「木下黄太のブログ」 ジャーナリストで著述家、木下黄太のブログです。

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【悲報】熊本・放射能防御活動の中心、御堂岡啓昭氏が亡くなった理由。11月に過労死寸前で医師が入院通告。

2014-01-23 06:18:30 | 福島第一原発と放射能

 【悲報】

 熊本で被曝問題に取り組んでいた御堂岡啓昭さん、44歳が亡くなりました。死因は、はっきりしませんが、熊本市内の彼のお店「AZITO (アジト)」で倒れていたのを発見されたそうです。発見した地元のメンバーによると、昨日夕刻にお店に来たら、二階で倒れていて、顔色も変っていたそう。119番して救急隊員の指示で心臓マッサージをしたが、まるで反応無く、顔は土色のまま。駆けつけた救急隊員は、一定時間経過しているようだと言っていたそうです。突然死の疑いが強いような話です。詳細が分かれば、またご報告しますし、通夜告別式に関しても分かり次第お伝えします。

 写真が無いので、ネットでひろいました(借用御免)。僕が熊本に招かれてジョイントでトークした時のモノでしょう。僕から一人挟んで、御堂岡氏が座っています。

熊本での僕のウクライナ報告会も主催されました。福岡でのバンダジェフスキー博士講演会にもスタッフとして協力してもらっています。また、北九州のガレキ問題では、何回も北九州に入って尽力していたのは、現地では知られた話です。

きのう午後一時ごろと夕刻に二度電話しても、つながらないので変だなとは思っていましたが。。。ご冥福をお祈りいたします。

御堂岡(@Ani2525)氏はツイッターで被曝回避を訴えていて、フォローワーも多かったです。20日から三日間もツイートもしていません。おそらく死後、一定期間経過していたのではないかとも思います。

 そして彼が店長のお店、熊本の新市街にある「アジト」は避難者の交流の場にもなっていました。⇒https://www.facebook.com/AZITOK1 

 なお、御堂岡氏は東京のライターの中では、実は知られた存在で、僕はオウム関連取材でコンピュータ関連の中身で彼が書いていたことは、かなり気にしたことがあります。実際に会ったのは、3.11.後が初めて。被曝を懸念して、東京から熊本に避難して活動されていました。広島出身で、ご家族のまわりにおきた原爆に関する話などがこの被曝問題を考えていく手がかりとなっていました。中央大学の後輩にもなります。

 御堂岡さんは、突然何らかの体の異常で亡くなられていますが、殺人の被害者などではありません。ある意味で、放射能戦時下での「名誉の戦死」と位置づけるべきです。間違った情報は、彼を貶めますから、ご遠慮ください。

 また御堂岡さんの死に関して卑しめるような話を言う人が、ツイッターでもFBでも見受けられます。亡くなったばかりの御堂岡さんを過剰に貶める言説を吐くのは、最早鬼畜の所業です。亡くなった事をお伝えしているのに対して、そういう反応をする一部のネットの病は凄まじいと僕は思います。特に
彼の死を伝えた、僕のFacebookのウォールには、突然おかしな書き込みが掲載されました。

「天羽 優子 · beyondに嫌がらせしたヤツって大抵早死にするな。」

 天羽というのは山形大学理学部物質生命化学科准教授。水の商売などのカルトを批判をしている人で、紀藤弁護士に紹介されて、随分前(十年近く前)に一度電話した記憶があります。彼女がbeyondと言っているのは、悪徳商法マニアックスというサイトを運営していたbeyond氏の事。二、三度あった記憶もあります。

 このbeyond氏 VS 御堂岡氏というのが、2011年の前にいろんなことがあったようです。僕もネットや噂で聞いています。どちらというと紀藤弁護士とこういうテーマをよく話していた僕は、元々、御堂岡氏の反対側に近い立場だったと思います。

 それでもこの三年近く彼と話してきて、過去のそうした事はどうあれ、彼のことを信頼しています。

 その僕の感覚で言うと、この天羽という人が書いていることはおかしいです。なにかというと、まだ過去のいきさつを批判するのは構わないですが、「嫌がらせしたヤツって大抵早死にするな。」という言説を、死を伝える僕のウォールに突然書くことです(僕はこの人と普段ネットでも全くやりとりをしていませんし)。国立大学教員でカルト批判している人間が、「御堂岡氏が嫌がらせしたから早死にした」という言説を書き込んでいるのです。内容以前、合理的な話ではありません。トンデモ批判でカルト批判の大学教員の言説です。こうした中傷する天羽山形大准教授の言説を見ると、カルト批判を従来から強く行っていた僕の中に、カルト批判をする側の人々の一定部分に関して、その意識構造を実は再検証する必要性を感じ始めています。他でもおかしな事例があるのです。

これが、被曝後の日本のリアルです。

絶望。

 御堂岡氏と12月に話した時も「とにかく体の状態がよくなくて、医師から注意しなさいと言われる」とこぼしていました。しかし、店の経営と被曝防御活動を両立して稼働することで、自分の体を苛め貫いていたと思います。「いや、木下さん、お互いに長生きして、事の顛末を見届けましょう」とよく言っていたのに。

