ひーさんの散歩道

道には、様々な歴史や文化が息づいている。
歴史に触れ風景に感動し忘れていた何かを探したい。

橋姫明神と広瀬橋(永町橋)と仙台市電

2009年05月31日 11時30分33秒 | 仙台・宮城今昔物語
 広瀬橋の袂に橋姫明神社があります。

左の石碑には橋供養と彫られています。


永町橋と橋姫明神社
昔、広瀬川に橋を架けることになった。しかし、長雨続きの広瀬川は氾濫し橋を架けることが出来なかったのです。
そのうち「これは竜神様のお怒りに違いない。若い娘を差し出さなければ」と噂が広まりました。
その時、根岸の長者の娘(愛姫)が「私が人柱になります」と名乗り出たのです。
信信深い愛姫は、断食して根岸観音(十八夜観音)にお籠もりします。
「4~5日したら雨は止むでしょう。そうしたら急いで橋のたもとに穴を掘って、丑三つ時に私を埋めてください」と言い残し帰って行った。
数日後に雨は止み。愛姫は優しい笑みを浮かべ生きたまま埋められました。
その後、川水が引いてよい天気が続き無事に永町橋が架けられたのです。
人柱になった愛姫は、橋及び、土木の神として信仰されて、特に長町の木場人夫や馬方の信仰が篤く、長旅に出る人にもよく拝まれていたそうです。


※十八夜観音=去年の9月に「菩薩立像」が東北に現存する最古の木彫り像とみられ、話題になりました。このお堂については近いうちに記事にしたいと思います。
 



橋の反対側には、仙台中心部の高層ビルが見える。



川の流れは広瀬川ですが、あまり写っていません。失礼オバ

昭和9年頃・・旧広瀬橋です。 手前の工事は電車専用橋の橋脚工事です。



完成し試運転で走るⅠ型車  昭和10年12月31日



昭和29年




昭和31年 100型車


昭和32年


市電については、いづれまた・・・・
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36 コメント

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Unknown (桃源児)
2009-05-31 12:46:56
人柱、城や橋にはよくある話ですね。
人の霊力で災いを防ごうという発想かもしれませんが、悲しいです。
橋の上を走る市電からは、川の流れが綺麗に見えていたでしょうね。
桃源児さんへ (ひー)
2009-05-31 18:19:05
いつもお早いコメントありがとうございます。
お城も聞きますね。なんか勿体無い話しですね。
どこの何からこんな伝説が伝わって来たものか?
現在のように、神社仏閣で祈祷ををすればいいのではないかと思ってしまいます。
なつかしい~ (維真尽(^^))
2009-05-31 20:28:17
昭和の風景~
でも~
千代は~やはり~都会ですね (^_-)~☆
ビルがいっぱい (モコ)
2009-05-31 21:03:58
う~ん
都会だなぁ~
橋別々じゃん! (ぐずら)
2009-05-31 22:29:23
オイラの覚えてる市電は広瀬橋の真ん中を通ってたと思うけど
昔は別々の橋だったんだなぁ~
まあもっとも、今じゃ橋の幅も昔の3倍くらいありそうだけど・・・
Unknown (└|∵|┐高忠┌|∵|┘)
2009-05-31 23:31:21
今でも橋の四隅に欄干の最後に
あるのを親柱といいますが
愛姫の悲しい話のような
出来事の名残り
なんでしょうかね。

モノクロ画像が
何だか三丁目の夕日
仙台版って感じで
懐かしげな世界ですね。
維真尽さんへ (ひー)
2009-05-31 23:38:48
都会は駅前だけですよ。
チョット離れると蛙も鶯も鳴いています。
コンクリートは嫌いです。
モコさんへ (ひー)
2009-05-31 23:40:37
あそこはコンクリートジャングルです。
人が住むところではありません。
ぐずらさんへ (ひー)
2009-05-31 23:45:06
あっ! 市電の情報入れるの忘れた。
まぁ、いいやそのうち特集組みます。
昔は、専用橋があったんだね。
この辺は海抜低いから、洪水がひどかったところですね。
└|∵|┐高忠┌|∵|┘さんへ (ひー)
2009-05-31 23:51:42
親柱と言うんですか・・・
このカテゴリーでは、今と昔を比較しています。
なかなか、忙しくて・・・行きたいところや紹介したいところが沢山あるのですがね。
井の頭線もこんなんで全国ニュースじゃあ・・・ (クロンシュタット)
2009-06-01 06:10:23
寂しい高校生だった頃、広瀬川の川原をよく歩きました。
かえって不便なのに、仙台駅から西公園まで市電を使って通学しておりました。

