のんきいきいき So(走) Happy! -櫻庭健一の日記-

いつも笑顔と感謝を忘れずに
甘っちょろいと言われても希望を捨てず生きる
過去の少しの試練はそれで乗り越えたのだから

ま、こんなもんだな。

2016年09月18日 17時07分54秒 | Weblog
母の三周忌で墓前でお願いした翌日だから当たる。
そんな甘いもんではないわな。
一昨日着信のメール。
平成29年2月19日(日)、東京マラソン、落選であります。

組み直さないとな。
ってか、都合よく考えて、新しいレース予定を入れられるってことですよ。

今年いっぱいは、「働く」「自ら稼ぐ」ということに関して積極的に動かないことにしました。
怠け者、亡くなっても親のすねかじり、どう取られても仕方がないです。
それも一面の事実だし、反論はしません。
どんな事情があるにせよ、第三者から見たら知ったこっちゃないでしょう。(^^;)

ってなわけで年内は、心身の健康・生活・環境・等々
それらを整えることに集中することにします。
具体的には「走ること」そこに注力するってことです。
この世から居なくなっても、残した息子に半年はそういう「贅沢」ができる「基盤」を残してくれた両親にはほんとうに感謝するしかありません。

心身の健康は人生の基本。
大きなことをやる前に、そして言う前に。
土台はしっかりしておかないとね。

自分の前には鏡がある。
自分を映す鏡がある。
介護やら何やらに明け暮れたこの三年で学んだことを活かしましょう。

ちゃんとした結果を得たいなら、まず自分がちゃんとした人間にならないとね。
これも「目に見える形」だけじゃない。
まず、人間として誠実に、ってこと。
人生に誠実に向き合わないで何かを得ようとするのはムシが良すぎる。
五十を過ぎてやっと実感として知ることができましたから。

何だかんだ理屈こねて。
結局お前当分働かないで好きなことをして遊んで過ごすってことじゃん。
そう言われてしまえばそれはまさに「正論」で、私は返す言葉を失ってしまいますけれどね。

図々しくも「そろそろ人生真ん中あたり」それくらいの感覚、意気でいます。
まだまだ長居この先の人生。
その基盤整備のために自分と向き合う時間。
そう考えれば三ヶ月半は滅茶苦茶長い時間ではないです。

父も母もわかってくれるだろう。
何だかんだで約五十年一緒に過ごした仲。
あの世の人と話す特殊な能力は持っていないけれど、こういう状況で彼らならどう考えるか、どんなアドバイスをくれるかの脳内シミュレーションで話し合いましたからね。

さ、そう(走と書く?)と決めたら、さっさと切り替えていきましょ!(^○^)
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午前10時20分には晴れるはずなのだが・・・

2016年09月15日 07時52分17秒 | Weblog
今朝起きてまずしたこと。
今日の始まりにふさわしいこと。

そしていつもより念入りなトイレ掃除が始まりました。
これからの私の人生、これが原風景のようなものになるのだろうな。

大晦日、トイレ掃除をしながら年越しを迎えた母を笑っていた頃があった。
ほんとうに私は浅はかであった。
母の真骨頂、価値を知らなかったのだ。

シモの世話。
母と父の介護でそれは避けられないことであった。
そして私はトイレ掃除が如何にたいせつなことであるかを心と身体で知ったのであった。

これは習慣にしたいな。
ずっとずっと。
今より良い生活ができるようになっても、この原点は忘れずにいたい。

若かりし頃、私は順調であるが故に道を踏み外した。
勘違い、一言で片付ければそうなる。
そして二十歳、統合失調症発病、精神病院への入院、長い長いトンネル。
今52歳、薬も止めることができた。
どんなに調子が良くなったとしてもね。
「心の病が完治しました」なんて、医師は簡単に言えるものではない。
「いろんな例」を見てきたからさ。
言わない医師の感覚が当たり前であることもわかる。
医師、病院スタッフ、一番苦しかった頃の私を支えてくれた人たち。
感謝があっても恨みなどあるはずがない。

そして母と父。
二十歳で発病した私を文句ひとつ言わず支え続けた。
心の病に対する差別、偏見は今の比ではなかった。
二十代三十代の一見健康そうな男子、息子が働かずに家にいる。
私も辛かったが両親も相当辛かったはずである。
それでも私を物心両面で支えてくれた、心から愛してくれた。

父は引き時を誤った。
私を支えなくてはならない。
小さな会社の社長だった父。
のんびりしたいと公言していた年齢を過ぎても働き続けた。
それを支えた母もしかりである。

自分が好調になって。
そしてその絶妙のタイミングで、ふたりの衰えが始まって。
認知症やら何やら。
そりゃあ愉快なことばかりではなかった。
いろいろあったけれどさ。
介護を投げ出す。
その選択肢だけは一度も浮かばなかったな。

