川口市東貝塚にある縄文時代後期の貝塚、新郷貝塚(しんごうかいづか)。
東西120m,南北150mの大きさです。
1893(明治26)年に最初の発掘調査を実施しました。
安行式土器や石器類、人骨、貝やクジラの骨などが発掘されています。
海なし県の埼玉県ですが、縄文時代には海が入り込んでおり、ここ以外にも貝塚があります。
雑木林の中に面白い形の木がありました。
安行原の蛇造りを見たあとなのでヘビに見えてしまいました。
東西120m,南北150mの大きさです。
1893(明治26)年に最初の発掘調査を実施しました。
安行式土器や石器類、人骨、貝やクジラの骨などが発掘されています。
海なし県の埼玉県ですが、縄文時代には海が入り込んでおり、ここ以外にも貝塚があります。
雑木林の中に面白い形の木がありました。
安行原の蛇造りを見たあとなのでヘビに見えてしまいました。
埼玉県川口市安行領家にある、道の駅「川口・あんぎょう」。
道の駅ですが、植木や草花を多く売っています。
安行(あんぎょう)は江戸時代から緑化産業が盛んな植木の里です。
建物の中にワラでできた蛇がいます。これは
道の駅から約1.5km南の安行原で行われる「安行原の蛇造り(じゃづくり)」の蛇です。
毎年5月24日に長さ10メートルの蛇をつくり、五穀豊穣・天下太平・無病息災などを祈願する祭り。
ワラで蛇を作り、口には密蔵院のお札がつけられ、大ケヤキに1年間据えます。
起源は不詳ですが、亡くなった戦国武将たちの鎮魂が由来ともいわれています。
2枚目の写真の道の駅の蛇の口の中にもお札がありました。
敷地内には大崎にもある出羽三山信仰の供養塔や
地蔵菩薩、庚申塔がありました。
道の駅ですが、植木や草花を多く売っています。
安行(あんぎょう)は江戸時代から緑化産業が盛んな植木の里です。
建物の中にワラでできた蛇がいます。これは
道の駅から約1.5km南の安行原で行われる「安行原の蛇造り(じゃづくり)」の蛇です。
毎年5月24日に長さ10メートルの蛇をつくり、五穀豊穣・天下太平・無病息災などを祈願する祭り。
ワラで蛇を作り、口には密蔵院のお札がつけられ、大ケヤキに1年間据えます。
起源は不詳ですが、亡くなった戦国武将たちの鎮魂が由来ともいわれています。
2枚目の写真の道の駅の蛇の口の中にもお札がありました。
敷地内には大崎にもある出羽三山信仰の供養塔や
地蔵菩薩、庚申塔がありました。
川口市東内野にある木曽呂(きぞろ)の富士塚。
1800(寛政12)年に見沼通船堀東縁と見沼代用水東縁の連結点の縁に築造された、現存する埼玉県内最古の富士塚です。
富士塚に上る階段は
急です。
直径約20m、高さ5.4mの頂上は火口を模しています。
中腹にはかつて「胎内巡り」が出来た横穴があります。現在はふさがれていました。
頂上から下をみると祠があるのでそちらに行くと、
鳥居がありました。
中腹には「冨士嶽神社」があります。
見沼通船堀には何度か行ったことがありますが、森の中にあるこの木曽呂の富士塚は少しわかりづらく、今回ようやく行けました。
1800(寛政12)年に見沼通船堀東縁と見沼代用水東縁の連結点の縁に築造された、現存する埼玉県内最古の富士塚です。
富士塚に上る階段は
急です。
直径約20m、高さ5.4mの頂上は火口を模しています。
中腹にはかつて「胎内巡り」が出来た横穴があります。現在はふさがれていました。
頂上から下をみると祠があるのでそちらに行くと、
鳥居がありました。
中腹には「冨士嶽神社」があります。
見沼通船堀には何度か行ったことがありますが、森の中にあるこの木曽呂の富士塚は少しわかりづらく、今回ようやく行けました。