かまくらdeたんか   鹿取 未放

「かりん」鎌倉支部による渡辺松男の歌・馬場あき子の外国詠などの鑑賞

 

馬場あき子の外国詠 155(スペイン)

2014年03月17日 | 短歌一首鑑賞
   【西班牙 4 葡萄牙まで】『青い夜のことば』(1999年刊)P65
                 参加者:T・K、T・S、崎尾廣子、藤本満須子、T・H、渡部慧子、鹿取未放
                 レポーター:T・S
                   まとめ:鹿取未放

 ◆ものを書くことや鑑賞に不慣れな会員がレポーターをつとめています。不備が多々ありますがご容赦ください。


111 グラナダに徴税吏たりしセルバンテスのはるかなる悲(ひ)にサングリア献杯

  (まとめ)(2008年11月)
 徴税吏とあるが、その職に就けたのはかなり晩年になってからである。ウィキペディアなど複数の資料によると、セルバンテスは下級貴族の出で父は医者だったが貧乏で各地を転々としている。1571年に20代で従軍したレパントの海戦では左腕の自由を失ったり、その後5年間も虜囚生活を送ったりしている。大勢の家族を抱えて徴税吏になった後も50歳頃には税金を預けておいた銀行が破産して追徴金が払えず投獄されている。『ドン・キホーテ・デ・ラ・マンチャ』が出版されたのは1605年、58歳頃である。『ドン・キホーテ・デ・ラ・マンチャ』は大評判になり版を重ねてゆくが版権を売り渡していたため本人はあまり潤わなかったようである。その後『ドン・キホーテ 後編』も著している。
 レポーターが「地獄の体験」と書いているのは捕虜、投獄、金銭的な様々な苦労を指しているのだろう。レポートの『模範小説集』に括弧が付いていないので次の書名『ペルシーレスとシヒスムンダの苦悩』に掛かる語句のように見えるがこちらも小説の題名である。これらの本を書いてまもなくセルバンテスは69歳の生涯を閉じた。
 そんな数奇な運命をたどったセルバンテスを思い、はるか昔の彼の悲しみに向かってサングリアで献杯をしているのである。ちなみにウィキペディアではサングリアを「赤ワインを甘いソーダやオレンジジュースなどで割って、一口大に切った果物(レモン、リンゴ、バナナ、オレンジなど)とシナモンを少々加えた飲み物。」と説明している。旅の表層から一歩入って、セルバンテスの心の内を深く思いやっている。(鹿取)


(レポート)(2008年11月)
 セルバンテス(1547~1616)は西班牙の作家。生涯は波瀾に富みレバント海戦や捕虜生活・地獄の体験。当時流行の小説形式を発展させ、革新的な文学を創造した。主著『ドン=キホーテ』のほか模範小説集『ペルシーレスとシヒスムンダの苦悩』など。しかも徴税吏である。そのセルバンテスにサングリア(ワイン)で悲に献杯であり、そして文学に献杯というのだろうか。歴史の深い下敷きが働く作者であってこそだが、「はるかなる悲」その言葉の裏に作者自身の切ない悲しみが起こった。(T・S)


(記録)(2008年11月)
★これも前半部分はどこかからの引用でしょうが、出典はやはり分かりませんか?(鹿取)
★はい、ごめんなさい。(T・S)
★次回から出典をしっかり明示してください。明示しないで原文をそのまま引用したらほんとうは
 剽窃ですよ。(鹿取)