普通の親子より圧倒的に濃密な日々時間を過ごしてしまった。
皆さん全員に理解して頂くことは難しいかもしれないけれど。
格好付けているわけでもなく。
これが私たち親子の自然な姿、選択だったのです。

三年前の今日、平成25年9月15日(日)午前10時20分、母。
今年、6月5日(日)午前10時34分、父。
心から愛するふたりを無事見送ることができた。
「親子の順番」を間違えるのが最大の親不孝。
ふたりの口癖を危惧を、ちゃんと受け止めることができました。

今日、仲良くふたりが眠る場所へお墓参りに行く。
スーパー晴れ女の母、また晴れさせてくれるのかな?
そして・・・
何かが始まるのかな?)^o^(
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待ちモノ来たらず

2016年09月11日 16時26分24秒 | Weblog
朝から、良い出だしではなかった。
走ろうと決めていたのに、さすがに心が折れる本降り。
楽しみにしていたことを楽しむために。
それで走って風邪を惹いたら馬鹿らしいものね。
予定していた朝ランは中止。
目出度くそれくらいのことは考えられる大人になりました。

そしてもうひとつ、今日。
待てども待てども待ちモノ来たらず、であります。
一昨日、待っていたあるモノが某所から発送されたという情報。
日本郵便利用で速達、ゆうパック等でなければ到着は平日、週末をまたいで月曜日になる。
それくらいの常識はあります。

でもね。
わかんないじゃないですか。
ガキの頃なら、郵便物の発送といえば例外なく郵便局の仕事。
そう考えることが出来たわけですが。
時代は変わった。
土日にポストに投げ込まれるのは新聞とポスティングだけ。
そんな時代ではないからねえ。

部屋の片付けをしながら、この土日、ウキウキワクワク待っていたわけですが。
結局着きませんでした。
さっきポストにそれらしい何かが入っていると「おっ!」って出してみたら、要らん通販のカタログ。

こんなもんですな。
つまり到着は明日以降。
新しいおもちゃのお預けを食らった子ども。
そんな52歳・・・(苦笑)
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母愛用の鏡台、人生における鏡の存在。はい、ブログを再開します!

2016年09月10日 17時43分54秒 | Weblog
人生いろいろ。
はい、そりゃ生きていればいろいろあります。
ここんところ、私の身の回りに起きた出来事。
いっぱいありすぎて、一回のブログ記事で書ききれるものではありません。
ぶつかるときには、こんなもんですな。

父を見送ったこと。
私自身のこと。
そして先日、母と父の骨箱が仲良く並んで収まった風景を見届けたこと。

引っくるめて貴重な経験でした。
(この私が)声を出して泣いたこともありました。
今、笑顔です。

学んだこと。
その中の一番。
鏡です。
人生における鏡の存在。

人の前には鏡がある。
自分の生き方、人生を映し出す鏡がある。
自分の言ったこと、やったこと。
都合の良いことも悪いことも全て跳ね返ってくるのだと。

そりゃ父は我が儘放題の人でした。
良くも悪くも社長さん体質。
自分のやりたいことだけをやる。
人の指図を極端に嫌う。
晩年を迎え、認知症が進み、それは顕著になった。

最終的に介護する立場として「たいへんなこと」になりましたけれど。
嫌なこと、辛いこと、まったくなかったと言えば大嘘になります。
なんたって私、凡人ですから。
大人のシモの世話、ウ○コが手や衣服、凄いときには顔に付いたりした。
そりゃずっと平静でなんかいられなかったです。

それでもね。
この介護をほっぽり出そうという考えだけは一度も浮かばなかった。
施設は利用しましたよ。
全部抱え込んだら、介護する方が潰れてしまいますから。
それでも基本は自宅だった。
夜は住み慣れた自宅の部屋の布団で過ごした。

まもなく自宅で母を看取ってから三年になる。
そして6月5日に父を見送って。
救急搬送された二日前まで、基本は自宅で過ごさせてあげて。
その前日まで晩酌を欠かさなかった。

父の前にも鏡があったのです。
我が儘放題、チョー自己中。
悪口を書けばそういうことになる。
それでも家族を、私をちゃんと愛してくれた。
心から家族に、両親に愛された記憶。
私とちゃんと向き合ってくれた母だから、父だから。
最終的に認知症がどうなろうが、見捨てられることはなかった。
そう、父の前にも、父の人生を映す鏡があった。
それが私の原動力になったのですよ。

はい、今日から長くお休みしていたブログを再開します。
こんな感じで書こうと思えばいくらでも書けますから。
今日はこれくらいにしておきます。
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明日、始発列車に乗って・・・←映画のタイトルみたい!

2016年06月11日 23時22分41秒 | Weblog
では明日
平成28年6月12日(日)
始発列車に乗っていってまいります。
もう帰らないかもしれません。

い、いや・・・
嘘です。
信じてしまいそうな人が多いので、今回のジョークにはフォローが必要。

走り終えて、お疲れ様ご褒美旅行へ行こう、もとい移行。
よって明日は帰らないってこと、それだけです。
だから・・・心配しないでー!

