加地尚武の佐倉新町電気街

「福音の少年 Good News Boy」シリーズ(徳間書店 徳間デュアル文庫)著者による電脳生活と意見。

ジェネラルマネージャーは泣かない。『マネーボール』映画と本

2011年11月13日 13時09分33秒 | 音楽・映画のこと
マネー・ボール (RHブックス・プラス)
クリエーター情報なし
武田ランダムハウスジャパン


映画「マネーボール」公式サイト

「球界の盟主」を自称する某球団のジェネラルマネージャーがぶざまに泣いたという日、私はべつのプロ野球球団のジェネラルマネージャーを主人公にした映画を観に行っていた。

ブラピ主演の「マネーボール」である。

野球をやったこともないし、プロ野球中継もまったく観ない私が、なぜこの映画を観に行ったかというと、ある映画紹介サイトで、なにげなく次のようなあらすじを読んだからだった。


メジャー・リーグ球団、オークランド・アスレチックスのゼネラル・マネージャー、ビリー・ビーンの偉業を描く伝記ドラマ。膨大なデータ分析を駆使して新たな野球理論を提唱し、低予算の弱小球団を最強のチームに作り上げた男の奇跡に、『カポーティ』のベネット・ミラー監督が迫る。実在の人物ビリーに扮する、ブラッド・ピットの演技も見ものだ・・・。

というもの。
私は、知性を武器にたった一人で奮闘する人物を描いたストーリーが好きなのだ。
検索していくと、「原作」というかもとになった実話を題材にしたノンフィクション本があるらしい。
ちょっと悩んだ。つまり、
読んでから観るか、観てから読むか?
だ。

こんなとき、事情が許せば答えは決まっている。観てから読んだ方が、楽しめることが多い、と私は思っているのだ。

で、電車に乗って、映画館に行った。

「よく言えば個性的、悪く言えばポンコツ選手だらけの貧乏な弱小球団が、金満体質の大球団に勝つ」という設定だと、たいていは「メジャーリーグ」や「ベアーズ」のような痛快スポーツコメディになりそうだが、映画「マネーボール」は、主人公のGMビリー・ビーンの人間像を描く、見応えのあるドラマにする道を選んだ。
そしてそれは、とても成功したと思う。

見終わったら夜の8時を回っていたが、シネコンの建物の中にある本屋はまだ開いていた。
私は「原作」にあたる「マネーボール」という本を買った。

「野球」に関する単行本を買うのは生まれて初めてである。
そして、一日かけて読み終えた。
一読して思ったのは、この映画の脚本家は巧妙に事実の並べ替えを行ってドラマチックにしたてている、ということだった。
「脚色」のキモにあたるのは、事実では「ポール・デポデスタ」、映画では「ピーター・ブランド」とされている、ビリー・ビーンの右腕にあたる人物だろう。

この映画は事実に基づいているし、ほとんどの人物が実名で出てくるが、この「ピーター・ブランド」だけが、「架空の人物」なのだ。実在の「ポール・デポデスタ」は痩せたハーバード大学出の人物だが、映画の「ピーター・ブランド」は今時珍しい程のデブで眼鏡をかけたイエール大学でのおたくっぽいインテリ青年なのだ。

そして、映画は主人公ビリー・ビーンが、この「ピーター」と出会って初めて野球界を変える革新的な「マネーボール」理論に出会う、というストーリーになっている(事実はビリー・ビーンはその数年前からその理論を知っており、改革に着手していた)。
それが映画にとってどれほどすばらしい抑揚を与えているか、ご覧いただくのが一番早い。

私は野球の事はわからない。しかしマネーボール理論が言うように「打点」や「セーブポイント」や「失策数」といった運や他の条件に左右されるものをもって、野球選手を語るのは前からおかしいと思っていた。
「盗塁するな」「犠打は無駄」
一昔まえの高校野球の監督なら真っ赤になって怒り出すような野球の常識を覆すような言葉の数々が、本にも映画にも出てくる。

宗教裁判の時代じゃあるまいし、「それでも地球は動いている」といった真理に身を捧げる人物と蒙昧な世界との対立といったテーマでこのような物語が成立することにも驚いている。
それだけ「野球」というものの世界が古くさいのだろう。

そしてビーン率いる貧乏球団アスレチックスは、奇跡のような20連勝を成し遂げる。このシーンは本も映画も感動的だ。引用したいのだが、やめておく。ぜひ読むか、観るかしていただきたい。ほんとうに幸せになる一瞬である。

だが、映画はそれで終わらない。
この映画の、監督の「言いたかった」ことはそれだけじゃない。それはラストの、ラスト。
勝つために選手を商品のようにドライにトレードしたり首を切ったりする「ビリー・ビーン」という人物の、さらに魂の核心に迫る、一瞬。
彼は離婚した妻について行った娘の歌声をCDで聴きながら、涙を浮かべるのだ。

「・・・もっとショーを楽しみましょうよ」

字幕には「ショー」の部分に「試合」という言葉を当てている。
私は、膝を叩いた。
大げさではなく、映画「市民ケーン」のラスト、雪ぞりが暖炉に放り込まれるシーンを連想したくらい、この映画のラストシーンは、ほんの一瞬で、ビリー・ビーンという、大学進学が決まっていながらスカウトの甘言にそそのかされてプロ野球界に入り、結局目が出なかった人物の、ルサンチマンや、闘志、野球に対する愛憎、破綻した結婚生活など、人生のエッセンスを凝縮してみせた。

おすすめ。本も、映画も。


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4 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
つまりは (abigail(月光蝶))
2011-11-28 22:03:20
お前の運命の旅を楽しめと。
冬は (abigail(月光蝶))
2012-02-12 23:51:26
いずれ春になりますよ。

人間には、いずれ必ず退場の時が来る。
しかし、生きている限り、舞台はわれわれを離さない。
すみません。 (加地 尚武)
2012-03-24 23:04:51
コメントをいただいていたのですが、いろいろあってレスしてなくてすみません。
もしご心配をおかけしたとしたらお詫びします。今日、「一周忌」という区切りを向かえました。呆然と舞台に立ちすくむ状態から一歩を踏み出したいな、と思っています。
どうも (abigail(月光蝶))
2012-03-25 08:09:58
お心のままに、としか申せません。

私は、ただ見ているだけです。
確かに、こうまで長いスパンになるとは思いませんでしたが(われわれが接点を持って、すでに20年近くになります)本来、私は貴方の普段の生活にとって、姿なき傍観者に過ぎません。

私に応答するより重要なことは、当然山ほどあるはずです。
貴方が生存していて、何かを呟き続ける事が、私にとっては興味深く、そして嬉しい事だというだけです。

年をとって実感します。
人間は、結局は自らの心のままに生きることしか出来ない。

お心のままに。

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