明日への道標~みんなが幸せになるために

さあ、また書き始めよう。どうしても伝えたいことがあるから。

代ゼミの拠点閉鎖で思ったこと

2014-08-23 | 教育
代ゼミ、小倉・熊本など20拠点閉鎖へ
http://www.yomiuri.co.jp/kyushu/news/20140823-OYS1T50000.html

代ゼミが27拠点のうち、20拠点を閉鎖するらしい。

駿台、河合、代ゼミの3大予備校時代に育ってきた者からすると、
ちょっと寂しい所があるなあ。

自分は基本的には駿台派だったのだが、何度か講習等で代ゼミの授業も受けたことがあり、
なぜか授業中に歌いだす講師などもいて、それはそれで楽しい思い出だ。

代ゼミが苦境に陥った背景は、最近、少子化のスピード以上に浪人が減っている中で、
現役生の取り込みに出遅れたことが大きいようだ。

とはいえ、社会全体で見れば、浪人が減っているのは好ましいことだと思う。
少ない現役世代で老人世代を支えなければいけないのだから、若者にも少しでも早く
世の中に出て貰いたい。

もう一つ言えば、世の中に出て解ったのだが、大学が一ランク下であることよりも、
卒業年が一年下になることの方が、挽回も難しいし、ストレスになるのではないかと思う。

よく、若い内の一年なんて大したことない、とか、無責任なことを言う人もいるが、
その「一年遅れ」は一生付いて回るのだ。

もし、若い人がこのブログを読むことがあれば、とにかく現役で決めて欲しいと思う。


教師の量と質を確保するには

2008-02-16 | 教育
>授業の質は教師の量と質にかかっている。本来は教師を
>もっと増やし、教師の質も高めなければならない。
>文部科学省もそうした条件整備が必要だと認めているのに、
>指導要領を変えただけで、手をこまぬいているように
>見えるのはどうしたことか。
http://www.asahi.com/paper/editorial20080216.html#syasetu1

昨日取り上げた新指導要領について朝日がこんなことを
書いている。

しかし、私が思うのは、まず今教師にやらせている
無駄なことを止めさせて、授業に専念させることで、
量、質を充実させるべきだということだ。

最近、どこの学校のHPに行っても「特色ある教育活動」が
掲げられている。

ググって見ると、和紙作りをやってみました、とか、
環境問題を学習しています、とかいろいろ書いてある。
主に総合的な学習の時間を使ってやっているようだ。

しかし、それらのことを企画して実行して、
報告を纏めて、などとやっていくことには
恐ろしい手間暇が掛かっているはずである。

また、学校によってはシラバスだとか、
やたら細かい学校評価だとか、いろいろなものが
掲げられている。

今の学校の問題は幹の部分がちゃんとできていないのに、
枝葉の部分の負担が重くなりすぎていることではないのか。

民間企業なら、本社に企画やバックアップの機能があって、
現場は営業や生産に専念できる体制になっているのが
一般的である。

今のマスコミは個別の学校にさらに裁量を与えて
学校毎の特色を出すのが善だというようなことを
言っている。

しかし、あるべきはむしろ、民間企業同様、
なるべく企画機能やバックアップ機能を霞ヶ関や教育委員会に
集中した上で、現場の教師は授業や日常的な指導だけに
専念できる体制を作ることではないだろうか。

それによって、現場の教師に余裕ができ、
さらなる予算を掛けなくとも実質的に量、質に渡る
大きな改善が期待できるのではないだろうか。

「ゆとりの教育」だけでなく、
この点についても、早急な方向転換が望まれる。

「新しい学力観」を追放せよ

2008-02-15 | 教育
>小中学校、主要教科の授業1割以上増加…新学習指導要領案
http://www.yomiuri.co.jp/national/news/20080215-OYT1T00611.htm?from=top

これまで散々「ゆとりの教育」路線を非難してきた立場としては、
今回、やっと授業やカリキュラムが充実する方向と
なったことは、なにはともあれ、まず素直に評価したい。