いやあ、説明しなくちゃならないジョークって・・・(苦笑)

稲取キンメマラソンhttp://izufull.com/kinme/
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父の死、そして・・・

2016年06月10日 19時19分37秒 | Weblog
昨日、無事、父の葬儀を終えることができました。
喪主として、その中心に立つことができた。
参列してくださった方に言われて一番嬉しかった言葉
「いいお葬式でした」
それはお世辞ではない、ピンとくる感性は持っていますよ。

一夜明けて、一日を過ごして。
初めての真の意味でのわが家の中での独りぼっち。
親戚、最も近い身内の姉一家。
例外なく別れるときにものすげー不安そうな表情になる。
言葉にださない、大丈夫?ってね。

信用はちゃんとされている。
小説や映画、ドラマ。
こんなときにありがちな、人生最悪で極端な行動。(←なんだかわかるよね)
何があっても、私だけでなく周囲をどん底に突き落とすそれには決して走らない。
参列者全員から私がそういう人間である信用はちゃんと得ている。
そこをひとりでも信用してくれない人がいるなら、この一週間で何よりのがっかり。
私の日々の言葉や行動、それが嘘とならず皆に伝わっていたことが何より嬉しかったですね。
そもそもそこのところの信用がなかったら、姉は一瞬たりとも私を監視なしの独りぼっちにしないでしょうから。

元気になりました。
別にカラ元気ではないですよ。
心から愛する父親、私を愛してくれた父親。
葬儀の翌日に無理をするわけでもなくニコニコしている。
とてもレアなケースなのでしょうけれど。

よかったです。
一昨年の四月末が始まり。
母が脳梗塞で倒れてから約三年。
ははを自宅で看取って、それからは衰えていく父を自宅でサポートする。
仕事をしないでそれに集中した生活。
やりきった、手を抜いたなんて誰にも言わせない。
シモの世話、私自身の睡眠サイクル、その他諸諸の生活状況。
最終的にとんでもないことになったわけですけれども。
三年前の父ならあり得ない「ありがとう」ってセリフを私の目を真っ直ぐ見て言ってくれて。

皆さんは想像できないでしょうけれどね。
「いつも笑顔」とこの私が一回だけワーッと泣きました。
けれどそれは父の死や介護そのものによるものじゃなかった。
そこに関する後悔、一切なかった。
やりきったという自負。
救急搬送の前日まで晩酌を欠かさなかった。
意識を失って、つねろうが何をしようが痛みを感じない。
姉と私、姉の子どもたち。
生きている間に全員が対面した。
そして二日後、私が手を握って、病院スタッフが気を利かして、部外者が誰も居ない個室で、心電図フラットを私が確認。
今しかないでしょ!と姪っ子にお願い。
父と私と母の写真、お酒その他の大好物。
それを全部入れた記念写真を私の満面の笑顔とVサインでハイチーズ。
テーブルには花瓶に挿した庭の紫陽花。

最高に幸せな死に方なんて言うと語弊があるのかもしれないけれど。
88歳。
少なくとも不幸な人生の仕舞い方ではなかった。

今日、外せなかったスケジュール。
お花屋さんに挨拶、お礼に行った。
わが家の花はいつもそこで買っていた。
亡くなって自宅に安置して、いわゆる枕花をお願いして。
父の写真といつもの私のイメージでと。
そのお花屋さんの中でも一番私が信頼していた人がアレンジメントを担当してくれて。
感動ものの作品になった。
骨になって自宅に帰ってきて。
葬儀社の用意したものと含めて仏壇と骨箱の周りは花でいっぱい。
うーん・・・できればその風景を生で見て欲しいなあ。
父も母も絶対喜ぶし。
ダメもとで遠慮した表現を心がけて意思だけ伝えて。
どうなるか、あとはわかりません。

同時に鉢植えを買った。
この日の記念に。
冬を越して数年は持つ、この季節に花を咲かす。
その条件でプロの視点で候補を出してもらって最終的に私に選ばせてくれた。

そして明後日平成28年6月12日(日)
お父さん、せっかくだから行ってこいと気を利かせてくれたのかな?
うん、行ってくるね!

稲取キンメマラソンhttp://izufull.com/kinme/

【今日の写真】
それがこれです。
ほんと、みんなみんな、ありがとう!
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父永眠

2016年06月07日 03時40分51秒 | Weblog
一昨日平成28年6月5日(日)午前10時34分
父 櫻庭康男
永眠いたしました

報告が遅れてしまったことを皆さんにお詫びいたします。

葬送は身内のみの家族葬で執り行います。
皆様からは「気持ち」がなによりも嬉しい。身内からの供花も遠慮しているような規模ですので、その点ご考慮いただけるとありがたいです。

私たち親子を支えてくださった方々に心より。
ありがとうございます。
これからもよろしくお願いいたします。
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お日さま半分、夏みかん。

2016年06月02日 21時04分36秒 | Weblog
うーん、なんか文学的表現。
素敵~~
って、自分で言うか!

