も、絶対論でさえも、その時代の産物であるといわれるであろう。かように、すべてのものは歴史的に制約されていると考えるのが歴史主義の立場である。」p.142
・「一切のものは世界から作られ、世界を表現し、世界においてある。それらは多であって同時に一なるものとして表現的である。一切のものはそれぞれ独立でありながら互いに他を指示している。表現的なものは多様の統一であり、一即他、多即一ということを原理としている。表現的なものは超越的意味をもっている。」p.148
・「かようにして我々の認識は絶対性をもつことができるのである。もとより我々の知識に相対的なところがあることは争われない、しかし相対と抽象的に対立して考えられる絶対は真の絶対でなく、真の絶対とは却って相対と絶対との統一である。世界は歴史的創造的世界として、ヘーゲルの考えた如く、先験的に論理的に構成され得るものではない。我々の認識作用も歴史的創造的であり、既にある真理をただ発見するというのでなく、恰も機械が我々の発明に属する如く、発明的なものである。」p.148
・「行為に関する哲学的考察は、実践哲学、或いは道徳哲学、或いはまた倫理学と呼ばれている。」p.167
・「すべての道徳は、ひとが徳のある人間になるべきことを要求している。徳のある人間とは、徳のある行為をする者のことである。徳はなによりも働きに属している。」p.185
・「我々は社会から作られたものであると共に社会は我々が作るものである。人間は閉じた社会に属すると同時に開いた社会に属している。かように矛盾があるところから形成的発展ということがあるのである。善い国民であることと善い人間であることとが統一されてゆくに従って、民族は世界的意味をもってくる。それによって同時に世界は世界的になってゆく。世界が世界的になるということが歴史の目的である。世界は開いたものとして到る処中心を有する円の如く表象されるように、世界が世界的になるということは無数の独立なものが独立なものでありながら一つに結び付いてゆくということである。それによって個別的なものがなくなるのではない。却って「形の多様性」は自然の、歴史的自然の意思である。」p.198
・「そして一般に知識の目的が真理であるように、道徳的行為の目的は善と呼ばれるのである。そこで善とは何かということが道徳の根本問題になってくる。」p.199
・「人間は与えられたものでなく形成されるものである。自己形成こそ人間の幸福でなければならぬ。「地の子らの最大の幸福は人格である」、とゲーテはいった。我々の人格は我々の行為によって形成されてゆくのであるが、それは単なる自己実現というが如きことではない。(中略)人間には超越的なところがあり、人格というものも人間存在の超越性において成立するのである。」p.208
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【写】故宮博物院(北京)前編

2009年02月26日 22時04分27秒 | 撮影記録2008
●故宮博物院(北京)前編 撮影日 2008.10.21(火)
・いよいよ世界遺産の『故宮(紫禁城)』へ突入編です。
・=故宮案内図= は以下。
http://www.arabeijing.com/beijing-maps/html/gugong.html

・天安門ともう一つ大きな門をくぐった後、また行く手に第三の大門が。
 
・広場にはみやげ物店が並んでいます。なんとなく昔訪れた浅草寺を思い出す風景。
 
・次なる大門を目指す。

・どうやらこちらが故宮博物院への入口らしい。ようやく到着。
 
・高くて赤い壁と、なにやら立派な建物が見えます。

・後ろを振り返る。

・入場前にガイドさんから諸注意。「ゆっくり見る暇はありません! どんどん先へ進むのでとにかく緑の旗を見失わないように!」、「もしはぐれた場合はヘタに動かずに、その場で待つこと!」
 
・いざ、突入。手荷物はX線検査器に通す。右は門をくぐって振り返った図。
 
・中は広場になっています。ボーっとする間は無く、先へ。

・先に見えるのは『太和門』。

・門の前に控える狛犬(?)。とっても強そうです。門前の左右に一体ずつあり、それぞれ雄雌があって、性別は玉に乗せた足で見分けるそうです。右手を上げてるのが雌で左手が雄だったか、その逆だったか……忘れてしまいました。

・『太和門』をくぐる。
 
・左:太和門の下から振り返った図。右:階段手すりの石柱。細かい彫り細工がしてありますが、通過する観光客が皆なでていくせいか、かなり擦り減っています。
 
・太和門を抜けると眼前には「あっ! これ見た事あるー!!」という広場が。映画やなんかで目にしたような記憶があります。人ごみに流されつつも、この風景には感動してしまいました。

