この漫画が、なんで6億円もするの?
私だってついそう異議を申し立ててしまいそうだが、この「ヘアリボンの少女」のお値段は、というよりも価値は6億円。しかも、その価格にまつわり物議をかもし事件にもなったそうだ。通称「ヘアリボンの少女」事件。
1995年、東京都現代美術館は、開館に向けてこのロイ・リキテンスタインの「ヘアリボンの少女」の購入を計画していた。2億円以上の財産の取得には、「東京都」がつくくらいだから、都議会の承認が必要だったため審議にかけられたのだが、その最中に「漫画に6億?」という野次が飛んで、当時マスコミが大きくとりあげたそうだ。確かに評価の定まらないリスクの伴う現代美術品を、都民の税金、しかも6億円もの大金をバブルがはじけたにも関わらず投入してお買物をするには、議会員だけではなく、肝心の都民の理解を得る必要があるはずなのに、学芸員の方達にはその努力が足りていなかったのではないかと思われる。
と言うのも、何故、この漫画が6億円?でもそれだけの価値はありそうだと、その謎を解き明かしたのが、昨日放映された「美の巨人たち」。
正確には、画家のリキテンシュタインは、1965年にコミック漫画の登場人物という風景を「121.9×121.9cm 」という巨大なキャンバスに油絵で描いた。実物を観ると確かに油絵のつやがあり写真とはかなり印象が違うと番組で案内していたが、その秘密がドットにある。
当時の典型的なアメリンア・ビューティの少女の健康的な肌つやをだすために、コミックではピンクのドットつきで印刷されていたのだが、リキテンシュタインはそのドットを忠実に再現していた。テレビではそのドットのクローズアップの映像を紹介していたが、油絵のつや感がある真円に近い真紅のドットが規則正しく並んでいる。私は、このドットの再現と”誰もがわかりやすい”絵画、芸術のために作品に大きなサイズが必要だったのではないかと考えた。
消費社会の華やかな米国は世界をリードしながらも、美術界では今ひとつ人々の理解と関心がうすかった。と言うのも、難解な抽象表現を競った芸術は、米国人から敬遠された。そんな時代、リキテンスタインは5歳の幼い息子にせがまれて漫画を模写してあげると尊敬され、画家を志しながらも一介の美大の講師だった彼は、確信する。感情を排除してストレートの事実を描く芸術を。しかし、本物を。
彼のコミックを油絵で描いた絵は、批評家からはけなされながらも、画商のレオ・キャステリに才能を見出され、大衆から熱狂的に支持されていく。あのアンディ・ウォホールも、実は、リキテンスタインがもちこんだわずか2週間後にキャステリに漫画を油絵に描いて見せに行くが、先駆者の絵をその場で見せられてその完成度の高さに完膚なきまでに打ちのめされて、路線を変更したというエピソードがある。
そして、はっきりした輪郭、白と黒以外は、使われているのは、赤、青、黄色の3原色のみ。
ここにも秘密がある。リキテンスタインは、ピエト・モンドリアンを尊敬していた。モンドリアンの「コンポジション」シリーズは、ご存知のように水平と垂直の力強い黒い線の枠の中に、赤、青、黄色の三原色のみ使ったストイックでひんやりとした抽象画に向かっていった。モンドリアンの単純な線を少女の輪郭、髪型に変形していき、色彩を置くとリキテンスタインの絵にリンクしていく。また、リキテンスタインの絵は、最初誤って斜めの位置に展示されそうだったのだが、それが全く違和感がない。モンドリアンの絵も、リキテンスタインの絵も、さかさまにしても斜めにかけても鑑賞できる点で構造主義にかなっている。
たかが、コミックの模写に見えてこんな芸術的な解釈を次々と盛り込まれていくと、確かに6億円もの値打ちがあるように思えてくる。しかし、本当の絵画の価値を決めるのは、批評家でもなく歴史という歳月だけだと考えるのだが。
阪神大震災の時、すべてのチャンネルが報道番組になったのだが、東京12チャンネルだけはまったりと食べ物の旅行番組を放映していたと笑われるのだが、侮ってはいけない、この「美の巨人たち」「WBS」「ガイアの夜明け」「地球街道」等、なかなか良い番組がある。
ただ、なかなか観られないだけなのだが。。。
私だってついそう異議を申し立ててしまいそうだが、この「ヘアリボンの少女」のお値段は、というよりも価値は6億円。しかも、その価格にまつわり物議をかもし事件にもなったそうだ。通称「ヘアリボンの少女」事件。