寂しい親父の今は、神田川と玉川上水の遊歩道を、よく歩きます。
意味もなく目的もなく、ただ乗るためだけに近郊電車に乗車して悦に入っております。
年をとってもやってることに進歩がありませんです。

写真にあるように市電内は暑くて、窓を開けないと蒸し風呂でした。
今の電車は窓が開かない構造が多く、開いたとしても、その行為が乗客には芳しくないようで・・・

今朝のニュースで報じられている「酔っ払い大学生の線路引きずり込み事件」。あれが私が毎日乗ってます「井の頭線」です。

ところで、先週の金曜日は、私とカミさんの誕生日でした。
さすがにケーキは・・・ってんで、刺身を山盛り買って帰宅すると、カミさんも山盛り買い込んでいました。
魚臭さに覆いつくされた我が家のぱーてーでございました。
何度か行っています。 (ミモザ)
2009-06-01 07:26:43
お早うございます~♪
広瀬橋は美しい橋で、橋からの景色も良いし
グループスケッチで何度か行っていますが
橋姫明神社が気になって、写真だけは撮ってきました。
悲しい伝説が隠されていたのですね。
とても参考になりました<m(__)m>
ミモザさんへ (ひー)
2009-06-01 07:33:01
そうでしたか。
あの近くに、政宗公が参勤交代の折、出発する前に祈願した稲荷があります。
あの一帯は、古い町が多く、町名もそのままなので散策したいと考えています。
神様 (papiee)
2009-06-01 07:43:03
前から思っていたのですが、昔は神信仰心が強かったのですね~。
雨が降らなければ降るように、作物が実らなければ実るように…など
それぞれの神に祈りを捧げる。
でも、人柱って凄いですよね…。
その勇気は私にはありません
広瀬川…。そんな昔があったんですね~。
宗幸さんの青葉城…の歌詞に出てくる綺麗で真っさらなイメージしか思い付かなかったです。
勉強になりました~!
市電の定期 (酔漢です)
2009-06-01 09:59:59
市電がなくなる前年。塾がある錦町から五橋まで市電の定期を使って通っておりました。
花京院の交差点は面白かったです。信号が複雑でした。信号棟もあって、人が信号整理をしていた事を覚えております。
「さよなら市電」は塾に行くのをサボッテ乗っておりました。
車内でのあの音は独特で、まだ耳に残っております。
しばらくで、すみません。今日ようやく休みが取れました。
Unknown (ミー太郎)
2009-06-01 10:35:02
人柱・・・そういう話ってやはりあるんですね。地元のトンネルだか階段だかの工事での人柱の話を聞いた事がありますがゾッとしました。その話を聞く前に一度だけその場所へ行った事がありますが、何とも言えない不気味な空気が流れていました。
それにしても市電の型といいボンネット付のトラックといい「昭和」で良いですね~♪
広瀬橋って… (ぱるえ)
2009-06-01 11:33:31
そんな悲しい話があったんですね。知らなかった。
ひーさんが恐怖シリーズで紹介していた念仏橋にもそのような噂を聞いたことがあります。
この橋も諸説があるようですね。名前が名前ですから…。

最後の一枚は見てるだけでワクワクしますね!
市電にもう一度乗りたいなぁ~♪
市電といえば・・・ (丹治)
2009-06-01 12:33:35
仙台市の市電がなくなったのは、私が中二の夏休みだったと思います(だったよね、酔漢さん)。
原ノ町の終点には映画館もありました(確か日乃出だったような)。
ボンネット型のトラックもなつかしいです。

あの橋に人柱の伝説があるというのは、知りませんでした。
我が身を犠牲にしても・・・というのは本当に気高い心ですが、それにしても悲しい話ですね。
どこのことだったかわすれましたが、行きずりの旅人を人柱にしたなどという話もあるようです。
築城工事のときに毛利元就が人柱の代りに「百万一心」と刻んだ碑を埋めたという話を思い出しました。
Unknown (ほでなすいっく)
2009-06-01 20:13:05
人柱ってよく聞きますが、自分からって凄いですね