11月には彼のツイートでもこのような記載がありました。

死ぬのかなあ・・・と。過労で死にかけ、数十年ぶりに行く病院で、いきなり入院しましょうって言われ、あ、放置できない店があるのでと言ったら、なんとか入院回避、休養しつつも周囲に遺言的な何かを言っていた俺が数日前。病院行くと回復してますねと言われ、気が軽くなっております。」

11月は熊本などでソーシャル活動をしている人々が続々倒れ、精密検査。俺は部下が気付いて助けられ、すわ入院か?騒動はあったが精密検査、点滴数度のみ、過労死寸前まで働いてたらしい。」

そして、本当に。。。 余りにも早すぎる。


合掌。


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「木下さん、怒らないで下さいね。やっぱり、安くしないと移住者のお母さんたちは、読みたくても取れないですから、皆さんの木下さんのメルマガ読みたいので、考えてあげて下さい。僕もみんなも応援しているし、関わりたいですから」御堂岡氏から、こう言われていました。

彼の期待に応えているのかどうかはともかく、僕は之から精一杯頑張って伝えていこうと思います。

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多くの方の悼む声です。

御堂岡さん。。。故郷熊本に帰省したときに、木下さんが店にいらっしゃるのでおいで!と気軽にお声をかけてくださいました。遠く、熊本で、避難者のためにいろんな活動をされていらっしゃいましたね。。。FBでもいろいろ教えてくださったり。。。とてもとても悲しいです。。。ご冥福をお祈りするとともに、私たちは御堂岡さんの心残りのためにも頑張って活動を続けたいです。。。」

御堂岡さんのご冥福を心からお祈り申し上げます。
知り合ったのは、mixiでした。当時から何とかして、息子たちを移住の説得をしなければと悩んでいた私に、mixiの友達がご紹介してくださったのがきっかけです。最初のころはなんの知識も無い私が出したメッセージに、大変丁寧なお返事を頂きました。その後もTwitterでも、彼のツイートは勉強になることがたくさんありました。
今さっき、彼の過去のmixiの日記を読み直してみたんですが、事故後すぐ、まずmixiのお友達のことを心配されて日記で呼
びかけてらっしゃいます。
最初は友達限定の日記が友達の友達限定になり、4月には公開になっています。
自分のことだけ考えているのではなく、多くの方に、早々に注意を呼びかけてらっしゃいます。
惜しい方を亡くしました。残念に思います。」

えっ… ことばがないです 先日のTさんに続いて…」

うそでしょ…うそであってほしい…信じられない。福岡の木下さんの講演会で名刺交換しました…」

木下さん。おそれいりますが、何か情報があったら追っておしらせください。本当に行動力のある方で、熱い人間的な方だとおもいます。残念でなりません。」

 帰省の度に御堂岡さんと色んな話しました。悲しいですね。」

ショックです。。熊本へ避難して間もない頃、車で単独事故を起こしパニクりながら一方的に御堂岡さんへ相談の連絡を入れてしまったことがあります。そんな無礼な私にとても親切に対応して下さったこと、本当に感謝しています。仕事のことで相談にのって頂いたり、御堂岡さんの存在は大きかったです。AZITOでのイベント時、くまモンの着ぐるみを着て皆を出迎えてくれた御堂岡さん。避難して来た皆の話に耳を傾け、熱く語っていた姿が印象に残っています。」

びっくり」(紀藤正樹弁護士)

突然の訃報に驚いています。鼻出血ツイートがきっかけで知り合い、熊本に転居される前に水俣に来られました。2012年2月宮崎県小林市で開催された山本太郎講演会での対談をコーディネートされたのも御堂岡さんでした。御冥福をお祈りいたします。」(高岡滋医師)

驚きました。昨年精密検査を受けられていたから、以前よりは気をつけて過ごしていらっしゃったのでしょうが・・・。ご冥福をお祈りいたします。」

ええ!先週の水曜日、アジト(お店)で都知事選などについて、お話したばかりでした。ご冥福をお祈りします。」

過去はどうであれ、彼はその深い知識を惜しみなく与えてくれました。彼の残した功績は大きいと思います。」

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「付記 」 

彼の初期被曝について過剰に知りたがっている人がいます。正確な時期の前後関係は、僕は現在確認できません。熊本の前に、ご実家周りの広島に行かれたのは間違いありません。

さて、彼の初期被曝に関して知りたがっているのが、特に関東圏の人達らしいと聞いて、少し憤慨しています。要は、初期被曝していれば避難しても意味がなく、避難しない口実の為に、その情報を確認したいらしいです。

ある人の死を、そういう感覚で使おうとする人間たちは、彼の死をあざけるおかしな人々と、実は精神的な距離は殆ど遠くはありません。

僕は、その心根の卑しさに唖然とします。

失望の上にも、失望を重ねさせないで下さい。



 

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