日々是マーケティング

女性マーケターから見た日々の出来事

自動運転とITの関係は、もっと身近な問題にある?

2017-03-20 21:38:34 | ビジネス

実家の父から連絡があり、急遽帰省している。
元々体の不調(と言っても、生死にかかわるようなコトではない)があったのだが、日常生活に不便を来すことになり、手術をするということになり、そのための帰省だ。

帰省するとき、大阪から高速バスを利用した。
バスの車窓から様々な車種の自動車を見ながら、「『自動運転』になると、この風景はどのように変わるのだろう?」と、思ったのだ。
ご存じのように、自動車の自動運転については、自動車メーカーだけではなくGoogleなども積極的な動きを見せている。
特にGoogleが考えている自動運転というのは、運転者が全くハンドルを握らない「自動運転」だ。
おそらくこのシステムで重要になっているのは、GoogleMAPなどを基にした地図データだと思う。
その「地図データ」が、最新のものであれば問題はないと思うのだが、最新のものでなかったとしたら・・・?と、思ったのだ。

というのも、朝のFM番組など通販番組があり、時折「最新カーナビ」の紹介があるからだ。
その「最新カーナビ」のセールスポイントは、「最新地図データを搭載している」とアピールしている。
ということは、カーナビを買っても毎年のようにデータ更新を保有者がしなくては、カーナビのデータはどんどん古いものになり、カーナビの役を果たさなくなる可能性がある、ということになる。
あくまでも通販でのカーナビ販売の話なので、その実態はわからないのだが、以前、友人の車に同乗させてもらったときにも「うちのカーナビ(データが)古いから、道、間違えるかも?!」と、いわれ向かった場所には目的の建物が無く、焦ったコトがあった。

一方、スマホなどを利用して、目的地までの道順や乗り換えの案内などをするサイトがある。
東京の地下鉄のように、複雑な乗り換えに利用されている方も、多いのではないだろうか?
そう考えるとスマホにできてカーナビができないのは、何故だろう?と、考えたのだ。
もしかしたら、スマホのナビシステムをカーナビ代わりに利用している人も、案外多いのでは?

自動運転で目的地にたどりつくためには、まず最新の地図データをクルマ自体が受信できなくては意味がない。
とすれば、今のカーナビはその役割を果たしているのだろうか?
今やPCなども自動的にシステム更新がされる時代に、わざわざ販売店などに出向いてカーナビのデータ更新をしてもらう・・・というのは、いかがなものだろう?
私が友人のクルマに乗せてもらったのは数年前の事で、今ではスマホの道案内システムのように、自動的にデータ更新がされるようになってきているのかもしれないのだが、自動運転を実用化するためには「自動停止」の技術は当然のことながら、目的地への最新ナビゲーションデータが常に更新されていなくては意味がないような気がするのだ。
特に災害時のような時には、通行止めとなっているルートを外し、たとえ遠回りとなっても確実に目的地にたどりつくようなナビゲーションが必要になるはずだ。

もしかしたら、IT企業が考える「自動運転」だけでは、実用化は無理かもしれないし、既存の自動車メーカーや現在カーナビを製造・販売しているメーカーだけでも、実用化は難しいかもしれない。
日本の地図製作会社と自動車メーカー、通信事業者など、産業の枠を超えたチーム作りができたところが、もしかしたら自動運転を可能にさせるかもしれない・・・そんなコトを高速バスと並んで走行するクルマを見ながら考えたのだった。

お知らせ:上述した通り、現在帰省をしております。
     そのため、拙ブログの更新ができないかと思われますので、しばらくお休みをいただきます。
    


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コトラーがトランプ氏を評する内容が刺激的で面白い(?)

2017-03-19 20:02:42 | 徒然

Huffington Postに、P・コトラーの記事が掲載されている。
P・コトラーと言えば、多くのマーケティングに携わる者にとって、常に何かを示唆してくれる存在だ。
マーケティングの大家として、度々来日をし多くの日本の企業人たちを対象に講演もしている。
そんなP・コトラーが、冷静かつ客観的な文でトランプ氏を評している言葉が「ホワイトハウスの中のテロリスト」だ。
Huffington Post:ホワイトハウスの中の「テロリスト」

