「木下黄太のブログ」 ジャーナリストで著述家、木下黄太のブログ。

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2021年初投稿、昨年木下黄太メールマガジンより精選記事を紹介。

2021-01-21 01:43:32 | 福島第一原発と放射能

あけましておめでとうございます。新年の挨拶遅れてすいません。

今年は来月から再来月にかけて、原発事故後10年の節目として、オンラインイベントも準備しています。宜しくお願いします。

さて、昨年2020年のメルマガの中より、
今年も大きく影響のある話を一つ
部分的に掲載いたします。

交通事故後の後遺症対応で、
パソコン作業を限定しているため、
どうしてもブログが最低限の更新となり、申し訳ありません。

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大飯原発の設置取り消しを認める画期的な判決が出ました。

どのくらいに画期的な判決かというと、
これまでの原発に関する反対側が勝利した判決は、どちらかといえば
住民の保護などを考えての進歩的スタンスによるものでしたが、
これはそういう意味合いの判決ではないという事です。

過去の判決は、その度合いをどう考えるのかによって、上級審で覆る
可能性があまりにも高く、現実的には日本の司法システム的に考えると、
一矢報いた以上の意義は実は乏しいものでした。
しかし、今回の判決はそうしたスタンスではありません。

どちらかというと、審査基準の徹底を過程も含めて法治主義的に求めて
いる判決で、スタンスとして、ある意味で当局サイドに近い感覚から
出されているようにしか思えません。

その判決は、徹底して現行の規定と、規定の妥当性、更にその規定の
審議課程の確認を行っていて、それに基づいて、法的に原子力規制委員会
の判断が妥当であるのかどうかを綿密に判断しています。

この結果として、
「基準地震動を策定するに当たり行われた地震モーメントの設定が
新規制基準に適合している旨の原子力規制委員会の判断に不合理な点が
あるとして、本件処分は違法である旨判断した」
ということになっています。

(略)

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
【 法的破壊力で圧倒した大飯原発設置許可取り消し判決、
読売新聞社説でもあからさまになった原発推進側の焦り 】
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

(略)


この判決に関して、推進側が相当に焦っています。

一番にそれがはっきりとわかるのは、読売新聞の社説です。

http://sv6.mgzn.jp/sys/rd.php?m=W265GVIXxCdSx4FJW

タイトル「大飯原発判決 審査への理解を欠いている」
2020/12/08 05:00にオンライン公開しているもの。

ぜひこれは全文を読んでください。
読めばわかりますが、この判決に対しての反応は些か過剰とも思える
ものです。
読売新聞がこの判決をまず、どういうものと理解しているのかは、
この一文でよくわかります。

「原子力発電所の安全性そのものではなく、審査手順が適切かどうか
だけに着目して違法だと判断した判決と言えよう。」

つまり、今回の判決が安全性そのものを考えての判決であれば、
従来型の反原発的なニュアンスの高い判決として、読売新聞に焦りは
なかっただろうと思います。

しかし、今回の判決が手続過程を問題としていて、その過程確認が
かなり細かく、しかも現行の規程に基づいている話なので、きちんと
した反論をするのは相当に難しい話ですから、読売の社説が非常に
苦しく書いているのが手にとるようにわかります。

次の一文で、今回の判決がこれまでと意味が全く異なることもわかります。
 
「規制委は他の原発も同様の審査方法で許可しており、判決が確定すれば
影響は極めて大きい。」

これは実質的には、この判決が普遍的に原発設置に影響するもので、
この判決がそのままならば、日本全国で原発は終わるということを
怖れている文と私は読めます。

そして、次の文章を読んだときには、読売新聞が本当に焦っていること
がとてもよくわかりました。
読売新聞のような慎重で老獪な新聞社が、こうした焦りを露わにした
社説を載せてしまっているというリアルが、僕にはとても重要なことと
して認識されています。

「リスクを過度に評価すれば、あらゆることは立ちゆかなくなる。
判決は結論ありきで、審査の実務を軽視した印象が拭えない。」

うーん。
この判決はリスクを過度に重視したのではなく、もともと決まっている
規定に基づいて法律に厳密に即して考えたら、このような判断になった
ものです。

それを、「リスクを過度に評価した」というのは何か誤魔化しがあります。
それは「リスクを過度に評価」→「あらゆることが立ち行かなくなる」
という一文の流れでもわかりますが、さらにその後に
「審査の実務を軽視」と続いていることで明白です。

つまり、読売新聞は、法的な手続きの中で適正さを細かく確認した判決
という点を、社説で丸めてあまり触れないようにし、実際の審査実務
から考えると、この判決は困ると言っているだけです。

そして次の一文によって、さらに馬脚を表します。

「ガイドの記述が解釈の違いを生むというのなら、
規制委が表現を修正すればよいのではないか。」

ガイドとは審査のガイドの意味です。
要は、決まっている審査のガイドの文章によってこうなったから、
文章を変えるべきだと。

これは、現行の法規定で、解釈的にアウトになる可能性があるなら、
法の条文を変えましょうという話です。

判決が「リスクを過大評価」や「結論ありき」ではなくて、
現行の規定や審査課程を細かく確認して、決まっていることを
守っていないから、アウトとしていることを、読売新聞はこの判決に
異論を唱えながらも、判決を覆す立論が困難なために、
前提となる規定を改変すれば良いとの、
前提を覆す言説を展開しているということになります。

そんなこと言い出したら、法治国家であるはずの日本で、最大部数の
新聞が、法治主義的なスタンスよりも、自分たちに都合良い結論ありき
でこの文を書いていることが見え見えの話となります。

焦りすぎ。

しかし、読売新聞が社説でここまで焦るほど、今回の判決インパクトは
大きいことは明白です。

元裁判官で、原発訴訟にも大きく関わっている井戸謙一弁護士は、
私の取材にこう答えています。

「各地の原発訴訟で、このばらつき条項の論点は反原発の弁護団側は
何回か提示していますが、これまではあまりまともに捉えていないと
いうか、そこには触れていない判決ばかりでした。
今回の判決は、そうした状態とは大きく変わって、このばらつき条項を
きちんと見極めて、設置取り消しとした点で画期的な判決です。
要は、福島第一原発事故後に、厳しく定めたルールがあったのですが、
原子力規制員会が緩く運用していたのを、きちんとルール通りに
やりなさいという話です。
だから、現行の手続きを厳格に遂行することを求めているのですから、
判決が影響を及ぼす意味が、これまでとは全く異なります。
これで、各地の原発を根こそぎ止めていく可能性も出てきます。
だから、規制委員会は規定の方を変えてくる動きをやろうとすると
思いますよ。それを警戒するべきです。」

いずれにしても、この後に市民サイドでできることは、
読売新聞の主張のような規制委員会のルール改悪をさせないために、
どう監視するのかだろうと思います。
そして、さらにできる限り反原発スタンスが強い政権を近未来に誕生
させることも必要になると思います。

この判決による結果論的なチャンスは、貴女も私も活かさないとなりません。