夢の中で、早くも鬼童は麗夢が来るのを待っていた。
「お待ちしてましたよ、麗夢さん」
情景は、今し方入ったばかりの鬼童研究所睡眠実験室のそれと寸分変わらない。レム睡眠波動の強力なエネルギーを覚えなければ、まだ寝てないと言われればそう信じ込んでしまうくらい、その様子は良くできていた。
「すごいじゃない、鬼童さん。自分の夢の中で自由に動けるなんて!」
「ええ、おかげさまで大分コントロールできるようになりましたよ」
麗夢の驚きも無理はない。通常、人は夢を見ている最中、非常に明瞭な知覚を維持する一方で、それを客観的に感じる能力は著しく低下する。これは脳内で合成される化学物質の影響で、大脳の、知覚を担当する部分の活動が活発になる一方で、判断力や認識力を担当する部分の活動が抑え込まれるためである。この、思考を司る部分が抑制されるため、夢の中では人はまともに考えることが出来ないし、自分の周りで生じている異常事態を異常である、と認識する事もできない。つまり夢に呑み込まれている状態になる。だが、訓練によってこの抑制を制御出来れば、夢に居ながらにして、その事を自覚し、理性的かつ客観的に夢を観察できるようになる。これが、明晰夢である。鬼童は早くからその訓練に勤しみ、いまや、自分の夢をかなり自由にコントロールできるまでになっていた。この、自分の夢を自分で制御する力を究極的に発動できる人が、麗夢のようなドリームガーディアン能力を持つのではないか、と鬼童は考えている。そこで麗夢に自分の夢を提供する見返りに、麗夢から、この夢の中で得られるだけのデータを得ようと、わざわざ夢を自分の実験室に塗り替えたのである。夢の中とは言え、この部屋ならばあらゆるセンサー類が鬼童の知る通りの性能を発揮し、そのデータはコンピューターで処理されてモニターに表示させることができる。その数値を見て記憶しておけば、目覚めた後でも内容の吟味が可能になるのだ。
鬼童は、麗夢の賞賛に笑顔を閃かせながら言った。
「取りあえず、始めて下さい。その間、麗夢さんやアルファ、ベータのデータを収集させて貰いますから」
鬼童は白衣を翻して、壁際の装置端末に取り付いた。麗夢も頷いて足元のアルファ、ベータに呼びかけた。
「じゃあ、アルファは美奈ちゃん、ベータはハンスさんの波動を探して。私は夢見さんのを探してみるわ」
「にゃん!」
「ワン!」
威勢良く返事した二頭が、記憶にあるそれぞれの人物の精神波動を拾うべく、目をつぶって軽く頭を下げた。麗夢も意識を夢見小僧に集中し、鬼童の夢から、無形のアンテナをゆっくりと外へと伸ばしていく。やがてアルファとベータがほぼ同時に耳をぴくっと動かし、二人の波動を捉えた事を麗夢に告げた。麗夢も、一瞬遅れて夢見小僧らしき波動をキャッチした。だが、それらはあまりに弱く、場所を特定するところまでは難しかった。アルファ、ベータもしきりに鼻を鳴らして波動を鮮明に捉えようと躍起になったが、その場で得られる情報には限りがあるようだった。
「ちょっと出てみましょう。方角だけでもつかめたら、もう少し何とかなるわ」
麗夢は、こくりと頷く二頭から、鬼童の方に視線を移した。
「ちょっと外に出てきます。鬼童さん、何かあったら教えてね。叫ぶとか念じるとかしてくれたらすぐ判るから」
「判りました。気を付けて下さいよ、麗夢さん」
夢見の前に危険の可能性を指摘されていた鬼童は、少し緊張した表情で麗夢に言った。麗夢はにっこり微笑むと、そのまま軽く床を蹴った。途端に麗夢の身体がふわっと浮き上がりながら、透明感を増して宙に溶けていく。アルファ、ベータも後に続いて、次々と宙に消えていった。鬼童はそれを見送りながら、一緒についていきたい衝動を抑えるのに苦労した。麗夢と一緒に、と言うのも重要な一点だが、それよりもいわゆる夢の世界の外側がどのようになっているのか、純粋な好奇心をかき立てられたのである。いわゆるユングの唱える集合無意識へのルートが、あの麗夢達が消えていった向こう側にある。宗教的に言えばそれは、神への道にも繋がるだろう。そこに一体何があり、どんな事象が渦巻いているのか。知りたい。たとえどんな犠牲を払っても・・・。
「そんなに見たいのか? 死の世界が」
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「お待ちしてましたよ、麗夢さん」
