カブトビール屋

明治時代に半田赤レンガ建物で作っていた『カブトビール』の販売情報をお届けします

カブトビールの歴史の話 その参

2020年12月29日 | グルメ

 5番目の弱小ビールとして出発した『カブトビール』をメジャーにおしあげるきっかけとなった出来事があった。明治28年(1895年)京都で開かれた第4回勧業博覧会にアサヒビールと対抗してビアホールを出し十数人の芸者に赤襷(あかたすき)赤前掛(あかまえかけ)で宣伝させたところ、その宣伝ぶりを新聞が書きたてて評判になり醸造能力の3~4倍の注文が殺到する盛況となった。


カブトビールの歴史の話 その弐

2020年12月22日 | グルメ

 明治22年(1889年)5月 中埜酢店4代目・中埜又左衛門と敷島製パン(現パスコ)創業者・盛田善平らにより、「丸三ビール」と名づけられた瓶詰めビールが3,000本余り半田から初出荷された。 これが後に『カブトビール』となって暴れまわることとなるビールである。その後、昭和18年まで製造が続くこととなる。

 

 


カブトビールの歴史の話 その壱

2020年12月16日 | グルメ

 明治時代に、大都市をひかえた既存4大ビール(大阪のアサヒビール・横浜のキリンビール・東京のエビスビール・札幌のサッポロビール)に挑戦した一地方都市のビールがありました。そのビールが半田のカブトビール。今となっては幻のビールとなってしまいましたが、その工場は、半田赤レンガ建物として現存しており、半田の先人たちが、大ビールメーカーに立ち向かった心意気と、豊富な財力と技術力を有していたことを雄弁に物語っています。


ふるさと納税でカブトビールを!

2020年12月13日 | グルメ

  復刻カブトビールは、一人でも多くの方に「半田赤レンガ建物」を訪れていただければとの想いで赤煉瓦倶楽部半田が企画した商品です。その甲斐もあり「半田赤レンガ建物」は、リニューアルオープンを果たすことができました。
今日まで沢山の県外の方から、カブトビールが買いたいとのご要望をいただいてきましたが、「半田赤レンガ建物」に来てご購入下さいとお願いしてきました。
しかし、半田市外の方に朗報です。半田市のふるさと納税のお礼品に復刻カブトビールが採用されました。
 http://www.furusato-tax.jp/japan/prefecture/23205
是非、寄付目的は「半田赤レンガ建物に関する事業」でお願いいたします。


カブトビールを飲める店 その十弐

2020年12月07日 | グルメ

 カブトビールは、保存活動の機運が盛り上がるように『半田赤レンガ建物』へ一人でも多くのお客様に来場いただくために赤煉瓦倶楽部半田が企画した商品です。そのため『半田赤レンガ建物』の公開日以外で入手することはなかなかできません。しかし、『博物館明治村』(愛知県犬山市)にいけばいつでも明治時代のビールを復刻したカブトビールを飲めるようになりました。
博物館明治村で開催されていた「明治グルメ博」で汐留バーにて販売したところ大好評で引き続き通年販売していただけることになりました。幻のビールを味わいに是非明治村汐留バーにお出かけください。


カブトビールを飲める店 その十一

2020年12月02日 | グルメ

 カブトビールは、『半田赤レンガ建物』へ一人でも多くのお客様に来場いただくために赤煉瓦倶楽部半田が企画した商品です。そのため『半田赤レンガ建物』以外で入手することはなかなかできません。しかし、三重県にも一軒だけ、カブトビールを飲めるお店があります。

創業明治42年の老舗精肉店「豚捨」がそのお店です。豚捨は、大正初期に『カブトビヤホール西洋料理ぶた捨』としてスタートしました。その後、すき焼き旅館「若柳」へと変貌を遂げ、現在では伊勢肉のヒレを贅沢に炭火で焼くあみ焼のほか、しゃぶしゃぶもお召上がりいただけます。全室個室(和室・洋室 計10部屋)でごゆっくりお寛ぎ頂けます。また、市内にある支店のおかげ横丁豚捨や外宮前店では、コロッケや牛丼が人気です。是非お立ち寄りください。