消えゆく霧のごとく(クンちゃん山荘ほっちゃれ日記)   ほっちゃれ、とは、ほっちゃれ!

きらきら輝く相模湾。はるか東には房総半島の黒い連なり。同じようでいて、毎日変わる景色。きょうも穏やかな日でありますよう。

かつて中等学校生徒、女学校生徒、中学校生徒たりし諸君に寄せる!

2016年11月19日 11時05分15秒 | 日記
   透明な清潔な風 

 真鹿子さんが、「真鹿子の真鹿不思議歩記」ブログ
  http://blog.goo.ne.jp/1shunmugendai8/e/5d77e5e5acc5709e499fc3ff431a32ce
で繰り返し掲載されている詩があります。
 その詩は、私も、今を去ること五十余年前の中学校時代に、多大な影響を受けた故笛木隆先生、60年安保時代に東京教育大学に学んだ先生でしたが、から教えていただきました。
 いま読み返してみると、ずしりとした重みをもって胸に響いてくるものがあります。

 当時の私がまともにこの詩を受け止めていたら、もう少しちがった人生になったのかもしれません。

 真鹿子さん掲載のものをコピーさせていただき、行間は勝手な解釈で詰めさせていただきました。オリジナルは、八つの断章に分けられた形だったとのことです。


生徒諸君に寄せる  宮澤賢治


  中等学校生徒諸君


  諸君はこの颯爽たる

  諸君の未来圏から吹いて来る

  透明な清潔な風を感じないのか

  それは一つの送られた光線であり

  決せられた南の風である


  諸君はこの時代に強ひいられ率いられて

  奴隷のやうに忍従することを欲するか

  今日の歴史や地史の資料からのみ論ずるならば

  われらの祖先乃至はわれらに至るまで

  すべての信仰や特性は

  ただ誤解から生じたとさへ見え

  しかも科学はいまだに暗く

  われらに自殺と自棄のみをしか保証せぬ


  むしろ諸君よ

  更にあらたな正しい時代をつくれ


  諸君よ

  紺いろの地平線が膨らみ高まるときに

  諸君はその中に没することを欲するか


  じつに諸君は此の地平線に於ける

  あらゆる形の山嶽でなければならぬ

  宙宇は絶えずわれらによって変化する

  誰が誰よりどうだとか

  誰の仕事がどうしたとか

  そんなことを言ってゐるひまがあるか


  新たな詩人よ

  雲から光から嵐から

  透明なエネルギーを得て

  人と地球によるべき形を暗示せよ


  新しい時代のコペルニクスよ

  余りに重苦しい重力の法則から

  この銀河系を解き放て

  衝動のやうにさへ行われる

  すべての農業労働を

  冷たく透明な解析によって

  その藍いろの影といっしょに

  舞踏の範囲にまで高めよ



  新たな時代のマルクスよ

  これらの盲目な衝動から動く世界を

  素晴らしく美しい構成に変えよ


  新しい時代のダーヴヰンよ

  更に東洋風静観のキャレンジャーに載って

  銀河系空間の外にも至り

  透明に深く正しい地史と

  増訂された生物学をわれらに示せ


  おほよそ統計に従はば

  諸君のなかには少なくとも千人の天才がなければならぬ

  素質ある諸君はただにこれらを刻み出すべきである


  潮や風……

  あらゆる自然の力を用ひ尽くして

  諸君は新たな自然を形成するの努めねばならぬ


  ああ諸君はいま

  この颯爽たる諸君の未来圏から吹いて来る

  透明な清潔な風を感じないのか







    

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8 コメント

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人生とは・・・ (たか)
2016-11-19 19:42:27
人生の教訓を示唆した詩と見れば良いのでしょうか?
中学生の様な多感な時代は人生が解っている様で全く解っていない。
そんな時に原文では無く解りやすく説いて聞かせれば
何かを感じ、そして何かを得
これからの人生を努力と才能で掴み取っていけるのでしょうね。
今の私にとりましては、これからの人生
如何に満足して生きられるかが課題の様です。
生きるための仕事は終了し「これからは遊びが仕事だ」と
気持ちを切り替えて過ごしている毎日ですが
こんな人生が有ってもいいですよね。
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心のままに (柚木結羽)
2016-11-19 23:19:45
君たちの未来は限りなく輝いている
だからつまらない常識やしがらみに囚われるな
人と比べるなんて無駄なこと
君はただひとりの存在だから
重苦しい閉塞感から魂を解き放ち
輝く未来へ手をのばそう
光を風を全ての自然を宇宙までも
その体内に取り込み
心を解放するんだ
輝く未来は誰にでもあるのだから
さあ、風を光を感じ
君の未来に手をのばすんだ

今、私が感じたままに、心のままに…綴りました
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☆有り難うございます☆ (真鹿子(まかこ))
2016-11-20 11:37:08
izukun様、

こんにちは!

