お駒が、落ち着くまで川端はつくねんと座っているだけだった。
お松が、一番きがかりだったのは、
お駒と徳造のこの先だったろう。
さっきの、お駒の話しぶりから見ても、
お駒は徳造の事は、好いている。
それが、判れば、あとは、お松がやり残したことを
代わりにやってやるが良いのだろう。
「なあ、お駒さんよ」
川端に呼びかけられて、お駒はつっぷしていた顔をねじ上げた。
「すまないねえ。なさ . . . 本文を読む
徳造のちょくがおかれたままだった。
「ま、亭主が口をつけたもんだ、かまわないだろう」
お駒に徳利をもちあげてみせると
いける口だと、ちょくを手にとった。
「ま、ちょいと、喉をうるおしてやってからな」
お松とのいきがかりを話すのでもつらそうにみえる。
お駒は、お松が死んだのは「あたしのせいだ」というその仔細を話そうとしている。
素面(しらふ)じゃ話しにくかろう。
つがれた酒をくいとの . . . 本文を読む
徳造にいわれて川端の待つ奥にくるのは、ぞうさもないことだろうが、
女って奴は、外にでるとなりゃあ、髪をなでつけたり
紅をひきなおしたり・・・
お駒くらいになりゃあ、外行きの着物にきがえてるのかもしれない。
こりゃあ、すぐにはこないだろうと、
折角の親父のさしいれをつまむことにした。
時をかせぐほど、退屈なことはない。
これ以上、のんじゃいけないと
壁際ににじりより、背をあずけると、 . . . 本文を読む
ーお駒の胸中はどうだったのだろうー
まだ、勤めの最中とおもいながら、
つい、ちょくに手が伸びる。
ーお駒はお松が死んだのは自分のせいだとおもってるだろうが、
徳造が、お松を殺めたと考えているかもしれないー
くいとあおったつもりが、ちょくの中はからだった。
熱い徳利を用心してつまんでちょくにそそぐと、
やはり、用心して口に運ぶ。
ー徳造に不利になることを知らずに喋ってしまうかもしれな . . . 本文を読む
頃合いをみはからったか、親父が徳利をもってきた。
「えらく、おそえじゃないか。酒屋に走っていったのかよ」
泣き顔をつくろって、減らず口をたたいてみせた徳造が小さく叫んだ。
「なんだ、こりゃあ、えらく熱燗じゃねえかよ」
徳利をつまんだ指を耳にもっていくまに
親父はそそくさと賄いにかえっていった。
「ちっ、変にきをつかいやがって・・・」
話がきこえるわけもないが、お松が死んだのをしらせて . . . 本文を読む
きがつけば、2合徳利がからになっていた。
徳造は
「もう一本つけてくれ」と賄いにいるだろう親父に声をかけた。
「お松は、なんで、疋田との間になにもなかったと俺にはなしてくれなかったんだろう」
ねんごろになった仲なら、お松だって、徳造に本当のことをしゃべったってよさそうなものだ。
と、徳造はかんがえたのだろう。
「お前、馬鹿じゃねえか」
おもわず、川端の口が徳造を揶揄する。
「馬鹿っ . . . 本文を読む
徳利とちょく、菜のものをもってきた親父もこころえている。
台に置くとその場をさっさと離れていった。
「厚揚げか・」
小腹をあたためるにちょうどよい。と、川端も箸をのばすことにした。
「だんなは、なんで、俺がお駒をかばってるときがつきなすった?」
ちょくに手酌で酒をくむと、くいと喉にながしこんで
徳造は尋ねる。
「そうだなあ・・お駒が呆然としていたってきいたときからな、
俺は、お駒に . . . 本文を読む
徳造はどうせ、男衆と花札でもやってるだろうし
お駒はぼつぼつと、店開けに取り掛かっているだろう。
見世の前までくると
伊佐治を捕らえたときのお松がおもいだされてしかたがない。
