徒然なるままに ~ Mikako Husselのブログ

ドイツ情報、ヨーロッパ旅行記、書評、その他「心にうつりゆくよしなし事」

書評:木内昇著、『櫛挽道守(くしひきちもり)』(集英社文庫)中央公論文芸賞・柴田錬三郎賞・親鸞賞受賞作

2018年01月02日 | 書評ー小説:作者カ行

直木賞受賞作品『漂砂のうたう』に続く木内昇作品『櫛挽道守(くしひきちもり)』(集英社文庫)を一気読みしました。この作品は中央公論文芸賞・柴田錬三郎賞・親鸞賞受賞というトリプル受賞作。

舞台は幕末の木曽山中の藪野という宿場町。神業と呼ばれるほどの腕を持つ父に憧れ、櫛挽職人を目指す登瀬(とせ)。しかし女は嫁して子をなし、家を守ることが当たり前の時代で、櫛挽は男の仕事と決まっていたので、世間は珍妙なものを見るように登瀬の一家と接していました。才がありながら早世した弟、その哀しみを抱えながら、周囲の目に振り回される母親、閉鎖的な土地や家から逃れたい妹、無口で職人気質の父親、その父に弟子入りして挙句に登瀬の婿に収まってしまう実幸。幸せとは何かを問う作品です。

この作品では、登瀬の半生、弟・直助の死の半年後で登瀬16歳の辺りから第1子誕生後の33歳辺りまでが描かれています。彼女の世界は非常に限られており、早世した弟への思い、父への憧憬、櫛挽の技術の獲得・向上がすべてと言っても過言ではありません。母や妹への家族愛もあるにはあるのですが、タイプも違い、相容れない考え方・感じ方の相違のせいで結びつきは弱く、彼女の感情世界への影響力もあまりありません。

亡くなった弟がどういうわけか草紙を作って旅人に売っていたということが分かり、母も妹もその事実を受け入れようとしない中で登瀬だけが弟の遺作に興味を持ち、できれば集めたいと願います。これは一人前の父のような櫛挽職人になりたいという願いと同列ではないかもしれませんが、かなり重要なモチーフで、彼女の強い行動理由となっています。

詳細は省きますが、尊敬してやまない父についに職人として認められる感動、ずっと気にかけてきた弟の思いに草紙を通して出会えた感動、そしてそれまでかなり謎な、しかし天才的な職人である夫と通じ合えた感動がこの作品のハイライトでしょう。泣けました。

私はこの作品の方が『漂砂のうたう』より好きです。

にほんブログ村 本ブログ 書評・レビューへ
にほんブログ村


書評:木内昇著、『漂砂のうたう』(集英社文庫)~直木賞受賞作