この度は誠に有り難う御座います。
改めまして御礼申し上げます。
また、お読み戴いております皆様に
深く感謝申し上げます。

宮澤賢治先生の詩は、
黙読もさることながら、
朗読がお薦めです☆

今後ともどうぞ宜しくお願い致します。



真鹿子 拝 
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今だからよくわかる? (izukun)
2016-11-20 21:44:02
たかさん

コメントをありがとうございました。

この詩は旧制中学の生徒を対象にしたものでしょうから、戦後のわれわれ新制中学生よりやや年上を想定したと思われます。少し、むずかしい。
それでなのか、私の恩師は、ご自分の解釈を含めて、われわれにこの詩を教えて下さったのです。

しかし、たかさんがおっしゃるように、中学ぐらいのガキはナマでして、なかなか自分にひきうつしてモノを考えない傾向が、昔も今もあると思います。
私も当時、「おれはおれだ。おれは、マルクスでもなく、コペルなんたらでもないが、詩人かもね」などとうそぶいていたような記憶があります。

それが、今になってすんなりと心にしみ通ってくるのですから不思議です。もしかして、賢治先生はそれをお見通しだったかもしれませんね。

少し離れた話ですが、前に中学時代に日光白根に登ったと書きました。
そのサマーキャンプは湯の湖に泊まり、2日目は白根登山など3コースに分かれる日程でした。
ところが、私のクラスではほとんどの男子が白根を希望。困った笛木先生は、希望者に学校のまわりを10周走らせ、中途棄権者は白根以外のコースに回れ、と指示したのでした。
ところが、2周遅れも出ましたが、脱落者は出ず、このクラスだけ、希望者は全員が白根に登ったのでした。

ながたらしい話になり、恐縮です。
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ここではもったいない! (izukun)
2016-11-20 21:59:08
柚木結羽さま

結羽ブログにこの記事関連の一本原稿をうpして下さったうえ、こちらにまで「こころのままに」をお寄せいただき、お礼の申しようもありません。ありがとうございました。

「こころのままに」は、賢治先生の趣旨にそった、現代中学生にもわかりやすい仕上がりになっていると感じました。

この過疎ブログのコメント欄ではいかにももったいないですから、是非、結羽ブログ記事の文末に追記なされるようお願い致します。では、また。

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唯一、ほめられた記憶 (izukun)
2016-11-20 22:35:09
真鹿子さま

コメント、ありがとうございました。

朗読がほんとに合いますね!
われわれは、「雨ニモマケズ」やこの「中等学校生徒諸君、諸君はこの颯爽たる」を朗読しました。なかには暗記した者もいて、みんなの尊敬のまなざしを受けたという記憶があります。

余談です。私はこの年まで、ホントほめられるということが異常に少ない人間なんですが、この笛木先生には一度だけえらくほめられたことがあります。それは…。

中3のときに合唱コンクールがあり、私が指揮でかなりがんばりました。
当時は子どもが多く、クラスはおよそ50人、学年16クラスもありました。ですから、クラスをまとめれば結構迫力あるコーラスになったのです。
課題曲は「ブナの森の葉隠れに」という歌いだしのなんちゃらという題名も忘れた次第ですが、よく出来上がったのでした。
あとで、音楽の教師がわざわざ笛木先生のところへ来て、「中学の無選別クラスであそこまでできるのか」と感心していた、とめずらしくおほめいただいたことでした。

なんで音楽のほうへ行かなかった、かですって?
それは、たかさんへのコメントに書きましたように、
「詩人」だったからです!?
では、また。
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Unknown (流浪の民)
2016-11-23 02:14:41
いつもコメントありがとうございます。

よきアドバイス感謝しております。

その合唱曲は「流浪の民」です。

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いろんな思い出が… (izukun)
2016-11-23 12:44:07
流浪の民さま

曲名、ありがとうございました。
この関係で新記事を書いてみました。
ずいぶん古い話ですが、書いているといろんなことが次々と思い出されてきました。

コメント、ありがとうございました。
何もありませんが、またおいでくださるとうれしいです。
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