晴天の一日でした。
最近の習慣通り、目覚ましをかけないで寝て。
二回ほど、徘徊センサーで起きて「いろいろ作業」して。
それでも普通に朝早く目覚めて起きられて。

今日やりたいこと、やると決めていたことがちゃんとあった。
まず一発目、走る予定でした。
こんな調子のいい日に走らない手はない。

が、天気予報をチェックして。
今日の過ごし方、計画は大幅変更です。
一日中、鉄板で快晴、プラス西高東低の気圧配置で空気は乾燥。
今日やるべきことは、昨日までに決めていた計画をこなすことじゃない。
今日じゃなきゃできないことがある。
そっちが優先だ。

こういう考え方ができるようになった。
計画することはたいせつ。
計画通りに実行することはもっとたいせつ。
けれど立てた計画に縛られて「臨機応変」を忘れたら・・・

今日やると決めていたこと。
私の人生にとって大事なことだった。
やりたいこと、やるべきことであった。
しかしそれは今日でなくてもできること。
急に割り込んできたことだけれど、同じくたいせつで、今日じゃなくちゃできないこと。
今日はそっちを優先しなくちゃ。
事前の計画は「潰す」わけではない。
無期限の先送りではなく、またちゃんと計画に入れて実行すればいい。
要は「人生の優先順位」を間違えちゃいけないってことだよな。

起きてそこまで決めて。
今日やることの下準備。
そして日が昇り【今日の写真】
20160602お日さま半分、夏みかん。

ハイ、急に割り込んできた、今日やるべきこと、今日じゃなきゃできないこと。
寝具や衣類をまとめて洗濯、布団干し、家中に風を通して、整理・掃除。
晴天で湿気が少ない日じゃなきゃできないこと。
そういうことであります。

こんな感じになりました。
20160602快晴で洗濯三昧

父がデイサービスから帰ってくる前にやれるだけのことをやっつけて。
そして父帰還。
デイサービスからの報告、寝て休んでいる時間が多かったとのこと。
お風呂はスタンバイしていたけれど。
座った途端に「食べて寝る」と宣言する父。
なんとなく元気がない、首筋も少し熱を持っている。
清潔にこだわって。
お風呂に入ってぶっ倒れる。
そんなことになったらまさに本末転倒だものね。

ハイリスクローリターンのかけに突っ走ることはない。
今日、今やるべきは入浴誘導ではないよな。
こちらも方針転換、素早く夕食セット、一緒に夕食。
食べるペースが速い。
あっという間に食べ終わって。
そして「寝る」と宣言して布団へ。

食事中に寝る部屋の雨戸は閉めて、部屋を夜モードにしておいた。
こちらも総合的に判断してのことだ。
父、布団に入る、ばたんきゅー、文字通りそんな感じだった。
安心。やはり選択は正しかったのです。
消灯、午後4時35分。
十年前の父、小さい会社の経営者としてなら大問題ではあるが。
今の父に「一般的な社会人」の常識を押しつけて生活してもらってもまったく意味はない。

そして今、これを書いている。
何だかんだで楽しかった。
家中がサッパリして、とても良い気分。
うん、早めに寝て、余程のことがない限り明日こそ走ることにしよう。
ハイ、今日も明日も、ずっとずっと。
いつも通り、いつも笑顔と感謝を忘れずに生きる。
それでいい、そんな普通の、普段通りの生活を続ける。
そんな人生こそ最高だ!

--------

てなことを書いてアップしようとした寸前。
父が起きた。
「いろんなお世話」が発生。
「大きいほうも含む」であった。
たとえばトイレ以外の床とか私の衣類とか。
本来「そういうもの」で汚れないほうがいい場所には一切被害はなかったのだけれど。
入浴せずに、夕飯を食ってソッコーで寝た。
そこで起きる可能性を考えておかなければならなかったこと。
時間が経過して、すでに「乾いている」状態であった。
父のデリケートな部分を拭き取る作業ひとつとっても「少しの困難」を伴った。
床や私自身が汚れるのとはまた別の意味で「手間や時間」がかかる作業になりました。

まあ、良かったんじゃないでしょうか。
『「人生の優先順位」を間違えちゃいけない』
って話をした日の締めくくりとしては。
今やらなきゃならないことを優先してちゃんとやった。
そういうことですから。

そして、今日、洗濯掃除三昧で忙殺されて抜け落ちてしまった、日課のトイレ掃除をちゃんとやって一日を終えることができた。
一日窓を開け放っていただけあって、床を拭いたらホコリで結構汚れていた。
トイレ掃除は心を綺麗にする。
ここ数年で知ることができた貴重な私にとっての真理。
布団に入る時間は当初の予定よりだいぶ遅くなってしまったけれど、これで気持ちよく一日を終えられる。