路面電車って広島と函館で乗ったことがあります
仙台にもあったと聞いても、いまいちピンときませんが
papieeさんへ (ひー)
2009-06-01 22:16:31
昔は大雨が降ると氾濫していたようです。
河原町付近からこの一帯は昭和初期も大洪水があったようです。

祈る心は人間が出来てから変わっていないでしょうね。
ミー太郎さんへ (ひー)
2009-06-01 22:48:42
まさか私は平成生まれよ! なんて言わないですよね。

昔から恐れられたのわ「祟り」ですね。
その怒りを治める為に神社を造ったりしたのだと思います。天皇なんかもそうなのですが長くなるので…
まさか円山応挙のよいに幽霊は描かないで下さいよwww
ぱるえさんへ (ひー)
2009-06-01 22:59:43
誰も年齢わからないから、「市電見たことな~い」とか言ってもいいよ。
人柱なんて、いつ頃から始めたのか…お城にも多いから江戸時代かなぁ~
丹治さんへ (ひー)
2009-06-01 23:20:26
毛利元就…なかなかの人物ですね。
それにしても通りすがりの者を…とは、逆に祟られますね。まぁ、辻斬も問題ですけどね。
原町の映画館なんとなく覚えてます。
帰ったら地図を探して見ます。
なんだか・・・ (みっちゃん)
2009-06-01 23:25:18
日本昔話を思い出しますわね。
それにしても、ビルと供養の神社・・・見事な対比ですわ~
やっぱ昔があって今がある・・・んですわね・・・
いっくさんへ (ひー)
2009-06-01 23:34:29
お~ 広島でも乗りましたか…

ピンと来ないかも知りませんね。
あの線路の上にアスファルトを被せたのですが、時間が経つと線路が出てきて雪の日や雨の日は滑って危なかったのです。
酔漢さんへ (ひー)
2009-06-01 23:51:20
忙しかったようですね。
花京院のイメージは広い交差点の上に張り巡らせられた架線ですかね~

お晩です (あーさん)
2009-06-02 00:20:08
お賽銭箱がないのが、好印象を与えます♪


昭和30年代  もう半世紀も経つんですねぇ
感無量です
みっちゃんへ (ひー)
2009-06-02 00:50:53
ご無沙汰してました。
時間が無くて、コメント返すのもこんな時間になってまして…いつもですが…
訪問してくれた人を回るのが精一杯でした。
すんまへ~ん
クロンシュタットさんへ (ひー)
2009-06-02 01:11:03
あの事故は井の頭線だったのですか。
馬鹿な事をしましたね。
警察の現場検証だけでも一時間はかかりますからね。

お誕生日はさながら塩竈魚市場のようでしたね。
我が家では、ここ数年ピザを取ることが多いですね。
散歩は続けていて下さいよ。
あーさんへ (ひー)
2009-06-02 05:46:34
半世紀…長いような短いような。

少なくとも、良き妻と子供達に恵まれ感謝です。

もう半世紀は生きられないけど、この先どうなることやら?
Unknown (ミー太郎)
2009-06-02 08:29:49
再び参上。。

まさか私は平成生まれよ! なんて言わないですよね。
  ↑
言わないですよ。言いたくても言えないような年頃ですもの。ホホ^^
ミー太郎さんへ (ひー)
2009-06-02 14:06:41
正直者で、なかなかヨロスイ!ww
お晩です (あーさん)
2009-06-03 00:01:14
出直しまっさ♪
こんにちは (オズ)
2009-06-03 14:30:18
私の家はこの界隈ですので、
良くここには散歩などでも行きます。
夏には小規模の花火大会(灯篭流し)などもあり、
そのときは、大会前に供養するみたいですよ。

昔の映像は私がまだ幼少の頃ですね。
電車は良く乗ったので、とても懐かしくなりました。
そういえば、長町の方は、仙台市中心部のことを、いまだに仙台に行くといってます。
長町も仙台なんですがね~
この映像を見ると、なんだか判るような気がしますねー
あーさんへ (ひー)
2009-06-03 16:12:45
PC調子悪くて・・・
オズさんへ (ひー)
2009-06-03 16:15:33
そうですね、ここはオズさんの縄張りですね。
そうのうち偶然会うかも知れませんねwww
この辺は、昔はよく洪水になっていたようですね。

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