KANCHAN'S AID STATION 4~感情的マラソン論

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このマラソン本がすごい!vol.2「雑草のごとく」

2008年06月29日 | このマラソン本がすごい!
「雑草のごとく」谷口浩美著 月刊陸上競技編集 出版芸術社 1992年

日本各地のマラソンやロードレースに出かけた際に、行き帰りの列車や旅館でランナーたちと知り合う。たいていは、自分がこれまで走ったレースや、出会った有名ランナーの話題で盛り上がる(今なら、
「土佐礼子の実家はウチから走って15分くらいだぞ。」
「土佐礼子のダンナと知り合いだぞ。」というのが自慢話にできるな。)のだが、僕が複数のランナーから
「あの人はいいひとですよ。」
という評判を聞かされたのが、元世界記録保持者の重松森雄さん、カネボウ監督の伊藤国光さん、そして、谷口浩美さんである。

谷口浩美さんが東京で開催された世界選手権のマラソンで日本人初の金メダルを獲得してから、今年でもう17年になるのだ!もうそんなに経つのか。今の高校生は知らないはずだ。大学生だって覚えていない人の方が多いだろうと思う。

本書は彼が金メダルを獲得直後から、翌年のバルセロナ五輪の「こけちゃいました。」までの1年間、「月刊陸上競技」誌に連載された彼の生い立ちを一冊にまとめたもの。

それにしても、この人の「キャラ」はすごい。今なら「天然」と言うのだろうか。世界選手権のスタート直前、優勝候補とされていたソウル五輪の金メダリスト、ジェリンド・ボルディンの後ろに立ち、自らの足の長さとの違いに驚いて、その違いを手で示して、スタンドで見ていた宗監督兄弟を笑わせていたのだというから、すごい神経である。

武田薫氏はこの本のタイトルに異議を唱えていた。「雑草」という言葉が、「エリート」と反義語とするなら、この人は日本の陸上長距離界では、「究極のエリート」だからである。全国高校駅伝、箱根駅伝、全日本実業団駅伝、全てに区間賞を獲得して優勝を経験して、五輪のマラソン代表になった、唯一のランナーだからだ。しかし、こうした華々しいキャリアが自慢げに語られているわけではない。前回紹介した「夢を紡ぐ人々」に登場する、彼の高校時代の恩師によると、
「本番で実力通り走ってくれるのは、往々にして監督の話を聞き流す横着な選手なんです。谷口はその点で弱かった。」
のだという。いわば、素直で真面目。そんな「いいひと」は、教師になるために進学した日本体育大学では花開かなかった。当時の日体大陸上部は、学生だけの手で運営されていた。「自分で考える頭のない(本人談)」彼のような選手はなかなか馴染めなかったという。それが、旭化成陸上部で宗兄弟という指導者にめぐり合ったことで、持っていた力を咲かせることができたのである。

その旭化成でも入社当初は毎週末に、後に結婚する高校時代からのガールフレンドとデートをしていて、宗兄弟からは
「こいつは強くならないな。」
と思われていたのだという。

旭化成に入ると、同年齢の高卒のランナーの強さにショックを受けたという。今も、旭化成に入社した大卒のランナーというのは、川島伸次さんのような遅咲きの人か、榎木和貴さんらのように、期待以上の力を出せずにチームを離れてしまう人に分かれてしまう。(頑張れ!清水、久保田!)

マラソンの前には緻密なスケジュールを立てるという彼にとっては、世界選手権の金メダルは、
「事前に用意されていた脚本に沿って、私はその筋書き通りに主役を演じきればよかった。」
というものだったという。

バルセロナ五輪後、実は大会直前に疲労骨折をしていたことが明かされるが、そこからのりハリビが厳しいものだった。
「宗猛さんも経験していた。」
と聞かされたから、耐えられたというが、実際は宗猛さんも未経験だったのだという。マラソンというのは「思い込み」が力になる競技だと知らされる。

今は、マラソンに限らず、日本代表になるアスリートというのは、「横着な選手」の方が多いのではないかと思える。
「役は人を育てる」という高校時代の恩師の指導で、キャプテンも経験した谷口さんは今年から東京電力の陸上部の監督となった。彼が過去の自分のような「素直で真面目なランナー」とめぐり合えればいいなと思う。

一つ、特記しておきたいエピソード。東京で優勝して表彰式の前に宗猛さんと宿舎に戻る途中に、目にいっぱい涙を浮かべた年配の女性から声をかけられたのだという。

「よく頑張りましたね。有難う。これからも頑張ってください。円谷(幸吉)の姉です。」

さて、複数の人から
「あの人はひどい。」
「とんでもない奴だ。」
と聞かされたランナーもいる。(金銭面に関して)それは・・・、

書かないことにしておこう。




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