日々是マーケティング

女性マーケターから見た日々の出来事

Post-Truthの時代?

2017-01-13 19:35:00 | 徒然

昨年、世界最大の英語辞典「オックスフォード」が、2016年の単語として選出した言葉が、今日のタイトルだ。
朝日新聞:今年の単語に「ポスト・トゥルース」英辞典が選定

記事中にもあるように「世論形成において、客観的事実が、感情や個人的信念に訴えるものより影響力を持たない状況」という、意味を持っている。
なんとなく分かるような、分かりにくいような・・・説明だが、どうやら「客観的な事実よりも、自分の考えや思考が同じ人に同調しやすく、信じやすい。それが社会を動かしている状況」ということらしい。

この言葉で昨年起きた、いくつかの出来事を思い出した。
例えば英国のEU離脱。
この時、離脱派は「EUに支払っているお金が、英国内の医療福祉に還元」という、公約を謳っていた。
ところが、離脱が決まった直後に、公約撤回をしてしまったのだ。
離脱を支持した人からすれば、「はしごを外された」ような感じだろうか?

米国のトランプ氏が次期大統領に決まったことも、同じことが言えるかもしれない。
自分たちの持っている不満に同調し、解決をしてくれるのではないか?という期待感が、客観的な事実や情報から得られたはずの思考を停止させてしまった、ということのように思えてくる。
本当に、トランプ氏がその期待に応えられるか、疑問な気がするのは決して私だけではないと思う。

もう少し、英語本来の意味である「真実はあまり重要ではない」と、解釈すると実は今現在の私たち自身が「Post-Truth」という状態に陥っている可能性がある。
それはネット上などで飛び交う、様々な情報だ。
ネット上に飛び交う様々な情報ほど、「玉石混交」だということは十分わかっていても、つい自分にとって有利な情報や、共感できる情報に飛びついてしまいがちだ。
自分にとってあまり好ましくないと感じられる情報は、「見て見ぬふり」をしてしまうというのは、多くの人が経験していることだと思う。
それがすべて悪いとは思わない。

それよりも問題なのは、飛びついた情報を考える、という「思考する」ことを止めてしまうことだと思う。
ここ2,3年ブームになっている心理学者のアドラーは「決めるのは、あなた自身です」と、言っている。
私たちは、様々な場面で「決断」をしている。
些細なコトであっても、「自分が何をしたいのか?何をすべきか?」ということを考えて、決めているはずなのだ。
それが、自分の事だと感じられなくなると、人にゆだねてしまう傾向がある。
なぜなら、そのほうがラクだからだ。
その「ラク」が、真実から目をそらし、思考を停止させている」のであれば、社会は良い方向へは向かわないという気がする。
社会全体が、「思考停止のラクな方向へ向かう時」、人は不寛容になり利己的な社会になっていくからだ。

そんな社会は、多くの人にとって生きにくく辛いはずなのだが・・・。
ここ1,2年私が感じている「嫌な感じ」が、「Post-Truth」ということなのだと気づいたのだった。



最新の画像もっと見る

コメントを投稿

ブログ作成者から承認されるまでコメントは反映されません。