千の天使がバスケットボールする

クラシック音楽、映画、本、たわいないこと、そしてGackt・・・日々感じることの事件?と記録  TB&コメントにも☆

「小澤征爾さんと、音楽について話をする」小澤征爾×村上春樹

2012-02-05 13:37:49 | Book
小澤征爾さんと村上春樹さん。
このおふたりの組み合わせに意外な感がしたのが、私だけではないだろう。何しろ、村上春樹さんはジャズの人だったではないか。ところが、村上春樹さんはクラシック音楽もお好きだそうで、売れている人気作家の特権、自由な時間、自由な移動、自由に遣える経済力を存分に生かし、高校生の頃から多くのレコードを聴き、海外のオペラなどにも足繁く通っている(欧州に暮らしている時は文字通り浴びるように聴いていたそうだ!)年期の入ったクラシック音楽ファンだった。また、指揮者としての小澤征爾さんと彼の音楽がとてもお好きで、ずっと愛聴していた雰囲気が伝わってくるため、読者を爽やかな風が吹くような、或いは暖炉でぬくもるような幸福ないい感じにさせてくれる。

ありがとう、、、マエストロと村上さん!

しかも、村上さんは多くの演奏、CDに精通していて聴き比べもして素人ながら鋭い感性で評価してくる。批評や評価に正解はないと思うのだが、自分なりの音楽的解釈で貪欲に良い音楽を求める姿勢は、分野は違っても創造する職業を選択した人種のもつ厳しさと鋭い感性、そして自分の求める音楽や作品なりを追求するあまり自我を通す強さが伝わってくる。但し、所謂”音楽的な知識”を披露したり、”音楽的な経験”を聞きだすのが目的でもないし、村上さんは専門家ではない。その点で、最後まで表面をなぞるような多少の物足りなさも感じたのだが、本書の対象が単純に音楽が好きっという幅広い読者と楽しい時間を共有することだとすれば、これほど素敵な一冊はない。

さて、小澤さんの話しは、限られた時間の制約の中、又、大病後のリハビリ中ということもあり、テーマをある程度決めて、レナード・バーンスタインとカラヤンの比較から、グレン・グールド、内田光子といった音楽家から、ベートーベンのピアノ協奏曲第3番、グスタフ・マーラーの音楽、オペラ、最後に小澤さんが主催する「小澤征爾スイス国際音楽アカデミー」といった教育活動にしぼられている。音楽を聴いたりしながら、自然な話が展開しながらも、練られた構成だ。どれも興味深く、小澤さん自身も「そう言えば、これまでこういう話をきちんとしたことなかった」という貴重な話もでてくる。若かりし頃の小澤さんの「ボクの音楽武者修行」もとてもおもしろいのだが、当時のエネルギッシュな自然児という小澤さんの印象は世界のマエストロになっても劣るどころか、益々、多忙な中で生き生きとしている。

特にマーラーについては、クリムトの絵画とマーラーがものすごく大好きな身内の者がいて、クリムトは兎も角、何故、彼女がそれほどマーラーに熱中するのか不思議だったのだが、マエストロが30年前からウィーンで仕事をするようになり、美術館に行くようになってクリムトの絵を観てショックを受け、クリムトの精緻な美しさにひそむ狂気とマーラーの音楽が伝統的にドイツ音楽から崩れた狂気とに共通性を感じたところという逸話があり、私も瞬間にひらめいたところがあった。