・防火用の水をためておく水瓶。
 
・広場の様子。

・太和門からはひっきりなしに観光客が溢れ出てきます。
 
・次は故宮の中心、『太和殿』へ。
 
(中編へ続く)
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▲閉店【食】味の大豊 [ラーメン@登別]

2009年02月26日 08時01分46秒 | 外食記録2009
▲閉店 営業の気配なし [2012.4.12記]
味の大豊(あじのたいほう)[ラーメン@登別][Yahoo!グルメ]
2009.1.30(金)12:45入店(初)
注文 海草ラーメン 700円

 
・幌別駅前(登別)から幌別ダムへ延びる道路を山側へ。高速道路の高架橋より300mほど手前にあります。
 
・生活感溢れる店内はカウンター10席に小上がりが4卓。老夫妻で店を賄っているようです。

・体に良さそうなイメージの『海草ラーメン』を注文。大きな丼でドーンと出てきました。ずいぶんノリが豪快にかけてあると思ったら、「ま、まさか、 "海草" ってこのこと!?」
 
・「これ、サービスでーす」と小さなおにぎりが出てきました。ラーメンを注文すると皆に付くのか、たまたま出てきただけなのかは不明。
 
・特にスープの指定は無く、食べてみると塩スープのようです。あっさり味でなかなか美味。具は、たっぷりのノリ、ワカメちょびっと、もやしたっぷり、タマネギ、長ネギ、メンマ、チャーシュー×1などなど。「海草山盛り」な、想像していたラーメンとはちょっと違った物でしたが、ダシに海草を使っているということなのでしょうか。そこそこボリュームがあり、お腹いっぱいになってしまうとそんな事どうでもよくなってしまいますが。
 
・中細なちぢれ麺とチャーシュー。
・客が私しかおらず、手の空いた店の御夫妻はテレビ前のテーブルで仲良く昼ご飯を食べていました。田舎の飲食店の鄙びた風景。

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【写】天安門広場(北京)

2009年02月25日 22時05分36秒 | 撮影記録2008
●天安門広場(北京) 撮影日 2008.10.21(火)
・ここからは中国旅行4日目の北京観光編です。

・レストランで昼食を食べた後、一行は徒歩で天安門広場を目指す。

・道路脇には警察車両がズラリと並び、ものものしい雰囲気。
 
・中国では柳の木が非常に多かった。

・右手に見えた大きな建物。説明によると中国でNo.2の博物館で、現在改修工事中だそうです。中国No.1の博物館はもちろん、この後訪れた故宮博物院。
 
・行く手に、テレビなどでよく目にする建造物が見えてきました。慎重に信号を渡る。青だからといって油断はできません。

・無事に信号を渡り、いわゆる天安門広場に到着。と、いうよりも最初の写真の時点で既に広場の敷地内だったのかも。
 
・あたりを見回すと、天安門以外にもいろいろな建造物が見えます。

・ガイドさんの説明によると、天安門広場にはこの写真の石のタイルが約220万枚(数の記憶違っているかも)敷き詰められているそうです。タイル一個に一人が乗ったとして、札幌市の全人口が乗る計算。広いのか、そうでもないのか、もはや想像を絶するレベル。
 
・更に、天安門方向(北)へ向かう。周囲は観光客で賑わっています。
 
・天安門の前は片側四車線くらいの広い道路が横切っていて、車がひっきりなしに往来しています。

・こちらで天安門をバックにバスごとに記念撮影し、記念写真付きのアルバムは1500円で販売。売り込みに余念の無いガイドさん。かなりイイ値段していますが、やはり記念なので一つ買っておきました。

・10分ほど自由行動になったので、一人で広場をウロウロしてみる。写真は『ASEM7』の看板(?)。何のことやらわかってなかったのですが、後で調べてみると、『アジア欧州会合第7回首脳会合』を指す言葉でした。