が、何だかんだの作業中。
結構、早めの対応が必要な姉からのメールに気付かずスルーしてしまったよ。
ゴメンゴメン~~~
いろんなこと、プラスとマイナスのことがある意味バランス良くアンバランスに起きる。
やっぱりこれこそが人生だなあ~(^^;)

--------

最後に書いたことの写真は割愛。
さすがに品格あるブログ(?!)Webでの公開には耐えられない映像なので。
ってか、そんな世界ですから写真そのものも撮っていないので。(苦笑)
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ケンタくんにて。いつもながら撮るタイミングを間違えていますな。(苦笑)

2016年06月01日 20時08分37秒 | Weblog
今日は父の認知症外来通院日。
デイサービスの送り迎え付き。
こういうサポートもほんとうにありがたい。

今日はテストケース、そういう対応をひとつしてみた。
起きてからずっと父に「病院」「通院」「診察」というキーワードを出さない。
何も言わずにいつも通りデイサービスの車に乗って。
そして着く先が病院。
悪い言葉を使えば「だまし討ち」である。

チャレンジの理由はある。
そういうキーワードを出したとき。
最近は表情が曇るような感覚があった。
そこへ行っても愉快なことは何ひとつ起きない。
当然と言えば当然の感覚だ。

今日ためしてみて。
「騙された」という表情は感じなかったけれど。
「あれ??」の戸惑いは見て取れた。
続けたときどう転がるか。
後数回は見定めないとね。

帰り、駅の近くで私だけ車から降ろしてもらって父はそのままデイサービスへ。
少々の空腹を感じる。
まずは今日のメインのタンパク質補給だ。
駅のケンタくんへ。
で、【今日の写真】となる。

まだ正午までは間があったから「持ち帰りで」と告げた上でね。
一番安くボリュームある補給を。
それで選んだセットメニューをレジでお願いする。
付け合わせを選べるとのこと。
少し迷ってポテトを選んだところ
ポテトだとランチセットで(無料で)ドリンクを付けられるとのこと。
良い意味でも悪い意味でも誤算。
ドリンクを付けられるなら迷わずホットコーヒーとなる。
家まで持ち帰れば当然冷める。
チキンだってポテトだって温かいできたてのほうが旨いに決まっている。
方針を変更、ここで食べていくことにして、「申し訳ないのですが」と切り出す。
さすがの客商売、満面の笑顔での店員さんの対応だ。
支払い、ポンタカードはありますか、と言われたので差し出す。
支払い方法の一覧を見て「Suicaでお願いします」と言ったら、Suica払いだとポンタのポイントは付けられないとのこと。
再度謝って、ポンタに付いたポイントを消してもらってお会計。
「面倒臭い客」なんて表情はおくびにも出さずやはり満面の笑顔。
うーんプロフェッショナル!

チキンが冷める心配をしなくて済むことになった。
どこにも寄らずにソッコーで家に帰る理由はなくなった。
駅ビルの衣料品売り場へ。
タイミングがいいのか悪いのか二割引きセールをやっていた。

家に必要以上のものは増やさない。
自分の部屋の抜本的片付け成功以降に身についた習慣。
ただし如何せん私は急激に痩せすぎてしまった。
去年とは別人となってしまった体型だ。
ぶかぶか感なく着られる夏服の絶対枚数不足。
そして今は楽な家計状況ではない。
でもそんなに頻繁にある機会ではない。
二割引きを計算して五千円以内。
その縛りの範囲内でお買い物。

帰路。
ケーキ屋さんの前。
ここでまた小心者ぶりを発揮。
自分だけ贅沢をしているという罪悪感にさいなまれ、夕食後のデザートケーキを購入。

帰宅、いつも通りの日常に戻る。
父が帰ってきて、やっぱりいつも通りのルーチン。
いつも通りでなかったのはケーキを出して見られた父の満面の笑顔。
うん、買ってよかったんだ。
血糖値コントロールばかり考えているのは父も辛いし私も辛い。
これでよかったのだと。
幸せ。

そんな一日。
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恒例!真夜中のお茶会開催中!

