KANCHAN'S AID STATION 4~感情的マラソン論

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このマラソン本がすごい!vol.6「駅伝必勝法~たすきは強気でつなぐ」

2009年01月10日 | このマラソン本がすごい!
「駅伝必勝法~たすきは強気でつなぐ」 大久保初男著 ランナーズ・ブックス

著者である大久保氏の名前は、30年以上前から、箱根駅伝をNHKのラジオ中継で聞いていた駅伝ファンには忘れられないだろう。大東文化大時代には箱根駅伝で山登り区間である5区で4年連続区間賞を獲得し、同校の優勝にも貢献した。実は僕が箱根駅伝という大会の存在と大東文化大という校名を初めて知ったのも、当時のレースの結果を報じるNHKのニュースによってである。

いわば、元祖「山の神」というべき存在だが、氏は今井正人や、今年の東洋大の柏原竜二をしのぐ記録を残している。陸上記者、寺田辰朗氏のサイトによると、氏が出した区間記録は、区間2位のランナーに4分5秒もの差をつけていたのだ。今井は3分38秒差、柏原は2分38秒差、木下(現姓金)哲彦氏も2分38秒差。他校の関係者からは
「あいつはまだ卒業しないのか?」
という声も聞かれたのだという。

卒業後は、大昭和製紙を経て、母校に指導者として戻った傍ら、ランナーとして活躍。勝田、京都、秩父等のマラソンで優勝、びわ湖2位、北京8位という実績も残しているが、やはり駅伝の実績が凄い。中学時代から20年間で86回駅伝に出場して、52回区間賞を獲得しているという。

そんな「駅伝男」が1989年に刊行した、「日本初の駅伝専門のトレーニング書」である。僕も初めて愛媛マラソンを完走した直後に、知人に誘われ、駅伝に出場しているクラブチームに加入した。その後、古本屋で本書を見つけて購入した。

季節毎のトレーニングメニューや、レースでの戦法が詳しく書かれているが、ここで駅伝が、個人のロードレースとは全く別の競技であり、そのために全く違う走り方をしなくてはいけないことが強調されている。

団体競技である駅伝で最も重要なのは、「チームの順位」である。それを一つでも上げ、前のチームとの差を少しでも縮めることが重要である。そのために一番してはいけないことは、
「ギャンブルのようなレース」なのだ。ブレーキは、多くの場合、体調不良よりも、自身の実力以上の走りをしようとした時に起こる。そのためには、
「自分より明らかに実力が上のランナーとの勝負は挑まない。」
ことなのだ。

時には「仲間を信じて最良の負け方をする」のが駅伝の走り方の基本なのだ。その代わり、自分よりも実力が下か同等のランナーに対しては、強気で勝負に挑む。格下のランナーを追い抜く際には、一気に、ランナーより少し距離をとって追い抜く。この抜き方の方が相手に心理的なダメージを与えるからだ。同じレベルのランナーと並んだら、小刻みにスパートをかけて引き離す。こういう走りが著者は得意だった。こうした事を知った上で駅伝を見ると、駅伝というのが、情報と戦略と計算がいかに重要かが分かる。日清食品グループの白水監督が
「駅伝監督は3日やったら止められない。」
と語っていたというのもよく分かる。そして、駅伝ランナーに一番必要なのはスピードのみならず、状況判断力と、自身の体調を客観的に見られる分析力だということも。かつての高校駅伝やニューイヤー駅伝で、トップグループを独走する外国人ランナーの集団を追いかけようとしない日本人ランナーたちを批判するのは、お門違いかと思った。

意外に思ったのは、
「区間賞は、決して狙って取るものではない。」
という事。区間賞を狙って取ってもいいのは、
「自身のチームに優勝の可能性がない場合」と、もう一つ。
「アンカーで、2位に大差をつけたトップで襷を受け取った時」
である。本書の序章に描かれているのは著者の競技者しての「ラストラン」となった、1987年の第30回の青東駅伝の最終日、埼玉県チームのアンカーとして、トップで襷を受け取り、12.7kmを独走して、総合優勝のゴールテープを切った。当然、区間賞を獲得した。

「優勝するチームのアンカーは、区間賞を取って、優勝に花を添えるべきだ。」
というのが著者の駅伝という競技への想いを表わしている。

ちなみに、全日本実業団駅伝で、チームの優勝時に区間賞を獲得しているアンカーは、八幡製鉄の室矢芳隆氏に東洋工業の内野幸吉氏、エスビー食品の金井豊氏、旭化成では磯端克明氏に佐藤市雄氏、児玉泰介氏、谷口浩美氏、佐藤信之氏、川嶋伸次氏と最も多い。現役では、コニカミノルタの磯松大輔コーチに坪田智夫。女子ではワコールの松本初美さんに上林一美さんに真木和さん、京セラの熊野千景さんに石田潔美さん、三田工業の井上ひとみさん、リクルートの鈴木博美さんに吉田直美さん、東海銀行の川島亜希子さん。現役では資生堂の弘山晴美に三井住友海上の大平美樹。

マラソンやトラックで日本代表になった名ランナーもいれば、「駅伝のエキスパート」と呼ばれた人もいる。実は駅伝において真のエースとは、ごぼう抜きランナーよりも、区間賞で優勝のゴールテープを切れるアンカーではないかと思えてきた。

マラソン・ファンにとって面白いというか興味深いのは、著者の高校3年生の時の都大路でのエピソードだろう。東北高校のエースとして、「花の1区」を走った著者は、スタートから思い切り飛ばした。「先行逃げ切り」で優勝を狙ったのだった。しかし、3kmで後続のランナーに追いつかれ、抜かれた。抜かれる時に
「お互いがんばろうや」
と声をかけられた。長野県代表で、卒業後はカネボウで活躍する、伊藤国光氏だった。区間賞を取ったのは伊藤氏。
「伊藤君の人間的な優しさと、レースに対する余裕を感じさせる声だった。」

本書のカバーの見返しで、推薦の言葉を寄せているのは伊藤氏で、著者のことを
「永遠のライバル」と呼んでいる。第20回の青梅マラソンでの優勝のゴールテープを切る写真を使っているのが、いい。

僕が走り始めた'90年代初頭に著者はランニング情報誌において、マラソン・トレーニングについてのアドバイス記事を連載していた。実業団には短期間しか在籍せず、高校時代から自分でメニューを考えていたというだけに、トレーニングに対しては実に柔軟な考えを持っていた人で、自分で良さそうと思ったトレーニングはとりあえず試してみる、という人だった。「水泳は筋肉を冷やすからよくない」という説が支配的だった時代に、プールでのウォーキングやスイミングを行なっていたり、いち早くヘッドフォン・ステレオを使ってロング・ジョグを試していた人であった。(かつての箱根駅伝中継での解説を聞いた時は、「根性論者」のイメージが強かったのだが。)

僕の住む愛媛は、市民ランナーのクラブチームも出られる駅伝が頻繁に行なわれていて、多い時は年に5~6回は駅伝に出ていた。駅伝は「やって面白いスポーツ」だ。僕もマラソンの記録を伸ばせたのも、駅伝のおかげと思っている。今後は、市民ランナー向けの駅伝大会も各地で増えていくだろう。駅伝のためのトレーニングは決してマラソンでも無駄にはならない。本書は現在では古本屋か、古書のネットオークションでないと入手が難しいだろう。同様の本がまた出ればいいと思う。今なら、彼の次世代の山登り男」だった金哲彦氏が改訂版を書いてくれないかな。


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