日々是マーケティング

女性マーケターから見た日々の出来事

「事業の実態を把握していない」と答えられる経営者ーZOZOTOWN「ツケ払い」

2017-04-28 21:48:48 | ビジネス

Yahoo!のトピックスにも取り上げられている「ZOZOTOWNのツケ払い」に関するニュースを見て、ビックリした。
ITMediaビジネスオンライン:ZOZOTOWN「ツケ払い」、未払い率「把握していない」

この見出しだけを見ても、驚かれる方のほうが多いと思う。
何故ならこの言葉の主が、ZOZOTOWNを運営しているスタートトゥデイの社長だからだ。
しかも「決算会見」という場での発言であったことに、驚きを通り越して唖然としている。

「ツケ払い」の決済代行を違う会社に委託をしているとしても、商品を販売しているのはZOZTOWNというECサイトだ。
決済代行を委託しているとすれば、当然収益の中から「代行手数料」などを支払っているはずだと思うのだ。
支払っていなくても、回収した代金から「手数料分」が引かれて、スタートトゥデイ側に支払われているのでは?
他社に「決済代行」を委託しているからと言って、事業収入を把握していない経営者はいないと思う。
理由は説明しなくても、ご理解いただけると思う。
本当は把握しているのかもしれないが、であれば、回答する言葉が違うと思う。
「未払い率」ではなく、売り上げ全体に対する未払いの割合など、違う言い方もあるのではないだろうか?
もし、本当に把握していないのだとしたら、随分どんぶり勘定の企業という印象がある。

「未払い率」を把握していないにもかかわらず、「『ツケ払い』をテレビCMなどで積極的に訴求したことで、認知度、利用者が増え、4月以降の業績に好影響を与えている」という話にも違和感を感じる。
確かに「ツケ払い」という支払い方法によって、新規顧客が増えたかもしれないが、そのうちの何パーセントかは「ブラックリストに名前が挙がる=未払い者」ような顧客を作ってしまっているのでは?
そのような顧客は、本当の顧客と呼べるのだろうか?
何より、「ツケ払い」というサービスは、利用者にとって「本当のメリット」があるサービス、と言えるのだろうか?

確かに、ECビジネスの市場で占有率を高める、ということは重要なことだ。
小売業の中でも、成長しているのもECビジネスだということを考えれば、市場の拡大を目指すことも当然だろう。
ただ、ZOZOTOWNの前澤社長の言葉には、「ビジネスのビジョンや未来図」のようなモノが感じられないのだ。
「自社のECサイトで買い物をしてくれれば、それで良い。後のことは知らない。「決済代行」を行っているGMO側が、必死に代金回収をしてくれるだろう。」と、言っているようにも聞こえるのだ。
それは、商売としてあるべき姿なのだろうか?
何より、経営者としてどうなのだろう?
これらの言葉には「儲けが先で、後のことは(お客さんが)どうなっても知らない」と、言っているようにも聞こえるのは、私だけだろうか?




 

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発想を変え、視点を変えると、大きな力になる

2017-04-27 20:05:59 | アラカルト

今村復興大臣が「(東日本大震災が起きたのが)東北でよかった」と、所属する政治グループのパーティーで発した言葉は、今村大臣を辞任へと追い込んだ。
確かに、このような発言は震災復興を担当する大臣として、あってはならない発言だろう。
今村氏は、この発言だけではなく以前にも「暴言・放言」の類が多く、会見での質問なども勝手に打ち切ってしまうなど、大臣としての資質も問題になっていた。

実は、Twitter上ではこの「#東北でよかった」という、ツイートが話題になっている。
Huffington Post:#東北でよかった 東北の魅力伝えるツイート相次ぐ

このツイートそのものが、今村氏の暴言を逆手に取った内容なのだが、震災発生から6年が経過し、被災地以外の地域の人たちにとって、感心が薄くなりつつある今だからこそ、効果的なSNSを使ったプロモーションになっているような気がする。
これまで被災地以外の地域に住む人たちにとって、被災地の現状を知る一番の手立てはテレビや新聞などのマスメディアを通しての情報だった。
被災地に住む人たちからの積極的な情報発信そのものに、余り触れられることなく時間が経過していったように感じる。