2016年05月31日 02時59分11秒 | Weblog
時計に注目。
午前1時50分。
真夜中、いつものように父が起きて。
徘徊センサーに呼ばれたのだけれど、私が眠っているところを起こされたわけじゃないです。
月曜深夜、ラジオの生放送を聞くために普通に起きている時間。
特に負担が発生したのではないってこと。

そして写真の通り、真夜中のお茶会を開催。
美味しそうにごくごく飲んでおかわりを要求。
それにとどまらず、違う意味での「呑みたい」も発生。
慣れています。
父のため、心の痛まなくなった嘘を言う。
「今、美味しく一合呑んだばかりだよ」
「今」がポイント、「さっき」では納得せず、「じゃあ呑む」となる。
こちらも学習済みです。

このまま寝ていただくわけにはいかない。
美味しいお茶で気をそらして、手早く最低限必要な「作業」をこなす。
上機嫌を利用して、満面の笑顔で
「さっと替えちゃうから、ちょっと立ってくれるかな」
そして清拭と一式交換。
幸い「固形物」はなく、用意した使い捨て手袋を使うレベルでもなかった。

明日から六月。
これからしばらくの時期。
健康維持のために今までより多めの水分摂取は必須。
限度を超さない配慮があれば、飲みたいというときに飲みたいだけ飲んでもらって過剰摂取になることはない。
濡れた汚れたは、拭けばいい替えればいい洗えばいい。
熱中症はシャレにならない。
水分はどんどん飲んで、どんどん出していただく。
基本方針ですね。

そして父はまた寝た。
さあ、生放送が終わったらひとっ走りしてきますか!
交換後、このタイミングなら、走りに出ている間に起きる可能性は少ないし、「ダダ漏れ」しても「量」はたかが知れている。
濡れてしまって、ある程度の父の不快は割り切るしかない。
父のために「私の精神衛生のキープ」も重要だから。
そこら辺は割り切って考えられるようになりました

さて、父上様はご存じあるまい。
私がイヤホンでラジオを聞きながら伊集院光さんのトークで笑いながらの対応であったことを。
Radiko、父が知っているわけがない。
真夜中、互いにニコニコの幸せなお茶会。
親子の笑いは違う意味があったのでした。(^○^)
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稲取キンメマラソン。例のヤツが届きました!

2016年05月30日 19時43分59秒 | Weblog
平成28年6月12日(日)
稲取キンメマラソンhttp://izufull.com/kinme/

スタート時間
*第1ウェーブ 10時10分
*第2ウェーブ 10時15分
ゴール関門 14時

制限時間、相当緩いです。
今回の大会参加は今までとはまったく意味合いが異なります。
チャレンジ、頑張る、そういうのじゃないです。
ただお祭り気分で楽しもう。
それに尽きます。

大会自体も競技として実に緩い。
一応ハーフマラソンということになっているけれど。
距離:21kmとなっている。
えーっと、残りの97.5mはどうなりましたか?(笑)

スタート渋滞を考えても、21kmを3時間40分で行けばいい。
「行けばいい」と書きました。
「走ればいい」とは書きませんでした。
これでも自分の力は把握していますから。
何なら全部歩いても、それくらいの緩い制限です。

もちろんこの場所この時期だからね。
相当な暑さになることも想定しなければならない。
湿度の高い真夏日、かんかん照りの日中に本気で走ったらどうにかなっちゃいます。

それでも本気モードのランナーもいる。
経験が浅く、自分のペースがわからずにダッシュするランナーがいる。
のんびり行こうと考えているとき、待ち構える危険は経験済み。

一切無理はしない。
スタートは最後尾から行こうと思っています。
ゆっくりのんびり自分のペースで。
前がつっかえても気にしない。
ここでの時間ロスなんて、どんなに多く見積もっても、たかだか5分くらいのものです。
身体を壊さなければ自分の実力なら制限時間内に収まることが保証されているレース。
それもペースは考えず、楽しむことだけを考えている。
そこで無理無茶をして怪我をするのは馬鹿げていますから。

ゲストランナー、タレントのLiLicoさん。
NHKのランニング情報番組「ランスマ」の取材も入るらしいという情報。
ご存じの通りの目立ちたがり屋さんとして「あわよくば!」って気持ちがまったくないと言えば大嘘になるけれど。
積極的にカメラに映りに行こうとか助平根性は出さないことです。
LiLicoさんはどれくらいのペースかな?
カメラに写るためにそれを気にして自分のペースを乱したら楽しむどころではないですから。
あとで番組をチェックしてちらりとでも映っていたらラッキー!
カメラクルーが入ることについてはそれくらいの気持ちです。

いつも通りです。
いつも笑顔と感謝を忘れずに。
そう、いつも通りの私の走りをすればいい。
制限時間を考えなくていいぶん、今回はいつもより笑顔と感謝に集中できるというものです。
大会本番までの、あと二週間でやること。
最低限の調整だけです。
そして決してなめてかからない。
長距離走の怖さもちゃんと知っているから。
さあ、いつも通り走りを楽しむとしますか!
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価値あるビリ?!

2016年05月29日 20時53分03秒 | Weblog
今日はオリエンテーリングでした。
遠征と呼べるような場所。
楽しかったっす!