とは言っても、まだ十分とは思わない。

コマ数は減ったとは言え「総合学習」はまだ残っているし、
さらに言えば「新しい学力観」も完全に否定されていない。

これらが完全に教育の現場から追放されない限りは、
本当の「ゆとり教育」路線からの転換とは言えないと思う。

知識や理解を軽視し、生徒の思いつきや思い込みに
迎合するだけの「新しい学力感」に基づいた教育なんて
いつまでもやっていても仕方がないだろう。

なぜか、日本人は「新しい」と付くとプラスの評価のものの
ように思う人が多いが、先人の長い努力によって築かれたものと
「新しい」ものを比べれば、「新しい」方が優れていることは
極めて例外であると知るべきだ。

コマ数の増加ももちろんだが、根本的な考え方の転換が
そもそも待たれる所だ。

橋下氏の教育ネタ3件

2008-02-09 | 教育
2ちゃんねるで橋下氏の教育ネタ3件でスレが立っていたので
それぞれちょっとコメントしたくなった。

>大阪府の橋下徹知事は9日、府内の全公立小学校で1、2年生を
>対象に実施している35人学級編成について、財政負担が大きい
>ことを理由に見直しを検討するよう府教委に指示した。

>橋下知事は「35人学級を導入しない場合、1学級平均37人になる」
>との試算を示したうえで、「35人学級を維持するためには
>30億円が必要。2人減らすために30億円を使うのはどうか。
>国の基準である上限40人という学級の枠組みを採用したとしても、
>4分の3の学級は35人以下におさまる」と説明している。
http://sankei.jp.msn.com/life/education/080209/edc0802092055005-n1.htm

これまで地方政治家の人気取りの定番であった「少人数学級」に対して、
始めて正面から異を唱えた人なんじゃないかな。

そりゃ、人数が少なければいいのは解るけど、
その効果が予算に見合っているかどうかを考えないと。

これまで、教育に関して「金」の話をするのはタブーだったから、
「少人数学級」による人気取りが有効に機能していた訳だけど、
ここで、それなりに注目されている橋下氏がタブーを破って
くれたことで、少しは流れが変わればいいけど。

この件については橋下さん、GJ!

次。

>大阪府の橋下徹知事が府立高校の多様化を目的に学区撤廃の意向を示し、
>府教育委員会が対応に苦慮している。しかし学区制をめぐっては、
>今年度から従来の9学区を4学区に再編、 施行したばかり。
>学区を撤廃すると「特定の学校に生徒が集中し、学校間格差が広がる」との
>専門家の懸念もあり、実現には多くの困難が伴うとみられる。

>橋下知事は知事選の街頭演説でも「勉強はもちろん、スポーツや音楽、
>芸術など子供がやりたいことをやらせてあげるべきだ。そのために
>学校をもっと多様化しないといけない」と繰り返し主張、学区撤廃を訴えていた。
http://sankei.jp.msn.com/life/education/080209/edc0802092036004-n1.htm

これも賛成。

結局、小学区制とか、まあ今は無くなったけど東京などで行われていた
学校群制など、学校間格差を無くそうという試みは、
公立の没落と私立の隆盛、そして「金の有る者」と「金の無い者」の間の
教育格差を生んだだけだったのだから。

ただ、「子供がやりたいことをやらせてあげる」のくだりはどうだろう。

前にちょっと書いたのだが、あまり若いうちから「好き」なことだけに
専念させるよりは、ちょっと苦しくても世界を広げるような努力を
させてあげた方が結局本人のためになると思う。

学校間の学力格差はあって良いと思うが、あまり子供に迎合的な
学校は作って欲しくない。

そして3点目。

>大阪府の橋下徹知事は8日夜、NHKの報道番組で「学力が違う生徒を
>みんな一緒に、先生が授業しろと言ってもできるわけがない」と述べ、
>小学校の一部の教科で学力別クラス編成を導入する考えを表明した。