内容は、しっかり読んでいただければ良いと思う。
トランプ氏が大統領に就任して以来、「アメリカン・ファースト」を掲げ数多くの大統領令を出してきた。
しかしその内容は、「アメリカン・ファースト」と呼ぶには程遠い政策ばかりが、目立っているような気がしている。
コトラーが指摘している通り、トランプ氏の大統領令というのは、アメリカという国の成り立ちそのものを否定している部分が数多くある。

確かに、アメリカという国は「人種のるつぼ」だが、その多様性が多角的な視点を生み出し、産業革命以降の欧州とは全く違うダイナミックな経済発展をしてきた。
もちろん、人種差別などマイナスな部分も数多くあり、今だに警察官が無防備な黒人を殴るなどの暴行が、ニュースなどで取り上げられたりしているのも事実だ。

ただ経済だけではなく、アメリカの文化なども多様な価値観があったからこそ、生み出されたモノだということは忘れてはいけないことだろう。
今日訃報が伝えられたC・ベリーがいなければ、今の「ロックン・ロール」という音楽は生まれてこなかっただろうし、アメリカから発信され続け、世界中の音楽シーンに影響を与え続けられることも無かっただろう。
それは映画なども同じはずだ。
エンターティメントという分野でも、アメリカという国が持っている「多様性」による発展が大きい。

何よりコトラーが指摘しているのは、トランプ氏がSNSなどを通して発信し続けている内容が、「独裁者」の要素がとても強いという点だ。
トランプ氏が「独裁者」というのは、ピンとこないかもしれないのだが、マスコミに対する敵対的態度や時には自らが「フェイクニュース」を平気で流しているという点。挙句の果てには司法にまで、自分の思い通りにならないと攻撃をしたり、罷免をするような脅迫じみた行動をとっている。
それは、アメリカ経済を支えている企業にも、及んでいる。
いうなれば「自分のいうことを聞かないなら、脅してでも良い」という、発想であり行動なのだ。

そのコトは一体何を示しているのか?というと、民主主義の崩壊だけではなく資本主義の崩壊を指している、と考えるのだ。
経済活動が自由に(もちろん、反社会的な経済活動や利己的な経済活動は許されるものではない)できるのは、多くの人が等しく、生産と消費、そのための技術や教育、健康維持ができるという前提があっての事だ。
「資本主義」は「様々な格差」という問題を含んではいるが、それでも多くの市井の人達によって支えられる経済の形態である、という点で「民主主義」と重なる部分が多いのだ。

トランプ氏を支持した人の中には、トランプ氏のビジネス経験に期待した人も多かっただろう。
だが、本当にトランプ氏はビジネスパーソンとして、優れた才を発揮していたのだろうか?
そんな疑問をコトラーは、投げかけているようにも思える。

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トランプさんは、大きなビジネスチャンスを逃しているかもしれない

2017-03-17 21:15:32 | ビジネス

Yahoo!のトピックスにも取り上げられているが、トランプさんは「温暖化研究を税金の無駄」と、切り捨てている。
讀賣新聞:温暖化研究「税金の無駄」・・・米政権が方針強調
元々、トランプさんの考えは、石油などの化石燃料を使うエネルギー政策だ。
そのため、カナダからパイプラインの建設促進、という大統領令に署名をしている。
ロイター:トランプ氏、パイプライン建設促進 大統領令に署名

トランプさんの頭の中では、どうやら今でも「エネルギー=石油(と化石燃料)」ということらしい。
しかし、石油産出国であるサウジアラビアの王様が、1,000人の随行員を連れて「脱石油」の為に、日本に協力を求めてくるような時代になっている、ということもまた事実だ。
むしろ石油産出国だからこその、危機感だったかもしれない。
世界全体を見ると「循環型社会」というか、脱石油・脱化石燃料へと変わりつつある。
その時代の変化から逆行するのが、トランプさんらしいと言えばらしいということになるのかもしれない。

トランプさんはそれで満足かもしれないが、トランプさんが掲げる「強いアメリカ」という視点で考えると、どうなのだろうか?
「税金の無駄」と切り捨てるのはたやすいが、他の先進諸国では「循環型社会に適したエネルギー研究」が、ドンドン進められている。
違う言い方をすると、アメリカだけが遅れを取る可能性が高くなっている、ということなのだ。
先進諸国で研究が進んでいる、ということは「国際特許」などの取得によってその国の企業や研究所が、有形無形の利益を上げるコトができる、ということでもある。
それは言い換えれば、「国の経済的強み」を導くことにもつながる、ということになるはずだ。

