空耳 soramimi

あの日どんな日 日記風時間旅行で misako

「ただそれだけの僕の人生」

2014-08-25 | 読書

忘れられない詩の一節や、いつのことだか忘れてしまったが、なぜか思い出す風景や言葉がある。

「ただそれだけの僕の人生」という詩集をもらったことがある。有原さんという学校の先生だった人で、もう亡くなってしまったが、何度か出逢っても挨拶くらいで、余り話したことがなかった。
静かな目立たない人だった。
 インパクトがあるとはいえないこの詩集を貰ったとき、こんなに何度も思い出すとは思わなかった。
初めて見たときは、人柄が表れている控えめな題名だなぁと思った。

「人生」と言うように、 来し方を振り返ったあれこれが書いてあった。

わたしは詩の一節よりも、題名になった、「ただそれだけ」 と言う言葉に共感してたびたび思い出すようになった。
感傷的といえばそうかもしれないが、一つの言葉に自分の真実をこめることは難しい。
この題名は、晩年になって詩集を編みながら、机に俯いて自分を振り返っている詩人が見える。
それは、多分に私に重なって見える。

詩のようなものも、エッセイのようなものも満足には書けないけれど、振り返れば私も毎日「ただそれだけ」の時を過ごしてきたのではないかと思う。

子供時代、学校のこと、勤めた会社のこと、家族の歴史も思えば沢山積み重なってきた。

有原先生はどういう人だったかな、と住所録を開いて確かめる、そんなにも遠くなった名前だが、住所録をたどっていると、私の歴史と共に少し見えてくる。

若い頃化粧品会社で貰って以来使い続けている住所録には、知り合った順に50音別にして書いてある。「ここに書いておいて」と渡して肉筆で書いてもらったこともある。
結婚した日や、生まれた子どもの誕生日も書いてある。斜線で消して、亡くなった日付があったり、引越し先が賑やかな人もいる。「転居」「サ欄へ」「死去」などと書いてある。

まだ続くかもしれない、新しく知り合う人もいるだろう、長く使ってきたのでこの住所録はもう表紙の布の端が破れてきている。

でも ここにあるのは「ただそれだけの私の人生」の一部かもしれないと思う。



あちこち修理してある住所録




有名な詩ばかりだけれどなんとなく 再掲・・・。

帰郷  山羊の歌より 中早中也   

柱も庭も乾いてゐる
今日は好い天気だ
    縁の下では蜘蛛の巣が
    心細さうに揺れてゐる

山では枯木も息を吐く
あゝ今日は好い天気だ
    路傍の草影が
    あどけない愁みをする

これが私の故里だ
さやかに風も吹いてゐる
    心置なく泣かれよと
    年増婦の低い声もする

あゝ おまへはなにをして来たのだと……
吹き来る風が私に云ふ



いつもご訪問ありがとうございます。   ↓↓↓
応援クリックをお願い致します/(*^^*)ポッ人気ブログランキングへ
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする