言語空間+備忘録

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非武装防衛の具体的方法

2010-09-08 | 日記
 引用部分は、「核廃絶は不可能、核の傘は必要」で引用した部分の続きです。



佐高信・編 『城山三郎と久野収の「平和論」』 ( p.128 )

 非武装的防衛力も、抑止力、反撃力、挑発力という三つの側面を通じて防衛目標を実現するのは、武装防衛力の場合とぜんぜんかわらない。武装によらない抑止力の第一は、各国との正式国交の回復であって、中国や北鮮や北ベトナムと国交関係を開かずに、丸はだかはこわいこわいというのは、フロイド的にいえば、精神病の一種である "浮遊性不安" の表現になってしまう。第二に、武装の放棄からでてくる経済的プラスをエコノミックアニマル的自己肥大につかうのではなく、"アジア救済国際組織" のような機関をつくるイニシアをとって、アジア各国の天災、人災の超国籍的、非党派的救助にのりだすことである。このような組織の必要は、国連のウ・タント事務総長がくりかえし提案しているのであるから、国連の平和維持力の増大に役だつだけでなく、アジア各国の国民の中に、日本への侵略、あるいは攻撃の抑止力防衛線をきずく結果になるであろう。"城は人垣" という信玄坊主の防衛方針こそは、まさにここにおいてこそ生かされるのである。
 第三に、すべてのマスコミ機関を動員して、よろいをかくす法衣ではなく、正真正銘の平和運動を核に対し、通常戦争に対し、各国間の紛争に対して展開しなければならない。ここでは、ヨーロッパにおいてすでにふみにじられてしまったエラスムス=カント的平和攻勢が、正しく生きかえるのである。
 非武装防衛力の抑止的側面は、まだまだ、いくらでも考えることができる。中国の国連加盟の積極的手つだいをするのもその一つであろうし、アジアの各国の中に、各国のためにはたらく多数の技術者や作家をおくりこんで、各国の文化の向上をたすけさせるのも一つの方法であろうし、アジア国際大学をつくって、各国の知識人や学生をまねきよせるのも、大きな抑止効果をもつであろう。
 非武装防衛力の反撃的側面は、上にのべたすべての方法をつくしたのちの問題である。それにもかかわらず、他国からの侵略の発動の危険が予想せられる場合に、どうするかである。この場合といえども、武装による先きまわり反撃よりも、非武装による抵抗の方がずっと有効なのではないか。国を守る気概は、国民全体の自発的意志にならなければ気概にならないのだが、職業軍隊による防衛は、国民に職業軍隊への依頼心を起こさせ、国民から逆に国を守る気概を失わせる。軍隊の軍隊による国民のための防衛は、国民の国民による国民のための防衛ではないという事実が、第二次大戦における自国の軍隊敗北以後の組織的レジスタンス運動を通じて、実物教訓された。
 戦前の反ファシズム運動から戦中のレジスタンス運動をとおって、戦後の第三世界の解放運動まで、防衛の専門主義に対する最大の反論が、ここに準備されているのである。
 専門軍人に指揮をあずけた国民の強制的徴兵制度は、実は国民皆兵ではなく、国民の総傭兵化にすぎなかった。ルネッサンスのマキアベリが発案し、ロシア革命のトロツキーが実行した人民総防衛の思想こそ、国民の国民による国民のための防衛力の発動であった。せいぜいのところ専門軍隊は、国民の総抵抗の一部分をひきうけるにすぎない。
 侵略者に対するこのような敵意の海の中で、占領軍の孤島が長くもちこたえられるなどと考えるのは、第二次大戦中の日本が、中国で実験ずみの妄想にしかすぎないのではないか。
 国民から切れ、国民を強制徴兵する専門軍隊ではなく、国民が自主的に自分を組織した防衛運動こそ、最大の反撃力であり、この気概と方法が、国民のあらゆる部分にみなぎっている時、非武装的反撃力は、武装的攻撃力のはたしえない抑止効果を発揮するのである。
 非武装的抑止力のすべての方法がつくされたにもかかわらず、攻撃や侵略の危険が去らない時、防衛を非武装的抵抗の方法でおこなうか、武装的反乱の方法でおこなうかの問題は、それぞれの代表者が日米安保をはずす過程の中で、徹底的に討議しあえばよい問題である。実は日米安保をはずす過程の中で、この問題は実践的に一歩一歩解決への道をあゆんでいくのだともいえるのである。
 第三の挑発力的側面についていえば、非武装防衛力は武装防衛力とは反対に、挑発力というマイナス効果をともなわない点に特色があり、逆に吸引力というマイナス効果をともなってくる点に問題があるといわれる。
 この問題はしかし、国内に外国政府の勢力をすいよせる第五列が潜在的に大きく存在する場合にしかものをいわないのであるが、この点についても現在の日本は非常にめぐまれた状況にあるといえる。
 ついでにいえば、ヨーロッパの第二次大戦の歴史にあっては、レジスタンスの勢力は、職業軍隊の陸、海、空の三軍に対して、フォース・フォーシーズ (第四軍) とよばれ、外側の敵国と呼応するスパイ部隊は、フィフス・コーラム (第五列) とよばれている。レジスタンスを第四軍とみなす発想はすでに、職業軍隊だけを防衛力とみなす惰性をのりこえているのである。われわれの立場はこの方向をさらに徹底させて、レジスタンスの第四軍を防衛力の主力におしだし、職業軍隊を第四軍にむかって解消させようとする方法である。
 日米安保をはずす過程の中で、われわれが目をみつめあいながら、論じなければならないのは、この問題である。
 日米安保をはずしたところで、日本はすぐさま、丸はだかになるのではない。アジア第二の強力な武装兵力である自衛隊が存在し、この自衛隊をレジスタンス的第四軍に編成しなおす方法、手順、プログラムの問題が、われわれを待ちかまえているのである。日米安保をどうはずすかの問題とともに、われわれはこの問題をとかなければならない。