それが担当大臣の暴言を逆手に取り(=発想の転換をし)、「注目キーワード」として使うことで、改めて東北の魅力を発信する、ということをしている。
掲載される写真なども、今が見ごろとなっている東北の桜やこれから旬を迎えるサクランボなど、東北の魅力を伝える内容のモノが多い。
それだけではなく、東北の方々が「東北でよかった。自分の故郷に誇りを持っている」などのツイートが数多くある。
風評被害などで、心理的ダメージを受けたであろう、東北の人たちにとっても、故郷への自信回復の切っ掛けにもなっているように、見受けられる。
「ふるさとへの自信回復」ということは、とても重要なポイントで、年明けから「被災地から避難している方々へのいじめ」などが、次々と問題になっていたからだ。

いじめの対象となっている方々の多くは、東京電力福島第一原子力発電所事故により、故郷を追われるように避難している人たちが主なようだが、このようなニュースにより、自分の故郷に対してどこか後ろめたさのようなものを感じていた被災者も、多いのではないだろうか?
そのような人たちに対して「自分の故郷が東北でよかった」と、匿名性の強いSNSの中であっても言えるようになった、と意味は大きいと思う。

もう一つは、このツイートに数多くの企業が参加している、という点だ。
タカラトミーやヤマハ発動機のような企業から、地方紙のツイートは全国紙では伝えられない東北を伝えている。
もちろん、TwitterJapanが今週末から始まるGWに東北へ出かけてみては?という、ツイートも粋な計らいだろう。

確かに今村氏の発言は、暴言・放言の類ではあったが、発想を変えて東北の魅力発信へと変えることができる人たちの力こそ、復興には一番大切なコトなのかもしれない。

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「Amazon」ブランドに、傷がつきそうなマーケットプレイス

2017-04-26 15:45:15 | マーケティング

Yahoo!のトピックスを見ていたら、Amazonのマーケットプレイス経由で販売している一部業者が、詐欺目的で出品をしている、という記事があった。
Yahoo!トピックス:Amazonマーケットプレイスで「詐欺業者」横行・・・商品届かず、個人情報洩れる恐れ

ECモールサイトの中で、楽天を抑えて一番の利用者がいると言われているAmazonだが、このような出店者がいることは、Amazonにとって大きなブランドダメージとなる可能性が高い。
なぜなら、多くの利用者は「Amazonから買っている」という、気持ちが大きいからだ。

もちろん、利用者側も「Amazonから直接出荷する」だけではなく、Amazonに出店している事業者がいることは理解していると思う。
「Amazonから出荷」と表記されている商品についても、Amazonそのものも、実際のサイトで見るほどの商品を、メーカー等から直接仕入れている訳ではないだろう・・・ということは、ある程度想像できる。
とは言っても、これらの商品はAmazon側から直接出荷されるので、利用者側にとっても安心感は高いはずだ。

それに対して、マーケットプレイスからの出荷は、同じECモールである楽天に出店している事業者よりも、不安感がある。
というのも、事業者が日本国内にとどまらないからだ。
日本の事業者で、海外から安い商品を輸入し販売している場合であれば、まだ「商品が届かない」という心配は少ないと思うのだが、事業者そのものが海外からの輸入代行のような事業者であれば、心配度は高くなるのではないだろうか?

そもそも、Amazonのマーケットプレイスに出店している今回のような「詐欺事業者」が、輸入代行業者だと知って注文をしているのだろうか?
おそらく多くの利用者は、輸入代行事業者だと思ってはいなかったのではないだろうか?
実際、Amazonの商品レビューを見てみると「まさか、中国(または海外)から送られてくるとは、思わなかった」というコメントなども散見する。
とすれば、サイト内でマーケットプレイスの出店者が国内なのか海外なのかを告知する必要があると思う。
それが、告知されていない、という点では不親切な印象を与える。