情景は、今し方入ったばかりの鬼童研究所睡眠実験室のそれと寸分変わらない。レム睡眠波動の強力なエネルギーを覚えなければ、まだ寝てないと言われればそう信じ込んでしまうくらい、その様子は良くできていた。
「すごいじゃない、鬼童さん。自分の夢の中で自由に動けるなんて!」
「ええ、おかげさまで大分コントロールできるようになりましたよ」
麗夢の驚きも無理はない。通常、人は夢を見ている最中、非常に明瞭な知覚を維持する一方で、それを客観的に感じる能力は著しく低下する。これは脳内で合成される化学物質の影響で、大脳の、知覚を担当する部分の活動が活発になる一方で、判断力や認識力を担当する部分の活動が抑え込まれるためである。この、思考を司る部分が抑制されるため、夢の中では人はまともに考えることが出来ないし、自分の周りで生じている異常事態を異常である、と認識する事もできない。つまり夢に呑み込まれている状態になる。だが、訓練によってこの抑制を制御出来れば、夢に居ながらにして、その事を自覚し、理性的かつ客観的に夢を観察できるようになる。これが、明晰夢である。鬼童は早くからその訓練に勤しみ、いまや、自分の夢をかなり自由にコントロールできるまでになっていた。この、自分の夢を自分で制御する力を究極的に発動できる人が、麗夢のようなドリームガーディアン能力を持つのではないか、と鬼童は考えている。そこで麗夢に自分の夢を提供する見返りに、麗夢から、この夢の中で得られるだけのデータを得ようと、わざわざ夢を自分の実験室に塗り替えたのである。夢の中とは言え、この部屋ならばあらゆるセンサー類が鬼童の知る通りの性能を発揮し、そのデータはコンピューターで処理されてモニターに表示させることができる。その数値を見て記憶しておけば、目覚めた後でも内容の吟味が可能になるのだ。
鬼童は、麗夢の賞賛に笑顔を閃かせながら言った。
「取りあえず、始めて下さい。その間、麗夢さんやアルファ、ベータのデータを収集させて貰いますから」
鬼童は白衣を翻して、壁際の装置端末に取り付いた。麗夢も頷いて足元のアルファ、ベータに呼びかけた。
「じゃあ、アルファは美奈ちゃん、ベータはハンスさんの波動を探して。私は夢見さんのを探してみるわ」
「にゃん!」
「ワン!」
威勢良く返事した二頭が、記憶にあるそれぞれの人物の精神波動を拾うべく、目をつぶって軽く頭を下げた。麗夢も意識を夢見小僧に集中し、鬼童の夢から、無形のアンテナをゆっくりと外へと伸ばしていく。やがてアルファとベータがほぼ同時に耳をぴくっと動かし、二人の波動を捉えた事を麗夢に告げた。麗夢も、一瞬遅れて夢見小僧らしき波動をキャッチした。だが、それらはあまりに弱く、場所を特定するところまでは難しかった。アルファ、ベータもしきりに鼻を鳴らして波動を鮮明に捉えようと躍起になったが、その場で得られる情報には限りがあるようだった。
「ちょっと出てみましょう。方角だけでもつかめたら、もう少し何とかなるわ」
麗夢は、こくりと頷く二頭から、鬼童の方に視線を移した。
「ちょっと外に出てきます。鬼童さん、何かあったら教えてね。叫ぶとか念じるとかしてくれたらすぐ判るから」
「判りました。気を付けて下さいよ、麗夢さん」
夢見の前に危険の可能性を指摘されていた鬼童は、少し緊張した表情で麗夢に言った。麗夢はにっこり微笑むと、そのまま軽く床を蹴った。途端に麗夢の身体がふわっと浮き上がりながら、透明感を増して宙に溶けていく。アルファ、ベータも後に続いて、次々と宙に消えていった。鬼童はそれを見送りながら、一緒についていきたい衝動を抑えるのに苦労した。麗夢と一緒に、と言うのも重要な一点だが、それよりもいわゆる夢の世界の外側がどのようになっているのか、純粋な好奇心をかき立てられたのである。いわゆるユングの唱える集合無意識へのルートが、あの麗夢達が消えていった向こう側にある。宗教的に言えばそれは、神への道にも繋がるだろう。そこに一体何があり、どんな事象が渦巻いているのか。知りたい。たとえどんな犠牲を払っても・・・。
「そんなに見たいのか? 死の世界が」
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