ナンシー・Chang!のおいし~生活

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カルチャークラブの前座を飾った“しょこたん”の父

2016-09-17 17:46:00 | 中川勝彦
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15/09/17のダイアリー

2015-09-18 06:55:04 | 中川勝彦

今日は中川勝彦さんの21回目の命日。生きていれば53歳。雨降っちゃった。夕方晴れて大きな虹が・・・なんてことにもならなそう。せめて雨あがってほしいな。
#katsuhiko p.twipple.jp/3mxCi


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きょうは父の命日だ
祖母の誕生日でもある
9/17

21年経ったのか。どんどん時が経つなぁ
でも、いまみらくるキャット団に夏彦父さんとして、アニメになって生き返ったみたい!凄い
pic.twitter.com/3b6M4szFMj


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ナンシーChang! (LIVE) - 中川勝彦
youtu.be/m53UYhCYBLQ @YouTubeさんから





.@shoko55mmts 勝ちゃんに会いたいな。夢でも、この際幽霊でも ( ´,_ゝ`)





@EvaShion0415 すごく大きな虹でしたね。あの日から、毎年9月17日には17:40になると空の見える場所で黙祷しています。爽やかな秋晴れだとうれしいのですが、今日は最悪の空模様。。。


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これより帰宅、東京タワーライトオーン(^O^)/
pic.twitter.com/zRgH1zojRn




15/09/17のツイログ
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Farewell September

2014-09-17 17:40:44 | 中川勝彦

今日は勝っちゃんの20回目の命日。生きていれば52歳。今年もお墓参り行けなかった。
#katsuhiko pic.twitter.com/Mq9XPlPlhj





今日は父の命日です
二十年経つなんて
早いなぁ
不思議に、父の歩いたいろんな足跡に巡り会いながら辿って来た
これからもずっと生きた証は残る
pic.twitter.com/r3hs65nfGe


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#katshuhiko/130917

2013-09-18 05:30:55 | 中川勝彦

今日9月17日は父、中川勝彦の命日です。毎年この日がよく晴れてるとほっとします。あの時夕方、亡くなった時間に大きな虹が空にささっていたのが忘れられない。
祖母、栄子の誕生日でもあります。
大事な二人の血がこの身体にある!
生きねば。


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王子様だわホント 
#katsuhiko pic.twitter.com/39vy3pYYFZ


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勝彦の書いた色紙には、いつも詩がはいっていました。猫の絵もたくさん描いていました。

今まであったたくさんの事
これから起こるたくさんの事
そのたくさんのもとをたどると
たったひとつの出逢いになる
あなたに逢えてよかった。

pic.twitter.com/VihJ6wfJtg


ナンシー・Chang!さんがリツイート | 437 RT




「鳥が空を恋ひ 魚が海を慕うやうに 私はあなたを愛するのでしょう」
という詩をいただきました(私の色紙だけに書いたわけじゃなかったけど) >RT





昔、六本木で夜遊びしてた頃、勝ちゃんがレシートの裏に落書きを始めて、「それほしい!」と私が言ったら、たくさんのぬこたちの絵にカエルを足してくれた。私がカエラーだったこと覚えていてくれたから。お茶目でやさしい人だったな。 #katsuhiko
pic.twitter.com/7F4K01EYKZ





また絵、描こうかなぁ。。。(←夢占いに触発されたw)





ここ何年か9月17日は休日だった。今日は仕事ムリ。なんも手につかない。薔薇の花とラム買って、とっとと家に帰りたい。でも、17:40には電車の中ではなく、空が見える景色のいいところにいたいよ。19回目にして、未だにこの日はブルーになる。
p.twipple.jp/8klxT





連休明けでなければ休んだのに。





キングトーンズの『グッナイベイビー』かな。 RT @hijiyuu: ラジオを録音したかセットは宝物。
ラジオのコーナーでカラオケ大会みたいな日があって、勝ちゃんは「きっといつかは 君のパパも わかってくれるさ~♪」って歌ってました
#katsuhiko









勝ちゃんの事を想わない日はなかった学生の頃。雑誌の切り抜き下敷きに挟んで♪( ´∀`)若干色褪せてますが勝ちゃんがセレクトした音楽♪当時はカセットだもんね、時代を感じます。勝ちゃんの字も大好き☆(PLUMより)
#katsuhiko pic.twitter.com/PHwT9JSxGr


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きのう、命日だったからか中川勝彦が注目ワードにはいってましたありがとうございます!(゜∀゜)
pic.twitter.com/1RxG7V9GYl