何も今回の「温暖化研究」だけにとどまらない。
確かに「基礎研究」そのものは、お金にはならないが、「基礎研究」が無くては進展しないのも事実だ。
2000年代に入ってから、日本が医学・生理学をはじめ科学の分野でノーベル賞の受賞者が増えてきている、というのは「基礎研究」が評価されているからだともいえる。
その基礎研究には様々な「国際特許」が含まれていて、その特許料が次への新しい研究の原資となっている部分もあるのだ(これは、名古屋大学の躍進を見ると実感する)。
基礎研究による特許料が、新たな研究を支え、その研究がまた新たな特許を生み出す・・・という「循環」が、生まれるということにもなっているはずだ。

そう考えると、トランプさんの科学に対する冷遇は、米国の産業界全体の未来を暗くさせるのでは?という、気がしてくるのだ。
まして「温暖化研究」の分野は、様々な国が競っている分野でもある。
その分野で「後れを取る」ということは、米国全体の大きなビジネスチャンスを切り捨てている、ともいえるのでは?
「アメリカン・ファースト」を掲げるトランプさんだが、本当に「アメリカン・ファースト」の政策なのだろうか?

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サウジの王様ご一行来日で、考えたコト

2017-03-15 18:20:31 | ビジネス

サウジアラビアの王様ご一行が来日され、今日韓国へと旅立たれた。
随行員?約1,000名とまで言われた、大団体であったがその目的は「脱石油産出国」だったと言われている。
確かに、サウジアラビアのような石油産出国は、今後石油そのものの産出量が減少すれば、国そのものの経済が成り立たなくなる。
その前に手を打ちたい、という考えは理解できる。
新しい産業を創り出す必要があるだろうし、そのためのパートナー探しという視点で、日本に来日したということもうなずける。

ただ、サウジアラビアをはじめとする中東諸国について、どれだけ知っているのか?となると随分怪しいと、今朝のFM番組を聞いていて知った気がした。
FM番組に出演されていたのは、エジプト出身のタレント・フィフィさん。
中東諸国と言っても、フィフィさんの出身であるエジプトでは、サウジアラビア王様ご一行のような、白い民族衣装で生活している人はいないらしい。
少なくとも仕事に行く時は、普通に背広だそうだ。
もちろん、イスラム教の国なので女性はヒジャブと呼ばれるスカーフで頭を被っているようだが、国によって女性であっても随分ファッション傾向が違うらしい。

その番組で、これから先中東諸国とのビジネスが密になっていくとすれば、日本(人や企業)も中東諸国をもっと知る必要があるのでは?という、当然と言えば当然の指摘をしていた。
例えば、サウジアラビアのような石油産出国は、余りスポーツが盛んではない、ということ。
サッカーなどはW杯に出場しているので、意外な気がしたのだが、確かにオリンピックなどでは中東諸国の選手というのは、余り聞いたコトが無い。
スタジアムなどでのスポーツ観戦が、禁止されていることは知ってはいたが、スポーツ人口そのものも少ない、という現実があるようだ。
理由は、イスラム教独特の服装。
それを打開する(?)かのように、先日新聞にナイキがイスラムの女性向けスポーツウェアを発売する、というニュースがあった。
朝日新聞:ナイキ、イスラム教徒の女性アスリート用ヒジャブ発売へ

既にユニクロなどは、イスラム教徒の女性向けに「ヒジャブ」をはじめとする、商品を東京の他インドネシアなどのイスラム教徒が多い地域で、発売をしている。
イスラム教圏の女性であっても、おしゃれはしたいのだ。

忘れてはならないのは、1日に5回あると言われる「礼拝」対策だろう。
オリンピックなどの国際大会に選手が参加する・しないではなく、観客として受け入れることを考えるなら、宿泊施設などには、そのような簡易でも良いので施設が必要になるはずだ。
当然、「ハラール」と言われる食事の提供も必要だろう。

先日、近くの公立高校の入試日の朝、ヒジャブを身に付けた受験生に出会った。
イスラム諸国は遠い国だと思っていたのだが、案外身近になりつつあるのかもしれない。
そして、ビジネスパートナーとしてWin-Winの関係づくりが、急がれているのかもしれない。

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稲田さんは、安倍政権のウイークポイントになるのか?