>橋下氏は「基礎的なクラスをきちんと作った上で、いわゆる習熟度別学習の
>発展形みたいなものを考えている。先生もレベルに応じて教材を用意する」
>と述べた。
 
>また、東京都杉並区立中学が学習塾に校舎を開放して低料金で授業を
>受けさせていることに関して「学習塾に行きたいのにお金がなくて
>行けない子は、何かしら行政としてフォローしてあげないといけない」と、
>大阪府でも今後、取り組む意向を示した。
http://mainichi.jp/select/seiji/news/20080209k0000e010056000c.html

正直、小学校の学力別クラスは反対。

いずれ学力別に分けていく必要はあるのだけれど、
最初の段階の選抜をどの段階で行うかは、よく考えた方が良い。

はっきり言って小学生では早すぎると思う。
だって、その頃の学力差の相当部分は親の熱心さで決まるんだから。

個人的には第一次選抜は高校入試の段階で十分だと思っている。
その頃になれば、親なんて関係なく自分の意志で勉強したい人は
勉強するようになる訳だから。

あまり早く、一部の子供に劣等感を持たせてしまうと、
本当は伸びるはずの子供の芽を摘んでしまうような気がする。

あと、塾への校舎の開放の話も反対だが、
これについては前に書いたので参照して欲しい。



P.S.
明日はちょっと小旅行のため更新をお休みする予定です。
雪だけど大丈夫かなあ…。

もう、やめて…

2008-01-31 | 教育
>教育再生会議が最終報告、道徳の教科化など改めて列記

>政府の教育再生会議(野依良治座長)は31日夕、首相官邸で
>最後の総会を開き、教育再生に向けた最終報告を福田首相に提出した。

>「直ちに実施に取りかかるべき事項」としては、▽道徳の教科化
>▽小学校への理科や算数、体育などの専科教員の配置
>▽大学の全授業の30%の英語による実施――などをあげた。

>「検討を開始すべき事項」では、▽スポーツ庁の設置
>▽6・3・3・4制の弾力化▽携帯電話のフィルタリング(選別)機能
>の義務づけ――などを列挙した。
http://www.yomiuri.co.jp/politics/news/20080131-OYT1T00605.htm

はっきり言って、こんなことで教育が良くなると
思う人がいたら顔を見てみたい。

全文はここにあるけど、何か、思いつきで
制度をあれこれいじってみます、みたいなのばっかりだ。

ここ数年、教育改革とか言って制度を
いじってばっかり来たけど、果たして成果が
あがっているのだろうか?

派手なことや話題になることをやって、
マスコミ向けに「仕事やってます」というポーズを
作っているだけではないのか。

もっと教育って地道なものではないのか。

そう言えば、去年もこの会議の途中の素案に対して
似たようなことを書いたんだけど、一方でその時は
学力向上に関する陰山英男氏のペーパーがすごく良いなあ、
というようなプラスの面の評価してたんだけど。

結局、制度イジリが中心になっちゃうんだよなあ。

はっきり言って、人選が悪すぎるよ。
こんなんじゃ、現場は混乱するばっかりだろう。

で、よせばいいのに今度はこんなのを作るそうだ。

>教育改革推進へ新機関 首相表明、2月下旬に設置
http://www.tokyo-np.co.jp/s/article/2008013101000937.html?ref=rank

>再生会議は総会で、これまでの3次にわたる提言実施を促す
>新機関を内閣に置くよう求める最終報告を決定し、首相に提出。
>これを受け首相は「内閣として教育問題に引き続き真摯に
>取り組む」との考えを示した。

あーあ、って感じだな。


統計のウソ?

2008-01-30 | 教育
>理系高3の数学力、30年前よりアップ
 
>子どもの理数離れが懸念されているなか、理系高校生の
>数学力はおよそ30年前よりも上がっていることが、
>東京理科大学数学教育研究所が1万人を対象に行った
>学力調査で判明した。

>理科大への進学者が多い高校580校から任意に選び、
>調査協力を呼びかけた。2005年から3年間実施し、
>31都道府県からのべ146校が参加。「数学3」と
>「数学C」を履修している高校3年生に問題を出した。
http://www.yomiuri.co.jp/science/news/20080128-OYT1T00689.htm

これ、ほんまかいな?

