かっこうのつれづれ

麗夢同盟橿原支部の日記。日々の雑事や思いを並べる極私的テキスト

2.東京武蔵野市  鈴木家 その3

2008-04-20 23:03:24 | 麗夢小説『有翼獣は電脳空域に夢まどろむ』
(通信回線を切ればいいんじゃないか)
 これも以前、母親が誤ってモデムのAC電源を、掃除機を繋ぐためという下らない理由でコンセントから引っこ抜いたことがあった。あの時も貴重なファイルが途中で切れてしまい、それが元で大喧嘩した末、電源を母親の手の届かない位置に移し替えたのだった。武雄はそれを思いつくと、たばこの箱を三つ重ねたくらいの大きさの、真っ黒なAC電源に手を伸ばした。だが、武雄がその思いつきを実行する直前、ファイルのダウンロードが終了した。あれ? と武雄が再び見入ったモニターの中で、突然動いていた共有ソフトが終了した。と同時に、画面が真っ黒に変化した。てっきりフリーズだと思っていたのに、今頃になってコマンドを受け付けたのか? とパソコンを再起動させるべく武雄が電源スイッチに手を伸ばしたときだった。再び点灯した液晶画面の中央に、一人の女の子が微笑んでいた。ボリュームのある金髪にピンクのリボンをトッピングし、くりくりとよく動く青い瞳で、じっとこちらを見つめている。年は、そう、武雄より二つ三つ年下だろうか。思わずごくりと息を呑んだ武雄は、その美少女がいきなり話しかけてきたことに仰天し、イスから転げ落ちそうになった。
「ハァイ! こんちわ!」


 武雄は惚けたように画面を見つめると、思い出したように首を傾げた。
「何だこれ? 新しいゲームか?」
 それにしても音声でしゃべるなんて、なかなか凝った作りではないか。あまり聞き覚えのない声だが、声優は誰だろう? 武雄は再びイスに座り直し、どう操作するのか、とマウスに右手を置いた。
「あれ? おっかしいなー、不思議だなー、どうしたのかなー? 挨拶してるんだから返事ぐらいしてよ」
「……返事だって。でもどう入力したら……」
 思わず画面を見つめて独り言をつぶやいた武雄は、次の瞬間、また仰天してマウスを手放した。
「やっぱりしゃべれるじゃない! どうして返事しないのよぉ」
「な、何なんだこいつ! お、俺が言っていることが判るのか?」
 武雄が驚くうちにも、画面の中の少女が、腰に両手を当ててぷーっと頬を膨らました。
「あたしはこいつじゃないよ。ROMちゃんって言うんだから」
「ろ、ROM、ちゃん?」
「そうよ、ROMちゃん。あなたは?」
「お、俺? 俺は鈴木武雄……」
 つられて武雄は思わず自分の名前を口にした。するとROMと名乗った画面の少女の顔がぱっと明るさを取り戻した。
「鈴木武雄? じゃあ、タケちゃんね! よろしく、タケちゃん・」
 タケちゃん? 武雄は突然見ず知らずの美少女に愛称で呼びかけられて、パニックを起こした。
「な、何なんだよ一体! これはネットワークゲームか? それとも誰かの悪戯か? 何でこんなものが俺のパソコンに……」
「すとーっぷ! 私はゲームでもいらずらでもないわ。私はROMちゃん。言ったでしょ? ちゃんと」
「だからお前は何で俺のパソコンにいるんだ!」
「それはねぇ、ちょっとお願いがあったから来てみたのよ」
「お願い?」
 少女は正面向いて両手を胸の前であわせた。
「そう。お願いだからコンピューターの電源を切らないで欲しいの。約束してくれない?」
「……はぁ?」
 武雄はぽかんと口を開けて画面のROMをまじまじと見つめた。
「だからぁ、あなた頻繁にパソコンのスイッチを入れたり切ったりしてるでしょ? それを止めて欲しいの。コンピューターをつけっぱなしにして、OZを常時接続して置いて欲しいのよ」 
「何故?」
「あたしが使いたいから」
 武雄はぐっと息を詰めると、そんなことが出来るか! と一喝した。
「そんなことしてもし警察に目を付けられたらどうすんだよ。いや、ハッカーやウイルスに狙われるかもしれない。そんなことになったらこれまで苦労して蓄えてきたお宝がおじゃんになるじゃないか!」
「その点はご心配なく。あたしがちゃーんと見張ってて上げるから。タダで最強の対ウィルスソフトとどんなハッカーだって手の出せないファイヤーウォールが手に入ったと思えば儲け物じゃない。それに、OZのネットワークは警察に手の出せるレベルじゃないわ。完璧な匿名機能や偽装能力があって、けしてあなたを特定することは出来ないの。そう言う風に作ったんだから!」
「お、お前が作ったのか?」
「あたしのマスターがね。ねっ。だから安心でしょ? お願いだから協力してよ・」
「でも、OZを動かし放しにしたら俺は他のことが出来無いじゃないか」
「だいじょーぶだいじょーぶ。分散コンピューティングって知ってるでしょ?」
「何だ、それ?」
 真剣に問い返されて、少女ははーっと大げさにため息を付いた。


「2.東京武蔵野市  鈴木家 その4」
へ続く

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