空耳 soramimi

あの日どんな日 日記風時間旅行で misako

読む人、書く人

2014-08-20 | その外のあれこれ

「遅れてきた人」と言う言葉がある。
生まれたのが早すぎたという、ちょっとした誉め言葉のようなニュアンスとは違う。現実を見ることができない「育ち遅れた人」、何事でも遅れて気がつく人のことに近いだろう。
過去を思い返して、あの時には気がつかなかった、ひとこと言いそびれたと悔やむ。あの時知っていたら今とは少し違った生き方ができたかも知れないと思う。そういうことが今になってわかる。というような意味がある。ありふれた言葉かもしれないけれど。

 思いあたることも多い、私はいつも気がついたら遅かったと思う。今ならあんな誤解は受けなかっただろう。言葉が足りなかった。思いやりがなかった。うすうす分かっていても他人事のように思っていた。悔いはきりがないが、時間は勝手に流れてしまって、今更とり返すことができない。

 そうなったのは私が幼い頃から読む人だったからかもしれない、それだけではないとは思うが、まず一番はそれだろう。与えられたものを読む人になって、いろいろな世界を旅し、その中で、主人公とともに人生を幾度もやり直した。読書の中の世界と言うものは、現実ではないと良く分かっていながら、身の周りで起きることには距離を置いて見るようになってしまっていた。その上、ちょっと知ったことは身についていると勘違いまでする。

 周りからの言葉で、なんとなくと言うか、今でもふいに現実の自分に気がつくことが多い。自分はどういうものかなどとは考えもしなかったので、両親は、「何も言うことがない出来た子です」と人に話していた。
 怠けもしない、真面目でおとなしく、そしられるよりも何かとほめられる。
間違ってでも目立つことさえしないければ、普通いい子だと言われる。自分でもそうかなと思ってしまう。 
            
 若い頃知り合った年上の人で、とても頭のいい人がいた。一流の学歴を持っていて抜群の記憶力だった。それを自分でも自覚していた。私が夫の転勤で千葉にいたときに出遭った。法務省に勤める、国家公務員の上級職だった。後にハワイ大学に職場留学をした。
 ご主人はその頃やっと普及し始めたコンピューターの研究者だったので、全国の大学に講師で行くことが多くで留守がちだった。なんだか気に入られて私のことを友達だと言ってくれ、招待されて家に行くたびに、親友だ、などと紹介しながらも、なぜかどこか隠し事でもあるそぶりだった。
 どの部屋も出入り口以外は天井まで書架で埋まっていて、本はみなカバーがかかって背表紙を奥にして並べてあった。こういう癖のある人があるのか、と少し不思議だった。私が読んだといった本は、すぐに同じものを取り出して解説してくれたが、いつも最後に「読んでほんとに分かってるの?」と聞いた。優しい明るい人なのに、性格はどこか浮世離れをしていた。

いつだか「実家にいるからすぐ電話して」と言って来た。夫から聞いて電話をした。
お母さんが出て「ハイ ○○でござぁます、まあ、あなたでしたの」河内女はドラマ以外で初めて「ざぁます」を聞いて恐れをなした。
彼女は「先の母がね、私たちの部屋に入ってきてゴミ箱まで持っていくのよ、うんぬん」と長い長い愚痴を言った。
わたしは遅れているので、「それは思い過ごしでしょう」とか何とかありきたりのことを言った。
今思うともう病気が見えていたのかもしれない。
 そのうち彼女は神経の病気になって休職し。とうとう職場も止めた。彼女がどんな仕事をしていたのか訊ねもしなかったが、もし訊ねても「分かるの?」と言われただろう。そう勝手に決め付けて、わたしは地元に帰り、彼女は入院していて十年ほどして亡くなったと、ご主人から知らせが来た。
 彼女の書いた作品は分厚い本になって、自費出版されて送られてきたが、文脈に乱れもない情感にあふれたエッセイも多かった。

 広辞苑にも負けない厚さだったが、わたしは拾い読みくらいしか読まないで読みたいと言う人に貸したままになった。書くということでも、実際は現実とは大きな距離があるのだと思った。彼女のように。

 カフカの「審判」が分かるのも周りでは自分ひとりだと思っていた、気安さに本音が出たのだろう。そういうところが付き合い上手でない、現実との折り合いができない人だったのだろうか。ストレスは読書では解決できなかったのかもしれない。
 何か言いたかったのかもしれないし、言っていたようにも思う。でも当時は全く言いたいことを汲み取ることができなかった。

 何か書いておこうとするたびに、読むこととの距離を感じ、なぜか今頃になって彼女のことや絶筆になった最後の詩について思うことが多い。どこからか声が聞こえるように思うことがある。
「読んで本当にわかったの?」
私の矛盾した心の奥が見えていたのはあの人だったのかもしれない。今になって懐かしい。


息吹山のユウスゲ




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