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虹を綴って

2013-09-18 00:33:17 | 中川勝彦


*Light into the Rainbow

19回目の命日、黙祷は東京タワーの見える芝公園で。
17:40には、電車の中ではなく、空が見える景色のいいところにいたかった。
19年か…。
ここ何年か9月17日は休日だったけど、今日は仕事がまるで手に着かなかった。
連休明けでなきゃ休んだのに。
ゆっくり暮れかかる青空の下にいると、あの日の大きな虹を思い出す。



虹つながりで、勝ちゃんを思いながらマイケル・フランクスの「アントニオの歌」聴いている。
邦題が「虹を綴って」なんだよね。
ジム・クロウチの「タイム・イン・ア・ボトル」と共に、生前勝ちゃんが好きだと言っていた曲。
それにしても勝ちゃんは年の割に聴いている洋楽がシブかった。

We sing the Song
Forgotten for so long
And let the music flow
Like Light into the Rainbow

僕らは歌う
長く忘れられていた歌を
そして音楽に身をまかせる
虹に注ぐ光のように

勝ちゃんが亡くなってしばらくは、勝ちゃんの歌が聴けなかった。
でも今は繰り返し聴いている。
歌は中川勝彦の生きた証だから。
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#katshuhiko/130827

2013-08-28 05:38:22 | 中川勝彦

Twitterってすごかりし!父、中川勝彦の知られざる当時のさまざまな角度からの情報がいっぱい、あつまりました嬉しいです。実はずっと父へ尊敬と、反抗と様々な気持ちが渦巻いていました
でも反発しているつもりが不思議な運命に導かれ。偶然父と同じステージで歌う日がきて。


ナンシー・Chang!さんがリツイート | 242 RT




直接話したわけじゃないのに、趣味やすきになるものはすべて父がすきだったものだった、猫も宇宙も深海もアニメも特撮も。自分の血のなかに、父の生きた証がある。
もっともっと歌いたかったし生きた証を残したかったはずだとおもう。


ナンシー・Chang!さんがリツイート | 262 RT




いまはインターネットができたおかげで自分のすきなことを自由に発信してつながれる素晴らしい未来の世界がきた。詩や絵を紡ぐのがすごく好きだった父の時代にTwitter、YouTube、ブログがあれば。もっと違った。
でもこうしてわたしが知らなかった、当時のお話を聞くことができている


ナンシー・Chang!さんがリツイート | 196 RT




不思議だし感謝しています。もっともっと知りたい。歌や残した想いを。どんなひとだったのかを。いまやっとそうやって向き合いたい。そんな気持ちになりました。時間がかかりました。いまの自分があるのは父のおかげだし、わたし自身も父の生きた証だから


ナンシー・Chang!さんがリツイート | 202 RT




だから、ぜひどんなささやかなことでもいいので、中川勝彦の当時の思い出やエピソードを、聞かせてください。生きていた父のことをいま知りたい。
#katsuhiko このハッシュタグをつけてくださると、みんなで共有できるかなとおもいます。


ナンシー・Chang!さんがリツイート | 316 RT




勝彦は超力ロボガラットというアニメの主役マイケルを演じていたり。歌った場所も渋谷公会堂、野音、中野サンプラザと、偶然を超えてまるでわたしがどんどん足跡をたどっているみたい。不思議でしかたない。いまいろんな事を話せたらぜったい仲良くなれたんじゃないかとおもう。#katsuhiko


ナンシー・Chang!さんがリツイート | 153 RT




父は九歳の時に亡くなったから、思い出だって数えるほどしかない、でも病気になってからベッドでたくさん絵を描いていた姿が忘れられない。夕暮れのマジックタイムのブルーと紫の美しく悲しい空の絵。いまの自分のまま父と歌や猫や絵やいろんなこと話してみたい。
#katsuhiko


ナンシー・Chang!さんがリツイート | 316 RT




いま大人になってびっくりするのは、私になって父がいなくなってからのほうがずっと長いのに、どんどんこうして父のいた証やお話、足跡が新しくみつかっていくこと。不思議なくらいに父の存在感が増してる。
みなさんからみた、父の足跡、教えてください。
#katsuhiko


ナンシー・Chang!さんがリツイート | 225 RT




@shoko55mmts 1986年の“中川勝彦in渋谷公会堂”のお話などを。 Tears in Heaven blog.goo.ne.jp/nancy0101/e/e2… #katsuhiko





@shoko55mmts 直筆のイラスト。猫好きの勝彦らしさが現れています。(しょこたんとはかなりタッチが異なりますな~) #katsuhiko
pic.twitter.com/7F4K01EYKZ





@shoko55mmts ‘88年、勝ちゃんは「反核」「反原発」の意志を強く掲げながらも、「何事も頭から否定的な見方はしたくない」と言って、原発のことを熱心に勉強していました。No More Nukes blog.goo.ne.jp/nancy0101/e/e1… #katsuhiko