ただこのような「詐欺事業者」が、マーケットプレイスに紛れ込んでいる、という事実はAmazonそのものにとって、大きな痛手となるはずだ。
何故なら、上述した通り多くの利用者は「Amazon」というECモールサイトを信頼して、買っているからだ。
当然マーケットプレイスに出店している事業者であれば、Amazonからの「お墨付き」という意識をもって、買っているだろう。
その信頼が、出店事業者よりもAmazonに対して、崩れてしまったのが今回の事件だからだ。
マーケットプレイスに出店する事業者に対して、何等かの信用保証を出させるような対策が、Amazonだけではなく、他のEC事業者にも求められるようになるだろう。
ECサイトで交わされる「個人情報」は、通常の小売店で交わされる「個人情報」よりも多いからだ。

もう一つこの事件が教えてくれていることは、便利さの裏にある「リスク」だ。
クレジットカード決済で買い物をすれば、注文後商品の到着は翌日か翌々日には到着する。
それに対して、コンビニ決済などは、注文後決済番号をメールでもらった後、コンビニで現金で支払う必要がある。それだけ手間がかかる。
手間がかかる分、クレジットカードなどの番号などの流出の心配は軽減される。
今回の事件では、クレジットカードなどの番号などは流出していないようだが、便利さの裏にはこのような「個人情報が流出するリスク」がある、ということも教えているように思う。







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「既成政党」への期待が、無くなりつつあるのか?

2017-04-24 18:10:18 | 徒然

フランスの大統領選は、これまでの「既成政党」離れを象徴するような結果となっている。
The Huffinton Post:フランス大統領選 マクロン氏とルペン氏が決戦投票へ 主要政党ではない候補者の一騎打ちに

マクロン氏もルペン氏も、これまで政権を握っていた政党から出馬をしていないのは、ニュースなどで報じられている通りだ。
これまでなら、泡沫候補と揶揄されていたであろう両候補だが、ルペン氏の発言などは昨年暮れあたり(だったような気がする)から、注目を浴びるようになってきた。
それはまるで米国で誕生した、トランプ大統領と呼応するような印象だ。
そのような流れは、昨年の英国で起きた「EU脱退」を決める国民投票の頃から、始まっていたのかもしれない。

昨年の主要国における選挙で一番の驚きだったのは、ご存じの通り米国のトランプ大統領の誕生だったと思う。
泡沫候補として登場し、あれよあれよという間に共和党の主要候補を破り、最終的には共和党の候補者として大統領選を戦い、大統領になったからだ。

トランプ氏が選ばれた理由の一つに、「これまでの政治家とは違う」ということへの期待感があった、ということが言われている。
共和党の候補者の中でも最有力と言われていたのは、1989年~1993年まで大統領を務めたブッシュ大統領の三男で、2001年~2009年まで大統領を務めたブッシュJr大統領の弟で元フロリダ州知事のジェフ・ブッシュ氏だった。
日本的な言い方をすれば「政界のサラブレッド」なのだが、ジェフ・ブッシュ氏は共和党内の指名争いから早々に撤退をしてしまっている。
その後も「政治経験がある有望候補者」が、次々と脱落(と言っては失礼だが)し、結局、政治経験が全くないトランプ氏が選ばれたのだった。
現在、米国国民がトランプ氏を大統領に選んだことをどのように思い・感じているのかはわからないが、少なくとも大統領選までは「これまでの政治とは違う政治への期待感」だったのではないだろうか?
もちろん、荒唐無稽な公約の数々が、選挙民の期待へと結びついたということは考えられるが、違う見方をするなら、これまでの政治家への不満がトランプ氏を大統領にした、ということになる。
同様のことが、今度は欧州でも起き始めているのでは?という確信となっているのが、今回のフランス大統領選かもしれない。

このような流れは、日本でも起きるのだろうか?となると、残念ながら起きそうな気配をあまり感じられない。
安倍政権の支持率は高く、対する野党の支持が下がっているからだ。
特に、第一党の民進党内で起きているドタバタは、どうなのだろう?
「選挙に勝つため」の政党ではなく、国民の生活を安定させ(できれば発展させる)政党への期待は変わらずあるはずだと思うのだが、今の既成政党では期待できない、と感じている国民は多いと思う。
日本の選挙システムでは、いわゆる「ミニ政党」ほど選挙戦は厳しいと言われていることを考えれば、野党がその受け皿になるような考えが必要のような気がする。



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ブランド品の価値を考えさせられる写真

2017-04-21 20:33:13 | マーケティング

風邪を引いてしまい、お休みをしていました。
季節の変わり目で、乱高下する気温に体がついていけなかったようです。

Huffingiton Postに、「ブランド品の価値って何だろう?」と、考えさせられる記事があった。
Huffingiton Post:20万円する「バレンシアガ」のバッグ、アレに似てる?