・広場の中央部に大きな塔『人民英雄記念碑』が立っています。戦争で亡くなった兵士を祀ったものだそうです。

・それにしてもすごい人の数。。。

・短い自由時間が終わり、皆揃ったところで移動開始。地下へ続く階段を下りる。

・地下道で天安門前の広い道路のあちら側を目指す。こちらの地下道は地下鉄駅にも直結。

・地下道を出たところでトイレタイム。ここからしばらくはトイレが無いのだとか。
 
・天安門を横から眺める。

・トイレ休憩を終え、いよいよ天安門に突入。一気に人口密度が高くなる。立止まって写真を撮る隙は無く、歩きながらの撮影です。
 
・毛沢東の肖像画、アップ。このでっかい絵は油彩画で、何かの記念日(10月?)に毎年新しい物に架け替えるのだそうです。

・門をくぐる。

・くぐって振り返った図。

・中も人だらけ。
 
・左右の様子。
 
・行く手にまた巨大な門が現れます。

・後ろを振り返ると、天安門は既に遠くなっています。
 
・二つ目の門をくぐる。
・写真だけだと位置関係がわかりづらいですが、リンク先の図が参考になります。
=天安門広場案内図=
http://www.arabeijing.com/beijing-maps/html/tiananmen.html
(故宮博物院へ続く)
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【食】やきとりの一平 学亭 [居酒屋@室蘭]

2009年02月25日 08時01分21秒 | 外食記録2009
やきとりの一平 学亭(いっぺい がくてい)[居酒屋@室蘭][HomePage]
2009.1.26(月)21:50入店(初)
注文 ビール+つまみいろいろ

・『一平 工大前店』があるにもかかわらず、昨年そこから50mほどしか離れていない場所に同名の店がオープンするというワケワカラン事態に。そんないわくつきの店に初めて足を踏み入れました。
 
・こちらは室蘭工業大学周辺を通るバス通り沿い。工大前の郵便局とバス停の向かい側、三階建てのビルの一階に入っています。建物脇の坂を登った裏側に結構広い駐車場もあります。
・博士論文公開発表会を終えた後だったので、やる気マンマンで店に突撃。
 
・店内はお客さんでいっぱい。皆学生風の若者で、誰が入ってきたのかと私の顔をチラ見。一人だったので、カウンターの隙間にもぐりこむ。
・着席前に、「ビール!」と叫んであったのでビール(中ジョッキ320円)がまっ先に出てきました。う~~ん、うま~~い♪ 間もなくお通しの白菜の漬物が出てきたときには既にジョッキは空に。しかし、ジョッキ320円は安いです。ライバル店を意識?
 
・室蘭名物一平の殻付うずらの玉子炭火焼き(2本)300円:前々から食べたいと思っていた、実は室蘭の名産品であるうずらの玉子。名物でありながら口にするのは初めてです。玉子の殻はエビのしっぽ感覚でパリパリ食べられます。白身と黄身はほっこりした不思議な食感で玉子の美味しさを再認識。ハフハフいいながら食す。
 
・豚精肉(塩・2本)240円:定番の豚串。こちらは串注文は2本から可能です。隣の一平よりもクニャクニャした食感で、ちょっと脂分の多い肉を使っているような気がします。焼き方については特に何も感じず。
 
・周りは皆知らない人と思って飲み食いしていて、ふとカウンターの右隣の若者を見ると顔見知りの学生さんで、ギョッ!? とする。「いきなりぴかりんさんが店に入ってきたからびっくりしました」とか言われたくらいにして。気づいてたなら声かけてくれよぉぉ。
・店内はレトロ調の落ち着いた内装ながらモダンな雰囲気。カウンター10席、イス席4卓に、この日は使っていませんでしたが奥には座敷もあるようです。
 
・チーズ入スープカレーつくね(2本)400円:目新しいメニュー。つくねというよりもハンバーグという感じ。なかなか美味しいです。

・サービスの味噌汁。
 
・モロキュー 350円:最初に注文した品のうち、何故か一番時間がかかって最後に登場。味噌の粒々はなんだろう。

・10時半頃に某氏が合流。このころには客もはけて店は空いてきました。

・ササミ(ワサビ焼き・2本)350円:ツーン! ときます。
 
・豚足 350円:『豚足』とはよく耳にしますが、実際に食べるのは初めてです。想像とは違い、意外と普通の骨付き肉。

・ラーメンサラダ 550円:かわいらしい盛り付けのサラダ。
・途中で、ビールをちびちび頼むのもなんなのでピッチャー(1500円)で注文。「もうすぐ閉店ですが……」と店員さんに確認され、時計を見ると残り時間は40分ほど。微妙な残り時間でしたがそのまま注文し、結果、二人でサクッと空けました。
・『一平』がもう一つ出来る、ということで当初は客の奪い合いが予想されましたが、店の客層を見ると、こちらの『学亭』の客層は学生さんが多いのに対して、『工大前店』の方は昔からの近所の馴染み客が多いというように、客の住み分けが出来ているような雰囲気です。どちらも頻繁に通っている訳ではないのでハッキリしたことは言えませんが。客の側としては、美味しい飲み屋の選択肢が一つ増えてうれしいところ。

