12月27日
羽生選手がぐっと身近に感じられるようになったのは、やはり、実家に帰ってから。
帰って早々、トモちゃんが風邪で入院、治った直後に怪我をして、自宅で半年の治療がはじまり。それをきっかけに認知症と要介護の認定を受けて、なんやかんやと立て続けにありました。
それが、羽生選手の「中国杯でのアクシデント」と重なって、あれよあれよという間に引き込まれ、
気が付けば、羽生選手が「心の支え」状態です。
帰って最初の年、5月の仙台市での凱旋パレードや園遊会の映像をふむふむと眺めていたもんですが(懐かしい)、6月の、NHKの「花は咲く」を観てから、一気に「落ちた」ました。フィギュアスケートの演技を観て、生まれて初めて涙を流しました。
あんなに感動したのは初めてです。
それからグランプリシリーズの中国杯で「完落ち」しました。
ですから、スケオタ暦は長いのですけど、「ハニュオタ暦」は短いのでちょっと後ろめたーい気持ちでいっぱいなんです。
もともとバレエが大好きだったので美しいものへの憧れが強かったんですが、フィギュアスケートは、高1か2ぐらいの頃。テレビで見てから。
今思うとツイズルですね、女性スケーターの。
ツルツルツルウーッと氷の上を流れるように滑りながらこちらに向かってくる。
ちょっとイナバウアーも入ってたかも。それがあまりに美しくて、なんて綺麗なんだろうと、心を奪われてしまいました。
前にも書きましたが、
羽生選手に惹かれる理由は、彼の精神ともいうべき、その戦い方にあります。
試合にかける切実感がはんぱないところです。絶えず死と向き合っている気がします。
そのハンパのなさが、怖さとともに惹きつけてやまないのです。
それは演技の上で、限りない強靭さと柔らかさ、高度な技術と表現力という、相反するものの融合となって「出現」します。
まるで天使と悪魔、修羅と菩薩が融合したような、天地一体となって和合するかのごとき、至福の歓喜をもたらすのです。
だから、他の追随を許さぬところに彼は立っているし立ち続けているのでしょう。
さらに、演技以外のもっと一般的なところで、彼のすごいところは、
私にはほとんど欠如している、地域愛。近所になじめない私には神の領域。
これも私には欠如している、つなぐ力。
縁を切りたいと思ってばかりいる私には、脅威の「縁結び力」
さらに、もっとも私に欠如している感謝の心。あらゆるものに感謝してやまない彼の感謝力。
態度で見習い、演技で驚嘆し、彼の引き起こす「アクシデント」に一喜一憂して、またたく間に一年が過ぎてゆきます。
明日は、トモちゃんの誕生日。
83歳になります。
天皇陛下とほとんど一緒です(笑)
お体の回復と今後の試合と皆様の幸運を祈念して。素敵な羽生選手をお送りします。
みなさまも、おしあわせになれますように。
(RIKOさまの動画をGIFされたベルサイユのメグさまのブログより借用させていただきました。ごめんなさい あんまり素敵なので拡散させてね)
本日もお読みいただきありがとうございました。よいお年をお迎えください。