「どこの国でもいいから助けてくれ!」 シリア国民の悲痛な叫びを聞いてほしい 黒井 文太郎

2013-09-10 | 国際

「どこの国でもいいから助けてくれ!」 シリア国民の悲痛な叫びを聞いてほしい
 JBpress 2013.09.09(月) 黒井 文太郎
 化学兵器使用とアメリカの軍事介入への動きによって、日本でも8月下旬からシリア情勢に関する報道が急に増えてきた。しかし、その論調にはおかしなところがいくつもある。
 実は筆者は、シリアとはプライベートで長く深く関わってきた。20年前に結婚した元妻がシリア人で、その後、何度もかの国を訪問し、親族や友人を通じてシリア人社会を内側から見てきたのだ。
 シリアは北朝鮮と同様の強権体制の独裁国家で、秘密警察が国中に監視網を構築し、不満分子は徹底的に弾圧する恐怖支配が行われている。言論統制も徹底され、もともと外国人記者が自由に取材できるような国ではないうえ、外国人と接する機会のあるシリア人も、秘密警察を恐れて外国人に迂闊にホンネを話すことはない。したがって、なかなかその真の姿が外国人には見えにくい。
 筆者のような関わりは希少ケースと言っていいが(シリア人女性と結婚した日本人は筆者が2人目らしい)、そのためシリア国内に今も住む親族や友人・知人たちから直接、“身内”として率直な話を聞く機会を持つことができた。そうした立場でシリアで進行してきた悪夢のような出来事の経緯を、2011年3月の民衆蜂起からずっと見てきたが、日本の報道から受ける印象は、筆者の知る話とはかなり違っている。
 もちろん筆者の現地人脈は限られたものであり、すべてのシリア国民の声に接しているわけではない。どこの国にも様々な考えの人がいるだろうし、もちろんアサド政権側の人間、すなわち一般国民を弾圧する側の人もいる。
 そういった意味では、筆者の人脈は、アサド政権に弾圧される側に偏っている。しかし、シリアでは弾圧される側が、する側より圧倒的に多い。したがって、筆者が聞く情報は、シリアでは国民の多くが共有するものと、筆者は考えている。筆者が聞く話がすべて、偶然にもごく一部の極端な過激分子の言葉ばかり、などということはあり得ない。
*最も重要なのは進行中の虐殺を止めること
 こうして筆者は、アサド政権に弾圧される側の状況と、彼らの気持ちをある程度知る立場にいるわけだが、そこで日本の世論に違和感を覚えるのは、例えばまずアメリカの軍事介入に対する感覚の大きな温度差だ。
 現在、アメリカ批判の立場からは、「米軍が勝手に戦争を始めるのは許せない!」「アメリカは横暴だ!」「戦争反対!」といった声がある。まるで米軍が軍事介入することで戦争が始まるかのような物言いだ。
 しかし、実際には現地は、すでに最悪の状況にある。8月21日に化学兵器によって殺害されたのは千数百人とみられるが、これまですでに10万人が死亡している。このうち、戦死した双方の戦闘員を除けば、そのほとんどは政府軍による市街地・住宅地への無差別な空爆や砲撃によって死亡した一般市民である。
 アサド政権というのは、独裁体制の存続のためなら、戦闘機で自国民を空爆する政権である。シリアで進行してきたことは、もうずっと前から、アサド政権による住民のジェノサイド(大量殺戮)だ。化学兵器使用はその一局面にすぎない。
 反政府軍に参加している人も、参加していない人も、「とにかく誰でもいいから政府軍の暴虐を止めてほしい」と願っている。これまで2年半もの間、シリアの人々は、国際社会が自分たちを助けてくれるのではないかと期待し続け、それがことごとく裏切られ続けてきたことに絶望してきた。
 今回、初めてアメリカが軍事介入に動いたことで、不安ながらも、初めてわずかな望みが見えてきたと感じているシリア人は多い。そうした現地の悲鳴のような思いが、日本ではなかなか理解されない。