2017-03-14 20:52:13 | 徒然

森友学園の問題が、意外な?ところにまで波及している。
ご存じの通り、稲田防衛大臣が森友学園が起こした民事裁判で原告側の代理弁護人として、出廷していたということを認めたからだ。
讀賣新聞:稲田氏、答弁訂正し謝罪森友裁判に出廷認める

この森友学園については、安倍総理の奥様である安倍昭恵さんが、新設予定であった小学校の名誉校長に就任していた、ということもあった。
小学校の認可そのものが下りなかったので、名誉校長も辞退されたとは思うのだが、それにしても政権運営などの失敗や「政治と金の問題」ではなく、このような「政治権力との癒着」という問題で、叩かれるとは安倍さん自身、思っていなかっただろう。

ところで、稲田さんは防衛大臣に就任して以来、様々なところで「問題」を起こしてこられた。
昨年暮、安倍さんがパールハーバーで献花をしている時に、靖国神社へ参拝したり、自衛官の海外派遣の視察として出かけた先で、視察とは思えぬ服装であったりなど、「大臣としての資質に疑問がある」という、指摘がされてきた。
今回の森友学園の問題でも、教育勅語について称賛とはまでは言わないが、「重要なコトもある」といった趣旨の発言もしている。

稲田さんと同世代である私からすると、「なんとも、奇異な人だな~」という印象しかない。
戦後の高度成長期に育ってきた世代からすると、学校教育の場では「教育勅語」などは学んだ記憶はない。
学んでいないのだから、その内容が「良い・悪い」という判断はできない。
もちろん、大人になってから「教育勅語」を読んで、「素晴らしい!!」と感じられたのかもしれないが、それにしても発言そのものが「焼き付け刃」のような印象しかないのだ。
むしろ、その場の空気を読んで「愛国心溢れる人」というイメージづくりをしたかったのでは?という、気がするくらいなのだ。
その傾向は、防衛大臣に就任してからより目立つようになってきた、という印象すらある。

それに対して、今回の「(森友学園の)弁護士として出廷していた」というのは、これまでとは全く違う問題だと思う。
なぜなら、稲田さんにとって「弁護士」という仕事は、ご自身の仕事だったからだ。
いくら「ご主人の代わり」と言っても、「弁護を引き受ける」ということは、その問題についてある程度理解をしていたはずだ。何より弁護を依頼してきた森友学園に対して、「どのような依頼者なのか?」ということぐらい知って、依頼を受けているはずだと思うからだ。
これでは、「2時間サスペンスドラマの悪徳弁護士」のような、印象を多くの人にもたれても仕方ないような気がするのだ。

政治家に「聖人君子であれ」ということは、期待していない(人は多いと思う)。
しかし、何も考えずに「頼まれたから、引き受けました」という、発想の人では困ってしまう。
まして大臣という職は、国民の暮らしや命が関わっているのだ。
少なくとも現在の稲田さんは、「自衛官の命を預かる」という立場にあるはずだ。
そのような覚悟が感じられない大臣を任命したとなると、安倍さんの任命責任が問われ、政権そのものを危うくさせるような気がする。

私からは「網タイツ」だけは、止められた方が良いと、アドバイスを送りたい。
「網タイツ」を好んで穿かれるのは、「地元の地域産業振興のため」とのことだが、「網タイツ」は若くて足が綺麗なお嬢さんが穿いてこそ!魅力的なのであって、50代になった女性が穿いても綺麗に見えない。
「地域産業振興」には、役立っていないと思うからだ。

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生活者と「つくる」ブランド

2017-03-13 11:59:19 | マーケティング

毎日新聞のWEBサイトを見ていたら、「老舗ブランドのつくられ方」の見本のような記事が掲載されていた。
毎日新聞:みそ 顧客からの呼称がブランドと社名に マルコメ

マルコメと聞いて思い浮かぶのは、何だろうか?
おそらく多くの人にとっては、「マルコメ坊や(キャラクターの名称は「マルコメ君」のようだ)」ではないだろうか?
坊主頭の男の子で、イメージ的には小学校低学年くらいだろうか?
とにかくその「坊主頭」が可愛らしく(というのも変だが)、商品イメージの好感度を上げる要因の一つとなっていたと思う。

