唯物論者

唯物論の再構築

過剰供給vs必要生産量

2010-11-16 07:09:53 | 資本論の見直し
恐慌と需要不足

 旧来のマルクス経済学での恐慌の説明では、利潤率低下が過剰供給を必要とし、過剰供給が富者の利潤を減少させ、さらなる利潤低下と過剰供給の連鎖により恐慌が発現する。しかし先に示したとおり、過剰供給でも機械導入による生産性向上でも必要労働力を減少させるとは限らないし、過剰供給でも失業者増加でも富者の利潤を減少させるとは限らない。どの場合も、富者の利潤量は現状を維持できるし、無駄な生産を承知すれば失業も発生しない。ただしどの場合も、過剰生産物を利潤として実体化するために、あるいは不要な労働力を失業者として実体化させないために、さらには利潤低下をカバーするために、過剰生産物に対する需要が必要になる。
 過剰供給と需要不足は同義のようにも見えるが、一般的に供給が増えても、必要物の量が合わせて増えるわけでもない。また供給が減っても、必要物の量を合わせて減らすわけにもいかない。つまり需要量が供給量を規制する。一方で長期に見れば生産性は必ず向上する。それに伴う失業増加は、資本主義の敵対者に資本主義非難の好材料を提供する。したがって富者は目先の利潤増加のためだけでなく、自らの恒久的な貧者支配のためにも、過剰生産物に対する需要を拡大する必要がある。古い表現に言い換えれば、富者は貧者のための金の鎖を用意する必要がある。
 過剰生産物に対する需要拡大の方法として以下のものがある。
以下に上記シミュレーションが含んでいる無理を説明する。
•富者の過剰消費
•貧者の過剰消費(つまりケインズ主義政策)
•剰余生産物の必要生産物への充当(富者からの収奪・救貧策によるバラマキなど)
•必要生産物(=労賃)自体の増量

上記の2番目は、不足する需要を確保するために貧者に負債を負わせ、その負債で貧者の必要物を確保する時差搾取手段に成り下がった方法である。短期で見ると 有効需要を創出できても、富者が裕福になるだけあり、貧者が裕福になるわけではない。長期で見ると富者に対する負債を貧者に残して長期不況をもたらす。上記の3番目の方法は、ナチズムやレーニン主義のように富者からの強制的収奪を決行した国家社会主義から、高税率を通じて社会民主主義を実現した第二インターの系譜までを含む。以下では、上記の残り1番目と4番目について述べる。

 なお例証にあたり想定する可変資本減少の前の資本主義社会の状態は、先行ページで想定したものと同じである。(==>過剰供給vs利潤減少 [例証で想定する資本主義社会の初期状態])

貧者A・B・Cの必要生産物(=労賃)および必要労働時間貧者A・B・Cの剰余生産物(=利潤)および剰余労働時間貧者A・B・Cの生産物全数および総労働時間
3人分の生活資材1人分の生活資材4人分の生活資材
18時間6時間24時間

可変資本比率 100%
人間生活維持に必要な労働時間 6時間
利潤率 33.33%


富者の過剰消費

 先に示した例では、富者自らが過剰生産物の需要者として現れ、貧者の数倍の食事や衣服や住居を満喫した。しかし機械化がもたらした生産性向上の倍率は数倍ではなく、数十倍、数百倍である。富者といえども、貧者の数百倍の量の食事や衣服や住居を消化するのは不可能である。しかし労働価値論では生産に要する労働力量は、生産物の量でも質でも同等に扱う。例えば100個の低品質商品の作成に必要な手間と1個の高品質商品の作成に必要な手間が等量なら、両者は等価値である。したがって過剰生産物に対する富者の過剰消費は、量的な倍率を質的な倍率に代替することで可能になる。富者は、貧者の数百倍の量ではなく、数百倍高級な食事や衣服や住居を満喫するのである。これにより資本主義は、無駄な過剰生産物を質的に圧縮して富者に提供し、同時に貧者の雇用を確保する。

 富者の過剰消費により、需要不足が富者の利潤減少にも必要労働力減少にもならない例、および富者の利潤が増加する例を以下に示す。
 最初の想定での労働生産性を1.5倍向上させる。このため想定5の内容を以下の想定5bに変更する。なお生産性向上の方法は、先進的な協業方式の導入や生産過程簡略化などの相対的な剰余価値増加方法でも、労働強度増大や搾取強化などの絶対的な剰余価値増加方法でもどちらでも良い。

 想定5b) 8時間で1人の貧者は、2人分の生活資材を生産する。


 これだけでは先行ページ(過剰供給vs利潤減少)と同一の変更内容と結果になるので、加えて生産物の内訳を低級品と高級品の二種類に分ける。このため想定2aとして以下の想定を追加する。
 想定2a) 貧者が生産する商品は、貧者用の低級品と富者用の高級品がある。
        高級品はそれ自体として、低級品と同一量の生活資材だが、生産に要する労働力量は低級品の3倍
     である。つまり低級品の3倍の価値がある。

