徒然なるままに ~ Mikako Husselのブログ

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『我が闘争』歴史批判的注釈付き学術版、正式販売開始前に既に在庫切れ

2016年01月09日 | 歴史・文化

拙ブログ「ヒトラー著『我が闘争』、ドイツで著作権切れ」で述べた注釈付き学術版『我が闘争』が1月8日に正式販売開始、となりましたが、発行元であるミュンヘンの現代史研究所によると初版の4000部は既に予約注文が殺到したため在庫がなくなってしまい、急遽増版することになったそうです。まだ部数は決定していないようですが、需要はかなり大きいようです。

この学術版の注釈は、歴史的背景の説明だけではなく、ヒトラーが『我が闘争』で展開した扇動的内容を徹底論破し、ヒトラーがどのような嘘やデマを書き込んでいたかを明らかにすることを目的としています。その為、現代史研究者たちが発行を待望していたという本で、研究者や国内外の図書館ばかりでなく、歴史に興味を持った一般人も(学術書にしては59ユーロという求め安い値段だということもあり)予約注文したのでしょう。


ヒトラー死後70年で著作権切れとなり、オリジナル版を復刻することも、物議を醸しだすこと請け合いですし、禁固刑・罰金刑になる可能性もあるとはいえ、一応可能となりました。ミュンヘンの現代史研究所はオリジナル版復刻の動きを、著作権切れに合わせて注釈付き学術版を発行することで牽制するつもりだったそうです。

この注釈付きの『我が闘争』はドイツのユダヤ人中央評議会からも評価されていますが、ナチスの犠牲者の方や遺族の方の中には「とんでもない!」と否定的な見解の人もいるようです。

私自身としては注釈の方にかなり興味があるので、機会があれば学術版『我が闘争』を入手したいと思っています。

そもそもある特定グループに対する敵視・迫害を扇動することは偏見や嘘や誇張や不適切な一般化なしできるものではありません。扇動するデマゴーグ自身は自分の付く嘘や誇張を自覚しているのでしょうが、受け皿となっている大衆の方は扇動目的で拡散される内容を無批判に鵜呑みにし、自分できちんと調べる手間を省こうとするのが問題です。また物事を単純に捉えようとし過ぎるのも差別の温床をなす一因でもあります。人を個人個人ではなくカテゴリーでしか見ることができない単純思考は、不適切な一般化や誇張を許容し、増長させる原因でもあると思います。そういう思考回路の人たちは論理的整合性や厳然たる個別事実に目を閉じがちで、まともな議論ができないのが難点です。こうした学術版『我が闘争』のような啓蒙活動も単純思考回路の持ち主たちには往々にして届かないところが残念です。

日本の政治家の中には「ヒトラーやナチス(特に広報担当だったゲッペルス)の方法をまねればいい」と公言する人たちすらおり、そのような人たちを野放しにしている日本のマスメディアや世論をいつもドイツから信じられない思いで見ています。もしそれがドイツだったならば、辞任だけでは済まされず、本当に政治生命を絶たれた上に、場合によっては刑罰を受けることになるでしょう。ドイツのヘイト運動といえば、現在はネオナチではなく、ペギーダ(拙ブログ「ドイツの難民排斥運動」)ですが、彼らにしてもナチスやヒトラーを公に礼賛することなど絶対にありません。鉤十字を掲げることも、ハイルヒトラーの敬礼をすることも刑罰の対象となっているからです。右翼のハードコアな人たちが内輪での集まりで鉤十字を掲げたり、ハイルヒトラー敬礼をしたりすることはあるのかも知れませんが、デモではそういうことはしません。日本でヘイトデモして、鉤十字を使っている人たちはそういうこと知っているのでしょうか? ドイツ人たちがヒトラーと鉤十字で連想することは「独裁政権」などと言う生易しいことではなく、「600万人のユダヤ人殲滅」です。もちろんナチス政権下では身体障害者や精神病者なども迫害の対象とされ、去勢手術を強要されたり、単純に殺されたりしました。他にも戦争体験がトラウマとなって心を病んでしまった兵士たちも闇へ葬り去られました。アーリア人的理想像に適合せず、労働力にも戦力にもならない人間には生存権すら与えられない世界、それこそがヒトラー・ナチス・鉤十字の象徴する世界です。そうした世界のたとえ一部であっても肯定するような言動をする政治家を許容する日本という国がどういう印象をドイツ人にあるいはユダヤ人社会に与えるか日本に閉じこもっている日本人には想像もできないのかも知れません。政治家というものは、良くも悪くも国民の代表です。誰とは言いませんが、日本の恥をさらし続ける政治家たちを選挙で選ぶ人たちの気が知れませんし、選んでない人たちも一緒に「日本人」というカテゴリーで一緒くたにされて軽蔑の対象とされるのは腹立たしいことです。

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学術版『我が闘争』(ミュンヘン現代史研究所)ついに入手

ヒトラー著『我が闘争』、ドイツで著作権切れ