転勤族であった父のおかげ(?)で、関東から中部地方、山陰と食文化の違う地域で育ってきた私は、「味噌」にこだわりがない。
しかし、多くの人にとって「育ってきた地域のお味噌汁」というのは、案外食生活に影響を与えている。
そのコトを知ったのは、名古屋で友人ができてからの事だった。
名古屋生まれ・名古屋育ちという友人たちは、「お味噌汁は絶対!赤だし。赤だし以外のお味噌汁はお味噌汁ではない!!」とまで、言い放ったことがあったからだ。
ところが、名古屋以外の地域で生まれ・育った友人は「赤だしのような辛いお味噌汁は、頂けない」という。
原料の一つである麹にも麦と米があり、麦味噌と米味噌とでは随分味が違う。
それほど、食生活に影響を与える「味噌」という商品で、全国シェアを取るというのは、とても難しいことだと思う。
もちろんマルコメ自体、信州みそだけを作っているわけではないはずだが、全国各地の食文化を考えた「味噌」を作るというのは、大変なコトだと思う。
そのような企業努力はもちろんなのだが、記事を読むと「マルコメ」という企業名だけではなく、ブランドそのものが、「生活者と共につくってきた」ということがよくわかる。

随分前から「企業ブランディング」ということが、言われるようになっているが、その実、生活者を置いてきぼりにした「自己満足のブランディング」が、多くなってきているのでは?という気がしている。
それは「私たち(企業)は、〇〇である」という、大上段に構えたブランドの情報発信をしている、と感じるコトが多いからだ。
確かに、自分たちが目指す理想(や経営理念)を基に、「ブランディング」をしていくコトは大切なコトだ。
問題なのは、そこに生活者の共感を得られているのか?という、点だと思う。

マルコメのように、長い間一つのイメージでCMを作り、そのCMキャラクターの愛称が社名へと変わっていく、というケースは少なくない。
それは生活者の「親しみ」という点を、重視した結果だからだ。
企業や商品に対する「親しみ(度)」というのは、生活者から揺るがない価値をもらっている、ということになる。
そのようなブランドは、とても強い。

随分前、アオハタジャムのCMに「ベストセラーよりもロングセラー」というキャッチコピーがあったが、この「ロングセラー」の要因となるのが「ブランド」の力なのだ。
「ブランド力」を生活者と一緒につくり上げるコトのできる企業は、やはり強い企業だといえると思う。


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東芝と3.11

2017-03-11 19:27:43 | ビジネス

6年前の今日、東日本大震災が起きた。
「復興」途中とは言われながらも、時間の経過は容赦なく被災地以外に住む人たちから、震災の記憶を薄れさせている。私も記憶が薄れつつあるその一人だ。
しかし「復興」の目途さえついていない所がある。
東京電力福島第一原子力発電所を中心とした、原発事故により強制退去をさせられた地域だ。
一部地域では、既に解除をされたとはいえ、全ての住民が戻ってきているわけではない。
原発事故により、ふるさとに帰ることを諦めた人達もまた多いのだ。

今日のタイトルを見て「なるほど」と、思われた方もいらっしゃると思う。
再建中の東芝だが、東芝の経営危機を招いたのが「原子力発電事業」であった、ということはご存じの方も多いと思う。
そしてその「原発事業」の中心であった、アメリカの企業・ウエスチングハウス(WH)の法的整理を進めたい意向がある、というニュースが昨日あった。
MSNニュース:東芝原発 米WH「法的整理」加速 将来損失リスク遮断へ
東芝という日本の優良企業であったはずの企業が、膨大な損失を出すコトになった「原子力事業」は、実は東京電力福島第一原子力発電所にも関わりがある。
東芝:原子力事業部 プラント納入実績
実績表の中を見ると、東京電力福島第一原子力発電所、1号機、2号機、3号機、5号機の名前があるの事がわかる。
そのうちの1、2、3号機が、水蒸気爆発をしたのだ。
もちろん、施設そのものの管理・運用についての責任の多くは、東京電力にあることには違いないのだが、いつ収束するとも見当がつかない今の状況から考えれば、東芝もプラント納入事業者として、相当の事故処理費用を負担しているのでは?と思うのだ。

東芝という、企業の再建には原子力事業の切り離しが、最優先と言われてきたが、本当に切り離してしまうことができるのか?
もちろん、WHの法的整理とは関係なく、事故処理は進めなくてはいけないコトだが、原子力事業の一部分は残す必要があるはずだ。
そしてそのための費用もまた、東芝に重くのしかかっているような気がするのだ。