なんか、統計のウソがあるような気がするなあ。

日本の高校は5000校くらいあるらしいが、
「理科大への進学者の多い高校580校」と言えば、
おおむね、上位1割くらいの高校が該当するのだろう。
(御三家、国立レベルでは逆に少ないのだろうが)

30年前との学力比較を、もし同じ高校同志を
対象として行って、「学力が上がった」というのであれば
別の原因が考えられるんじゃないかと思う。

一つは、昨今の学区の拡大や総合選抜の廃止による
上位校への優秀な生徒の集中。

もう一つは、内申より学力を優先する制度の広がりにより、
学力は優秀だが先生へのゴマすりが下手な生徒が
上位校への進学を阻まれるケースが減ってきていること。

それによって、上位1割の高校だけでサンプルを
取れば、学力が上がっているように見える、という
ことなんじゃないのかなあ。

実際、こんな統計もあるみたいだし。
こっちの方が個人的なイメージには近いんだけど。


P.S.
どうでもいいけど、筑駒から理科大への進学者って
「ゼロ」なんだね。ちょっとびっくり。
http://www.komaba-s.tsukuba.ac.jp/official/sinngaku.htm

進学を奨励すべきか

2008-01-14 | 教育

>私大 厳しい経営状況…15法人、破綻の可能性

>私立学校への国の助成金分配や経営相談などをしている
>日本私立学校振興・共済事業団は14日までに、私立大
>9法人と私立短大6法人の経営状態について
>「教育研究活動のキャッシュフロー(現金収支)が赤字で、
>外部負債も過大。このままでは破綻(はたん)につながる
>可能性もある」と判定した。
http://sankei.jp.msn.com/life/education/080114/edc0801141604002-n1.htm

変な煽り方をして混乱させるのは止めて欲しいが、
実際、定員割れの大学は山ほどあるし、
すでに、破綻した大学もある。

それだけではなく、定員を割れていなくても、
実際は大学として機能しなくなっている所も
たくさんあるようだ。

知人で私大の教員をやっている人がいるのだが、
彼の所はまだ定員割れにはなっていないものの、
ほぼ全入という状況だという。

理工系の学部なのだが、もはや頼りはAO入試で、
そこでは理工系にも拘わらず、物理も化学も微積分も
理解していないどころか、履修もしていない学生を
受け入れていると言う。

AO入試を始めたころは、それでも一応
関連科目を履修はしているという条件は付けていた
というが、それでは学生が確保できなくなり、
今は、志望さえしてくれれば基本的に全員合格だ。

その結果、高校の内容の上に積み上げていうような
科目の授業は成り立たなくなり、科学技術に関する
漫談のような内容で講義時間を潰しているという。

一応、定員を確保している大学でもこの調子では
定員割れの大学がどういう状況かは推して
知るべしだろう。

ここで思うのは、少子化の中で将来1人の老人を
何人の労働力で養っていくか、ということが一方で
問題になっている状況で、この種の大学に補助金を与えて、
大学への進学を奨励することが果たして正しい
政策なのか?ということだ。

国として奨励すべきは、少しでも早く働き始めて
もらうことであり、進学して貰うことではないだろう。

確かに定員割れの大学の補助金は削られ始めて
いるようだが、さらに定員を無理やり埋めているような
大学も含めて、一段の補助金削減を行っていくべきだ。

その結果、経営が厳しくなってくる大学を
どうソフトランディングさせるかが、
今後の課題となるだろう。

安倍氏の遺産は全て捨てよ

2008-01-02 | 教育
>教育改革、官邸に新機関・再生会議の提案具体化

>福田康夫首相は31日、官邸主導で教育改革を加速する
>ための新組織を首相官邸に設置する方向で検討に入った。
>安倍晋三前首相が立ち上げた教育再生会議(野依良治座長)
>を引き継ぎ、同会議が打ち出した改革案を推進する母体とする。
>国民の関心の高い教育問題に福田政権としても
>重点的に取り組む体制を整える狙いだ。

