因幡屋ぶろぐ

劇評かわら版「因幡屋通信」主宰
宮本起代子による幸せの観劇記録。
舞台の印象をより的確により豊かに記せますよう・・・

こまつ座第九十八回公演『芭蕉通夜舟』

2012-08-29 | 舞台

*井上ひさし作 鵜山仁演出 公式サイトはこちら 紀伊國屋サザンシアター 9月2日まで(1,2,3,4,5,6,7,8,9,10,11)
 こまつ座でははじめての上演になるそうである。まったくのひとり芝居ではなく、黒衣姿の4人の俳優が朗唱やさまざまな役、大道具や小道具の移動も兼ねる作りだ。しかも冒頭、「わたしは芭蕉、を演じます坂東三津五郎です」とご本人が素で挨拶して作品の構造について観客に解説する場面があり、同じ井上ひさしの『化粧二幕』にくらべると、ずっとくだけた印象である。
 初演は小沢昭一へのあて書きで、そう言われると「俳聖・芭蕉」がにわかに庶民的なイメージをもちはじめるが、今回主演する坂東三津五郎は舞台の立ち姿はじめ、お辞儀の所作などが惚れぼれするほど美しく、折り目正しく文芸の香り高い芭蕉像を示した。
 また前述の黒衣の朗唱役4人は歌舞伎会から坂東八大、坂東三久太郎、文学座から櫻井章喜、林田一高の、いわば混合チームなのだが、台詞、所作ともに主演の三津五郎に負けず劣らず気持ちの良い端正な演技であった。

 芭蕉の青年期から死後までの36景を歌仙形式で連続して描く形式のためか、残念ながら途中何度か集中が途切れてしまった。芭蕉のなきがらを乗せた通夜舟が淀川を上がる終景では、三津五郎が俳句をたしなむ船頭を演じる。船頭は船をこぎながら句作について得々と話すのだが、それが生前芭蕉が懸命に求め、伝えようとしたあれこれがあっけないほど下世話に単純化されてしまっているのだ。ここであともう少し何かを待っていたのだが、実に皮肉な余韻をもって幕を閉じた。

 坂東三津五郎は地味なようで華やか、小柄な人なのに重厚なところがあって、これはやはり歌舞伎という伝統芸能の血脈の中で培われたものであろうが、くさみのない柔軟な演技は大変魅力的であり、歌舞伎だけでなくいろいろな舞台に出演してほしい。そして願わくは、今回の舞台に刺激をうけた誰かが、いつの日か芭蕉を演じ継いでいきますように。

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