 少なくとも政府軍による空爆や砲撃に日常的に晒され、肉親や友人を殺害され続けている側のシリア国民にとって、外国軍の軍事介入こそが望みの綱だ。彼らにすれば、別に米軍でなくても構わない。どこの国でもいいから助けてほしいのだ。
 アサド政権の同盟者であるロシアの拒否権により、国連安保理が機能を停止しているから、米軍などによる軍事介入は確かに国際法の裏付けがない。しかし、そんなことは、日々殺され続けている人々にとっては関係ない。
 仮にここでアメリカが手を引けば、アサド政権は「何をやっても、結局はアメリカは手を出せない」と判断し、それこそ無制限に化学兵器を乱用し、無差別砲撃や空爆をさらに拡大するだろう。外国軍が軍事介入しないとなれば、さらなる大虐殺が行われることになるのだ。「アメリカが勝手に他国を攻撃していいのか?」という見方には、こうした現地事情への視点が欠けている。
 かつてベトナムがカンボジアに侵攻したことで、同国の国民はポルポト派の大虐殺から救われた。ルワンダでは、ウガンダがツチ族ゲリラを支援したことで、フツ族民兵による大虐殺にストップをかけることができた。誰でもいいのだ。とにかく進行中の虐殺を止めることが、最も重要なことなのではないか。
 同じようなことで言えば、反体制派が一枚岩でないことから、「アサド政権を倒しても、さらに混乱するだけで、もっと事態がひどくなる」との見方がある。先のことは誰にも分からないが、シリアの人々にとっては、そんな先のことよりも、とにかく現在進行中の虐殺を止めることが最優先である。
*シリア国民からすれば噴飯モノの「自作自演説」
 日本の論調で違和感があるもう1つのことは、「化学兵器使用は反体制派の自作自演だ」との見方がなぜか強いことだ。
 確かに、それが政府軍によるものだとの決定的証拠はない。アメリカはシリア政府軍の化学兵器関連部隊の事前の動き、軍事衛星による砲撃のモニタリング、シリア政府高官の通信傍受情報など、いくつかのインテリジェンスを証拠として提示しているが、機密情報の部分が詳細に公開されたわけではないから、部外者には判断のしようがないのも事実である。
 しかし、イラク戦争でのインテリジェンスの誤謬を厳しく批判されたアメリカ政府が、確信のないままにあれだけ断定するというのは、考えられない。同じように、イギリスやフランスの首脳があれだけ確信的に断定しているのも、それなりに根拠のあるインテリジェンスを入手しているからだろう。
 ロシア政府は真逆の主張をしているが、自国メディアを事実上管理下に置き、メディアも世論も気にする必要のないロシアと、メディアや世論の追及に常に晒され、誤った情報分析・判断が政権担当者の致命傷になる西側主要国では、その信頼性には雲泥の差がある。インテリジェンスの基本としては、どんな情報源も無条件で信用してはいけないが、ロシア情報が米英仏情報より信用できるなどという前提は典型的な反米バイアスであり、インテリジェンス的には落第である。
 また、かつてオウムが作っていたような初歩的なレベルのサリンと違い、今回使われたような強力な兵器級の化学兵器の製造と運用は、それほど容易なものではない。化学兵器を反政府軍が入手したという根拠ある情報はこれまで皆無であり(トンデモ情報はネット上にいくつもあるが)、反政府軍が化学兵器を保有しているという仮定自体が荒唐無稽だが、百歩譲って仮に彼らが化学兵器を保有していたとしても、それを政府軍の攻勢に合わせて複数の場所で、あれほど効果的に使用するなど不可能だ。作戦には意思と能力が必要だが、そもそも反政府軍にあれほどのオペレーションを実行する能力はない。
 意思の面でも、百歩譲って反政府軍が政府軍に罪をなすりつけようとの意図があったと仮定しても、民間人を1000人以上も殺戮するほどの規模は必要ない。反政府軍の自作自演説など、シリア国民からすれば噴飯モノの珍説である。
