稽古なる人生

人生は稽古、そのひとり言的な空間

昨夜の稽古(木曜会)

2017年11月10日 | 木曜会(誠先生の剣道教室)
木曜会としての6回目の稽古。(5回目は風邪のため休みました)

20名以上が集まった。
切り返し、基本の面打ちのあとは昇段審査向け稽古。
七段は面を外して運営に。ちょっと残念。
5箇所に別れ、七段2つ、六段1つ、五段以下2つに分かれる。
相手はどんどん変わって1分(七段は1分半)で、交代して立会い。

師匠も驚いておられたが、私も「こんなもんなんだなあ」と驚いた。
多くの者が、木曜会で教わった事をすっかり放棄しているのだ。
つまり、間合い、気勢、攻め、溜め、打ちにメリハリが無く、
ひたすら「打ちたい、打ちたい、打たれたくない」が出てしまうのだ。
ガチャガチャした攻防が多く見ごたえも何も無い。

師匠曰く、「ここでは同じ流派のはずなのに自分の流派に戻っている」。

2回ほど注意されて、後半は多少は良くなったと思う。
良い見取り稽古をさせてもらった。他山の石としよう。


(左、胴に返そうとしたのだが、待ち剣なので、防ぎっぱなしになってしまった)


(左、先輩、攻めずに待って出小手を打とうとしてしまっている)


(師匠の注意1回目)


(右、先輩、構えた時に肩に力が入りすぎている)


(師匠の注意2回目)


(右、先輩、残念ながら自分流に戻ってしまった)
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする