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続・奈良の妊婦死亡事件について

2006年10月23日 18時05分43秒 | 法と医療
2)受け入れ拒否の問題

前の記事(奈良の妊婦死亡事件について)からの続きです。

基本的には、診療を拒否することはできないことになっています。緊急性の高い状況が十分想定されうるからでしょう。次のように規定されています。


医師法 第十九条

診療に従事する医師は、診察治療の求があつた場合には、正当な事由がなければ、これを拒んではならない。


ここで正当事由に該当するのは何か、ということは判断が分かれる場合が有り得ます。例えば、医師が1人しかおらず、誰かにかかりっきりであって、今すぐ治療を求められても「同時には処置できない」という場合ですよね。でも、根本理念としては「求めがあれば応ずる義務」がある、ということです。


<ちょっとズレますが、寄り道

一般病院に緊急連絡をするとして、連絡手順がどうなっているか、というのは一概には言えないかもしれません。夜間病院に電話すると、直通の緊急番号がある場合もあれば、警備室のような所につながる場合もあるでしょう。通常、外部に知られているのは、直通番号ではないことが多いでしょう。直通番号は消防の指令センターのような所しか知らず、出動した救命救急隊を向かわせる為に使われているかもしれません。
守衛室なんかに繋がってしまうと、守衛から担当部署に内線で繋いでもらって、夜勤ナースか当直医が出るかもしれないが、そこで緊急入院の受け入れについては判断できないことが多いのではないでしょうか。別な上司とか婦長とか、そういう役職者に連絡して判断を仰ぎ、その結果受け入れについて返事が可能になるのではなかろうか、と。

要するに、連絡にも手間暇がかかってしまって、年配の守衛さんが「コトの重大さ」に敏感だとも限らず(寧ろ鈍感な場合が多いかも、守衛さんゴメンね)、内線を回すにしても、数分間待たされることはザラで(夜の病棟の電話が鳴っていても、ナースステーションで暫く誰も出ないことは多々あるだろう)、そういう時間も刻々と過ぎていくんだろうと思います。救急の直通番号以外は、殆どの場合、時間の無駄が多いのではないでしょうか。>


戻りますけれども、医師法第19条によれば、「診療を拒むことはできない」ということになります。なので、受け入れを打診された病院には、「正当事由」がなければ拒否したこと自体に法的責任が発生する可能性が高いと考えられます。


そうは言っても、現実に対応できない場合もあるので、個々の理由を聞いてみなければ判らないでしょう。受け入れを決めても、産科医が捕まらず、緊急呼出にも応答不能の場合もあったりしますからね。そうなると、誰も治療ができないのに受け入れということになってしまいます。それを避ける意味では、「他に当たってもらえませんか」という返事は必ずしも非難できないでしょう。


ただ、拒否が相次ぐような事態は本来避けられるべきであり、その為に救急医療の体制整備が進められたのです。かつての救急医療のたらい回しというのが問題になったからなのです。では、医師個人の責任ではなく、医療機関の責任においてはどのようになっているか見てみましょう。医療法にその規定があります。


医療法 第四条

国、都道府県、市町村、第四十二条第二項に規定する特別医療法人その他厚生労働大臣の定める者の開設する病院であつて、地域における医療の確保のために必要な支援に関する次に掲げる要件に該当するものは、その所在地の都道府県知事の承認を得て地域医療支援病院と称することができる。

一  他の病院又は診療所から紹介された患者に対し医療を提供し、かつ、当該病院の建物の全部若しくは一部、設備、器械又は器具を、当該病院に勤務しない医師、歯科医師、薬剤師、看護師その他の医療従事者の診療、研究又は研修のために利用させるための体制が整備されていること。

二  救急医療を提供する能力を有すること。

以下略




第4条第1項第2号によれば、「地域医療支援病院」とは「救急医療を提供する能力を有する」ことになっており、都道府県知事承認を受けて整備されていることになります。この業務としては、次のようになっています。


医療法 第十六条の二
地域医療支援病院の管理者は、厚生労働省令の定めるところにより、次に掲げる事項を行わなければならない。

一  当該病院の建物の全部若しくは一部、設備、器械又は器具を、当該病院に勤務しない医師、歯科医師、薬剤師、看護師その他の医療従事者の診療、研究又は研修のために利用させること。

二  救急医療を提供すること。

三  地域の医療従事者の資質の向上を図るための研修を行わせること。

四  第二十二条第二号及び第三号に掲げる諸記録を体系的に管理すること。

五  当該地域医療支援病院に患者を紹介しようとする医師その他厚生労働省令で定める者から第二十二条第二号又は第三号に掲げる諸記録の閲覧を求められたときは、正当の理由がある場合を除き、当該諸記録のうち患者の秘密を害するおそれのないものとして厚生労働省令で定めるものを閲覧させること。

六  他の病院又は診療所から紹介された患者に対し、医療を提供すること。

七  その他厚生労働省令で定める事項




ここで、第16条の二の第2号において「救急医療を提供すること。」となっていますので、この条文からは「地域医療支援病院は救急医療の提供義務を有する」と解されるものと思われます。特定機能病院も同様なのですが、「紹介患者に対して医療を提供する義務」というのは、救急医療とは分けて考えられるべきかと思われ(もし救急患者に対して医療提供義務があるとすれば、第2号で別に言及する必要性がないから、と考えています)、「紹介患者」は広い意味では「救急患者」である面もありますが、特定機能病院においては必ずしも救急医療に対応する体制をとることが義務付けられてはいないでしょう。


従って、原則としては、

・医師法上は、求めがあれば医療提供義務が「医師」に存すると考えられる(第19条)。
・医療法上は、救急患者への医療提供義務が「地域医療支援病院」に存すると考えられる(第16条の二)。

ここから考えると、産科医がいてもいなくても無関係に「受け入れをしなければならない」という基本原則はあり、特に地域医療支援病院にはどのような救急患者であっても受け入れる義務があると考えられるでしょう。


ただ、奈良県内には「地域医療支援病院」はないようです。となれば、近隣県の地域医療支援病院に受け入れ要請をすることになると思われますが、承認自体が都道府県単位ですので、越境の場合に果たして「受け入れ義務があるか」というのは、解釈が分かれる可能性があると思います。厳密な都道府県単位で見れば、越境患者を受け入れる義務はないという解釈が有り得るでしょう。しかし、医療という生命身体の危機に重大な影響を及ぼすという性質を鑑みれば、救急患者が「最短距離、最短時間」で到達可能な「地域医療支援病院」に向かうことは当然であり、その受け入れを拒否する合理的理由は存在しないと考えます。

従って、厳密な都道府県単位というのは行政制度上での意義はあるものの、実際の救急患者受け入れに際しては「地域支援病院」に求めがあった場合には受け入れ義務が発生し、医療提供義務があったと解するのは妥当であると思われます。「同一県内に1時間かけて行く」よりも、「近隣県に30分で到達」して医療を受けた方がよいのは確実であり、救急医療とはそういう意味合いのものであるはずです。


更に、奈良県内に地域医療支援病院が未整備であるとすれば、これが「行政の不作為」となるかどうかを考えてみましょう。基本的には都道府県知事の過失(知事承認によるので)、ということになるかと思われます。都道府県の責任は次のように規定されています。


医療法 第三十条の三

都道府県は、当該都道府県における医療を提供する体制の確保に関する計画(以下「医療計画」という。)を定めるものとする。

2  医療計画においては、次に掲げる事項を定めるものとする。

一  主として病院の病床(次号に規定する病床並びに精神病床、感染症病床及び結核病床を除き、診療所の療養病床を含む。)の整備を図るべき地域的単位として区分する区域の設定に関する事項

二  二以上の前号に規定する区域を併せた区域であつて、主として厚生労働省令で定める特殊な医療を提供する病院の療養病床又は一般病床であつて当該医療に係るものの整備を図るべき地域的単位としての区域の設定に関する事項

三  療養病床及び一般病床に係る基準病床数、精神病床に係る基準病床数、感染症病床に係る基準病床数並びに結核病床に係る基準病床数に関する事項

四  地域医療支援病院の整備の目標その他機能を考慮した医療提供施設の整備の目標に関する事項

五  医療提供施設の設備、器械又は器具の共同利用等病院、診療所、薬局その他医療に関する施設の相互の機能の分担及び業務の連係に関する事項

六  休日診療、夜間診療等の救急医療の確保に関する事項

七  へき地の医療の確保が必要な場合にあつては、当該医療の確保に関する事項

八  医師及び歯科医師並びに薬剤師、看護師その他の医療従事者の確保に関する事項

九  前各号に掲げるもののほか、医療を提供する体制の確保に関し必要な事項

3  前項第四号から第九号までの事項を定めるに当たつては、同項第一号に規定する区域ごとの医療を提供する体制が明らかになるように定めなければならない。

以下略




ちょっと分量が多いですけれども、関係のある所を簡単に言うと、都道府県は

・医療計画を定めること(第1項)
・医療圏を地域単位で設定(第2項第1、2号)
・地域医療支援病院の整備目標(第2項第4号)
・救急医療の確保に関する事項(第2項第6号)
・医療提供体制を区域ごとに明らかにして定める(第3項)

を定めることになっています。

ですので、都道府県が救急患者の受け入れ体制等を定めていなければ、責任が発生すると考えられると思います。地域医療支援病院については、「整備目標」となっているため、設置は義務ではない可能性があります。が、代替機能としての医療機関の機能整備や、地域医療支援病院が奈良県内に設置されるまでの間、どのようにするか定めるべきでしょう。また、近隣県との協力・連携をどのように行うのかも定めておくのは当然でありましょう。


地域医療支援病院の整備目標はあったが、現時点で未整備であったとしても、「医療機関の代替機能」「区域ごとに近隣府県との協力連携体制」等を整備しておくこと、救急医療に関する事項について定めること、というのは都道府県に責任があると考えます。これが明確に定まっておらず、各医療機関や消防の救急隊指令部などにも周知されていなかったとすれば、不備があったと言わざるを得ないでしょう。

医療計画の策定・変更については、厚生労働大臣に提出義務があり(第30条の三第2項第13号)、また公示義務があるので、奈良県の医療計画は調べればわかるはずだろうと思われます(これこそメディアの方々が頑張って下さいよ)。


前の記事の1)からも含めて総括すると、次の通り。
(これまでも書いていますが、あくまで素人の私見に過ぎませんので、宜しくお願いしますね)


・診療科目によらず医師には救護・救命義務がある
・医師は、医療提供義務は原則拒否できない
・(確定)診断がついていないことは過失と言えないのではないか
・頭部CT撮影は「行うべきであった」が、他科に該当する医療行為
・地域医療支援病院は救急医療提供義務がある
・故に、同病院は救急患者を拒否できない
・近隣府県であっても受け入れ義務は発生する可能性がある
・奈良県及び同知事には不作為の可能性がある


私個人としての感想は、できるだけ早く「人員、設備」の有利な(少なくとも問題となった町立病院よりは)医療機関に素早く搬送するべきであったことは確かであり、その体制整備を奈良県は行っておくべきであった。亡くなられた患者さんの状況はどうであったかは不明ですけれども、生命予後にどの程度影響したのかは分りません。家族が「何とかして欲しい」と言ったとしても、どうにもできない状況というのは有り得ます。仮に、30分以内に受け入れ先が見つかっていて、そこに搬送できたとして、脳出血への治療が奏功したかどうかは、別問題なのです。亡くなられたのは数日後であり、町立病院での選択が悪かったかどうかというのは、不明ではないかと思われます。1次医療機関で可能な範囲というのには、自ずと限界があるのです。何よりも、「人が揃っている」というのが、戦力を大きく左右するのです。前にも書いたが(助産師・看護師の業務に関する法的検討)、「パーティの強さ」ということなんですよ。


最後に、緊急事態というのは、火災・防火訓練と同じで、大抵どのような場合でも「日頃からの訓練」、「事前準備」、「決め事の周知徹底」、これらに尽きると思います。これがない場合には、「混乱」を招くことになるでしょう。受け入れ拒否問題の本質は、受け手側の問題なのではなく、体制整備というシステムに関する問題で、その責任はあくまで行政にあると思います。


報道機関の方々には、もうちょっと意味のある報道をしてもらいたいと思います。素人考えの私よりは、法学的素養もあるはずだろうし(かなりの数が法学部卒者なんじゃないの?)、人的資源も投入できる(記者がゴロゴロいるんでしょう、他社も含めりゃ、もっとだね)はずですよね。なのに、どうして低俗な方向に流すのでしょうか。稀にはいい報道もあるのですから、「良いもの」をどうやって生み出せるか、よく研究した方がいいよ。

毎日新聞の井上奈良支局長が述べた、『結果的には本紙のスクープになった』というような発想が根本的に違ってると思うよ。スクープなんかじゃない、社会システムの問題がそこにはある、というところまで踏み込まないと、結局「ミスしたやつがいて、きっと隠してるんだ」という、「犯人探し」スクープからは抜け出せないんですよ。


事実に対して、記者の感情を織り込みすぎなのです。何度も例を挙げて指摘してきましたが、伝えるべき事実と、そこから言えることを正確に書くべきでしょう。余計な推定が多すぎ。修飾語も。記者の感情や意見は、(ハッキリ判るように)別にして報道するべき。結果責任を問われないジャーナリスト気取りの人たちが、好き勝手にやっているだけなのですよ。それが日本の大衆を煽動しているんです。




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