みなさま、本当にありがとうございます、知らなかったエピソードやみなさんの想いがこんなにつながる、星座みたいに勝彦の生きた証がつながってゆく。まだまだパズルのピースみたいにみつけていきたい。父のライブみたかったな、いまの自分があの時の父とライブでコラボしてみたかった。


ナンシー・Chang!さんがリツイート | 102 RT


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Tangled Up in Blue

2012-09-17 17:40:00 | 中川勝彦


*I wish if I could see the light of heaven

18回目のこの日がやってきた。
時が経てば慣れるかと思っていたけれど、何年経っても、9/17の17:40が近付くと気分がぐんぐんブルーになる。

昨年の3.11以降、原発のこともあって勝ちゃんのことを思う機会が増えた。
勝ちゃんが生きていたら・・・と何度も考えた。
熱心な反核派だったから、ということもあるけれど、彼は今巷に溢れているような放射脳どもと違って「何故原発なのか」について真剣に勉強していたから。

やっぱり、長生きすべき人だったのだ、と思う。



今年もお墓参り行けなかった。。。ごめんね勝ちゃん。
そちらで会える日はもうちょっと先だろうから、こっちにいる間に行かないとね。
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Over the Rainbow

2011-09-17 17:40:00 | 中川勝彦



もう2度と会えない人と、もう1度会えたら。。。
9月17日、私は毎年そんな奇跡を願ってきたな。
もう17年目だ。
自分は年々老いていくのに、記憶の中の笑顔は美しいまま。
切ないわ。思い出は美化されるからね。

私のHNの由来でもある「ナンシー・Chang!」は、1985年5/25にリリースされた3rdアルバム『ペントハウスの夏』に収録されています。
同年の7/10、4枚目のシングルとして発売されました。
作詞:安井かずみ 作曲:加藤和彦
すでにお2人とも故人なのですね。
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Moon Wolf

2011-03-31 00:11:47 | 中川勝彦



*LOVER PEOPLE

前の記事で、23年前に勝っちゃんが音楽誌の「反原発」特集で語ったことを抜粋して紹介しましたが、同年に発売のアルバム(通算6枚目)に収められた1曲についても触れておこうと思います。
1988年9月21日、勝ちゃんはワーナーミュージックからNECアベニューに移籍しました。
第1弾となる『LOVER PEOPLE』というタイトルのアルバムは、全曲本人の作詞・作曲による初の完全セルフプロデュース盤でした。
そのアルバムの1曲目が「Moon Wolf」。
内容はというと、
ある朝目が覚めたら、TVのニュースがこの世の終わりを告げている。
恋人と離れ離れになった男は、愛する人を守るために狼になって駆けつける・・・というもの。
当時は国内で原発推進キャンペーンの真っ只中、米ソの冷戦もあり、「この世の終わり」が意味するものはズバリ「核戦争」か「原発事故」でした。
このアルバムのレコーディングのため、ニューヨークに渡った勝ちゃんは、ビルやアパートの地下に「核シェルター」があるのを見て、大きなショックを受けたと言っていました。




この曲はシングルではないので、動画は(PVではなく)ライブです。
↑のスタジオライブは、本人のコンディションが良くないらしく、声も出ていないし歌詞が聞き取りづらいのが残念。

MOON WOLF

No control Crazy dream 目覚めのジョークさ
TV news 映しだす Coolな顔で
此の世の終わりに海を越えてプレゼント
今日はFriday It's full moon まるで運命の日

愛する人を焼きつくす 赤い雨が降る前に
狼になって駆けつけるのさ 早く時間はない

祈りは何処にも届かない 昼も夜も鈍い光の中で
神に選ばれた戦士たちの 人間狩りがはじまる

行く先のない流れに逆らい 俺をHoney Oh Please 導いておくれ
ガレキをのりこえジャングルに埋ずもれた

愛する人を焼きつくすのさ Black rain fall in down
狼になって叫び続ける 天子たちよ聞け

お前は今ごろベッドの上で 欲望のままに夢を見る
走り続ける俺の目に映る 蜉蝣のように

焼けた廃墟の中に
見えも聞こえもしないお前を
一体誰が守るのか
コンクリートの荒野で

(作詞/作・編曲:中川勝彦)
 

勝ちゃんはワーナー時代の最後のアルバム『MAJI-MAGIC』で覚醒した感があって、それまでメディアが彼に求めていたヴィジュアル重視の王子様路線をきっぱりと否定し、移籍を機に自分が本当に表現したい音楽を追求しようとしていました。
私はけっこうワーナー時代のキャラクターが好きだったので、このアルバムの中川勝彦には衝撃を受けました。
当時はとまどいの方が大きく、あまり熱心に聴くこともありませんでした。
でも、20年以上経った今なら、彼の思いを素直に受け止めることができます。
今にして思えば、愛していながら公然と会うことができなかった妻子への気持ちを綴った曲もあったし。
ワーナー盤は5枚とも再リリースされたけれど、NEC時代の3枚(うち1枚は没後リリースのメモリアルアルバム)も日の目を見てほしいです。