 この変更で、1日の商品生産での生産物と労働時間の内訳は、次のように変わる。

貧者A・B・Cの必要生産物(=労賃)および必要労働時間貧者A・B・Cの剰余生産物(=利潤)および剰余労働時間貧者A・B・Cの生産物全数および総労働時間
貧者3人分の生活資材富者1人分の生活資材(=貧者3人分の生活資材)4人分の生活資材(=貧者6人分の生活資材)
12時間12時間24時間

 貧者3人の1日の労働は、貧者3人分の生活資材と富者1人分の生活資材を生産している。つまり貧者3人の商品生産は、以前と変わらずに自分たち3人と富者 1人の社会全体の需要を満たすのだが、以前よりも高品質の生活資材を富者に提供する形の単純再生産状態に拡大再均衡している。つまり労働生産性向上のおかげで富者は、以前より3倍高級な服を着込み、3倍高級な食事をし、3倍高級な家に住めるようになる。

ちなみに可変資本比率・貧者一人当たりの必要労働時間・利潤率は、次のようになる。

初期想定生産性向上後
可変資本比率   100%   100%
人間生活維持に必要な労働時間   6時間   4時間
利潤率 33.33%   100%


必要性産物(=労賃)自体の増量

 先に示した例では、富者が過剰生産物の需要者として現れ、貧者の数倍の食事や衣服や住居を満喫した。増加した生産物を富者が独占できたのは、労働力市場が決定した労働力価値に対応している。この労働力価値は、労働力の再生産に要する生活資材の量である。この量は、貧者の属する社会が許容する貧者の生活水準により決定される。それは生物的生命維持に要する衣食住の最低物品量を下限にする場合もあれば、もっと余裕のある文化的生活維持に要する物品量を下限にする場合もある。もし貧者の必要生産物の量が増大するなら、過剰生産物は、必要生産物として貧者に消化され、そもそも過剰として現われなくなる。

 必要生産物の増量により、需要不足が富者の利潤減少にも必要労働力減少にもならない例、および富者の利潤が増加する例を以下に示す。
 最初の想定での労働生産性を1.5倍向上させる。このため想定5の内容を以下の想定5bに変更する。なお生産性向上の方法は、先進的な協業方式の導入や生産過程簡略化などの相対的な剰余価値増加方法でも、労働強度増大や搾取強化などの絶対的な剰余価値増加方法でもどちらでも良い。

 想定5b) 8時間で1人の貧者は、2人分の生活資材を生産する。


 これだけでは先行ページ(過剰供給vs利潤減少)と同一の変更内容と結果になるので、加えて貧者の必要生産物を増加する。このため想定8として以下の想定を追加する。

 想定8) 貧者の必要生産物の内包量を、1.5倍増やす。

 この変更で、1日の商品生産での生産物と労働時間の内訳は、次のように変わる。

貧者A・B・Cの必要生産物(=労賃)および必要労働時間貧者A・B・Cの剰余生産物(=利潤)および剰余労働時間貧者A・B・Cの生産物全数および総労働時間
旧基準表記4.5人分の生活資材1.5人分の生活資材6人分の生活資材
新基準表記3人分の生活資材1人分の生活資材4人分の生活資材
16時間8時間24時間

 労働生産性向上に加えて貧者の必要生産物が増やされたおかげで、貧者は以前に比べて一人当たり1.5倍の生活資材を得ている。つまり貧者は、以前より1.5倍の服を着込み、1.5倍の食事をし、1.5倍の家に住めるようになった。また富者にしても以前に比べて1.5倍の剰余価値を得られる。富者もまた、以前より1.5倍の服を着込み、1.5倍の食事をし、1.5倍の家に住めるようになっている。ちなみに可変資本比率・貧者一人当たりの必要労働時間・利潤率 は、次のようになる。

 初期想定生産性向上後
可変資本比率  100%  100%
人間生活維持に必要な労働時間   6時間   6時間
利潤率33.33%33.33%


 単純に上記の最終的な表と最初の表を比較すると、貧者の生活は相変わらず社会的生活に要する衣食住の最低物品量にある。また総生産量も4人から変化が無く、あたかも生産性向上は無かったようにさえ見える。しかし実際には貧者と富者の両者ともに、以前よりも1.5倍豊かな生活を実現した形の単純再生産状態に拡大再均衡している。
 上記のように内需拡大を通じた拡大再均衡が成立するなら、資本主義も経済危機に陥ることなく、富者の恒久的な貧者支配も可能に見える。 しかし上記は、単純に言えば、富者が自らの既得権益を貧者に譲渡する内容である。実際は、これと正反対に、市場経済の価値法則が富者に貧者の既得権益の奪取を強要している。資本家のエンゲルスが共産主義を、貧者の倫理的権利ではなく、人類の論理的義務であると説明した所以である。このような価値法則を政治が超克しない限り、富者ですら貧者の必要生産物の増量をできない。
(2010/11/16 ※2015/08/09 ホームページから移動)


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