「バレンシアガ」というブランドだが、スペイン人のクリストバル・バレンシアガが始めたブランドで、もともとはオートクチュールが中心だった。
顧客の中には、スペイン王室や王侯貴族の名前があったり、ケネディ大統領がジャクリーヌ夫人と連れ立ってドレスを買うなど、「上流社会」の人たちからの人気が高かったブランドでもある。
ただ残念なことに、日本で紹介されるのは「服」ではなく、バッグなどの「小物」が多い。
これは何も「バレンシアガ」に限ったことではなく、海外の有名ファッションブランドの日本での売り上げの多くは、「服」ではなくバッグなどの「小物」だと言われている。
バブルの頃でも、日本での売り上げの7割は「小物」だと、言われていたほどだ。

そして今回のバッグだが、使われている素材はともかく、デザインがIKEAのショッピングバッグに、そっくりということらしい。
確かに写真で見る限り「そっくり」と言われても仕方ないほど似ている。
特に、バッグの持ち手デザインはそっくりだ。
IKEAの持ち手は、IKEAのロゴが織り込まれているくらいで、もしロゴが織り込まれていなかったら「バレンシアガのセカンドライン(=価格帯を下げた買い易い商品ライン)だと言われても、気づかないかもしれない。
それが、いわゆる「偽物」製造にもつながっていくのだが、ここまでそっくりだと「バレンシアガ」のバッグデザイナーは、何をしていたの?と、勘繰りたくなってしまう。

ファッションの世界では、いわゆる「意匠」という発想は、低いと言われている。
そのため、毎シーズン発表されるファッションショーの動向を見て、似たようなデザインの服が安価で出回ることになる。
そもそも1回のファッションショーでつくり出される服の点数も、半端ではない。
使われる素材や生地のプリントなどが、重なることも度々ある。
それが「トレンド」として、発信されていく、という部分もあるのは事実だろう。
そのため、いちいち「意匠がどうの・こうの」と言っている場合ではない、ということもだろう。

となると、「ブランド品の価値」を決めるのは、それらの商品を購入する側ということになる。
工業製品のように、仕様がわかるような情報は無く、価格設定も言い値(と言っては失礼だが)に近い感覚を持っている方もいらっしゃるのではないだろうか?
(やや乱暴な言い方ではあるが)「商品を見て、この価格なら納得できる(お値打ち感がある)」と、購入する側が感じた時に、初めてその「価値」が、作り手と購入者と一致する、ということになるのでは?

もちろん、今回のような「そっくりすぎる」と、「バレンシアガ」の購入者としてはガッカリするかもしれない。
逆にIKEA側としては、自社のセンスの良さに安心をしているかもしれない。
そして「ブランド品と言っても、デザイン的にIKEAと違いがないなら、ブランド品を買う意味がない」と、感じる人もだろう。
この「大差ないなら、ブランド品を買う意味がない」と感じる生活者が、一番悩ましい存在となるはずだ。

「ブランド価値」という視点で考えれば、価値を決めるのはブランド側ではなく購入側にある、という意識は大切なのでは?ということを教えてくれる「バレンシアガ VS IKEAのバッグ」だ。


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テレビCMで配慮すべきこと

2017-04-18 21:14:52 | CMウォッチ

一部スポーツ紙などに取り上げられている、三ツ矢サイダーのてれびCM中止の報道。
スポーツ報知:アサヒ飲料 三ツ矢サイダーの新CM取りやめ・・・SNS上で「危険」の声
このような報道がされるたびに、思うことがある。
それは「テレビCMで配慮すべきこと」という点だ。