 アサド政権は「証拠を示せ」と反論しているが、そもそも証拠が出てこないように小細工しているのは、アサド政権である。化学兵器使用は半年前から繰り返し行われていたが、アサド政権がようやく国連調査団の調査を認めたのは2013年の8月。国際メディアの取材もまったく認めていない。反体制派側の犯行だと言うのなら、いくらでも取材させて宣伝したいはずなのに、実に不思議なことだ。
 今回も、ほんの数キロ地点に国連調査団がいるのに、立ち入りを認めたのは5日も後のこと。その間、シリア政府は「すべて嘘だ」と化学兵器使用そのものを否定しつつ、被害地に猛烈な爆撃を加え、化学兵器使用の痕跡を破壊した。なかったことにしようとしていたわけだ。
 その後、隠しきれなくなって「反体制派のしわざ」と転じたが、アサド政権の主張などすべて欺瞞であることは、シリア国民なら誰もが知っている。独裁政権が嘘しか言わないことは、何もシリアだけのことではなく、アラブ世界の常である。サダム・フセインもカダフィも同じことで、そのあたりはアラブ社会の常識の範囲だ。
*誤算だった国際社会の反応
 こうしたことは、シリアと関わりのある一定層がいる欧米主要国やアラブ諸国ではよく知られており、アサド政権の信用度などゼロに近いが、日本ではそこがなかなか理解されないようだ。
 筆者はテレビなどで解説を求められる際、分かりやすく伝えるために、「シリアは北朝鮮と同じ」としばしば表現している。徹底した恐怖支配、言論統制、権力の世襲に至るまで、シリアは北朝鮮とまったく同じだ。アサド政権の主張を鵜呑みにするということは、拉致問題や核問題で北朝鮮の主張を信じるのと同じようなことである。
 「国連調査団がいる時期に、政府軍が化学兵器を使って自らの立場を悪くするはずがない」 → 「だから反体制派の自作自演だろう」という見方もあるが、それはまったく根拠にはならない。
 政府軍には、化学兵器を使う能力があるが、意思もある。今回使われたダマスカス近郊は反政府軍の牙城で、長期にわたって政府軍が無差別砲撃や空爆を続けても奪取できないでいるエリアだった。しかも当地の反政府軍は強力で、戦闘を有利に進めており、首都中枢を狙うほど勢力を拡大していた。アサド政権にとっては非常に脅威に感じていたはずである。
 今回、政府軍は化学兵器使用と同時に、戦力を同方面に集中し、大規模な制圧作戦に動いている。化学兵器で同地域にいる反政府軍を後退させ、その力の空白に乗じて占領しようという作戦である。良し悪しは別として、軍事作戦としては実に有効なやり方だ。
 その際に想定される国際的な非難については、要するに「タカをくくっていた」のだろう。これまで2年半もの間、アサド政権がどれほど非道な行いを重ねても、さらには小規模な化学兵器使用を重ねても、結局は盟友ロシアが国連安保理をブロックしてくれたため、国際社会から具体的な圧力を一切受けずにきた。今回もシラを切っていれば、どうせ国際社会は何もできないと考えたのだろう。国際社会がこれほど反応し、アメリカが軍事介入まで準備したのは、アサド政権にとっては誤算だったはずだ。
*「反政府軍はテロリスト」というプロパガンダ
 日本で自作自演説が根強いのは、1つには、日本ではなぜか「反体制派は外国に扇動されたテロリスト」という説が出回っていることが背景にあるようだ。これはアサド政権がしきりに主張しているプロパガンダそのものだが、現実は違う。
 シリアでは2011年3月に反体制デモが始まったが、徹底した弾圧に抗議して、自警団的に反政府軍が活動を開始したのが同年秋頃。以降、基本的には政府軍と地元有志の反政府軍の戦いというかたちで内戦が行われている。
 ところが、翌2012年夏頃から、反体制派の中に過激なイスラム原理主義を主張するグループが台頭。その中に国外からの義勇兵も多く参入するようになった。また、同じ頃には、特に北部で、反政府軍の中にギャング化した一部の部隊が混じり込むようになった。
