西村一朗の地域居住談義

住居・住環境の工夫や課題そして興味あることの談義

パリへのまなざしー100年前と現在ー

2015-11-20 | 旅はたびたび

最近、翻訳(改訳ー鹿島出版会刊)した100年前の1915年に原書発刊の『進化する都市』で、著者パトリック・ゲデス(スコットランド生まれのイギリス人)は第八章 市民権を得るための旅行とその教訓 において、

「・・・30年の間、知人であるスコットランドやロンドンの学生を、その専門の必要に応じて外国へ行くよう、また大陸やその他の立派な大学へ行くよう熱心に勧めてきた。またそのなかでもパリへ行くよう勧めてきた。なぜ特にパリを推薦してきたのか。それは、何よりまず、学生たちがその大学や町の雰囲気、それはもっとも鋭く、もっとも明るく、もっとも知的で、もっとも勉学的で、もっとも生産的な雰囲気であり、それによって覚醒させられ、教化されるからである。まず専門家として、もちろん一般的知識人として、あるいはまた一般的文化人としても、その詩や劇などの芸術とか、芸術作品の批評や洗練された意見交換とか、そして社会に先んじてこれらすべてのための場所と、必要とするものを備えていることなどのすばらしさに鋭敏に対応する人となるためである。しかしすべてのこれらの理由を超越し、学生は―道徳的に教化されるため―パリに行くべきなのであって、それは次の二つの理由による。

第一に欠点や汚点を持ってはいるが―それらは数も多く、量も少なくないが―全体としては、最高で、最も共同意識を持ち、もっとも社会的であり、もちろんもっとも文明的である大都市(パリ)住民に、いつも接触できるからである。第二には、1870年から71年にかけての、あの物凄い事件の数々(訳注:パリ・コミューンなど)によって奮起させられ、苦悩に満ちた坩堝(るつぼ)のなかで鍛えられたため、わが国(訳注:イギリス)のような平和で、それだけ覚醒の遅れた国においては知られていない能力を、強烈な純粋さを保ちつつ、持続的に緊張させ、そのまま発展させてきた人格に直接接触したり、刺激を受けたりすることによって、今でもほんの2,3年の間に、非常にまれな経験を得ることができるからである。・・・(182頁~183頁)」と言っている。

さて、現在、ゲデスが生きていたら何と言うだろうか。(パリッとしていたパリのイメージがバリバリと崩れていくのだろうか。)この本によって100年前の一イギリス文化人の捉え方もみていきたい。

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