>新組織は教育再生会議が1月に最終報告をまとめるのを受け、
>「教育再生推進委員会」(仮称)として設置する案が有力。
>再生会議が打ち出した大学の9月入学の促進や社会人教員の
>大量採用、小学校から大学までの「6.3.3.4制」の弾力化と
>いった改革案の具体化を検討。実現に道筋を付ける役割を担う。
http://www.nikkei.co.jp/news/seiji/20080102AT3S2900Z31122007.html

もし、福田氏に一つ進言するとしたらこう言いたい。

国民にほとんど全否定された安倍氏の遺産は
小骨の一本に到るまで全て廃棄せよ、と。

教育にしたって「9月入学」や「6.3.3.4制の弾力化」なんて
望んでる国民なんてほとんどいないよ。

「改革ごっこ」もいいところだ。

こんな下らないことで現場に余計な負荷を掛けて、
本来の授業がおろそかになるなら本末転倒である。

確かに教育に対する国民の関心は高いが、
それは、しっかり学力が付くようにして欲しいと
いうことであると思う。

まずは、「ゆとりの教育」で破壊された
学力を向上させるシステムの回復に全力で取り組むべきだ。

余計な「制度イジリ」なんてやっている暇はない。


P.S.
関連バックナンバー

>「会議」が発する悪臭

教育は奇を衒うな

2007-12-09 | 教育
>塾講師:公立中に招き夜間授業 東京・杉並

>リクルート出身の藤原和博氏が校長を務める東京都杉並区立
>和田中学校で、来年1月から、大手進学塾「サピックス」
>(中央区)の講師を招き、2年生を対象に夜間、学力向上に
>向けた授業をすることが分かった。
>保護者から授業料を集め希望する生徒を対象にするという。

>公立中の中で進学塾が定期的な授業をするのは極めて異例で、
>公立学校と塾のあり方をめぐり、波紋を広げそうだ。
http://mainichi.jp/select/wadai/news/20071209k0000m040109000c.html

「アンチゆとり」を強く主張し続けてきた私だが
これには、どうしても違和感をぬぐえない。

この違和感はどこから来るのだろうか?

おそらく、学校には学校の良さがあるし、
塾には塾の良さがあるが、それは水と油であって、
中途半端に融合させても、さらに良いものが作れるとは
思えないということだろうか。

学校というのは良くも悪くも世の中の建前を
代表する場所であり、塾は本音を代表する場所だと思う。

ここでは、別に建前が偉いとか、本音が偉いとか
言いたい訳ではない。

ただ、どちらも人間が生きていく中で必要なもの
なのである。

だから、どちらも誇りを持って自らの価値観や
存在意義を主張して欲しいのである。

それを、どちらも及び腰で、自らの足らない所を
相手に補ってもらいます、みたいな卑屈な態度を
取るのをみせて、子供達が彼らについて行きたいと
思うだろうか?

そんなコウモリみたいな大人の姿は
子供たちには見せたくない。

何か最近、マスコミ受けを狙ったような
奇を衒った教育方針があちこちで見受けられるが、
教育ってもっと地道にやるべきものではないのか?

こんな方法でしか存在意義をアピールできないような
民間人校長であるならば、とっとと首を切った方が
よいのではないだろうか。

それにしても、こんな中学校の学区に住んでいなくて
良かったと心の底から思う。

エスカレーター

2007-11-10 | 教育
昨日の話とちょっと関係するけど。

よく、子供を大学までのエスカレーターに
乗せようとする親がいるんだけど、
あれだけは、よく解らない。

子供の将来の選択の幅を狭めるだけでなく、
自分で人生を切り開いていくという経験を
する機会を、わざわざ遠ざけているように思う。

もちろん、エスカレーターに乗っていても
出て行くことは可能だけど、回りの皆が
エスカレーターを前提に学校生活を送っている中で
それに背を向けて出て行くための準備をするのは
容易ではないし、実際そんな人はほとんど出てこない。

なんで、それでもエスカレーターに乗せるかね?