懐かしいSSC(サウンド・スーパー・シティ)の動画があった。
『LOVER PEOPLE』について語っています。
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No More Nukes

2011-03-30 01:46:37 | 中川勝彦


*「愛する人を守りたい」

最近、「中川勝彦」で検索してこのブログに辿り着く人が増えました。
YouTubeにも懐かしい動画がたくさん上がっている。
ワーナー時代のアルバムが一挙再発売されたりと、没後17年目にしてジワジワきているのかな?
今もう一度、中川勝彦が注目され、クローズアップされることがあるのなら、私は素直に喜びたい。
ずっと生まれてきたのが早すぎた人だと思っていたから。

1988年に、勝ちゃんは音楽誌の反原発企画でインタビューに答えています。
当時日本にあった原子力発電所は36基。
RCサクセションをはじめとする日本のミュージシャンたちがさかんに反原発コンサートを行っていた年でもあります。
「原発が止まる日まで―無期限連載」とあったその企画は今も続いているのか?
てか、その雑誌まだあるのかな?(ちなみにARENA37℃です)

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オレの知人がね、これ読んでた方がいいよって、広瀬(隆)さんの「危険な話」といろんな原発関係の資料を一式くれたの。ただ、これはオレの性格なのかもしれないけど、何事も頭から否定的な見方をしないようにっていう気があるんだ。今の世の中って、微妙な糸がもつれ合うようなバランスの上に成り立っている。昔はもっとシンプルだったと思うわけ。政治と企業が癒着し合ったりとか、すごく危険なバランスの一角を成しているのが原発だと思うんだ。

わかんないことが多すぎるよね。なんで原発になったのか。水力や火力発電だけじゃだめなのか。事実を伝えることがマスコミの主張だけど「安全です」だけじゃどこまで信じていいかわかんないもんね。新聞に「チェルノブイリとは型が違うから安全」って広告出したけど、それを否定している内部の人がいたりとかさ。
広告に金かけたって信憑性ないと思う。実際安全じゃないんだから。スリーマイル島やチェルノブイリで事故が発生したり、四国の伊方原発で出力調整とか危ない実験をしている事実がリアルなニュースとして流れているんだからね。

それで人が動くためには何が必要かってことだよね。で、人間って誰でも基本にやっぱり「愛する人を守りたい」ってのがあると思う。そこが脅かされてるんだってリアルに感じるためには、本当に危険が切羽詰まんないとわかんないと思う。だけど、そうなってからじゃ遅いんだよね。

「原発反対」って言えるんだけど、それをはっきり説得できない知識の乏しさ、それをオレ今すごく感じてる。もっと勉強しなきゃいけない。怪獣倒すのに相手の弱点知らないで立ち向かえないからね。
いけないと思うよね。だってさ、命を殺しちゃう危険性をはらんでいるものを擁護しながら発展させようとしているわけじゃない。

オレにできることって、こうやって誌面上で話すこととか、歌っていくってことだよね。
(ARENA37℃ 1988年10月号より抜粋)

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結局それから20年ちょいの間に原発は54基に増えてしまった。
で、この大事故です。
こんな状況では「原発反対!!」って人が湧いてくるのは当然だと思うけれど、今にして思えば作る前に阻止できなければどうにもならなかったこと。
仮に今ある原発を全て廃炉にするとして、原子炉の解体費(と時間)はどれくらいかかるのかご存知でしょうか?
1基あたり100億円をかけて最低6年がかり、汚染廃棄物の量は4000トン以上。
ただ止めればいいっていう単純な話ではありません。
汚染廃棄物の放射能量が減るまでにも100年近くかかります。
プルトニウムは半分に減るまで2万4千年かかるのです!
要するに原発が止まったとしても、放射能の恐怖から解放されるわけではありません。
私だって、もし可能なことならばこの世から原発なんて全て消えてほしい。
でもヒステリックにただ反対する気にはなれないし、それがほとんど無意味なことも知っています。

‘88年当時、勝ちゃんは「反核」「反原発」の意志を強く掲げていたけれど、「何事も頭から否定的な見方はしたくない」と言って、原発のことを熱心に勉強していました。
「怪獣倒すのに相手の弱点を知らないで立ち向かえないからね」と。
「ウソだったんだ」「だまされた」と替え歌歌っているような人とは器が違います。
今もし勝ちゃんが生きていたらどうしていただろう。
日本はこれからどうなってしまうのか?
今、自分にできることは何?
ハッキリ言って鬱になるばかりです。
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