空耳 soramimi

あの日どんな日 日記風時間旅行で misako

「さぶ」 山本周五郎 新潮文庫

2017-02-26 | 読書



小雨が靄のようにけぶる夕方、両国橋を西から東へ、さぶが泣きながら渡っていた。双子縞の着物に、小倉の細い角帯、色の褪せた黒の前掛けをしめ、頭から濡れていた。雨と涙でぐしょぐしょになった顔を、ときどき手の甲でこするため、眼のまわりや頬が黒く斑になっている。ずんぐりとした軀つきに、顔もまるく、頭が尖っていた。――― 彼が橋を渡りきったとき、うしろから栄二が追って来た。こっちは痩せたすばしっこそうな軀つきで、おもながな顔の濃い眉と、小さな引き締まった唇が、いかにも賢そうな、そしてきかぬ気の性質をあらわしているようにみえた。

山本周五郎賞という多くの作品を読みながら、肝心の作品を読んでなかった。この賞は優れた物語り性を顕彰されるものだそうで、お話好きとしては、まず題名だけでも拾い読みはしておくべきだと思っていた。

検索してまず読みやすそうな、それでも名作といわれている「さぶ」にした。これはテレビか映画で見たことあったからで、主人公が逆境にめげず、かえってそれをばねにして成長する、今でいうビルドゥングスロマン、ちょっと涙がにじむような話だった、その上友情物語で、身分制度の冷たさと逆にそれがあった故に際立つ人のつながりの暖かさが、うっすらと心に残っていた。


二人のまだ子供だったころ、奉公の厳しさから逃げようとする「さぶ」を「栄二」が引き止めるところから始まる。
二人は表具と経師で名を知られる店で働いていた、おとなしく勤めていれば手に技がつき独立もできる、「さぶ」は貧しい百姓の出で「栄二」は孤児だった。同い年の二人は常に助け合っているが「さぶ」は栄二を心から慕い尊敬していた。

この賢く、器用な技を持ち整った顔立ちの栄二の話が主で、彼はそんな生まれつきの才能を持っているが、間違ったことには目がくらむような怒りを覚えそれを抑えきれない性質で、幾度となく誤解され冷遇され、罪を着せられて生死の境をさまよう。濡れ衣を着せられ小石川の人足寄せ場に送られ、そこで寄り集まった人々と暮らすうちに彼は少しずつ成長していく、小さな出来事が積み重なって彼が育っていく様子が人情ものとして読みがいがある。

「さぶ」の献身も美しい。

こういった話を読むと、深い人生訓を言うような固いものからは感じられない香りが、心を優しく撫でていくような読後感を覚える。

日本的な身分制度や、使用人の悲哀や、貧しさの悲しみを物語の中に忍ばせている。ストーリーといえばありきたりに墜ちるような中で、無垢で善良な「さぶ」を題名にし、「栄二」を主に、眼に浮かぶような小さなところを描写する目や、ややもすれば勧善懲悪という定型に陥りそうな話を、江戸時代という枠の中で書き尽くした、こんな物語を描いた人なのだ。

これだけではない。山本周五郎という無冠を誇りにした人が描いた、「赤ひげ」「樅の木は残った」「厳かな渇き」「虚空遍歴」など多くの名作をもっと読むべきかもしれないと思った。

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「死の泉」 皆川博子 早川書房

2017-02-18 | 読書



第二次大戦下のドイツでは、オーバーザルツベルグに高官の山荘があり麓に「レーベンスボルン」という名の母子保護施設があった、あたりにはこのような施設が数多く作られていた。まだドイツの士気が高揚し、未来に向かって多くの子供を育てて国力の増進を図っていた時代。同じように妊婦も保護という名のもとに集められてきた。施設の所長クラウス・ヴェッセルマンはSSの上級将校で「レーベンスボルン」の責任者だった。ドイツは人的優位を望んで、金髪碧眼の子供を選別して保護し、そのためにはポーランドの子供でも容赦なく狩り集め養子縁組をして育てていた。

夫のギュンターが入隊して、愛国者の妻という口実を使って保護されていた妊婦のマルガレーテは、クラウス・ヴェッセルマンに求婚されて同居する。彼は偏狭で狂的な音楽趣味を持っていた。少年のソプラノに魅せられ、声の美しい少年二人、フランツとエーリヒが別邸で保護され日々声楽の訓練を強制されていた。カストール(去勢)手術を施した形跡もある。
マルガレーテは子供の将来ために金髪碧眼で美しい声を持つ子であってほしいと望み、男の子ミヒャエルを産むが、連合軍がベルリンを攻撃し、オーバーザルツベルグに入り山荘を含め麓一帯が爆撃で壊滅した。

時が流れ、ミュンヘンにいたギュンターに彼の城を譲ってほしいとクラウス・ヴェッセルマンが来る。そこには17歳に成長したミヒャエルもいた。
ギュンターに招待されて一家は窓の下を通る仮装行列を見物する、そこで美しいソプラノをきき、クラウスは飛び出していき、貧民窟に迷いこむ。そこにはフランツとエーリヒがいたが探しても会うことができなかった。
だがそこには一時期「レーベンスボルン」に勤めていて博士の子を宿した女の子ゲルトもいた。
そこで、出会うことが運命だったように主要な人々がつながり始める。
城のあるオーバーザルツベルグはマルガレーテの故郷で、ギュンターと知り合ったところだった。
城に行き静かに研究を進めたい博士に同行することになる。

フランツとエーリヒは博士に復讐することを生きがいにしてきた。彼らも後を追って城を目指す。
城の地下の迷路には接合された人体のミイラの不気味な標本や、過去にナチスが略奪した品々が残されていた。深い湖もありそれは外につながっていた。

この小説には何重にもなった罠(遊び)がある。一つはギュンターの記録を、これは野上晶という翻訳家が訳したとするもので、原書は「子供たち」だった。
訳者が訪ねてみると彼は古いレコードを聞かせてくれた、そこからは美しいソプラノが流れてきた。
その上、謎を秘めたマルガレーテの手記の一部もあった。

そして戦慄するような光景を目にする。

この終わりの部分が、600ページを超す長編の幕切れにふさわしく「負けました」と声を出すほどだった、この物語を締めるのにこういう手もあるのか、現実の歴史(映画、ワルキューレを思わせる将校の氾濫もある)背景に物語の世界を作り上げた皆川さんの才能に感激した。


「あなたの研究って何なの」

「老いたネズミに若いネズミを結合すると、老いた方は、通常より寿命が延び、若い方は早く死ぬ。極限寿命に近づいていることを、老いた肉体の方が切実に認識し、若い生命力を積極的に吸収しようとつとめるからという推論が成り立つ。元気な方の免疫系が弱った方を保護し、神経内分泌物か産生するホルモンが相手を活性化するとも、かんがえられる。だから、この方法は、不老、あるいは虚弱者を壮健にする一手段となりうる」

マルガレーテの手記から。

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「世阿弥殺人事件」 皆川博子 徳間書店

2017-02-14 | 読書

かつて世阿弥が佐渡に流された、最初はその跡を辿ってみようという計画だった。その上研究者たちは、文献を比べてみた結果、「金島書」は世阿弥が著したものかという疑いがあって、疑問の箇所を再調査しようということも含まれていた。
ツアーには中世芸能の研究者の教授、助教授夫妻、研究所助手(講師)、能画家の女性、面打師の男、能画家の兄は能装束師だが都合により不参加、ビデオ撮影を頼まれた若者、同級生の姉、総勢7人が佐渡ツアーに参加する。

佐渡では現在もしばしば能演は行われていることで、世阿弥の直伝という久世流の兄弟はツアーに合わせて「老松」と「田村」の曲を予定した。

カメラマンを頼まれた中谷裕也は能のことは全く不案内だったが憧れの能画家北野華子と、友人道子の魅力的な姉令子が参加するというので、アルバイトを兼ねて参加する。

当日になって眠気をもようすような静かな曲「老松」が終わり、前シテの「童子」の後、後シテの登場になった。勇壮な舞と豪華な装束の「田村」を舞い始めたが、突然真剣を振りかざしたまま階を走り下り、見物の一人を狙って切りかかった
裕也はカメラを投げ出して逃げたが、一太刀で殺されたのは画家の華子だった。犯人は面をつけたまま裏口に向かい、衣装を脱ぎ捨てて逃走した。楽屋には三男で前シテを演じた千冬が縛られ昏倒していた。
犯人の行方は知れずその上、夜には体が弱っていた助教授夫人が死んだ。

裕也は憧れていた華子の死が割り切れず、残って調べることにする。
先についていた二人の女性は博物館で文献を閲覧して何か新しい学説を見つけたといったらしい。
久世家の長兄の妻は、新潟で教師をしている次男のかっての恋人だった。

久世家の兄弟は修行して皆「田村」は舞える。囃子方も謡方でも舞えるものがいる、犯人の確定は難しいが、犯人は面をつけたままま襲いそのまま逃走して行方がしれないこと。ついに行方不明のまま車で崖から落ちたことになった。

助教授の野淵夫妻は仲が悪く、夫は令子を手に入れ父の国立大教授によって将来の夢を叶えたいと思っていたことで、夫人が邪魔になっていたのかもしれない、しかし心臓麻痺を殺人だとするには証拠がない。
華子は間違って殺されたのではないか、能面は視野が狭い、その上おびえた人たちは逃げることに必死だった。
華子の兄が欠席したのは気に入った女を連れて旅行中だった。こういうことはよくあるらしい。だが彼は装束師ではあるが趣味は医学書を読むことでその方面には詳しい。

世阿弥の佐渡流刑は真実だろうか。歴史学者の研究心と、能好きの探求心は、多方面に広がっていく。ついに歴史にも決着が見え、一つの手がかりから、まだ発見されていない連続殺人が見えてきた。
「能」を題材にしてはいるが、派手な「田村」を使ったのは面白い。ここで殺人の実行はむつかしそうだがそれを言えば殺人事件は困難な状況でも起きる、兄弟の絆にもふれ、望から生まれた悲劇が終わった。
「金島書については、「古文書」や「風土記「古今集」も調べている。メインストーリーに絡むには少し煩雑な感じもするが、手際よく決着をつけたのはさすがで面白かった。




ネコヤナギの芽が膨らんでいました。
2017.02.13





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「肩胛骨は翼のなごり」 ディヴィッド・アーモンド 山田順子訳 創元推理文庫

2017-02-13 | 読書



この本を読むと不可思議を感じる子供心をとっくに失ってしまったのだろうかと思う。

マイケルが引っ越してきた家には倒れそうな小屋があった。扉をそっと開けて中に入っていくと隅に何か生き物がいた。座ったままで動けないらしい。蜘蛛の巣やほこりをかぶって彼は虫やネズミなどを食べて生きているようだ。苦しそうなので背をなでると背中に不思議な盛り上がりが二つあった。彼は口をきいた。
「なにが望みだ」
汚れて死にかけているようなこの人には食べ物と薬がいる。

隣にミナという女の子がいた。学校には行ってないで自由に暮らしていて、勉強はお母さんに教わっているという。
ミナと二人で彼を空き家に移して、話をする。こっそり夜様子を見に行ってみると、彼の背中に翼があった、三人で手をつないで踊っているとミナとマイケルの背中にも、月に照らされた翼が見えた。

ミナは学校に行ってないが子供らしい中にも柔らかい心と知恵でマイケルに様々な影響を与える。子供の心だけが見ることができる不可思議なものに満ちた世界を、マイケルにも気づかせる。

ミナが質問するとマイケルは言葉に詰まる。「あんた鳥、好き?」「わからない」「ハ!典型的」「ブラックバードの色は」「黒」「典型的」
彼女はありきたりの知識を典型的という。

マイケルの妹は命の灯が消えそうな心臓病の赤ちゃんで、彼は心配でならない。お父さんもお母さんも一喜一憂して病院に通っている。
お母さんは赤ちゃんの心臓手術の後、そっと抱き上げる翼のある男の人を見た。不思議な夢だった、と思う。
手術が成功して赤ちゃんが退院した。危険な小屋は取り壊され、そこで元気に遊ぶ赤ちゃんの庭ができるのだろう。

読後に失ってきた様々な不可思議を感じる心について。その中にある祈りの心について。
学校の教育につて、
なかでも、学校に行っていないミナののびのびとした暮らしと彼女とお母さんが声を合わせて歌うウィリアム・ブレイクの詩について。
両親の心が、赤ちゃんにばかり偏っていないかと、マイケルを気遣いいたわることについて。
教育の典型について。知識と経験と環境について。
奇怪な男が少しずつ元気になり、「名前はスケリク」と教えたことについて。
第一声が「何が望みだ」といったことについて。

作者は美しい感動的な物語の中にたくさんの意味を込めて、これを書いたことだろうと思う。

うちのあかちゃんも翼を持ってたと思う?」
ええ、ぜったい翼を持っていたと思うわ。よく見てごらんなさい。ときどきかあさんは、あの子はまだ天国を離れきっていなくて、この世にちゃんと降り立ってないんだと思う」
母さんは微笑したがその目は涙ぐんでいた。「だからこそ、この世にとどまるのに苦労しているのかもしれないわ」

お母さんはそういった。でもあの夜あかちゃんを抱きあげて慈愛に満ちた目でじっと見つめ、どこかに消えていったスケリクのことは夢だと言っていた。
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「赫眼」 三津田信三 光文社

2017-02-12 | 読書


ホラーはどうしてもよみたいとは思わないが、嫌いでもない。三津田さんの刀城言耶シリーズは、本格ミステリの背後に風習や土俗的な匂いを絡ませてとても面白い出来になっている。
興味もあって、検索した中から「赫眼」を読んでみた。

短編8編が入っていたが、短いためか、軽い怪談噺のような印象だった。

表題の「赫眼」
転校生の女の子は色白で美しさで群を抜いていた。左目の虹彩の色が濃く妖しい魅力があった。僕はそれを少し奇異に感じたが。毎日同じ服で通学し汚れたズックをそのまま履き、なにか周りと違った雰囲気を漂わせていた。僕は偶然隣の席になり、彼女が休んだ日に、プリントや給食を届けることになった。行ってみると荒れた小屋で、中には何か黒い不気味なものが潜んでいるような気がした。
次に行ったときは勇気を出してその黒いものの正体を見たいと思う。そしてそれは…。

どの作品もこういう恐怖を誘う道具立てに、得体のしれない人物が、じわじわと異常な現象を引き起こし、怪異を表す。

ゾッとした。背筋がゾワッとした。ひやりとした空気、不意につかまれた。など、言葉もホラーじみた擬音にミステリを混ぜた構成で、さあ恐怖はこれからという感じに引き込む。
それがどうも怖くない。

「怪奇写真作家」

「見下ろす家」
崖の上から空き家に常に見下ろされているように感じていた、友人たちと忍び込んでみると。

「夜中の電話」
いつかみんなで行ったコンクリートで固められたたった一つ部屋のある家、誰も入れないはずなのに、そこからの電話。

「灰蛾男の恐怖」
怪人に出会った話。

「後ろ小路の町屋」
異次元に迷いこんでしまった。

「合わせ鏡の地獄」
題材としては目新しくないが三津田さんの語りが面白い。

「死をもって貴しと為す」
死相学探偵登場。

様々な作品との関連や、読んだことがある作家を思い出すような作風など思い当たる面白いテイストがブレンドされてはいるが、残念ながら話の広がる前に締めくくられて、薄味になっている。
問題の「赫眼」も冒頭において眼を惹くが、期待したほどではなかった。

作品が売れてからの短編集は、編集者が選んで過去のものを出したのか、作者にとって捨てがたいものなのか、たいてい未完成感があって、買ってきたのを後悔することがある。





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今年の花が咲き始めた<蝋梅>

2017-02-08 | 山野草・季節の花,風景など





新年早々から蝋梅と日本水仙が咲く。今年も花の季節が始まったなと思う。
公園ではもう紅梅のピンクが遠目にカスミのように見える。
万作が咲き、藪椿の花が地面を染めていると、また一年、季節ごとの花を見ることができる幸せを思う。






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「蝶」 皆川博子 文春文庫

2017-02-06 | 読書


今年の読み始めはこれだったがレビューが遅くなった。
皆川さんの世界は、新年の休日で、昼夜なく過ぎていった三が日の祝いの日に似ている。
どこか非現実で、非日常的な日に似ている。あわあわとした中に生きている実感が、幻想的につかず離れずそこにあるというような、短編集だった。
それぞれの話の中には象徴的な俳句や詩が挿入されている。

「風の色さえ」
    風の色さえ陽気です
    ときは楽しい五月です    ポオル・フォル 堀口大学訳
足が不自由な私はよく祖母の家に預けられた。そこには二階があって急な階段の上は暗い穴のようで恐ろしかった。登ってみると若い男がいた。体が透けてみえるので幽霊だと思った。彼はマンドリンを弾きながら、祖母が口ずさんでいたポオル・フォルの詩を歌った。叔父は結核でその部屋で亡くなっていたのだが。

「蝶」
    冬に入る白刃のこころ抱きしまま  別所真紀子
インパールから復員してきたら、妻は男と同棲していた。隠し持っていた拳銃の台尻で二人を殴り自首した。二人とも死ななかったので死刑にはならなかった。出所して隠していた拳銃を掘り出した。小豆相場で稼いで海辺に小屋を借りた。使い走りの男を雇い犬を飼った。
映画の撮影チームが来た。主演は髪の長い少女だった。犬はじゃれて少女と海に向かって走っていった。彼は拳銃を出し遠い空に一発、自分の額にも一発、発射した。

「艀」
動かない艀がつながれている桟橋にしのぶは佇つと、そこで顔見知りになった男が自分が書いたという詩を読んでくれた。詩集が売れなかったわけをぽつぽつと話した。
海におぼれそうになったしのぶを助け家に連れて帰ってくれた、彼の母は両親がいないしのぶを施設に入れた。卒業して作家になり、昔の海に行ってみたが彼の消息も分からず思い出だと思っていたこともなんだかあやふやになっていた。

「想ひだすなよ」
父が庭の広い家を買った。後の山を借景にしたところが気に入ったのだった。質の悪い不動産屋の谷はダニと呼ばれていた。カラフルな洋館を建てて売るので父は眉をひそめていた。谷の家の離れにいいにおいがするお姉さんがいた、呼ばれて入ってみると本がたくさんあった。入り浸って仲良しの三人組と遊ぶことがなくなったが、その母親が非難した。友達がうるさく誘ってきて呼び出されたときに、とがった傘を友達に向けた。

「妙に清らの」
覗いて見た叔父夫婦の姿は、出入りを禁じられていた書斎で開いた画集の、楽園を追放されて泣きわめく男女の姿に似ていた。
ある日叔父は叔母の膝に頭を乗せ、首から黒い兵児帯がとぐろを巻くように伸びていた。動かない叔父の足が青黒かった。叔母は美しいコロラチュラソプラノで「妙に清らの ああわが児よ」とうたっていた。叔父の眼球のない目には叔母がさしたアジサイの花が盛り上がっていた。

「龍騎兵は近づけり」
    ここ過ぎて官能の愉楽のそのに 北原白秋
5つか6つだったか、砂浜の巨体を持つ城塞のような漁船で遊んでいた。その船は夜になると蘇り魚を従え沖に漕ぎ出すのだった。

船に乗り込むと船底に座り船首にしつらえた舞台を見ていた。私は一人で不安だった。それは海の上の死には安らぎがないと知っていたからだ。

夏に海辺に借りた家で過ごしたことがある。隣家に少年がいて友達になった。隣の二階から音楽が聞こえて私はそれに合わせて歌った。二階に上がったがそこには水夫風の若い男たちが5人いて和やかに暮らしているようだった。珍しいヴァイオリンやバクパイプがあった。男がバグパイプを吹きそうになったのでなぜか私は階段を下りて逃げ帰った。
隣の男の子の傷の手当てをした。オニヤンマが飛んできて恐ろしかったが男の子がつかまえて服に押し付けて引っ張ると首がもげた。勲章だと男の子は言った。空が明るくなる前に人々が網を曳いていた。隣の男の子は勝男といったが小舟で沖に漕ぎ出した。風で船が揺れ、弟が落ちた。勝男が飛び込んで弟を助けて船に放り込んだ。水を透かして見ると勝男の足に二階の男たちが群がっていた。
私は東京に帰り戦争が終わった時は孤児になっていた。
音楽会の招待状が来た。私にはわかったが怖くなかった。5人の男たちは演奏をしてうたった。私は船に一人でいても恐ろしくはなかった。

「幻燈」
私は奥様のお着替えの手伝いが一番好きで幸せだった。奥様の爵位が気に入って結婚したのか旦那様はめったに帰ってこなかった。奥様は言葉が不自由だった。夜は私と一緒に眠るようになった。
お土産に買った幻燈機を奥様はとても喜んで夜になると幻燈遊びをした。戦争が激しくなって庭にt大きな避難用の穴を掘って日用品を運び込んだ。奥様は琴を私は幻燈機を入れた。爆弾が落ちでみんなが焼死してしまった、たまたま生き残った私は一枚の種板を持ち出し、それを写しては見ている。

「遺し文」
戦死した男との思い出。


皆川さんはこういった虚実の境のあるような風景を幻想的に書き、物語を読者の思いと混ぜ合わせるように差し出してくれる。恐ろしく美しい世界に誘われた。



「遺し文」では伊良子清白の「孔雀船」から「初陣」が引用されている。

ほかに有名な「漂泊」という詩がある

蓆戸に
秋風吹ふいて
河添の旅籠屋さびし
哀れなる旅の男は
夕暮の空を眺ながめて
いと低く歌ひはじめぬ

亡なき母は
處女と成なりて
白き額月に現れ
亡き父は
童子と成なりて
 
…………

長いがとても好きな詩で母の故郷の風景が浮かんでくる。
何かの集まりに息子さんが出席されていた、昔々のおもいでです。


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「悪女は自殺しない」 ネレ・ノイハウス 酒寄進一訳 創元推理文庫

2017-02-04 | 読書



「深い疵」の評判がいいので読んでみたいと思ったが、一作目のこの本から読むのがいいだろうと思った。
作者が自費出版して人気が出たそうだ。ただ、2,4作が先に翻訳出版されていてこの作本が後回しになったそうでどうかなとは思ったが、シリーズならストーリー的には一作目からが順序だろうと思った、売れる作品が先に出たというのは、ちょっとこの作品の評価について不安があった。

探偵役は、城を持つ貴族の出身で主席警部のオリヴァー・フォン・ボーデンシュタイン、部下のピア・キルヒホフ警部のコンビで、ピアは別居している医者の夫がいる。

コンビを組んだ最初の事件は上院議員のピストル自殺から幕を開ける。また森の中にある展望タワーから若い女が飛び降り自殺をしたらしい遺体が見つかった。これがイザベル・ケストネーで解剖の結果毒殺されたとわかる。

だがこの女の評判は最低で金に汚く傲慢で徹底した憎まれ者だった。

大学の医学部仲間が経営する病院。人間関係がつながっている乗馬クラブ。怪しい調教師。中には表沙汰にできない男女の関係もあって、なかなか複雑な人たちが登場する。

残念ながらそういった人たちを調べて操作するオリヴァーとピアのコンビは、背景はわかるが、目立った活躍がないので、今回あまり印象に残らない。
ただ、初めてお目にかかったオリヴァーって、まぁ男ってこんなものだよねということだし、ピアにも、そうそう厄介な男より馬がいいよと声をかけたくなる、こういうところは好きかな。

オリヴァーは育ちがいいので紳士的で感じはいいが特に活躍するということもないし、ピアも紹介程度だと思った。

ストーリーも作者の意図はよくわかるが、人間関係も、事件も深いところまで興味を惹かれるものではなかった。
医者仲間のつながりが、「特捜部Qのキジ殺し」のような学生組合のつながりなのかと思ったがそうでもなかった。
殺されたイザベルの性悪ぶりが際立っているだけに、受ける側の焦点が複雑になってぼやけたのではないか。
それでも、関係なさそうな上院議員の死も一緒に解決するあたり結末に不足はない。重くなりすぎていないし気楽に読めた。

この警察官コンビの印象がいいだけに、ストーリーが面白ければ読み甲斐があるかもしれない評判がいい次回作に期待しよう。






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「ウインドアイ」 ブライアン・エヴァンソン 柴田元幸訳 新潮クレストブックス

2017-02-03 | 読書



遁走状態 に続いてエヴァンソンの二冊目。
スタイルも内容もその異常性もあまり変わってない。ただ前作が19編だったところが今度は28編になっている。1篇が少し長いので内容が複雑で、こうなるとよく読まないと状況の変化についていけず置いて行かれそうになる。普段の読書はのってくると文字をなぞっていたものが、いちいち言葉を読んでいかないといけないことも多く時間がかかった。そのことは訳者の柴田さんも、普通のシンプルな書き方と違って頭ではなく体に残ると書いている。
たしかに、エヴァンソンの特異性は言葉にこだわっていることだそうで、柴田さんの言をまた借りれば、そのすわりの悪さを下手に訳していないか心配だったそうだ。確かに読みにくいしあまりにも飛躍した状況の気持ち悪さや、裏返せば滑稽な可笑しさを感じるところなど、この類を見ない作品は、一口の面白いと片付けられない。それでも妙な魅力がある。
主人公が何らかの作用で思いがけない事態に陥るという設定が定石で、前作で書いたことの繰り返しになるが、最初は異常な事態になっていても、本人はいたって正常に判断ができている。その矛盾や対処に狼狽し解決しようと動き回ったりするがそれに次第に慣れて、ついに取り込まれてしまうというパターンが多い。

「ウインドアイ」のように。
家の外から見た時と内に入ったときは窓の数が違う。いつも遊んでいた妹が、身を乗り出して確かめようとして、内側になくて外側だけにある窓に吸い込まれてしまう、でも振り返るとその妹の存在自体がなんだか曖昧になってしまっている。

また「人間の声の歴史」では蜂の棘を使って声帯を刺激する方法が出てくる。まだ読了はしていないが、ケン・リュウの「紙の動物園」の中にある「選抜宇宙種族の本づくり習性」を思い出す。ありえない方法をさも科学的には実現しているかのように書き出しているところなど全く面白いというほかはない。

また「死」をテーマにしているものも多い。奇妙な体験から生還できないときは、終末になって行き着くところは死であって、確かに死んでしまったり、消えたり、取り憑かれたまま飲み込まれたり、それに同化したり、いづれも本体は失われてしまう。「死の天使」「グロットー」「トンネル」

謎の組織に追い込まれて殺人を犯す、その過程が読みどころ「モルダウ事件」

また失踪者を探してみるが目的を見失ったり、道に迷い込んだり、忘れてしまったりする。「溺死親和性種」「グドロー」

エヴァンソンの知識を活用したモルモン教徒の話「ボン・スコット」

印象的だったものを

「無数」
列車が行違うときその間に立っていたが横に倒れたので奇跡的に助かった。気が付くと片方の腕がなかった。病院で高度なプログラムを使って誰かの腕を接合してくれた。だがそれはだんだん機能しなくなる(壊疽を起こすなど)と代わりの腕を探す。手足の学習が進めば、違和感もなくなるだろう。そういう結論だが、そこに行きつくまでの経過を語る文章が秀逸だった。

「ハーロックの法則」
落ちていた紙切れ二枚をつなぐとハーロックになった。散らばっている紙屑はまた何かを伝える単語になるのではないか、それにとらわれてしまった。英単語を分解して組み立てる、おもしろい方法。

「食い違い」
これには笑ってしまった。
音が遅れて届くようになった。医者に行くと「テレビのトラッキングを調整しなさい」といった。
また行くと「幸せですか」「我々は皆闇の中でのたうち回っているのですのたうち回らないほうがいいのです、心の生垣の専門医を紹介します」といった。また別の医者は「あなたは不幸ですね、時間の外に落ちかけています、内側に落ちればいいんです」という。混乱した彼女は耳栓をしても効果がない。ついに何時間も後に音が届くようになった。そのうち一度になだれ込んでくるのではないかと心配している。

「赤ん坊か人形か」
この違いが判らなくなった。脳のねじが緩んでしまったのだろうか。

「不在の目」
子供のころ怪我をして片目がなくなった。その目に現実にはないものが見えるようになった。人は皆何か一つのものに取りつかれ支配されている、不気味な形の物に巻き付かれたり脳を締め付けたりされて入院している。
そこから逃げ出した私は宿主を助けようとしたが、まだ果たせていない。

「もう一つの耳」
地雷で右耳を飛ばされた、意識がない間に誰かの左耳を縫い付けられていた。前線に復帰したが、新しい耳が命令する。それに従えば危険が避けられた。たどり着いたのは墓だったそこにある納骨堂に行くように言うので入っていったが。


少し時間がかかったが、それだけに練りこまれた面白さと、可笑しさ、つい爆笑したくなるほど愚かな勘違い行き違いも面白い。エヴァンソンの意表を突く設定と言葉に現代の奇才と言われるのが納得できた。


これが起きたのは、私がまだ、人間が人を収納する唯一のいれものだと信じていた――あれを信じると呼ぶのが適切だとして――ころの話である。それぞれの容れものには人が一個だけ入っているのであり、血と肉と骨から成るそれぞれの筒にひとつの人が押し込まれているのだ。そう私は信じていた、実は誰もが、その筒がいかなる類のものであれ無数の人であることを私が理解するに至る前のお話である。
「無数」

これから人の部品を結合する技術の話になる。




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