一方、大学の側としても、青田買いができるとか、
帰属意識を高められるとかのメリットはあるの
だろうが、あんまりやりすぎると、学力低下や
覇気の無い学生が増えることで、ブランドイメージを
損なうことにもなりかねないと思うよ。

「私立小」設立ブームに思う

2007-11-09 | 教育
>慶応、横浜市に小中一貫校新設…11年4月の開校目指す
http://www.yomiuri.co.jp/national/news/20071109i304.htm

私立小学校の新設がなかなか認可されない時代が
続いてきたけど、最近は基本的に認可されるように
なったようだね。

関西の方でも関関同立の小学校ができる(できた)
みたいだし。

世の中が、認可の際の需給調整的な判断は
「悪」だという風潮になってきたことを
受けてのことなんだろうけど。

ただ、こればかりはどうかなあ、と思う。

まだ子供自身に判断能力が無い時期に
親の判断であまり色の付いたものが与えられると
いうのは、好ましいとは思えないもの。

純粋に経済の理屈だけで説明できる世界なら、
新規の認可を事実上止めて、
既得権者のレントを守るようなことは、
行政としてやるべきではないという意見に賛成だ。

だけど、小学校については
すでに出来てしまったものは仕方ないけど、
原則として新規の認可は出さないという運用の方が、
かえってよかったような気もするのだが。



P.S.
ちなみに、本当は中学受験だって反対だよ。

まあ、ゆとりの教育のお陰で、特に男子は
公立と国私立の進学実績が段違いになって
しまったから、ウチも仕方なくやったけどね。


全然、反省が足りない

2007-10-29 | 教育
一応、反省の姿勢は示すつもりらしいが。

>「授業減らしすぎた」中教審が異例の反省

>〈1〉「生きる力」とは何か、なぜ必要なのかを、
> 国が教師や保護者に伝えられなかった

>〈2〉「生きる力」の象徴として、「自ら学び自ら考える力の
> 育成」を掲げたが、子供の自主性を尊重するあまり、
> 指導をちゅうちょする教師が増えた

>〈3〉総合学習の時間を創設したが、その意義を伝えきれなかった

>〈4〉授業時間を減らしすぎたため、基礎的な知識の習得が
> 不十分になり、思考力や表現力も育成できなかった

>〈5〉家庭や地域の教育力の低下を踏まえていなかった
http://www.yomiuri.co.jp/national/news/20071028it01.htm

これじゃ、まだ全然、反省になってない。

自分達は正しかったのだが、それをちゃんと受け取らない
国民が悪いという意識がプンプン臭う。

「全てが間違いでした。国民の皆様、本当に申し訳ありません」
と言え。涙を流して土下座しろ。

>中教審は、こうした反省を踏まえ、次の学習指導要領では、
>「生きる力」をはぐくむという理念は残しつつ、十分な
>授業時間の確保や道徳教育の充実を図る必要があると結論づけた。

>近く公表する「審議のまとめ」を基にさらに議論を進め、
>来年1月ごろに答申をまとめ、文科省が今年度内に
>学習指導要領を改定する。

で、反省が足りないから、また「生きる力」なんて言葉が
出てくる。

頑なに「美しい国」とか言い続けて国民の総スカンを食った
どっかの前首相とダブる。

とにかく、まずは2002年以前の状態に戻してくれ。
すべてはそれからだ。

「会議」が発する悪臭

2007-10-24 | 教育
>教育再生会議が福田政権で初会合、「小・中9年制」検討で一致

>学校制度の見直しは小中一貫の9年制学校をつくり、
>地域の実情に応じて「4.3.2」などの学年のまとまりを
>設ける案を軸に検討する方向。
http://www.nikkei.co.jp/news/seiji/20071023AT3S2302O23102007.html