 ここでは、非武装防衛力について、具体的な方法が論じられています。



 著者によれば、非武装防衛力とは、具体的にいえば、

  1. 各国との正式国交の回復
  2. "アジア救済国際組織" のような機関をつくるイニシアをとって、アジア各国の天災、人災の超国籍的、非党派的救助にのりだす
  3. 正真正銘の平和運動を核に対し、通常戦争に対し、各国間の紛争に対して展開

による抑止力を中心とする、ということのようです。要は、信頼関係をつくる、ということです。それはその通りだとは思いますが、

 「信頼」は、相手があってのことですから、「どんな相手であっても、信頼関係をつくる」というのは、実際には、かなり難しいのではないかと思います。たとえば、あなたは、「(法律を守ることは) で~きな~いから~あ」などと言う弁護士を信頼できますか? 私には難しいです (「弁護士による「詭弁・とぼけ」かもしれない実例」参照) 。



 次に、上記すべての方法をつくしたけれども、

   それでもなお、外国から侵略されそうになっても、軍隊はいらない、

というのですが、その根拠として、
非武装による抵抗の方がずっと有効なのではないか。国を守る気概は、国民全体の自発的意志にならなければ気概にならないのだが、職業軍隊による防衛は、国民に職業軍隊への依頼心を起こさせ、国民から逆に国を守る気概を失わせる。軍隊の軍隊による国民のための防衛は、国民の国民による国民のための防衛ではない

と書かれています。要は、「気概」が重要である、という精神論にほかなりません。

 しかし、機関銃どころか、それをはるかに超える武装を行っている敵に対して、(原始的な武器を持って)「気概」で戦えと言われても、説得力がありません。

 もちろん私も、「侵略者に対する……(中略)……敵意の海の中で、占領軍の孤島が長くもちこたえられる」はずがないという主張には、それなりの説得力があるとは思います。しかし、

   いかにゲリラ戦が有効であるとはいえ、占領されないほうがよいに決まっている

のではないでしょうか。東京でゲリラ戦を行って、「気概」で勝利したところで、日本はガタガタになってしまいます。その間、私たち (…の家族) が進駐軍にレイプされたりするかもしれません。どうみても、「占領されないほうがよいに決まっている」と思います。



 ところで、「非武装防衛力は武装防衛力とは反対に、挑発力というマイナス効果をともなわない」というのは、その通りだとは思います。

 しかし、非武装防衛には「逆に吸引力というマイナス効果をともなってくる点に問題があるといわれる」と述べたうえで、「この問題はしかし、国内に外国政府の勢力をすいよせる第五列が潜在的に大きく存在する場合にしかものをいわないのであるが、この点についても現在の日本は非常にめぐまれた状況にあるといえる。……(中略)……外側の敵国と呼応するスパイ部隊は、フィフス・コーラム (第五列) とよばれている」と主張されているのは、理解に苦しみます。なぜなら、日本はスパイ天国だといわれており、外国のスパイが多数、活動しているといわれているからです。



 上記のうち、「信頼関係をつくる」という作業は、たしかに重要だと思いますし、すでに日本は行ってきていると思います。

 問題は「軍隊はいらない」「スパイはいない」という部分で、これらは、一般の支持は得られないのではないかと思います。



 とはいえ、「国民の強制的徴兵制度は、実は国民皆兵ではなく、国民の総傭兵化にすぎなかった」の部分は気になります。武装防衛の肯定は、ただちに徴兵制を意味するものではないと思いますが、徴兵制の是非については、別個に考えたいと思います。
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