     
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【写】秦皇島オリンピック・スポーツセンター・スタジアム(秦皇島)

2009年02月24日 22時05分37秒 | 撮影記録2008
●秦皇島オリンピック・スポーツセンター・スタジアム(秦皇島) 撮影日 2008.10.19(日)
 
・秦皇島観光、最後の目的地。この日、五ヶ所目の観光地とあって参加者の疲れはピークに。バスでは皆ぐったり。
 
・巨大なスタジアム前に到着。疲れのため、バスに居残る参加者も数名。
  
・スタジアムの玄関をくぐる。
 
・テレビで選手入場時によく見かけるようなゲートです。こちらは一般客用ではなく、選手用の入口でした。
 
・ゲートを抜けると、眼前に青々とした芝生が広がります。「うわ~ スゲェ~~」思わず声が漏れる。
 
・33000人収容の会場。このような巨大な競技場に足を踏み入れるのは初めてのことです。北京オリンピックでは日本のチームもこちらで試合を行なったそうです。

・キックオフを行なうセンターマーク。
 
・西日がさして何だか神々しい光景です。芝生の上で全員で記念撮影を行なう。
 
・途中から、秦皇島市の配慮によりBGM(選手入場用?)が大音量で鳴り出しました。
 
・寝心地良さそうな芝生。

・テレビでよく見かけるベンチ。

・見学は芝生の上のみで終了。しかし、こんなに大きな会場の需要がどれほどあるのやら。管理の手間を考えると心配になってきます。
 
・これにて中国旅行二日目の秦皇島観光は終了。バスは一路ホテルを目指す。
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【本】漢語の知識