結果、ビリ。
でも私なりに価値ある結果。
Aクラス(上級者クラス)
参加者四名中の四位でビリ。
それでこのタイム差。
写真の通りですから。
Aクラスでトップとの差が十分ちょっと。
三年前の私ならあり得ない世界です。

とても楽しく走り切れたし。
まったく悔しくはなかったです。
三位と2分21秒差。
あのミスがなければ・・・
それは意味のない仮定。
ミスも含めてのレース、オリエンテーリングの魅力、そして自分ですから。
失敗も引っくるめての人生と同じことですよ。

わずかな差で表彰を逃す。
これが私へのメッセージだったのだと思う。
お前にはまだ早い。
栄光はまだ先だ、調子が良いからと思い上がるなよ。

ただし・・・今日・・・
満面の笑顔で林を疾走して、慣れないスピードを出して何度も素っ転ぶおっさん。
気味が悪かったかなあ?(苦笑)
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「ここに黒いの一本張ってくれ」とは?

2016年05月28日 19時07分01秒 | Weblog
母の看取りの頃に悩まされたこと、again!であります。
父に先ほど言われたこと。
この写真の方向の虚空を指さして言う。
20160528「ここに黒いの一本張ってくれ」とは?

「ここに黒いの一本張ってくれ」

うーん、どうしましょ?
どんな言葉にでも即座に適切な答えを返せます。
そんな天才ではないですからねえ。

母もこういう時期があった。
こちらが返事に窮する問いかけ。
だからこういう言葉自体には免疫はできているのだが・・・

父が母と違うところ。
母のときは困るだけで済んだ。
的外れな答えを返しても、それはそれだけのことであった。
父は難しいですよ。
対応を間違えたとき。
つまりこの場合間違った答えを返した場合。
「地雷を踏む」ことになる可能性がある。
こっちに「実害」が出てくる覚悟をしなければならない。
声を荒らげる程度で済めば幸せ。
吹っ飛ばされるような「被害」を被るかもしれないのです。

元々、父は気の短い人であった。
クレーム気質たっぷり。
バリバリ認知症になった今。
不思議なことに「こういう面」を使い分けるようになってきた。
今の自分に深く関わっている人にしか、ぶち切れることはない。
今で言えば、私とデイサービスのスタッフだけ。
寂しいのはね。
娘である私の姉に対して「大きな負の面」を見せなくなったこと。
これが逆に姉の心理的負担を増やしている。
それを感じてしまうのです。

シモのお世話に関してとか、介護全般に関して。
姉や姪っ子が居るとき、あるいは私が不在で姉や姪っ子がひとりで対応しているとき。
「物凄い」ことは不思議と起きないようである。
最初のうちは「偶然」だと思っていたよ。
やっぱり姉たちはラッキーウーマンだと。
そしてこうもそれが続くとそれは単なるラッキーではないと認識せざるを得なくなってくる。

まあいい。
もう割り切るしかないよ。
すべからくそう考えるようになった、考えられるようになった。
単なる前向き思考でもないし、悟ったなんて凄いことでもない。
割り切る、普通にしている。
それが一番の幸せ。
父も私もみんなも。
無理せずさらけ出して普通の自分を出していけばいい。
ここまで割り切ってしまえば楽なものですよ。

さて、今日。
いつものように遅めの朝ご飯のあと、すぐにまた布団に入ってそのまま・・・
そして午後、起きた。
外に出て、靴を履いて、門の外へ。
もう心配することはない。
遠くへ行って行方不明になる。
それは体力的に無理になった。
ぶっ倒れないか、さりげなく見守るだけでいい。
今日も案の定、路地の角まで行って、すぐ戻ってきた。

台所の椅子に座る。
私のほうとしてはね。
ここからは観察と思考、そして経験に基づいての適切な対処、そういう時間だ。
対して暑くはない、身体も熱くない、急用たっぷりで体力的にも少し余裕がある。
お風呂が沸いていることをちらつかせて、意思を感じ取って、オッケーアンドゴー、入浴誘導。
上がって着替え。
涼んでもらいながら反応を見る。
時間は早いけれど、ここはもう夕食に移行したほうがいい。
食べてもらいながら、体感気温、外の明るさ、体調。
総合して、寝室は暗くしたほうが良いと判断して雨戸を閉める。
これに関しては、今夜午後八時からある種の「イベント」を控える私の都合もある。
中途半端な時間に目が冴えられて長時間対応、それを避けたいって言うこちらの都合での、狡い対応でもあった。

夕食は進み。
そして布団へ。
私の時間の始まり。
ハイ、あと一時間で私の「勝負の時間」が始まります。
努力、根性、反射神経、タイミング、そして運。
いろんなものが必要な大事な勝負。
私の「ある種の知り合い」ならピンとくる。
ってか、そういう知り合いは「同じ勝負」に参加する可能性が高いからね。
わからない人はわからなくて結構。
結果は明日言いますので。
では今日はこの辺で。

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台所でテレビを見る父。
「寝る」と言っていたのに、「着物のお姉さん」が歌い出すと釘付けで集中状態。
20160528着物のお姉さんに集中1