テレビCMの目的は、「商品やサービスを広く多くの生活者に知ってもらう」ことだ。
そのために、人目を引くような演出がされるコトが多い。
その中でも食品や飲料水などのCMは、その商品に合わせて細かな市場分析の上で、購買層をある程度確定し、その購買層にマッチするようなCMがつくられる事がほとんどだ。

今回の三ツ矢サイダーのCMにしても、タイトルが「僕らの爽快編」となっていることから、高校生くらいから20代前半を購買層として考えて作られたのだと思う。
場面設定も「屋上でトランペットの練習」となっていることを考えれば、これからのシーズン、高校野球などの応援をする吹奏楽部の練習風景をイメージしていたのでは?という感じだろうか。
そして、仲の良い女の子同士がはしゃぎあい、思わず体が当たってしまうということも、ありふれた日常の風景だろう。
テレビCMでは、このような「日常の風景」を切り取った内容のモノは、比較的多くある。
理由は、「親しみ度」が高く、共感されやすいからだ。

問題なのは、この二つの「日常の風景」が重なったとき、どのような危険が起きるのか?という、配慮に欠けていた、という点だ。
テレビCMには、上述したような「広く多くの生活者に商品やサービスを知ってもらう」という、目的がある。
その目的とは別に、「社会的メッセージ」も含まれていることも多くある。
例えば、自動車のCMだ。
今から20年以上前のCMでは、シートベルトを着用するのは、運転者だけだった。
それが道交法が改正され、助手席に乗る人もシートベルトをするようになり、今ではチャイルドシートに後部座席に乗る人も、シートベルトを着用している。
テロップなどで「シートベルトを着用しましょう」と出さなくても、CMを見ればわかるようになっているのだ。

そのため、テレビCMなどでは各場面で「その場面に問題はないか?何か危険なメッセージが含まれていないか?」などの様々なチェックがされているはずなのだ。
テレビCMそのものに注目して視聴している生活者がほとんどいなくても、生活者自身が何気なく見ているテレビCMは膨大な量になる為、無意識のうちに記憶されることもある。
そのような「無意識に記憶される」ことを考え、極力「危険」と判断される場面は排除する、という配慮が必要になってくる。

様々な制約の中でつくられるテレビCMは、面白くないと思われるかもしれないが、それが逆にクリエーターたちの力の見せ所でもある。
クリエーターが様々な制約を乗り越えつくられたテレビCMが、本当は面白く印象的なのだ。

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百貨店は、どうなっていくのだろう?

2017-04-17 20:16:24 | ビジネス

名古屋にある百貨店の一つ「丸栄」が、百貨店事業から撤退する、というニュースが先日あった。
CBCニュース:丸栄 百貨店事業から撤退も (音声あり)

名古屋以外にお住まいの方にとって「丸栄」という百貨店は、馴染みがないと思う。
「三越・伊勢丹・高島屋・大丸・松坂屋」のような、全国展開をしている百貨店ではなく、地方百貨店の老舗として名古屋では親しまれてきた百貨店だからだ。
この「丸栄」に限らず、全国にある地方百貨店がここ2,3年次々と閉店をしている。
地方の地元資本による百貨店そのものは、全国展開をしている百貨店と比べると、その規模も小さく品揃えという点でも、不利な点があると思う。
「百貨店で買い物」が、週末の楽しみだったり、特別な買い物(というイベント)であった昭和の時代、地元資本の百貨店の存在は、その地域にとっては「顔」でもあったはずだ。
その「地域の顔」が、ドンドン閉店していくということは、その地域全体が元気がなくなってきているような、印象にもつながっていくような気がしている。

小売そのものが、百貨店から大手スーパーが展開する「ショッピングモール」へと主役が移り、今ではAmazonや楽天などを中心としたネット通販が、小売りの主役へと変化し始めている。
そう考えると、地元資本による地方の百貨店はとても厳しい状況になっていることは、十分理解できる。
何より基本「定価販売」である百貨店は、バブル経済崩壊後苦戦を強いられるのも当然かもしれない。
以前に比べ、「セール」を打つ回数は増えたが、それでも百貨店の基本は「定価販売」ということになるだろう。