1995年、東京都現代美術館は、開館に向けてこのロイ・リキテンスタインの「ヘアリボンの少女」の購入を計画していた。2億円以上の財産の取得には、「東京都」がつくくらいだから、都議会の承認が必要だったため審議にかけられたのだが、その最中に「漫画に6億?」という野次が飛んで、当時マスコミが大きくとりあげたそうだ。確かに評価の定まらないリスクの伴う現代美術品を、都民の税金、しかも6億円もの大金をバブルがはじけたにも関わらず投入してお買物をするには、議会員だけではなく、肝心の都民の理解を得る必要があるはずなのに、学芸員の方達にはその努力が足りていなかったのではないかと思われる。
と言うのも、何故、この漫画が6億円?でもそれだけの価値はありそうだと、その謎を解き明かしたのが、昨日放映された「美の巨人たち」。
正確には、画家のリキテンシュタインは、1965年にコミック漫画の登場人物という風景を「121.9×121.9cm 」という巨大なキャンバスに油絵で描いた。実物を観ると確かに油絵のつやがあり写真とはかなり印象が違うと番組で案内していたが、その秘密がドットにある。
当時の典型的なアメリンア・ビューティの少女の健康的な肌つやをだすために、コミックではピンクのドットつきで印刷されていたのだが、リキテンシュタインはそのドットを忠実に再現していた。テレビではそのドットのクローズアップの映像を紹介していたが、油絵のつや感がある真円に近い真紅のドットが規則正しく並んでいる。私は、このドットの再現と”誰もがわかりやすい”絵画、芸術のために作品に大きなサイズが必要だったのではないかと考えた。
消費社会の華やかな米国は世界をリードしながらも、美術界では今ひとつ人々の理解と関心がうすかった。と言うのも、難解な抽象表現を競った芸術は、米国人から敬遠された。そんな時代、リキテンスタインは5歳の幼い息子にせがまれて漫画を模写してあげると尊敬され、画家を志しながらも一介の美大の講師だった彼は、確信する。感情を排除してストレートの事実を描く芸術を。しかし、本物を。
彼のコミックを油絵で描いた絵は、批評家からはけなされながらも、画商のレオ・キャステリに才能を見出され、大衆から熱狂的に支持されていく。あのアンディ・ウォホールも、実は、リキテンスタインがもちこんだわずか2週間後にキャステリに漫画を油絵に描いて見せに行くが、先駆者の絵をその場で見せられてその完成度の高さに完膚なきまでに打ちのめされて、路線を変更したというエピソードがある。
そして、はっきりした輪郭、白と黒以外は、使われているのは、赤、青、黄色の3原色のみ。
ここにも秘密がある。リキテンスタインは、ピエト・モンドリアンを尊敬していた。モンドリアンの「コンポジション」シリーズは、ご存知のように水平と垂直の力強い黒い線の枠の中に、赤、青、黄色の三原色のみ使ったストイックでひんやりとした抽象画に向かっていった。モンドリアンの単純な線を少女の輪郭、髪型に変形していき、色彩を置くとリキテンスタインの絵にリンクしていく。また、リキテンスタインの絵は、最初誤って斜めの位置に展示されそうだったのだが、それが全く違和感がない。モンドリアンの絵も、リキテンスタインの絵も、さかさまにしても斜めにかけても鑑賞できる点で構造主義にかなっている。
たかが、コミックの模写に見えてこんな芸術的な解釈を次々と盛り込まれていくと、確かに6億円もの値打ちがあるように思えてくる。しかし、本当の絵画の価値を決めるのは、批評家でもなく歴史という歳月だけだと考えるのだが。
阪神大震災の時、すべてのチャンネルが報道番組になったのだが、東京12チャンネルだけはまったりと食べ物の旅行番組を放映していたと笑われるのだが、侮ってはいけない、この「美の巨人たち」「WBS」「ガイアの夜明け」「地球街道」等、なかなか良い番組がある。
ただ、なかなか観られないだけなのだが。。。
リキテンシュタイン・ウォーホル・モンドリアン全てワタシのツボです(笑)
6億で買い取ったのは初めて知りました。
以前からこの美術館で見れる事を心待ちにしていましたが今ちょうど常設展の中の一つとして
展示されているそうです。いこっかな♪
しかしテレ東、相変わらずですね。
昭和天皇崩御の折も番組を切り替えず
「ムーミン」を一徹に流し続けたという噂は本当でしょうか。
でも夜の番組にはたしかに秀逸なものがあるのでチェックは欠かせません^^
ギャップが素敵な放送局ですよね。
この番組は、CMで途中中断ありの民放というハンディをもちながらとてもよくできていると思います。
>「ムーミン」を一徹に流し続けたという
あっ、その噂は初耳ですが、東京テレビだったら充分にありえますね。(笑)
大事件、大災害の有事の時の報道ものは多局にまかせて、独自路線の番組もあってよいかと思います。
それからやっぱり芸術は、解説や批評だけでなく本物を観て感じることが一番重要だと思いますので、機会がありましたら是非!
ん?
逆にこれだけ時間経ってると違う可能性も?!?