 それらは国際メディアにも大きく報じられたが、それをもって「反政府軍は外国に扇動されたテロリスト」とのキャンペーンが、シリア政府系メディアによって大々的に行われた。しかし、実際にシリア国内から聞こえてくる話では、そうした過激派の勢力が強いのは北部や東部を中心とする一部であって、現在も全国レベルでみれば、反政府軍の主力は上記したような自警団的な有志軍である。“一部”を“全体”に誇張する単純な情報操作だ。
 これは単に筆者の個人的な人脈からの情報ということではなく、現地を取材した内外のジャーナリストの多くが指摘することでもある。親アサドの論調では、反政府軍にはカタールやサウジアラビアから大量の武器が支給されていることになっているが、筆者の現地情報でも、他のジャーナリストたちの取材報告でも、そのような事実はない。
 確かにカタールやサウジからの武器支援はあり、最近はそれが徐々に増えてきてはいるが、悲しいほど小規模であり、一部の反政府軍部隊にしか届いていない。ほとんどの反政府軍は、政府軍拠点を攻略して鹵獲(ろかく)した武器で戦っている。そんなことは、現地から毎日大量に発信されているYouTube映像でも分かることなのだが、なぜか日本では「反政府軍=外国が支援するテロリスト」という政権側メディアによって創作された“物語”が、根強く流布している。
 こんな論調も目にしたこともある。
 「当初のデモは民衆の行動だったが、一部過激分子が武装路線に転じたことで、反体制派は民衆の支持を失った」
 いったいどこからの情報か、不思議でならない。前述したように、反体制派の一部に問題があるのは事実だが、反政府軍の主流は現在も地元の有志軍であり、しかも志願兵は今も増え続けている。
 反体制派の一部には、確かに捕虜の即時処刑を行った部隊もあるが、それと政府軍が正規の作戦として市街地や住宅地を空爆するのとは、少なくとも戦場では同列ではない。住民への空爆など言語道断で、弾圧される側のシリア人でアサド政権に怒りを覚えていない人などいないだろう。アサド政権打倒は、大多数のシリア人の願いなのだ。
*現場取材できずに中立を保つ日本メディア
 日本では現在、シリア問題に関する言説が、一部例外はあるものの、ほぼ以下のような構図になっている。
・現地取材経験者や現地に政府機関系以外の人脈のある人 → 反アサド
・アルジャジーラや欧米主要メディアを主な情報源とする人 → 反アサド(これらの国際メディアは、結局はいちばん現場を取材しており、現地の声も拾っている)
・シリア国営通信、ロシアのメディア、イラン・ラジオ、アブハジアのテレビなどを主な情報源とする人 → 親アサド
・上記の親アサド系メディア情報をソースとして書かれたネット情報を、主な情報源とする人 → 親アサド
・自分たちが現地で直接取材していないものについては両論併記が原則の日本のマスメディア → 中立
 こうした日本でのシリア報道のあり方は、シリア人からみれば実に不思議なものに見えるだろう。“現地の声”と“親アサド系メディアのプロパガンダ”がほぼ同格に両論併記されているのだ。
 前述したように、筆者の情報源は一般的なシリア人住民だが、個人的人脈であるから、むろん限られたサンプルでしかない。しかし、それは紛れもなく、シリア国内から届けられる現地の声だ。
 筆者の視点が偏っているとの印象を持つ人も当然いるだろうが、ならば他にどういった現地の声が、どういった立場の人々から届いているのかを、筆者自身もぜひ知りたいと思う。
 情報源がシリア国営通信や『ロシア・トゥディ』ではお話にならないが。
 *上記事の著作権は[JBpress]に帰属します *リンクは来栖
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  オバマ大統領は米議会の承認を得た上でシリアを空爆すると発表した . . .
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