のんきいきいき So(走) Happy! -櫻庭健一の日記-

いつも笑顔と感謝を忘れずに
甘っちょろいと言われても希望を捨てず生きる
過去の少しの試練はそれで乗り越えたのだから

午前10時20分には晴れるはずなのだが・・・

2016年09月15日 07時52分17秒 | Weblog
今朝起きてまずしたこと。
今日の始まりにふさわしいこと。

そしていつもより念入りなトイレ掃除が始まりました。
これからの私の人生、これが原風景のようなものになるのだろうな。

大晦日、トイレ掃除をしながら年越しを迎えた母を笑っていた頃があった。
ほんとうに私は浅はかであった。
母の真骨頂、価値を知らなかったのだ。

シモの世話。
母と父の介護でそれは避けられないことであった。
そして私はトイレ掃除が如何にたいせつなことであるかを心と身体で知ったのであった。

これは習慣にしたいな。
ずっとずっと。
今より良い生活ができるようになっても、この原点は忘れずにいたい。

若かりし頃、私は順調であるが故に道を踏み外した。
勘違い、一言で片付ければそうなる。
そして二十歳、統合失調症発病、精神病院への入院、長い長いトンネル。
今52歳、薬も止めることができた。
どんなに調子が良くなったとしてもね。
「心の病が完治しました」なんて、医師は簡単に言えるものではない。
「いろんな例」を見てきたからさ。
言わない医師の感覚が当たり前であることもわかる。
医師、病院スタッフ、一番苦しかった頃の私を支えてくれた人たち。
感謝があっても恨みなどあるはずがない。

そして母と父。
二十歳で発病した私を文句ひとつ言わず支え続けた。
心の病に対する差別、偏見は今の比ではなかった。
二十代三十代の一見健康そうな男子、息子が働かずに家にいる。
私も辛かったが両親も相当辛かったはずである。
それでも私を物心両面で支えてくれた、心から愛してくれた。

父は引き時を誤った。
私を支えなくてはならない。
小さな会社の社長だった父。
のんびりしたいと公言していた年齢を過ぎても働き続けた。
それを支えた母もしかりである。

自分が好調になって。
そしてその絶妙のタイミングで、ふたりの衰えが始まって。
認知症やら何やら。
そりゃあ愉快なことばかりではなかった。
いろいろあったけれどさ。
介護を投げ出す。
その選択肢だけは一度も浮かばなかったな。

普通の親子より圧倒的に濃密な日々時間を過ごしてしまった。
皆さん全員に理解して頂くことは難しいかもしれないけれど。
格好付けているわけでもなく。
これが私たち親子の自然な姿、選択だったのです。

三年前の今日、平成25年9月15日(日)午前10時20分、母。
今年、6月5日(日)午前10時34分、父。
心から愛するふたりを無事見送ることができた。
「親子の順番」を間違えるのが最大の親不孝。
ふたりの口癖を危惧を、ちゃんと受け止めることができました。

今日、仲良くふたりが眠る場所へお墓参りに行く。
スーパー晴れ女の母、また晴れさせてくれるのかな?
そして・・・
何かが始まるのかな?)^o^(

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