墓地と墓は、人間、最後の空間だ。西山先生も『住み方の記』で最後に自らの墓のことを語っている。私も自分(達)の墓をどうするか、考えていきたいが、参考に今までに訪れた墓地と墓のことを「ぼちぼち」語っていきたい。7月14日は「巴里祭」、フランス革命記念日であった。それで思い出したのだが、私が初めてパリに行ったのは1974年であった。国土研で木村春彦先生を団長に富山和子さん、富樫君(大阪市大、当時)らと行った。その時に、ペール・ラシェーズ墓地にも行った。パリの東の方に位置している。何故ここに行ったかと言えば「パリコミューン」の戦士の墓があるからだ。塀を背景に戦士が銃殺された現場もあり、血痕の跡の説明もあった。革命とは壮絶なものだ、と思ったのである。
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