日々是マーケティング

女性マーケターから見た日々の出来事

都市計画と生活サイズ

2006-12-25 22:27:45 | ライフスタイル
週末、「地域活性化」をテーマにした、ライブトークへ出かけた。
といっても都市計画を生業としている人たちの、ライブトークではない。
デザインとかアートなどで、地域活性化を考えると言うのがテーマだ。
「ソーシャル・デザイン」とでも言うのだろうか?

その話の中で、ふっと考えたことがあった。
それは「(生活者の)生活サイズと都市計画」ということだ。
会社に通勤している人は、会社と自宅が生活サイズと言うことになると思われるが、実は移動距離であって、生活サイズとは言い切れないのではないだろうか?
そして、戦後は移動距離が長くなったために「交通の便の良いところ」が、住宅地へと変化していった。
それが鉄道からクルマへと変わることで、駅前の商店街は寂びれ駐車スペースのある郊外の大型スーパーが生活サイズの中に組み込まれるようになっていった。
それ自体は、成長期のまちづくりとしては、問題がなかったと思う。
ところが、高齢化社会となった時「クルマ社会から歩き社会」へとシフトしていくのではないだろうか?
とすれば、生活サイズそのものは縮小していく傾向になるはずだ。
ところが、「成長期のまちづくり」を都市計画の柱として考えてきた日本の地方のまちは、「とても住みにくい、まちづくり」となってしまったのではないだろうか?

その「住みにくいまちづくり」のモデルを、JR・地下鉄・私鉄などがほぼ縦横無尽に走る東京にしてしまったことに、今地方が置かれている問題になっているような気がするのである。
と同時に、今年4月くらいまで熱心に行われてきた「平成の大合併」は、「生活サイズ」を無視したモノではなかったのではないだろうか?
「平成の大合併」の目的は、行政施設の集約化ということもあったのかも知れない。
それが今検討されている「道州制」へと、発展していくのではないだろうか?という不安がある。
「道州制」そのものを余りよく理解してないので、あくまでもイメージ的な部分での話となってしまうのだが、日本の経済・産業のあり方として、結局「東京にお金が集まり、モノづくりをしている地方は貧しくなる」という気がするのだ。
と言うのも、江戸時代からモノづくりによる利益は、江戸=東京に上納されると言うシステム(=参勤交代)で発展してきたからだ。
江戸には、お金が集まっても産業が集まることはなかった。
そして今、モノづくりそのものが人件費の安い海外へと、拠点を移し始めている。
もちろん、モノづくりの根幹となす研究・開発(=知的財産的分野)などは、国内で行われているが。

実は、都市計画はまちが成長し成熟していく過程において、フレキシブに変化できるだけの融通性が必要な気がする。
そのゆとりが、東京にあるのだろうか?
ゆとりのない東京に住んでいる人たち(=霞ヶ関)が、モノを考えてもそれは地方にあった「生活サイズ」ではないのではないだろうか?
そんな気がするのだが・・・。


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