それにしても小澤さんのこれまでの指揮者人生には、さすがにいつもというわけにはいかないだろゆが、幸運の女神がついているとしか言いようがない。しかし、最近、スポーツ選手のいう「運も実力のうち」という言葉を私はすごく納得したのだが、小澤さんも間違いなく実力が運をよんでいる。単に運がよかったというのとはあきらかに違う。しかも、彼の場合は、”人間力”もある。運をつかむのもその人の人間力の実力だ。カラヤンに気に入られ、レニーにも可愛がられ、ルドルフ・ゼルキンにも信頼されて反抗期まっさかりの息子ピーターを託されたり、又、学生オケをふっただけの若造の時にも、レニーの天敵のニューヨーク・タイムズの批評家ハロルド・ショーンバーグにはえらく気に入られて、新聞社を長時間案内してくれてお茶までごちそうになったという貴重な?体験もしている。勿論、マエストロになればなるほど、叩かれることも多いのがこの業界の常。ラヴィニア音楽監督に就任するや、彼を潰そうとシカゴ新聞に意図的に叩かれまくり、ウィーンでもザルツブルグでもベルリンでもずいぶん酷評をあびた。ミラノでは、名誉ある?ブーイングもいただいている。しかし、もう慣れた、一緒に音楽をつくるオケの仲間に支持されれば大丈夫、ドイツ語がよくわからないから耳に入らないと、マエストロはたくましく、そしてどこまでもあかるい輝きがある。このあかるさはどこからくるのか。常に次の仕事に気持ちを移行して情熱を傾けているから、新聞の音楽批評家の冷酷な言葉を気にしている暇がないのが実際のところだろう。さらに、求める音楽をどこまでも追求する指揮者のエゴイスティックな部分が、雑音を寄せ付けない点もある。小澤さんは政治的な駆け引きを嫌って、一切関わらないと明言しているが、主義主張を貫くある種の鈍感さや無頓着さが結果的に良かった。

読んでいて、実に楽しかった。本書は音楽ファンやハルキファンのみならず、ビジネスマンにも読んでいただきたい。そして、クラシック音楽に縁のなかったハルキ・ファンに少しでも小澤征爾さんや音楽に興味をもっていただければ、おふたりにとっては望外の喜びでは、と僭越ながら感じる。文庫版化が待たれる。余談だが、ブログなるものをはじめた私が文章を書くときに、唯一心がけたことは、文章のリズム感。流れにリズムが感じられる文章を書きたいと心がけているのだが、村上春樹さんが文章で一番大事なのはリズムと言い切っているのが、ちょっと嬉しかった。

小澤征爾さんは、1935年生まれ。76歳だが、先人の例を見ると指揮者としてはまだまだこれからも元気で活躍できる年齢だ。次回は、活字ではなく、小澤さんの音楽と再会したいと切に願っている。

■ついでにこんなアンコールも
「指揮台の神々」ルーペルト・ショトレ著
「情熱大陸 指揮者・大野和士」
「喝采か罵倒か 指揮者・大野和士 仕事の流儀」
けっこう危険な家業、指揮者
リーダーの条件
『カラヤンの美』
「素顔のカラヤン」眞鍋圭子著
・・・・・
3年後に村上春樹氏のノーベル賞受賞なるか


最新の画像もっと見る

2 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
村上春樹ファン (emi)
2012-02-10 14:50:19
こんにちは。
私もこの対談集は楽しく読みましたし、話題にのぼった録音の数曲もさっそく聴いて検証したしました。
>クラシック音楽に縁のなかったハルキ・ファンに…

とあったのでひとこと^^
春樹さんの作品を読めば、彼がいかにクラシック音楽が大きく占めていることは、明確です。
ねじまき鳥や、パン屋襲撃、海辺のカフカ、etc
特にカフカでは ベートーベンの大公トリオが物語の核心を持っております。エッセイでも多くクラシックについて記述があります。ジャズ通としても凄そうですが(その偉大さは私にはわかりませんが)彼の作品の中の血や肉はクラシック音楽から発生しているとさえ私は認識しております。
…ですから ハルキファンで、春樹氏とクラシック音楽が結びついいるのは明白で、その影響でクラシックを聴くようになった春樹ファンは世界中におられます。
その点 全くご心配なく!(笑)
返信する
春樹さんと音楽 (樹衣子)
2012-02-11 19:30:11
emiさまへ

お久しぶりです!コメントをいただき嬉しいです。

村上春樹については、あの「海辺のカフカ」すらあまりにもつまらなくて途中までしか読めなかった私ですので、

>春樹さんの作品を読めば、彼がいかにクラシック音楽が大きく占めていることは、明確です。

そんなこととは全く知りませんで失礼致しました。
初期から「ノルウエーの森」までしか知らない読者にとっては、少々知識が不足しておりました。

ところで、emiさまは熱心な村上春樹さんのファンなのですね。もしかしたら、

>彼の作品の中の血や肉はクラシック音楽から発生している

と感じてらっしゃるところからも共感する部分があるのかもしれません。
もしかしたら村上春樹文学と音楽の関係を論じたらおもしろそうですね。
それでは、インフルエンザが流行しているようですので、くれぐれもご自愛くださいませ^^
返信する

コメントを投稿