徒然なるままに ~ Mikako Husselのブログ

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書評:孫崎享著、『日本外交 現場からの証言』(創元社)

2016年10月23日 | 書評ー歴史・政治・経済・社会・宗教

孫崎享著、『日本外交 現場からの証言』(2015.8 第一版第一刷)は比較的新しい本ですが、実は20年以上前、1993年発刊の同タイトルの著作に大幅加筆したものです。加筆部分はPART1にまとめられており、96ページ。1993年発刊部分はオリジナルのままPart2にまとめられいます。本全体で295ページの、「大作」とは言えないにせよ、比較的ボリュームのある著書となっています。

1993年のオリジナルの方は第2回山本七平賞を受賞し、当時の外務省の祝福を得て世に出た、とのことです。現在の政権べったりの外務省の在り方、政権の政策に反する意見を言う外交官は容赦なく飛ばされる現状からはちょっと想像しがたいことですが、少なくとも昔は「辞表を懐に忍ばせつつ、言いたいことを言うのが外交官の責任」という気骨ある精神があったそうです。

まずは目次から:

PART 1

第1章 20年ぶりに手にした、私の言論活動デビュー作。当時50歳だった現役外交官、孫崎享は何を考えていたか?!外交について、世界について、過去の自分と対話してみることにした

第2章 冷戦の終結が米国の戦略を変えた。これが日米関係に影響を与えた

第3章 米国の戦略に基づいて進められた日本社会の構造改革

第4章 米国隷従による日本の損失

第5章 日本が米国に隷属的になった歴史

第6章 米国が日本に隷属を求める分野

第7章 国際環境の変化による米国一極支配の崩壊。米国追随だけでは日本の国益につながらないことが明確になった

第8章 時代はぐるりと一回りして、元の一に戻ろうとしている。今こそ、『日本外交 現場からの証言』の考察を、もう一度役に立てていただきたい

PART 2

第1章 外交の第一歩は価値観の違いの認識

第2章 親善が外交の中心で良いか

第3章 情報収集・分析

第4章 新しい外交政策の模索

第5章 政策決定過程

第6章 外交交渉

 

PART 1の方の米国隷属云々の部分は同著者の『戦後史の正体』や、特に『日米同盟の正体』と重なる部分が多いので、私にとっては「おさらい」でしたが、どちらも読んだことのない方には、日米関係の戦後史を改めて振り返り、日米安全保障条約や朝鮮・ベトナム戦争中あるいはその前後、及び日中国交正常化にまつわる日米摩擦、冷戦後の日米貿易摩擦などの外交裏話を知るには興味深い部分だと思います。

PART 2の方はさすがに具体例がソ連崩壊、東西ドイツ統一、湾岸危機などで、時代を感じさせますが、外交においてはそれらの20数年前の出来事も「過ぎ去ったこと」ではなく、70年以上前の第2次世界大戦すら現在まで外交的重要性を持ち続けているのですから、いわんや20数年前の出来事をや、です。そして外交の本質が「異なる価値観と利益の調整」であることはある意味不変なので、23年前の考察も変わない今日的意味を持っていると思います。

そして島国日本の交渉下手および国際理解の不足も未だに変わっていないので、そこが変わらない限り、孫崎氏の提言が「時代遅れ」になることもありません。日本人は、海外経験の不足も手伝って、異文化との価値観の相違すらきちんと理解していないことが多いです。「男は黙って。。。」とか「以心伝心」とか「空気を読む」などは日本独特の価値観であり、そういうものとしての文化的価値はあるかもしれませんが、それを外交の場で、他国に押し付けることなどもっての外です。自分の意見・立場を明確に言葉で主張しない者は無視されるのが異文化交流であり、外交です。そうかといって、自分の立場ばかり主張して、それを100%通そうとするのも勿論不可能です。米国のように経済・軍事的に圧倒的に優位にある大国ならば、国内事情によって外交姿勢を決め、それを大国のエゴ的に他国に押し付けて従わせるということもある程度までは可能ですが、日本は経済力が90年代以降停滞し続けた今日、国際的地位がこの上なく下がっている上に、政治的にも国連常任理事国でないことなどからも明らかなようにウエイトが軽く、軍事的にも米国なしには機能しない軍備という意味で、単独の軍事的ウエイトは無きに等しいため、日本独特の価値観を国際外交の場で通そうとしても、挫折する以外の選択肢が残されていません。その事実を厳然と受け止めた上で、日本が何をできるか、何が国益となり、何が本当に国際貢献となるのかを考えながら外交政策を行っていく必要があるのです。

1983年の枝村純朗外務省官房長(当時)曰く、「国際会議、交渉というような形で、国際舞台に出た場合には、必ずしも男は黙ってばかりもおられない。ひところは、日本の代表は、スリーSである、サイレント、スマイル、スリープの三つであるというようなことを言われたこともありました。しかし、何が何でも口を出せばよいのかとなるとそうでもない。独りよがりの独善的な論理というものは通用しない。
相手と同じ論理的な土俵で話をすることが必要です。いくら自分の都合だとか考え方を言い立ててみてもダメなのです。我が国ではややもすると、 あいつは理屈っぽいと言って嫌われることがある。むしろ相手の情に訴えることをよしとする風潮があるので一言申し上げました。」

このころから日本人は果たして成長したでしょうか?

モーゲンソーは『国際政治』の中で外交の基本方式の一つとして、「国家は自国にとって死活的でない争点に関しては、すべてすすんで妥協しなければならない」と指摘しており、前述の枝村氏も「外交は、訳の分からないところでの勝負で、(中略)いつも五一点、五二点を目指し、何とか四八点、四九点になることを避けるのが外交の役割」と言っており、どちらも「ゼロサム」的スタンスとは縁遠い外交姿勢です。

現政権の外交姿勢は強硬で、一人よがり、そしてゼロサム的です。友好国からのわずかな批判にも過剰に反応し、抗議する外務省。独自判断なのか、政府からの要請からなのかは知りませんが、実に稚拙で恥ずかしい限りです。こういうことは、友好国なら日本を100%理解・支持して当然という期待が前提になければ起り得ません。つまり、日本は他国との「価値観の違い」を1ミリも理解していないということの表れでもあるのです。これではまともな外交交渉などできるべくもありません。


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