「お姉さんの歌」が終わってむさ苦しい男子に切り替わると途端によそ見。
20160528男は無視

さっきより「もっと若いお姉さん」の歌になると再び集中。
うーん、お父さん、わかりやすすぎます!(苦笑)
20160528着物のお姉さんに集中2
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♪負けないで~

2016年05月27日 20時38分16秒 | Weblog
昨日、第74期将棋名人戦七番勝負第4局。
ニコニコ生放送での観戦。
終局、投了の瞬間です。

20160526将棋名人戦投了の瞬間

ここが重要です。
いい瞬間を撮ることができました。
これが私がプロ将棋が好きな一番の理由の肝なのですよ。

予備知識のない人がこの写真だけを見て。
どちらが名人か、どちらがこの対局の敗者か。
わかる人がいるのでしょうかってことです。

圧倒的強さと言われている羽生善治名人。
通算勝率七割超。
その羽生さんでさえ昨年度16局で負けを経験している。

プロ将棋の勝敗が決まるのは、ほとんどすべてが「投了」の瞬間。
つまり、敗者が「負けました」と頭を下げた瞬間。
一番その世界で強いと言われている人が年間16回「負けました」と負けを認める言葉を発して「敵」に頭を下げる。
こんなプロの世界が他にあるのでしょうか。

これならどんなに強くなっても勘違い、思い上がりをすることはないだろう。
それがプロ将棋の魅力。
私も斯くありたいと。
今、このことの意味がひしひしと迫る。
三十年を超える心の病の服薬習慣から脱した今。
順調にいったとしても。
これから更なる発展があったとしても。
人間として思い上がるまい。
そういうことです。

てなことを考えながら観戦を終えて寝ようとしたとき。
父が起きて。
座ってテレビを要求して。
父の目はどんどん冴えていく。

20160526テレビを見る父

NHK「LIFE!~人生に捧げるコント」
食い入るように見入る父。
ニコリともせず凝視している。
この番組をこういう風に見ている人もレアだろうな。

更に目が冴えて、再び寝る気配はまったくない父。
いやあ、まいった。
私、どうしたらいいのだろう。
父に構わずさっさと寝ちまえ。
その気持ちもあるけれどねえ。

今となっては、こういう「冴えている父」を見るのは貴重な機会。
付き合っていると楽しいしねえ。
iPadアプリでワイヤレスで飛ばしているわけだからさ。
何食わぬ顔をして、元のWi-Fiを切っちまえばテレビは消せる。
「あれえ?どうしたのかな?」
とか誤魔化して父を布団に誘導するのは難しいことではない。
自分がさっさと寝たいならそういう確実な方法もある。

いやあ、でも小心者なのでねえ。
父にとっては楽しみが多い生活ではないからさ。
それをぶっつん断ち切るのはなあ。
私の都合でそうするのもなんか申し訳ないしなあ。
いろいろ考えてしまう。
そんな感じの昨夜。
結局付き合って私まで結構な夜更かし。
ホント、小心者の私でありました。
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穴があいた・・・ら入りたい

2016年05月26日 21時11分09秒 | Weblog
【今日の写真】
なんかリアルな生活感満載の写真で申し訳ありません。
靴下に穴があきました。
そこから人生観の変化の話へ。

夏用の靴下を買って。
買ったのは四月初めくらいだったかな。
二足組でのやっすいのを買いました。
結構な「ヘビーローテーション」で穿いて。

ちょっと前の私なら、二ヶ月と持たずに靴下に穴があく?!
怒るまではいかないけれど、おかんむり気味になったのだろうけれど。

冷静とか穏やかとか。
そういうのとも違う姿勢で臨めるようになったかな。

半端なく安かったのだからさ。
「コスパ」という考え方なら滅茶苦茶悪いというわけではない。
ものの値段が安いのには必ず理由がある。
値段を大幅に下げるために悪評を覚悟で身を切る努力をしたのだと思えば品質を落とすということに「悪」は感じない。

日常穿く靴下という特性。
こっちもいろんな選択肢がある。
コンタクトでいうところの「ツーデイアキュビュー」
短期で穴があくことは割り切って、安く買って短期で使い捨て。
ある程度の枚数を買って廻す。

夏用靴下だからさ。
当然薄い。
どんなに高品質のを買ったって。
履き続ければ一夏越す頃まで穴があかずに持つことはない。

安いのを受け入れて、穴があいて、同じのをまた買って。
一夏越すまでその繰り返し。
古くなることはないから「清潔」は手に入る。

高価で高品質、それを長く使う。
廉価で粗悪品と言われない程度の品質、それで何回か買って回数を廻す。
トータルコストを考えて、そこに清潔という要素を加味して。
コストパフォーマンスとしてどっちが優れているか。

短期使用で靴下に穴があく。
そのことだけでもこれだけのことが見えるようになった。
当たり前の話だろ!もっと早く気付けよ!
そういう突っ込みが入れば、もう恥じ入るばかりです。
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