いまと同じようにちょいと、店開けに早い時刻から
伊佐治がこないか、玄関間口が見渡せるところをみつくろって見張っていたっけ。
そしたら、女郎どもが顔見世に出張ってき始めて
お松が聡かった。
「川端のだんな、そん . . . 本文を読む
からりの戸をあけてみる前から、お春の気配が家の中になかった。
さては、裏の畑だと、くどをぬけてみれば
やはり、お春がいた。
のびあがってきたふだん菜に手をのばしたお春が川端にきがついた。
「あら、くもり空」
川端の顔つきをわらいながら、ふだん菜をつんで、たちあがった。
「疋田さまはな・・」
もうなにをか話し出そうとする川端を制するお春になる。
「家にはいって、お茶をのみましょう」
. . . 本文を読む
疋田さまの屋敷をでて、山をくだる川端の耳に
横川の流れがはっきりと聞こえ出した。
それは、
「いや、そのことをな、お松にも徳造にもさらけだしておけば、よかったのだろうとな。
いまさらながら・・」
と、いった疋田さまの胸の内の流れをも、川端の耳の奥にうかびあがらせていた。
はっきりとは、いわなかったが、
疋田さまは、徳造がてて親だとみている。
疋田さまのいうとおり、お松と疋田さまの間 . . . 本文を読む
川端はほほづえをついて、庭をみていた。
ちょっと、目を離したすきに
松の若芽が小枝になっている。
―まったく―
悪党どもと同じじゃねえか。
目を離したすきに、好き放題やらかしやがる。
いや、違うな。
すくなくとも、
やつらは、お天道様に向かってのびあがろうなんて、しやしない。
まだ、剪定すれば、まにあうとふんだ川端はただ、ぼんやり、松をみつめ
ぬるくなった、茶をすすった。
& . . . 本文を読む
町役の十手持ちの使いぱっしりだけであきたらず、
番所に毎日のようにやってくる留吉が
さして、背も高くない椿の生け垣の上に顔がみえたかとおもったら
椿の合間をむりやり、わりいって
川端の前にやってきていた。
「なんだよ、こそ泥じゃあるまいし、玄関からまわってきたらどうだ」
本当に言いたいことはそんなことじゃない。
3尺もない苗木を手ずからうえて、最近やっと垣根らしく背もそろった。
見 . . . 本文を読む
留吉がすまなそうに川端をみた、その理由がやっとのみこめた。
非番の川端につたえずにおけなかったのは、
土座衛門がお松だったからなのだと。
もう15年前になるだろうか。
ちょうど、その時も留吉と一緒だった。
渡し場に船がついて、7つ8つのお松が男に手をひかれ桟橋にあがってきていた。
留吉は小さなため息をついていた。
「やれやれ・・・」
あとの思いを口にのせなかったのは . . . 本文を読む
「お松の顔・・ほほ骨あたりだろうな。小さな傷があってそれが、元なんだろう。
目のまわりが紫色にうっ血してしまっていたんだ。
そりゃあ、川にのまれたときに岩にでもぶちつけたのかもしれない。
だけど、池澤のだんなは、いつ死んだか判らないから
まあ、その詮議はあとにして、置屋のお駒を呼んで来い・・て」
仮に喜七の言う通り、朝までにお松が身をなげていたなら、
川の中で打った傷が紫いろになること . . . 本文を読む
「だんな?」
じっとりと考え込む川端だから、留吉になにおか、いいだすだろうとじっと待っていたが
しびれがきれた。
川端の推察もきになるが
それよりも、まだ、話の続きがある。
「で、そのお駒なんだけどな・・池澤のだんながもうそりゃあ、たじたじになっちまって
まともな話をききだすのもやっとだったんだ。
お駒のいうことにゃあ、お松は昨夜は徳造につれられて、どっかのご隠居のとこにでむいていた . . . 本文を読む