今の6・3・3・4制が特に優れているとは思わない。
別に4・3・2・3・4でも何でもいい。

単なる決め事であり、どうでもいいことだ。

だけど、そんなどうでもいいことのために、
日本中どこに引っ越しても継続的な教育が受けられる制度を
崩壊させてしまうことは許しがたい。

世の中、親の仕事の都合などで転校する子供はたくさんいる。

そういう子供達が学校を変わっても、
特に単元を飛ばしてしまうことなく学習できる、という
メリットを上回るメリットが、
この「制度イジリ」に存在するとは思えない。

最近のこの手の会議は何か
「珍妙なことを言わなければ負け」みたいな意識が
プンプン臭って吐き気がする。

はっきり言ってしまえば、
この前の参議院選で自民党が負けたのは、
そういう悪臭に多くの国民が耐えられなくなったことが
主因だったのではないかと思う。

安倍も辞めたことだし、会議自体潰してしまえばいいのに。

それでも勉強する理由

2007-09-16 | 教育
>薄れる高学歴志向、「勉強役立つ」東京低く・国際6都市
>小学生調査

>東京の小学生は、ソウルや北京、ヘルシンキ、ロンドン、
>ワシントンに比べ、勉強が役に立つと考えている割合が低く、
>高学歴志向も強くないことが、ベネッセ教育研究開発センターの
>「学習基本調査・国際6都市比較」でわかった。

>家庭や塾など学校外での勉強時間はソウルや北京の方が
>東京より長く、東京では勉強する層としない層の二極分化も
>目立った。
http://www.nikkei.co.jp/news/shakai/20070915AT1G1402V14092007.html

そりゃ、今の日本の世相を見ていればそう思うだろう。

勉強してきた人が報われているケースなんて殆どないから。

官僚なんて悲惨なもんだし、医者だって勤務医はかなり
ひどい状況になってきている。

民主主義ってのは、突き詰めれば「数」で全てが決まる
訳だけど、そこはある程度、本音と建前があって、
それなりに「知」も尊重するような運営があった訳だ。

だけど、今の日本では、そういう本音と建前みたいなものは
全て取っ払うのが「正義」とされるようになってきたから、
とにかく、剥き出しの民主主義になってきている。

それは、すなわち「衆愚政治」だ。

子供なんて、今何が強いのかということには敏感だから、
こんな時代に「知」に憧れを持つ子は少ないのは、
まあ、当たり前だわな。

ただ、大人の知恵として言えば、
こんな時代がいつまでも続くかどうかは
必ずしも定かではない。

時代なんて、あっちにもこっちにも大きく振れるものだ。

古今東西を見れば、「知」が尊重される時代の方が
むしろ多いようにも思う。

だから、子供には現在の社会の状態とは別に、
何かうまくインセンティブを与えて、
それなりに勉強をさせておいてあげたいというのが、
私の親としての考え方である。

それがズバリと当たればいいのだが。

でも、仮に実利としては無駄になっても、
多分それなりに勉強しといた方が人生楽しいとは
思うけどね。


P.S.
「ゆとりの教育」路線などは、まさに「知」を軽視する時代の
象徴だったと思うが、それに対して一定の揺り戻しが
起こりつつあるということは、何かもっと大きな
時代の変化の前触れかもしれない。

「モンスター」を育てたのは誰?

2007-07-09 | 教育
>社説:モンスター親 先生を孤立させない体制を
http://www.mainichi-msn.co.jp/eye/shasetsu/news/20070709k0000m070117000c.html

お前が言うな、という感じだな。

今も昔もクレイマーみたいのはいたはずだ。
だけど、昔はそれなりにあしらっていたのだと思う。

だけど、今はそうはいかなくなってしまった。

クレームのネタをマスコミに持ち込まれて、
それが何かの拍子に炎上し始めれば、教師生命さえ
失いかねない。

後からなら何とでも言えるようなネタで、
テレビカメラの前で何度も土下座させられている教師を
我々は何度見てきたことだろう。

だから、もし自分が教師だったら、どんな理不尽な
クレームでも、相手が大騒ぎを始めないように、
忍の一字で「ご説ごもっとも」と聞き、
クレーマーを懐柔することに全力を注ぐだろう。

たとえ、授業を犠牲にしても。

でも、そんな時代を作ったのはマスコミじゃないか!

それを今さら「先生を孤立させない体制を」だと。

ふざけるのもいい加減にしろ、と言いたい。

先生が孤立しない体制を作るためには、
今の狂ったマスコミが衰退するのを待つ以外に
よい方法は無いと思う。