東日本大震災が起き、福島第一原子力発電所事故が発生する前まで、私たちが享受してきた「豊富な電力が与える生活の便利さ」のツケは、やはり私たちの世代が支払う必要があると思う(もちろん、東芝や東京電力に支払うという意味ではない)。
その一方で、最近聞かれなくなってきた「脱原発による自然循環型エネルギー」の普及を進める必要があると思うのだ。
事故処理と事故の収束が全く見えないまま、処理費用だけが膨大に膨らみ続けている、東京電力福島第一原子力発電所事故を考えると、原発の輸出は輸出国にとっても、日本にとってもプラントを輸出する企業にとっても、ハイリスクな事業輸出だと思う。
3.11は、そのコトをまざまざと突き付けたことを、改めて感じるのだ。

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トランプ氏の「入国制限」が、意外な問題を引き起こす?

2017-03-10 20:32:12 | アラカルト

米・トランプ氏の「大統領令」は、とどまることを知らないようだ。
イスラム圏を中心とした、7か国の出身者に対する「入国制限」に始まり、先日は「イラクはOK」とした「大統領令」を発令したりしている。
ここまで「大統領令」を乱発する大統領は、これまでいなかったと思う。
「大統領令」も、随分軽いものになってしまった!と、感じている米国民は多いかもしれない。

さて、このトランプ氏の「入国制限」に、思わぬところから警告が発せられた。
警告を発したのは、FIFA(=国際サッカー連盟)だ。
AFP:FIFA会長が米国のW杯招致に警告、トランプ大統領の入国禁止令受け

2026年のW杯の開催に向け、米国はカナダ、(なんと!)メキシコとの共催候補として本命視されているらしい。
2026年のW杯は、これまでの出場国数が32から48か国に増えるコトが決まっている。
当然、試合回数も多くなるコトを考えれば、テレビなどのメディアにとっては中継や録画放送で大きな利益が得られるチャンスでもある。
もちろん、高額な放送権料を支払う必要はあるはずだが、それでも全世界に配信される、ビッグビジネスであるコトには変わりないだろう。
それだけではなく、いくつもの米国企業がスポンサーになっていることを考えれば、米国経済にとってもそれなりに影響があるビッグイベントだともいえる。

確かに、米国におけるサッカー人気は欧州に比べ、低調であると言わざる得ない。
1月に開催される「スーパーボウル」のような、盛り上がりは期待できないかもしれない。
とはいうものの、サッカーというスポーツが世界規模で人気があるスポーツであることを考えれば、開催地に落ちるお金は少なくないはずだ。
いわゆる「W杯における経済効果」という、部分では見逃せないモノがあると思う。

そのビッグイベントとなるはずのFIFA・W杯の招致に、FIFA側が警告する、というのは前代未聞という気がする。
今この時期にFIFA側が警告をする、というのは米国がカナダ・メキシコとの共催での有力候補である、ということのPRでもあるのだろう。
しかし、今のトランプさんではメキシコとの共催は、まず考えにくい。
なぜなら、ご存じの通りメキシコと米国の国境に「壁」を造るつもりだからだ。
「壁」を築いて、締め出そうとする相手とどうやって共催するつもりだろう?

「アメリカン・ファースト」が悪いわけではないが、アメリカだけで世界が動いているわけではない。
この警告、トランプ氏はどう受け止めるだろう?

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サンローランの広告は、何を伝えようとしているのか?

2017-03-08 19:52:11 | CMウォッチ

サンローランの広告が、物議を呼んでいる。
Huffington Post:サンローランの広告に「レイプ扇動」などと非難殺到、当局が変更を求める

確かに、「一体何を言いたいのかわからない」という、印象を持つ。
なぜなら、肝心のファッションという部分が見えないからだ。
トップに掲載されている広告だけではなく、もう一つの広告も「なんだかな~」という、印象がぬぐえない。
扇動的かどうかは別にして、サンローランらしさは感じられない。
サンローラン側としては、「挑発的な広告を出したかった」ということなのかも知れないが、挑発的という印象でもない。

