最近、久しぶりに森嶋通夫著『なぜ日本は没落するか』(岩波1999年3月刊)を再読した。森嶋さんは京大経済学部卒、阪大を経てLSE教授、日本の文化勲章受章、2004年没、享年79歳。近代経済学者。数理経済学専攻、マルクス理論を数理化した功績がある。私が1982年にLSEに「留学」した時、世話になった。
http://blog.goo.ne.jp/in0626/e/8f2b115044188f4d32e5c583125ebada
今回の選挙での民主党の「勝利」を、森嶋さんが生きていたら何と言うだろうか。「日本は政治的イノベーションを行わなければ没落する」「その一つのイノベーションは、東北アジア共同体である。」と森嶋は当時言っているからである。
今回、民主党も「東アジア共同体」を言っているが、恐らく森嶋のアイデアが一つの源となっているのではないか。
ところで、この本は、色々な論点を含んでいて、一挙に理解しがたいところもあるが、総体として読んでいて「知的興奮」を覚えた。
今回、最後の「付記 社会科学の暗黒分野」を一部引用してみる。
「・・・以上に見たように、利他心の基本要素が重要な役割を演じている社会分野、すなわち政界、宗教界、思想界の中で、第二分野の宗教界の裾野には疑似宗教という暗黒部分がある。同様に、第一分野である政界にも、思想も素性もはっきりしない多くの政治屋が巣食っている。彼らの多くは暴力団とも関係を持っている。すなわち政界もまた裾野は暗黒に覆われているのである。さらに第三分野の思想界の動きを解明する「思想界の社会学」は全く未発達である。このように人間性の利他的基本要素が主役を演じる社会分野の学問的究明は十分に行われていないといわねばならない。・・・」
「・・・いずれにせよ経済以外の領域、政界、宗教界、思想界の分野では合理的行動を仮定できない上に暗黒街の主役ー暴力団、マフィア、新「新宗教」の教祖たち、元軍人、スパイ等、そしてアメリカの場合には秘密義勇部隊すらーが大きな役割を演じているという事実がある。彼らの行動を説明する原理をまだ何も持っていない以上、社会科学は大切な部分を欠いていると言わねばならない。現段階の社会理論では、テロリズム、クーデター、レボリューションは天災のような突発事故とみなす他ないのである。
暗黒部分を明るくするには、まずわれわれは暗黒部分に起こった各事件ごとに歴史的な研究を行わねばならない。国際的な問題の場合には、関係諸国の研究結果を突き合わせて、・・・共同理解に達する努力をする必要がある。こういう研究を同種の問題について幾つも積み上げた後に、それらに共通する経験法則が見つけられる。その後に、暗黒分野を動かしている行動原則ー人間はどういう動機で自分の利益ではなく全体のために行動するのかを説明する原則ーが徐々に明瞭になってくるだろう。その時同時に、全体の為ということの多くが、実は自分のためのものであったことが判明するかもしれない。またそれは、真に全体のためにする行動がいかに貧弱であるかを、私たちに解らせるかも知れない。
このような問題解明の仕方は正攻法であるが、長い時間のかかるプロセスであることも確かである。だから将来長期にわたって社会科学の暗黒部分はなくならない。
日本の悲劇は政界も、宗教界もともに非力であるばかりでなく、それらが説明できない暗黒帯でがんじがらめにされていることにある。日本社会には社会科学者が放置している不良資産が山とあるのだ。」
日本の政界では、今度の選挙で21世紀に入って初めての「イノベーション」が起こったのではないかと思うけれど、以上の「森嶋遺言」は、21世紀を通じての社会科学全体の大きな課題群を示しているに違いない。