一方、バブルが崩壊してから多くの百貨店がしてきたことの一つは、「場貸し」だ。
売り場の一部を「他の小売り業に貸す」というテナント収入で、収益を上げてきた。
以前は、海外の有名ファッションブランドが中心だったが、ブランド戦略で路面店へシフトするようになると、百貨店らしさを感じさせない事業者が入ってくるようになってきた。
名古屋の随一の老舗・松坂屋は、バブルの頃に建てた別館の複数フロアーを「ヨドバシカメラ」、1階の通りに面した場所にはH&Mが入っている。
H&Mはまだアパレルなので、それほど違和感があるわけではないが、ヨドバシカメラのフロアーは、さすがに違和感がある。
「あれ?!ここって松坂屋だったけ?」というくらい、松坂屋感は無い。

今回の丸栄は、既に製薬会社である興和が支援し、子会社化するようだ。
製薬会社の興和と言っても思い浮かばない方もいらっしゃるかもしれないが、「キューピーコーワ―」という商品名を聞くとすぐにわかると思う。
その興和は随分前から、テナントビルをいくつも所有していることを考えると、百貨店事業ではなくテナントビルとして活用するということも、当然だろう。

百貨店に限らず、「買い物の楽しさ」ということが、忘れられているような気がしてならない。
AmazonをはじめとするECサイトは、確かに便利だがそこには「買い物に行く」という楽しさがあるのだろうか?
商品を見ながらアレコレ迷ったり、何気なく目にとまった商品に「素敵!」と手に取ったりする、ワクワク感などは、実際に買い物に行かなくては経験できないコトのように思えるのだが・・・。



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博物館や美術館を観光資源にするには・・・

2017-04-16 22:26:03 | アラカルト

大臣という職にある方々は、時折とんでもない発言をされることがある。
いわゆる「暴言・放言」と言われる類になるのだが、この「暴言・放言」には、「品性に欠けている」と感じる言葉もあれば、「学校の成績は優秀だけど、それ以外は・・・???」という言葉まで、いろいろある。
今日、新聞社のサイトを賑わした山本地方創生相の「一番のがんは、学芸員」という発言は、「学校の勉強はできたけど、教養は?」と感じさせる言葉だったように思う。
讀賣新聞:山本地方創生相「一番のがんは学芸員」と発言

どうやら山本地方創生相の思い描いている「地方創生」は、「美術館や博物館を観光資源にして、地方の活性化に結びつける」ということらしい。
この発言を聞く限りでは、そのように思える。
確かに、パリの「オルセー美術館」や「ルーブル美術館」、ロンドンの「大英博物館」、ニューヨークの「メトロポリタン美術館」や「スミソニアン」など、すぐに思い浮かぶ美術館や博物館が海外にはいくつもある。
これらは、もともと著名な収蔵品が多くあり、常設展だけでも多くの観光客を呼び寄せることができる美術館や博物館だ。
では日本の場合はどうなのだろう?

「国立」と名の付く美術館や博物館の多くは東京に集中し、地方の美術館や博物館はその地域の名士と言われる人たちが私財を投じてつくられているか、県や市の運営によるものが多いはずだ。
私財を投じてつくられた美術館としては、倉敷の「大原美術館」などが有名なところだろうか?
「大原美術館」だけではなく、今でも私財を投じ、公益法人として運営をされている美術館はいくつもある。
しかし、その規模は海外の著名な美術館や博物館などと比べ、こじんまりしている。

そう考えると、山本地方創生相が考えるような「美術館や博物館を観光資源にして、地方活性化」というのは、現実的な発想ではないと思うのだ。
まして、美術館や博物館の「展示企画」をする学芸員を、邪魔者扱いにするような発言をするということは、美術館や博物館がどのように運営されているのか知らない、ということになるだろう。
「学芸員の仕事」を理解していない、ということもあるだろう。