「挑発的な広告」というのは、これまでにもいろいろあった。
一番「挑発的な広告」と言えば、1980年代末~現在の、ベネトンの広告だろう。
クロ箱Index:オリビエロ・トスカーニによるベネトンの広告
HIV(エイズ)が社会的に問題になり始めた頃、エイズ患者とその家族を撮った広告は「まるで映画・家族の肖像のようだ」と言われた。
その後も、様々な社会問題を積極的に取り上げ、その時の権力や社会を挑発してきた。
この広告を作ったのは、写真家・オリビエ・トスカーニで、広告としては「ベネトン」という企業が社会についてどのように考えているのか?ということを打ち出している広告だった。

個人的に一番センセーショナルだと感じたのは、ボツニア・ヘルツゴビナの内戦で亡くなった青年が着ていた、血まみれのTシャツとパンツだった。
新聞の真ん中2面にわたる大きな広告で、「ファッション企業がなぜ、このような広告を打つのか?」と、考えさせられた広告でもあった。
その後も、黒人女性の胸に抱かれる白人の赤ん坊など、人種差別や社会的弱者にフォーカスした広告を出し続けた。

後付けの解釈になるのだが、「ファッションは、自由でなくてはならない」、「自由は平和な社会の中で生まれる」といったこと、「偏見や権力の中では、自由は失われていく」ということを、受け手に考えさせることを目的としていたように思うのだ。

それに対して、今回のサンローランの広告には「訴える」というモノが感じられない。
何より、サンローランの一番の魅力であるはずの、「エレガントさ」に欠けるような気がするのだ。
この広告を、イヴ・サンローラン自身が見たら、どのような感想を持つのだろう?
イヴ・サンローランが作り出した「ファッションの世界観」は、サンローランの「ブランドイメージ」とも重なっているはずだ。
それが、感じられないのがとても残念に思うのだ。

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「女の敵は女」ということかもしれない。

2017-03-07 17:09:01 | ライフスタイル

ハリウッド女優のエマ・ワトソンのファッションと発言が、話題になっている。
ロイター:胸露出写真はフェミニズムに反さず、女優エマ・ワトソンが批判一蹴
問題となったのは、エマ・ワトソンが着ていた服で、雑誌・ヴァニティフェアに掲載された写真だ。
Vanity Fair:大人のエマ・ワトソンの新境地?もうプリンセスだけではない
表紙の写真ではなく、記事掲載をされているページに掲載されている、レースのチョーカーに白い太いニットで編まれたボレロをトップレスにまとっている写真が、話題となっているのだ。

確かに、ハリーポッターシリーズに出演していた頃のような、少女の面影はない。
しかし考えてみれば、アイビーリーグのブラウン大を卒業した、成人した女性なのだ。
エマ・ワトソン自身が、常に社会から注目されているという自覚があるからこそ、自分の発言力の大きさ、ということを理解し、様々な場面で社会的発言をしているのだと思う。

今回のエマ・ワトソンのファッションに噛みついた(?)、「自分たちこそ、フェミニズムについて社会を動かしている」という意識で発言している女性たちの姿を想像すると、1970年代の「ウーマンリブ」の活動をしていた女性たちの姿と重なるような気がするのだ。
日本でもやたらと男性を攻撃する「ウーマンリブ」のグループがあったが、彼女たちの姿というのは「男性と対等である」ということをPRするために、あえて男性的なファッションをする傾向があった。
それがカッコイイ!というのであれば、問題ないのだが、どこか無理をしている感があったような気がする。

時代は変わり、ファッションの世界では「女性的・男性的」という枠は徐々に無くなりつつあるような気がする。
そんな中で、エマ・ワトソンのヴァニティフェア誌の写真を見て、「彼女はフェミニストではない!」と、目くじらを立てる女性たちの姿は、上述した1970年代どまりという気がするのだ。
1970年代、新鮮な印象だったモノ・コトは、今では「懐かしさ」へと変わり、価値観そのものも大きく変化してきた。
そう考えると、エマ・ワトソンのファッションに噛みついた女性たちは、「女の敵は女」ということを表しているような気がしてくるのだ。

明日、3月8日は「国際女性DAY」。
1970年代ではない、今をファッショナブルに・しなやかな感性を持って生きる女性たちの活躍を考える切っ掛けとなれば素敵だと思う。
1970年代、ウーマンリブの最中に全米No.1ヒットとなったヘレン・レディの「I am Woman」を見ると、女性の思いが40年以上経っても変わっていないコトには、驚くのだが・・・。
ヘレン・レディ「I am Woman」(Youtube)

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