職員室通信・600字の教育学

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『秋深き』ラスト3分間は何度観ても涙が出る。池田敏春監督は、昨年12月に入水自殺。『秋深き』は遺作

2011-09-12 14:41:17 | 2011夏の絶不調

 

2011

09.12
お父ちゃんも、お母ちゃんも、赤飯炊いて食べたんやで


★昨日の日曜日、今夏の絶不調から抜け出そうと、あれこれと考え(例=朝風呂……部屋の模様替え……怒濤の散歩等々)、結論として、その1つ、部屋の隅でDVDを流し(観るわけではない)ながら作業……を実践した。
 DVDは『秋深き』を選択。
 これが失敗だった。
 絶不調を通り越した、次元の異なる不調に陥る。
 『秋深き』が悪いのではない。
 しかし、精神的作業を促進させるためのBGM的な映画ではない(ノ△・。)。
 園田競馬場の場面が長い。
 小谷治(赤井英和)の話は不要。
 インケツの松(佐藤浩市)は、実際には登場させないで、その存在を感じさせる手法――「それでは映画にならないよ!」と池田監督に反論されるだろうが――を僕は好む。
 音楽(「アルハンブラの想い出」か?)も、――池田監督はスゴク気に入っていた様子――映画を観ながら聴いているといいのかもしれないが、昨日の僕のようにBGM的に流していると、何度も何度も繰り返され、耳につき、ちょっと辟易。

★一代が寺田と2人だけの式を挙げる生国魂神社。
 寺田が一代を探し回る空堀通商店街。
 一代が乳ガンのことを打ち明けるお好み焼き屋。
 これらのシーンは、僕の同一性を確認させてくれる。
 そして、最後の3分間の父と子の仏壇屋のラストシーン――
父「(お茶をもってきて)おい、なんや」
寺「あっ、おおきに……なんで、こんな、値段ちゃうの?」
父「商売、覚える気になったか? 学校、首になったんか?」
寺「嫁はん、死んだん、知ってるんやろ? 教えてくれはる人、おるんやろ?」
父「葬式の連絡くらいせんかい」
寺「それどころやなかった」
父「お母ちゃんと線香、あげにいく」
寺「肝心の仏壇ないから買いにきた。貯金たまるまで顔出せなんだんや」
父「気に入ったんあったら持ってけ。香典代わりや」
寺「お父ちゃん」
父「位牌も棒引きにしたる。一代さんから何遍もていねいな手紙もろた。」
寺「え?」
父「おまえらが生玉はんで式あげた日な、お父ちゃんも、お母ちゃんも、赤飯炊いて食べたんやで」
 父から貰った仏壇を自転車の荷台にくくりつけ、天王寺七坂(口縄坂)を、
 「一代、重い」
 と、言いながら上るシーン。
 このラスト3分間は、何度観ても、僕は涙が出る。
 なお、監督の池田敏春氏は、昨年12月に三重・伊勢志摩で入水自殺。
 『秋深き』は遺作になる。



★教育の仕事に携わる「僕」という人物に対して、僕自身が描いているイメージは、ずっとしばらく、沢木耕太郎が鉄路と陸路でロンドンを目指す「深夜特急」のように、突き進むというイメージだった。
 ただ、どんな改革でも、初め、怒濤のように進展しても、やがて困難な状況に至る。
 このとき「深夜特急」では合わない。
 合わないなぁ~と自覚したのは、2007年頃だった。

★このとき、新たなイメージに変えてしまう方法と――ま、僕はとっさにイメージを変える方法に飛びついてしまったのだが――もうひとつ、イメージはそのままで、進行する地図の尺度をガラリと変える――例=10キロ単位の地図→1キロ単位に変える――方法があるのではないか?と、最近になって、思い始めた。

★イメージを変える方法だと、「驀進」イメージから、ガラリと変えて、ためらいつづけることの贅沢さ……というか、停滞と逡巡のゆたかさ……ま、セーヌ河に浮かぶ船を仮寓とし、行方もしれず漂う「僕」の日々……という感じに(*^_^*)。(2007年以来、ここまで、僕は、このイメージで生きてきたのではないか?)

★地図の尺度をガラリと変える方法というのは、「40キロ前進するんだ」というような目標から、女子棒高跳の選手が1センチの更新に奮闘努力というような目標に変える。
 例=「学校部活動全員強制加入制から任意加入制へ」という目標を、「任意加入制を支持する保護者の割合を27%から30%に」と。

★「学校部活動全員強制加入制から任意加入制へ」という目標は粗いから、行き詰まると仕事が見えなくなる。
 「任意加入制を支持する保護者の割合を27%から30%に」というと、これを目指してやることが、次々に見えてくる。
 停滞と逡巡のゆたかさに酔うことを選択した、2007年の僕を、僕は後悔している。

★画像=BGM的にDVD『秋深き』を流した部屋。
 もう少し、珈琲がうまい部屋に模様替えをしたいが、どう替えていいのかわからない(ノ△・。)。




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