もう一つ山本地方創生相の発言が、勘違い発言のように思えるのは、地方の美術館や博物館の運営そのものがとても厳しい状況にある、という点だ。
収蔵品などが少ないために、多くの企画展などは「他の美術館からの借受」ということになる。
名古屋市が運営している「ボストン美術館」などは、その名前の通り米国の「ボストン美術館」から、美術品を一定期間借受をして展示していた。
その「借受期間が終了」するため、美術館の閉館が決まっている。
理由は、財政的問題だ。
朝日新聞:名古屋ボストン美術館、閉館が決定 18年度末までに

ただし、ここ10年くらいの間で「アートでまちおこし」という動きがあることも確かだ。
新潟の「妻有・大地の芸術祭」や、瀬戸内海の直島を中心に開催された「瀬戸内国際芸術祭」だ。
このような芸術祭は、国内外からも注目され会期中は、その地域の人口を大きく上回る人たちが集まる。
その点だけを考えれば、「芸術で地域活性化」の成功例と言えるだろう。
だからと言って、日本全国の地方で同様の「芸術祭」ができるわけではない。
なぜなら、「芸術祭」を開催するために「優秀な学芸員」とイベントプロデューサーが必要だからだ。
「イベントプロデューサー」と言っても広告代理店ではなく、芸術や博物館などを熟知していて「金儲け」ではない視点の出資者を集めることができる人物だ。

「美術館や博物館を地域活性化の起爆剤に」というのは簡単だが、現実はとても難しく開催をするための重要なキーパーソンである学芸員を蔑ろにする発言をするというのは、いかがなものだろう。


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「ツケ払い」には、大福帳が必要だと思うーZOZOTOWNのツケ払いー

2017-04-15 09:31:55 | ビジネス

「ZOZOTOWNの2か月後 ツケ払い」が、問題になっている。
文春オンライン:ZOZOTOWN「ツケ払い」で新たなる消費者金融問題が勃発

昨年の秋からZOZOTOWNが「商品先渡し、2か月後支払い」というサービスを「ツケ払い」という名前で始めたのだが、この「ツケ払い」が問題になっているという。

「ツケ払い」そのものは、昔からある支払い方法で、目新しいものではない。
飲食店などは、材料を購入する度に支払うのではなく、1ヵ月まとめて支払う「ツケ払い」が一般的だったような気がする。
今でも製造業をはじめとする企業の多くは、そのような支払いをしているはずだ。

江戸時代から昭和の40年代ごろまで、「大福帳」と呼ばれる「売買勘定元帳」を個人商店だけではなく、一般家庭でも使うことがあった。
「大福帳」の目的は、「いつ・いくら・何を購入したか」ということが一目でわかるようにすることだ。
それによって、「お金の流れを管理する」ことがしやすくなる。

ZOZOTOWNの「ツケ払い」がなぜ問題なのか?というと、収入のない未成年者も対象としている点だ。
2か月後の支払いとなると「何を・いくら・いつ買ったのか」ということが、あやふやになってしまう。
それは大人も同じだろう。
定期的に安定収入のある大人であれば支払いが何とかなっても、未成年者では無理となる場合が出てくる。
まして、ECサイトでの購入というのは、スマホやPCの画面で「ポチ」ッとして購入をする。
自分で買い物に行き、その場で商品を確認しながら「どうしようか?」と迷う時間もあまりない。
「欲しい時に、欲しいものを購入できる」というのが、ECの魅力であり、生活者側にとってのリスクにもなりやすい。
以前の「ツケ払い」と違い、その「欲しい時に、欲しいものをポチっと簡単に購入できる」という、自制心よりも欲求のほうが優位になりやすい買い物が、「ツケ払い」になれば、より一層「買い物をした」という自覚が薄い買い物になってしまう、ということが問題なのだ。

このような問題を受け、ZOZOTOWN側も対応策をし始めている。
Buzz Feed News:ZOZOTOWNが「ツケ払い」問題対策発表へ 取材に答える
ZOZOTOWN側は、以前から「利用状況に応じて与信調査をし、場合によっては利用できない」としていて、利用限度額も5万4千円(税込)と決めているようだが、「与信調査」というのは過去の支払い状況であって、毎回の利用ではない。
例えば、親が子供が購入した利用請求書を見つけ(または、支払いができず親に相談し)、親が肩代わりの支払いをしている可能性がある、ということは考えられないのだろうか。
特に未成年の場合は、このようなケースが十分考えられる。
そのために、「親はこの買い物を知っているのか?」という、チェックを設ける、というのがZOZOTOWN側の対策のようだが、ECサイトでチェック項目を付けるという程度では、本当の親の確認が取れているとは言い切れないのではないだろうか?