2009年02月24日 08時02分38秒 | 読書記録2009
漢語の知識, 一海知義, 岩波ジュニア新書 25, 1981年
・「勉強」、「先生」、「文化」、「流行」など、日頃何気なく使う言葉を中国の古典にまで遡りその生い立ちや意味を平易な言葉で解説する。一応、若い人向けに書かれた本ですが、大人が読んでもナルホドと思う個所がいくつもあり、読み応えは十分です。内容は単なる「漢語の雑学集」にとどまらず、「自らのルーツ(祖先)」についてまで考えさせられました。漢字文化の豊かさ、素晴らしさを感じさせられます。おもわず「日本人でよかった……」と呟く。
・多数引用される漢詩の読み方に慣れず、一苦労。もう少しすんなり読めるようになりたい。
・タイトルを『漢字』ではなく『漢語』としてあるところがミソ。
・「以上の三例、「有終の美を飾る」「春眠暁を覚えず」「手に汗を握る」は、いずれも中国の古典にもとづくことばですが、」p.vii
・「ところで中国の古典のなかには、名言やことわざがたくさん出てきます。しかしそれらはあまりとりあげまんせんでした。なぜならその類のことばについては、すでに多くの本が書かれていますし、ちょっとしらべれば、手軽に意味がわかるからです。この本では諺の類もすこしはとりあげましたが、むしろ名言集などには出てこないような、ごくふつうに使っている漢語、たとえば「勉強」とか、「先生」とか、「希望」とか、「孤独」とか、「青春」といったことばをとりあげ、古典とのつながりについてさまざまな角度から考えてみることにしました。」p.viii
・「ただし、私がこの本を書いたのは、みなさんに物識りになっていただくためではありません。物識り(博識)になるのは楽しいことですし、いいことです。しかしもっと大切なのは、できあいの知識を吸収するだけでなく、対象にむかって疑問をもち、自分自身の手でしらべ、自分自身の頭で考えることです。」p.ix
・「現代日本語の源には、日本と中国の古典という泉のほかに、仏教にもとづくことばの泉があったわけです。この泉はそんなに大きくはありませんが、日本語を豊かにしてきた大切な泉だといえるでしょう。」p.20
・「漢音は、唐代の長安付近(北中国)の発音を日本に伝えたもの、呉音は、それより古い揚子江下流地域(南中国)の発音が伝わってきて日本に定着したものだといいます。」p.34
・「ある漢字の意味がわからないとき、あるいは一応はわかっていても、もう一つはっきりしないとき、みなさんはどうしますか。漢和辞典をひいてしらべるのは手っとり早い方法ですが、ひとりであれこれ考えてみるのも楽しいものです。  そのとき手がかりになるのは、その字をふくむ二字(ときには三字、四字)の熟語です。」p.35
・「ことばは造花ではなく、活きた花です。一つの幹から多くの意味の枝をのばし花を咲かせますが、一つ一つの花は、造花のように血のかよわない花ではなく、たがいに形はちがっても一つの幹から樹液を送られている活きた花、おたがいに兄弟姉妹の花なのです。」p.38
・「「達意」ということばは、『論語』のつぎの一節にもとづいています。
 辞ハ達スルノミ。(衛霊公篇)
 「辞」についてはいくつかの解釈がありますが、ふつうは「ことば」あるいは「文章」をさすといわれています。ことば、文章は、こちらの意思が相手に伝達できればよろしい。達意ということが第一の目的だ。したがって、むやみにかざったり工夫したりすることはいらない。――『論語』の右の一節は、そのように解釈され、やがて「達意の文章」といういい方が、文章に対するほめことばとして使われるようになりました。
」p.46
・「しかしよく考えてみれば、相手への「達」し方が問題です。ただ伝令のように簡単にそっけなく伝達するのでなく、相手の心に深く達して、忘れがたい印象をのこす、そういう文章は、やはりそのための修飾・工夫が必要でしょう。」p.47
・「カッパは漢字で河童と書きますが、カドウと読まずカッパと読むのは、なぜでしょうか。(中略)河=カハ。童=ワラベ=ワラワ→ワッパ。河童=カハ・ワッパ→カッパ。なお、雨合羽のカッパは、ポルトガル語の capa に「合羽」という漢字をあてたもので、河童とは何の関係もないそうです。」p.80
・「そこで中国人は、うわさにきく巨大な象の姿についてあれこれと想像をめぐらし、そこから象ヲ想フ→想象→想像ということばが生まれたのだという話があります。」p.85
・「小学五、六年生のころ、年上の遊び仲間からつぎのような話をきいたことがあります。(中略)「件(くだん)」というのは何か知ってるか。にんべんにウシと書くだろう。顔が人間で体は牛の形をした動物のことなんだ、(中略)「へーえ」と私は目をまるくしてきき、その話を信じこみました。」p.93
・「以上見て来た音だけの漢字、訓だけの漢字、それらは、全部で五万近くあるといわれる漢字全体、ことに日常よく使う感じのなかでは、ごく一部です。したがって、大部分の漢字には音と訓があり、両方を知っていないとその漢字がよくわかっているとはいえません。中国人やヨーロッパ人から見れば、音のほかに訓をおぼえるというのは、煩雑に思えるでしょう。しかし、むかしからいわゆる漢字文化圏の中でくらして来た日本人としては、やむをえません。表意文字である漢字には、ローマ字や仮名のような表音文字にはない便利な面もあり、その便利さと音・訓をおぼえる煩雑さとが相殺されて(プラス・マイナス、ゼロになって)、私たち日本人はあまり不便を感じていないのかも知れません。」p.116
・「「城」という字は、「土」と「成」とからできていますが、「皿」の上に「成」の字を書くと「盛」となり、「土」を「盛」ってつみ上げかためたのが「城」です。城は城壁をさすのです。だから万里の長城へ行っても、そこには姫路城のような日本式の城はなく、ただ石と土をつみ上げた塀(城壁)がえんえんとつづいているにすぎません。だから「万里の長い城(城壁)」なのです。」p.124
・「父の兄を伯父、父の弟を叔父というのもそこから来ていますが、」p.159 この使い分けを初めて知った。
・「そういうやや複雑で微妙なニュアンスを、短いことばでピシッときめる、それが漢語の一つの特徴です。」p.160
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