であれば、ECサイト用の「大福帳」のようなものを利用者に提供し、現在の利用状況を知らせるほうがまだ現実的な気がするのだ。
「ツケ払い」期間も、通常の通販のように10日~2週間程度にする必要もあるのでは?
千趣会のような老舗通販が、商品到着後の支払い期間が短いのは、それなりの理由があるはずなのだ。

テレビCMなどで「ツケ払い2か月後」と謳うのは、企業側が考えた「利便性」なのではないだろうか?
利用者の「利便性」を考えるのであれば、「無理のない買い物を楽しむ」という発想が必要だと思う。

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「なぜ?」を考える大切さ

2017-04-13 22:04:04 | マーケティング

定期的にチェックをしている、VOUGE Japanのサイトに興味深いインタビューが掲載されている。
VOUGE Japan:アルベール・エルバスが語る、「今のファッション界に必要なこと」

ファッション誌の中でも、一目置かれる存在がVOUGEである、ということはご存じの方も多いと思う。
仕事でファッションとは無縁!と思っている方でも、読まれている方は多いのではないだろうか?
なぜなら、「ファッション」そのものが、「社会を映す鏡」のような役目をしているからだ。
と言っても、別に「服飾が社会を映し出している」というわけではなく、その時々の社会の雰囲気のようなモノを「服飾」というカタチで表現をしている、という感覚でとらえることになると思う。
特に「女性のファッション」は、女性の生活志向などが反映されることも多い、と感じている。

とはいうものの、ここ何年も「トレンド」と呼ばれるような「流行」が、ファッションの世界から生まれていないようにも感じている。
「バブル景気」が始まる直前、アズディン・アライアが発表した「ボディ・コンシャス」で肩を強調したファッションは、日本では「ボディコン」と呼ばれ、時代に呼応するかのようにファッションの世界を席巻した。
その流れの反対ともいえるデザインで一躍「時の人」となったのは、「スラウチ」という肩を強調しないナチュラルなデザインのジョルジオ・アルマーニだった。

その後、ファッション業界でもブランドの再編が行われ、多くのブランドがLVMH(モエ ヘネシー・ルイヴィトン)の傘下に入るコトになり、ファッションそのものがLVMH社のコントロール下に置かれるようになってしまった感があり、同時にファッションの持つ自由さや多様さが、失われてしまったようにも感じている。

そのような状況の中で、ランバンのアーティスティックディレクターを長い間務めていたアルベール・エルバスの「『今』ではなく、『なぜ』にシフトした発想が必要」という言葉には、説得力を感じる。
そしてこの「『今』ではなく『なぜ』にシフトする発想」は、ファッション業界だけに限ったことではない、と思うのだ。

特にマーケティングという視点で考えた時、多くのマーケターは「なぜ?」という、疑問符をたくさんつけながら市場を見ているのではないだろうか?
そこに明快な答えがあるわけではないが、「なぜ?」という問いかけは「トレンド」のように、次々と来ては去るようなものではない。
生活者を見続ける中から生まれてくる「疑問」なのだ。
その代わりに「なぜ」という、疑問を持ち続けるということは、目先の売り上げを追いかけるには、やや効率が悪いかもしれない。
「なぜ」という疑問の解答は一つではないからだ。

ここ1,2年の社会全体に感じるある種の「閉塞感」というか、個人に対して厳しい全体主義的な社会的雰囲気の中では、「なぜ」という意識は難しいのかもしれない。
社会の雰囲気に沿って、データで検証をし、そのデータを基にする方が、効率的でそこそこの売り上げが見込めるからだ。
ただ、そんな思考から生まれた商品やサービスは、生活者からは忘れ去られ易いと考えている。


 

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